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17.さっさとやりますよ!

 ユイトは工房を飛び出しと、住宅街とセレネ広場を繋ぐ道を一気に駆け抜けていく。

 広場からライトアップされた情報局のドームがよく見えた。

 上り坂の一本道を全速力で駆け上がる。

 通行人とすれ違い、歩いていた人を追い越していった。

 ある程度近づいたところで、情報局の建物前に緑色のフードをかぶり、ロングコートを身にまとった職員がフッと姿を現す。

 エントリーを受け付けている局員だ。

 その姿を見た途端、エントリーへの実感が湧いて胸がどきりと痛む。

 彼女のもとへとひた走る。時刻は23時55分。


「ユイトさん、エントリーの申請ですか?」


 聞き覚えのあるハスキーボイス。

 受付口に到着した安堵と、いざエントリーする緊張が波のように押し寄せる。

 大きく息を吸い、不安を飲み込んで言葉を振り絞った。


「は、はぁい! あ、あの、ま、まだ、んぐ……間に合いますか!」


 乱れた呼吸で言葉がもつれるユイト。

 ベグゲームでいくら走っても肉体が走っているわけではないので、呼吸器系へ負荷はかからない。

 今ユイトの息が荒いのは緊張と不安によるもの。


「あと3分あります。時間内ですので問題ありません。では、月面ヘリウム3採取オペレーター及びインストラクターへの応募を受け付けました。翌日、こちらから連絡いたしますが、お時間の希望はございますか? 明日の7時以降でしたらいつでもご連絡可能です」

「え? あ、では7時にお願いいたします」


 この場で試験会場や開始時間がわかると思っていたユイトだが、明日まで内容が全くわからないと知って拍子抜けした。

 同時に、エントリーを行って軽くなった緊張が再び襲い掛かってくる。


「ふ、ふう。そ、それでは失礼いたします。ご連絡、よろしくお願いいたします!」

「では、合否をお待ちください」

 深々と頭を下げるユイトに、局員は抑揚のない声で答える。

 慌てて顔を上げたが、そこにはもう彼女の姿はなかった。


「え! いまなんて! ごうひって合格不合格の合否ですかー! あの!」


 大声で呼びかけるも、回答はない。

 1人佇むユイトは、呆然と立ち尽くした。


「……エントリーして、そのあとに試験もなしに合否なわけないよ。うん、言い間違えたんだ。……でも、AIが言い間違える……?」



 ――ユイトの工房。

 待っていたマークスのもとへ、ユイトが走って戻ってきた。


「間に合いました! エントリーしましたよ! マークスさん!」

「おー! よくやった! 最初の難関を越えたな! ここまで悩んで決めたんだ。もうあとはやるだけだ! もうクリアしたようなもんだな! で、試験日はいつだ?」

「あ、それがまだわからないんです。明日の朝7時に連絡をもらえるそうなんですが……」

「明日の朝7時か……日が変わったばかりだから、もう7時間ばかりか。まあ、今は待つしかない。今日はログアウトして」

「あの、実は」

「ん、どうした」

「明日の連絡なんですけど、受け付けてくれた局員は合否を連絡するって言ったように聞こえたんです。……AIが言い間違えるわけないし、聞き間違えたのかしれないんですけど」

「エントリー後に合否……? そんなバカな……いや」


 ありえないことだと否定しかけたマークス。

 だが、最初のエントリー時にユイトが言っていた言葉を思い出した。

 ユイトはベグゲーム内のログを参考にすると言っていた。


「もしかしたら、試験はすでに始まっていたのかもしれないな。最初のエントリーで“ログデータを参考にするから、エントリー申請はログデータの閲覧を承諾したものとみなす”って言われたんだろ? ログデータを見るってのは、エントリー後の行動を見るんじゃなくて、これまでのベグゲーム内の行動を参考にするって意味かもしれない」

「え! これまで? ってことは、ボクがベグゲーム内で何してたかを調べられている……? その結果を明日の朝に……」

「……よし、俺はもうこのまま徹夜だ。どうせ俺も明日にはコイツを完成させて売らないとヘッドハンティングなしになるんだし」

「へ? そ、そんな話ありましたっけ?」

「ん、ああ。実はな、先方にそう言っちゃったんだよ。アバター操作をいつまでもできないようじゃダメだろ。半端でやる意味もないかなって」

「えええええ! そ、そんなこと言う必要ありますか! どうしてわざわざそんなことを」

「いやあ、あのときは今回の案件にあんまり乗り気じゃなくてなあ。何か理由をつけて断ってやろうかと思ったんだよ。そうしたらな、先方が正式に了承しちゃって。まさか本気にするとはな! ははははは」

「だ、だってまだクリスタルダガーは完成してないし、完成しても売らなきゃダメなんですよ? 物があふれるサンドアイズの市場でたった一点物のアミュレットが売れる確率なんて……こ、こうしちゃいれらないですよ! んもう! やりますよ! さっさと!」

「お? お、おう、そ、そう怒るなって。若気の至り……若くはないけど、俺にもそういう……」

「ごちゃごちゃしゃべってないで! はやく!」

「おっかねえ……あ、はい。やります」


 鬼気迫る剣幕。

 普段おとなしい人間の本気の怒りほど恐ろしいものはないなと、マークスはそそくさと作業へ戻った。

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