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2.初心者おじさんとの出会い

 脳波で直接操作するベグ、本来は言葉に出す必要はない。

 ベグゲームにログインする際、没入感を重んじる唯人はわざと声に出して操作した。

 ベグ内側のディスプレイ画面が切り替わる。


 一瞬、真っ暗になった画面に、月を背景にしたベグゲームのタイトルロゴが表示された。

 タイトルは瞬く間に消え画面が一転し、一人称視点に変わり、星空の模様をした半透明なトンネル内を移動していく。

 視界画面左上に自身のプレイヤーネーム『ユイト』が表記された。

 一人称視点の主は、ベグゲーム内のアバターである『ユイト』だ。

 唯人(ただひと)はベグゲーム内ではユイトとして振る舞い活動している。


「宇宙のワームホールって、こんな感じなのかな」


 星空のトンネルは徐々に明るくなり青空へ変わった。

 上空に続くトンネルはガラスのように見えるが、光ファイバー内を走る光のようにユイトを瞬時に町の上空へと運ぶ。

 ユイトの体が空中で一瞬止まる。


 砂漠と荒野の中にある、低い城壁に囲まれた町サンドアイズ。

 小さな山の中腹に立つドーム状の建造物は、プレイヤー達をサポートする情報局。

 町の中央には、ベグゲーム内の経済の要であるオンラインバザーとリンクした市場が碁盤のように理路整然と並んでいた

 ユイトの体が中空にて光の粒子と化し、地上へと瞬間移動する。

 灰色の髪をした、黒目の青年が彼のここでの姿。細身で黒を基調とした革のジャケットとパンツ、ピアスやネックレスはベグゲーム内の自作品だ。


「とりあえず情報を見よう。エントリー方法は、やっぱり情報局にいくのが一番かな」


 周囲を見渡すユイト。

 ベグのディスプレイに映る映像は、アバターの首の動きに合わせて滑らかに流れた。

 翼を広げた女神像が祝福する広場。

 丸い広場の中央にクリスタル製の女神像が立ち、広場からは数本の道が伸びている。

 ユイトが見たのは、山の中腹にそびえるドーム状の建物へ続く道だ。

 道には剣を腰に携えた戦士に、ギルドの勧誘に歌い踊るパフォーマー、ログインしつつ動画を視聴しつつ会話を楽しむグループ。

 もはや住み慣れたと言ってもいい、クラウド上にのみ存在するファンタジー色の強い仮想空間がここにあった。

 世界中からログインするプレイヤー数は常時20万人以上。


 ユイトはそんなベグゲームが大好きだった。

 ベグを通して五感すら再現したアバターが、古典ファンタジー世界をリアルに体験させてくれる。

 そして、ここでは冒険だけではなく、今は失われてしまった【ものづくり】まで行えるからだ。


「まずは情報局だ。あそこでわからないことはないし」


 銀のブレスレットが、ユイトの踏み出した一歩に合わせてチャリっと音を立てる。

 左腕の腕で誇らしげに光るブレスレットを、ユイトは右手で軽く撫でた。


「あああ! なんだこれ! どうなってんだ?」


 突然の大声がすぐそばから聞こえた。


「うっわ、びっくりした。いきなりなんだろう……」


 広場で1人の体格の良い男が、体中から透明なキューブを手品師のようにばら撒きながら慌てていた。

 赤茶色のオールバックで中年男性のアバター。

 180cm以上はある筋肉質な体格。

 彼がばら撒いているのは、一辺10cmの透明なキューブ。

 ベグゲーム内のアイテムで、キューブ内にはアイテムの外観を簡略化したアイコンが映し出されている。安価な手帳や傷薬にパンから、大陸間飛空艇の回数券のような少し値の張るアイテムまでお構いなしにキューブが散らばっていく。


「なんだ! この! くそったれ! ええい、案内用AIはいないのか! 不親切な!」


 悪態をつきながらもアイテムの放出速度は増す。

 膝まである黒色の長い外套に、白い麻の襟付きシャツと、癖のないボトムスは作業者用。

 革靴は市民用なのを見ると、見た目を重視して何とか統一感を出そうと苦心したのが窺えた。

 彼の装備はどれも初期に手に入る安価な品だからだ。


「あの動きは初心者丸出しだよね……そもそも、ボイスチャットを解放してるなんて、ベグゲーム内の設定を知らないんだろうなあ。初期設定ミスったのかな。頭の上にマークスって名前も表示されているし……」


 マークスの手足はてんでばらばらなタイミングで動いているが顔は無表情。

 姿勢は崩さず不自然なまでに転ばず、背筋がピンとしている姿は糸で繋がれた操り人形のようだ。それでいて声は慌てているのが滑稽だった。

 歩き慣れた女神像の広場で、ここまで初心者だと丸わかりのプレイヤーも珍しい。

 挙動不審なマークスは大いに目立つため、遠巻きに彼を見守るプレイヤーの数は徐々に増えていった。


「脳波でクリックってのがピンとこない! これが前に進む……んじゃないのか。いやいや、違う。アイテムを捨てるのはわかったから。わかったって言う理解が脳波的によくないのか? 間違いなのか? ああ! もう! どうしてコントローラーがないんだこのゲームは! そもそも脳波でどうやってクリックするんだ?」


 人だかりに見守られる中、銀色の光を放つアイテムが宙を舞った。


「ああ、あのチャームはまさか……。やっぱり、新規初回特典でしか手に入らないレアアイテムだ……。クリックって、ノックのことかな……。古い呼び方をしているから、中身はおじさんかおばさんか……」


 口元に手を当て心配気に呟くユイト。

 音声は自分だけに聞こえるように切り替え済み。

 遠巻きに見ていた人々も、心配するユイト同様、初回特典のチャームが光を放ちながら放物線に投げ出され地面に転がるのを見守るのみだ。

 足早の通行人がスッとチャームの傍を通り過ぎる。

 まさか、と声を上げる前に銀色に輝くチャームは消えてしまった。

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