3.勇気を出して
「ああ、貴重な初回特典が……なんで周りの人は助けてあげないんだよ……失敗ばっかりで見てられないよ……」
レアアイテムがなくなったのを皮切りにわらわらと人が集まり、あっというまに地面に転がっていたアイテムを拾い去ってしまった。
ベグゲームではプレイヤーの行動は全てログとしてサーバーに記録されるため、盗難や詐欺などの不正行為はログが証拠となり罰せられる。
しかし、今のように所有者が捨てたものを拾うのは処罰の対象にはならないのだ。
手持ちのアイテムをすべて放り投げ、ひとしきりもがいたマークスは直立し、スッと静かになった。
そして行進する兵隊のごとく歩きだす。ただし、ゆっくりと。
「おお、コツを掴んだかもしれない。こいつ歩くぞ! 俺は天才か!」
重力を無視するほどにゆったりと踏み出される脚。
やっと歩き出した彼は、全財産と呼べるアイテムを全て失ったことに気が付いていない様子だ。
「すごいな! これがベグの脳波操作感覚でやるベグゲームか! 自分の足で歩いているのとほとんど同じじゃないか! 新たな自分の発見だ! あ痛ぁっ!」
順調に歩いていたと思ったら、びくっと体を震わせ痛みを訴え出した。
「あれはきっと、アバターを動かしながら自分の体を動かしたんだろうなあ……。ボクも最初あれで足の小指をぶつけたっけ……」
歩き出したが止まらないマークスは、ユイトの方へ向かって来た。
「うわわわ、危ない」
ユイトは思わず飛び退いた。
マークスはユイトの脇を通り過ぎ、直線状にある広場端の露店へまっすぐ突き進んでいく。
「いってえ……あれ、これは画面が切り替わっちまったぞ。ええっと、ベグゲームの画面に戻すのはどうすれば……」
音声だけはそのまま流れているが、マークスの体はひたすら直進している。
「オートで走ってるんだ。これ以上ミスったら……。止めないと!」
ユイトはこの短時間であらゆる失敗を披露するマークスを見ているのがつらくなってきた。
不採用メッセージでいっぱいになった受信トレイを思わず連想してしまう。
就職活動の不採用続きが、ユイトに失敗やミスをトラウマとして刻んでいた。
止まらないマークスを助けようと駆け出したユイトだが、すぐに立ち止まってしまう。
「け、けど、他のプレイヤーに声なんてかけたことないし……。そもそも声をかけること自体迷惑だったらどうしよう。でも、こんな序盤でベグゲームを嫌いになってほしくないし」
あっという間に揺らいだ決心に、ユイトは顔をしかめた。
「あー、出た出た。やっと画面が戻ったぞ……っと、おおおおお! 止まれ止まれ! なんでいきなりこんな! おおーい!」
怒声にも似た大声を張り上げ、マークスは露店に突っ込んでいった。
セレネ広場のお土産、手のひらサイズのクリスタル女神像がマークスの突撃で散乱する。
露店の簡易カウンターを突き破って、商品をひっくり返し奥の壁にめりこむように衝突するマークス。
勢いはやっと止まったが、壁にぶつかりながら脚はまだ歩いている。
ユイトは意を決し、ボイス設定をオープンにして自分の声を外に聞こえるようにした。
「うわわ……。あ、あのう……だ、大丈夫ですか」
慌てて駆け寄り、ユイトは恐る恐るマークスに声をかけた。
「だ、大丈夫なもんか! って、ここは人がいたのか? 助かった! 申し訳ないが手を貸してくれ! うまく動けないんだ! あいたた……いや、痛くはないな、妙な感触がずっと顔や胸あたりにまとわりついてるんだ」
「あ、それはアバターと物が接触しているからです。このベグゲーム内では疑似的に五感が再現されるんですけど、痛みとかはすごく弱く再現されるんです。ベグゲームってほんとすごいんですよ。ボクこのゲームが大好きで」
「いや違う違う! そういう説明が欲しいんじゃない! 手を貸してくれって!」
背中越しにゲームの説明と熱意を語り始めるユイトに、マークスは抗議の声を上げた。
「ああ、そ、そうでした。すみません」
「なんだか頼りない喋り方だなあ。そんなんで大丈夫かあ?」