19.販売開始
眠りこけたマークスの肩をユイトが叩く。
「マークスさん、起きてください。もうできましたよ」
「お? おお? いかん、いつの間にか寝てたぞ。ダガーはどうなった?」
慌てて立ち上がるマークス。
ユイトが窯を開けると、部屋に熱気がこぼれ熱い風が流れる。
窯に立てかけてあった金属の平べったいスコップを持ち、ユイトは皿を取り出した。
焦げ茶色の皿に、ダガーがしっかりと置かれている。
「ブルークリスタルのすごいところは、焼きを入れると光沢が増すんです」
「おおお、本当だ。磨いたブルークリスタルがさらに磨かれたようだ。水でぬれているかのような光沢……。これはいい業物じゃないかね、ユイト君?」
「はい! シルバールーツの巻きにも浮きがないし、割れもない。完璧です!」
ダガーに巻かれた銀の根は、まるで植物が時間をかけて自ら巻き付いたようだ。
ブルークリスタルに、絡みついた銀鉱石の根。
イメージ以上の仕上がりに、マークスは目頭に熱いものを感じた。
「わかります。ボクもブルークリスタルがうまく焼きあがったとき、泣いちゃいました」
無意識のうちに目頭を押さえたマークスに、ユイトは思わず共感した。
「おおっと、恥ずかしいところを見られた。ついうるっときちゃったよ。……さて、気づけばもう……5時か! 朝じゃないか!」
感傷に浸り気味だったマークスは椅子から飛び起きた。
勢いそのままにダガーに手を伸ばしたマークスをユイトが制止する。
「マークスさん! ダガーは、手で持つんじゃなくてノックしてください。手で持とうとして落としたら割れるので要注意です」
「お? おお。こ、こうか」
ユイトに言われるまま、アバター操作ではなく、画面に映るダガーを直接ノックする。
するとダガーが透明なキューブに包まれた。
「キューブ化したダガーを、もう一度ノックです」
再度ノック。
すると、アイテムは光の筋にかわりマークスの腰の布袋へ吸い込まれた。
「なるほど、これでいつでも取り出せるんだな。あとは!」
「はい! 市場へ!」
2人は同時に頷き、工房を飛び出す。
住宅街からセレネ広場を走り、人がまばらな市場への通路をひた走る。
「はやくはやく! 市場へ行きましょう! ボクの登録している露店を使っていいので、とにかくはやく!」
全速力のユイトが先導し、マークスが必死についていく。
「は、早すぎるぞユイト君! っていうか、君はこんなに速く走れたんだなー!」
ユイトが今まで、慣れない自分に合わせて移動していたんだとマークスはここで初めて知った。
ドタバタとがむしゃらに走るマークスと違い、ユイトは陸上選手のような見事なフォームで飛ぶように駆けた。
「気持ち悪いくらいに速いなー!」
人の波をかき分けて市場をひた走る。
不格好に走るマークスだが、初日と違い通行人を難なく避けて走っていた。
途中、見知った女性と目が合った。
だが、挨拶する余裕もなく通り過ぎる。
「ここでーす! マークスさーん!」
広場から3本ほど通路を渡っただろうか。
必死に走ったせいでマークスには位置関係がはっきりしないが、露店の中でユイトが手を振っている。
「な、なんだか、すっかり声を張り上げるキャラになってるじゃないか。いやあ、やっと追いついた」
「マークスさん、早く商品を!」
「お、おう」
急かされ、露店の中に入る前にアイテムを取り出すマークス。
視界に浮かんでいるアイテムアイコンをノックして、さきほど作ったばかりのブルークリスタルダガーを取り出す。
空中にポンっと現れるダガー。
手に取ろうとした瞬間、ダガーは透明なキューブに包まれた。
キューブ化されたのに驚いたのと、歩きながらだったマークスは露店のカウンターにぶつかってキューブを落としてしまった。
「あああ! しまった!」
カンッ!と硬い音を立てて石畳に激突するキューブ。恐る恐る様子を伺うマークス。
ここでユイトがキューブの落下に気が付いた。
「大丈夫ですよ。キューブ化されたアイテムが衝撃で壊れることはありません。それよりもそれを誰かに拾われちゃうと」
ユイトが言い終わるよりもはやく、マークスがキューブに飛びつく。
青白く光るダガーの映し出されたキューブを大事に抱え、露店の中へ入った。
「また誰かに拾われたら大ごとだ。あの銀チャームよりも大事なんだからな!」
「さ、このケースに入れてください」
真剣な面持ちのマークスに、ユイトはうなずいた。
露店の内側、腰の高さにガラスの扉がある。
ショーケースの入り口だ。
マークスはユイトの開けたガラスドアからキューブをしまう。
収納されたキューブが一瞬輝くと、ショーケースの中に置かれたまま、ショーケースの上にももう1つキューブが表れる。
「ショーケースの中にしまった状態で、こうして触れるようにダミーの商品が表示されるんです。壊れる心配なくお客さんに手に取ってもらえるんですよ」
「なんと、これは便利だなあ。いや、これ考えた人はなかなかのもんだ。触覚を再現したベグゲームならではのアイデアだぞ」
ショーケースのシステムに感心しながら、マークスは精魂込めて作ったブルークリスタルダガーを見つめる。
「これは、直ににここで見た人だけが買えるってことかな」
「いいえ、一応ベグゲーム内のオンライン市場で検索もできます。ただ、実績のない無名の出品者の商品は上位検索に表示されないんです。出品物は制作者名で判断されるので、ボクが出品すれば検索されやすくなるんですが……」
「なるほど。けど、俺の名前で出さなきゃなあ。あれだけ頑張った意味が薄れる」
「ですよね」
「そういうことだ。そういえば、これはいくらで売るんだ? 値段設定がさっぱりなんだが……」
「そうですね……」
ブルークリスタルダガーをじっと見つめるユイト。
真剣な眼差しにマークスは息を飲む。
「1万クークで行きましょう。強気の設定ではありますが……」
「強気いいね! 努力の結晶だからな! あ、えーと、なんだっけ素材。ブルークリスタルとシルバールーツを使っている、で間違い無いんだっけ?」
「え? あ、はい。それで合っています」
息を大きく吸い、マークスは道行く人々に向けた全力で声を張り上げた。
「さあさあ注目だー! ブルークリスタルとシルバールーツで作ったアミュレットだよ! 丁寧に研磨したから仕上がりは上々! 知る人ぞ知る玄人職人ユイトのお墨付き! 品質はばっちりだ! 良かったら手に取って見ていってー!」
常にオープンボイス設定のマークス本領発揮。
突然のことに呆気に取られたユイトだが、すぐさま道路へ向き直り売り口上に参加する。
「ベ、ベグゲーム参加したてで、頑張った商品です! 見てぇってくださいー!」
両目を瞑ってあらん限りの声を張り上げた。
普段こんな大声を出す機会のないユイト、その声は震えている。
「はははは、びっくりしたよ。そんな大声出せたのか!」
「マ、マークスさんいきなりはじめるから、ボ、ボクも勢いで!」
小さく震えるユイトの肩に気が付き、マークスは彼の肩を力一杯叩いた。
「よーしよし! 腹の底から出たいい声だ! ちなみに俺の方は生身のほうでも声出してるから、近所から苦情が来るかもな! はははは」
「ボ、ボクもです」
アバター操作の達人であるユイトの意外な言葉にマークスは笑う。
2人は競うように声を張り上げ、人が埋め尽くす大通りに商品を売り込んでいった。




