18.破れた夢の背を
時間は深夜0時半。
ブルークリスタルの残りはたった1つ。
最後の1つで失敗すれば、また鉱山まで採掘に行かなければならない。
「全身全霊、これを成功させましょう!」
ユイトの気迫に押され、マークスはぶんぶんと頭を振って大きく頷くしかできなかった。
今日一日、マークスはひたすらクリスタルと格闘していた。
手持ちの40個は、1つを残して全て失敗したが、彼の作業はユイトが驚くほど滑らかだ。
「あれ……マークスさん、めちゃくちゃ上手になってますよ……。あっと言う間に切断して……」
回転する丸い刃が、キュイインっと凝縮した摩擦音をあげ、瞬く間にブルークリスタルを両断する。
ふっと息でクリスタルの粉を吹き飛ばし、二等分されたクリスタルの片割れを取り上げ、レコードのように回転する研磨機へ移動した。
「伊達に50個近くダメにしてないからな。あ、アバターで息を吹きかけられるってのもついさっき発見したんだ。さあ、こっからが勝負だ……」
両断されたブルークリスタルを、そっと研磨機にあてる。
回転するレコード盤のような研磨機のやすり面に、サアッと削れた青い粉が広がった。
研磨加工されたクリスタルは、スライスされたように平らになる。
「おっと……削りすぎたか……?」
焦るマークスを、ユイトの言葉が支える。
「大丈夫です。ここからはリューターで削りましょう。時間はかかりますが、クリスタルが割れにくいです。ダガーの形はこれで」
ユイトは作業机のペン立てからペンを取り、マークスに手渡す。
「よーし……」
ユイトの作った見本を何度も確認しながら、マークスは平らになったブルークリスタルにダガーの形を書いていく。
「あとは、このダガーのシルエットを削り出してやればいいんだな……」
「はい。慎重に、慌てず根気よくやりましょう」
「おう、根気よくな」
マークスはリューターを握る。
スティックタイプのキャンディのような丸いヤスリが、スイッチを入れると高速で回転した。
回転するヤスリの側面を使い、ペンで型取った線の外側を削る。
シュィィィ…シュィン……シュィィィ。幾度も回転するヤスリをあて、少しずつ確実に削った。
ユイトがやれば、もっと大きくカットする方法を取るだろう。
しかし、マークスにはこれしかできない。
今持てる全力を尽くすマークスを、ユイトはじっと見守った。
2時間単位で回るサンドアイズの昼夜。
マークスは日の明るさも、夜のとばりの気配にも気が付かず作業に没頭した。
「……これ、できたんじゃないか?」
リューターのヤスリをいくつも使い分け、最も目の細かい刃先でダガー表面を磨き上げた。
ユイトの見本よりもやや細いが、ほとんど同じ形だ。
「かんっぺきです! 仕上げに、窯で焼きましょう。シルバールーツを、柄の部分から巻き付けて、鍔や刃の根元に巻くといい感じですよ」
「なんとなくイメージはできているぞっと」
ユイトからシルバールーツを受け取る。
シルバールーツは植物にしては重量感があった。
だが、見た目は30cmほどある髭のような根を垂らした植物。
柔らかい針金のような根を、ダガーの柄頭から巻いていく。
柄を包み、鍔を伝って、剣身の根元へ巻き付けた。
「ふう、ちょうどいい長さだった。長すぎて余ったら切ろうかどうか悩んだよ。さすがユイトだな。これ、しっかり巻き付けたつもりだけど、もっときつくしたほうがいいのか?」
「いいえ、大丈夫です。窯で焼くとシルバールーツは縮んで金属化します。ブルークリスタルも少し縮みますが、クリスタルの方が堅いので、壊れる心配はいりませんよ」
「ほうほうほう」
ユイトの完璧な説明に、マークスは感心しきり。
説明を終え、ユイトは工房の奥へ歩く。
「じゃあ、焼きましょう」
「ついに来たかー! 頼むぞお。これで失敗したら本当に泣くかもしれん」
シルバールーツを巻き付けたダガーをそっと持ち上げ、マークスはユイトのあとに続く。
工房の奥、壁際に焦げ茶色のレンガ造りの窯が備え付けられていた。
水平の開き戸を開ける。
ガランとした空間が広がる窯の内部に、レンガ製の丸い皿が1枚置いてあった。
ユイトはレンガの皿を指さす。
「あのお皿にダガーを乗せてください。窯と同じ素材なので、均等に火が通りますから」
マークスは頷いてレンガ皿にダガーを乗せ、重い金属製の扉を閉めた。
「あとは火を入れて待ちましょう」
「ここからは祈るだけだな」
ふう、と一息つくマークス。
今日は1日中作業をしていのでクタクタだった。
傍にある椅子に腰かけ、ガラス製の小さな覗き窓から見える窯の火を眺めていた。
ゆっくりと熱の上がる窯。真っ赤に染まる窯の中で、ブルークリスタルが徐々に赤く輝き、じんわりと形を変えていくのが見えた。
高温の火が柔らかく、心地よい。
「……俺もな、むかーし職人に憧れたんだよ」
「え? マークスさんが?」
火を眺めるマークスの口調はとても穏やかだ。
「今ほどじゃないが、俺の若い頃もすでに職人なんて職業はとっくに廃れていてなあ。ものづくりはなんでもAI化が正しい。自動化で属人化を排除して安全に高品質、効率最適化ってな。ほとんどの手仕事は全部データ化されて、香りでも音でも、何でもAIが数値化して再現できるようになっていた」
「……職人について調べたとき、2050年代にはほとんど自動化が完了していて、一般の仕事から製造業が消えたってありました」
「うん、そうだな。それでも小さな工房とかはあったんだよ。そんな最後の工房に弟子入り志願で行ったんだけど、見事に断られちまったよ」
「……なんでですか?」
「時代の流れには勝てないって言ってたなあ。廃業が決まっていたみたいだし」
「時代ですか……」
「そ、時代だって。……君はすごいよ。このデジタル化の最先端である仮想空間で、アナログ作業を復活させてるんだ。こんなに面白いことはない」
赤く染まる窯の明かりに、マークスの微笑みが照らされる。
彼のアバターの表情は、いままでにないほど自然だった。
工房の中に、窯の火以外に確かな温かみを感じたユイトは、ただ静かに窯を見つめた。




