16.相棒
翌日、ベグゲームをはじめて3日目。
長時間の作業に疲れたマークスは寝坊した。
朝からログインするつもりが、実際にサンドアイズに到着したのは昼過ぎ。
ログインして間もなく、ユイトからの音声メッセージが届いた。
『今日は用事があってインするのが遅くなります。ボクの工房は自由に使って大丈夫なので、マークスさんは作業を続けてください。たぶんジョギングもしてからインです』
メッセージを聞いている時、マークスはすでにユイトの工房にいた。
「勝手に家に上がるのはどうかと思ったが、問題なかったみたいだな。ユイト君の要件ってのはもちろんエントリーのことだろう。やっと行く気になったか! よし、家主の許可もあることだし、俺の方も今日中に完成させてやるか!」
マークスは意気揚々と研磨加工作業へ入る。
アバターの動きに慣れてきたため、切断し大まかな形を取るまでスムーズだ。
「ああ、真っ二つにするまでは慣れてきたのに、また割れちまったよ。研磨機の振動か……? もう一度だ」
手を滑らせて落とすこともなくなり、ユイトの置いたダガー見本に近いシルエットが作れるようになってくる。
研磨機やリューターで削る作業には時間以上に神経が磨り減るため、1つ加工しては休憩し、割れては再開する流れを繰り返していた。
「こんな作業をアバター経由で1人でやって、あれだけのものを作れるようになるってのはすごいことだな。……確かに根気がいる」
部屋の壁にならんだ剣やナイフ、ブレスレットなどの装飾品はどれも見事な出来栄えだった。
どれも造りが美しいのはもちろん、モチーフをもって装飾が施されている。
月や太陽といった宇宙に関するものが多いが、絡まるツタや葉っぱなどの植物もたくさんあった。
「単純にダガーの形状を作るだけでこのザマだ。職務のためという理由がある俺と違って、ユイト君はものづくりをしたい、楽しいという理由でこれらを……」
工房内を何度も見渡し、マークスは再び作業へ戻った。
独学で作り出したユイトの工房に背中を押される気がして、手を止めていられなかった。
「いや、楽しいんだな、この作業が。現に俺も今楽しんでいる。昔の俺も、この楽しさに憧れたんだ。……それに、俺は彼と一緒にやるのが面白い……んだな。AIばかりと仕事をしていて、人と一緒に仕事をする楽しさをずいぶんと忘れていたもんだなあ」
時計を見ると23時30分を過ぎていた。すでに深夜。
「おいおい、こんな時間か。世界レベルの集中力を発揮しちまったぞ俺は」
マークスが自画自賛を始めたところでユイトが姿を見せた。
「遅くなりました」
「お、来たか。ああ、今日はずいぶんと遅くなったな。え~と……」
エントリー後に試験でもあったのかもしれないなと、マークスは落ち込んでいる可能性を考慮し、彼にかける言葉を慎重に選ぶ。
「はい、これを探していました。これ、けっこうレアなんですよ」
「これは……? 銀色の根っこ? 植物?」
「これはシルバールーツというアイテムで、銀の根です。天然の銀って、植物の根みたいに地面のなかでこうやって埋まってるらしいです。これはベグゲーム内のアイテムだから、実在する自然銀とはちょっと違いますが」
「ほう……。って、まさかこれを探しに行ってこんな時間に?」
「あ、はい。ブルークリスタルでダガーを作ったら、装飾が欲しいじゃないですか。このシルバールーツは柔らかくて、手で巻くだけで取り付けられるんですよ。しかも、クリスタルに焼きを入れる時、一緒に根も焼きが入ってしっかり固定されるんです。見た目もばっちりでまるで銀細工が植物のツルみたいに……」
「なるほど、シルバールーツを焼いてシルバーのツルを……って! いやいや! 違うだろ! ユイト君、わかってるのか? もう例の月面案件が始まって3日目だぞ! 俺はてっきりエントリーに向かったもんだと。あ、まだエントリーまで余裕があるのか?」
「エントリーの受け付けは、今日の23時59分です」
「お、おいおい! もう時間だぞ! 早くいかないと!」
慌てて時間を確認するマークス。
時刻は23時40分を過ぎている。
慌てるマークスを見ても、ユイトはけろっとしていた。
「……正直なとこ、もういいかなって。ボクにあんな話が来ただけでも十分なんですよ。2年間ずっとずっと就活してて、どこにもかすりもしなかったんです。今はAIがいます。AIに任せていればなんだってやってくれる。……なのに、ボクみたいな平凡なただの人が、ものづくりしたいから就職しようなんて……。ちゃんとした仕事につける人って、もっと特別な何かを持っている人なんですよ。マークスさんみたいな……」
「な、何言ってんだ。仕事するのに特別なものなんていらないぞ。そりゃあAIはなんでもかんでも最適化してしまう。俺だってAIがいれば、俺みたいな管理職もいらないんじゃないかって思いはするが……」
「マークスさんは経験があるじゃないですか。あのベグ工場を日本に誘致したなんて、とんでもない実績ですよ……。誰とだってすぐに話したりすごいし。ボクとは違います」
マークスは頭を抱えて体をゆする。
予想外の言葉を浴びせられ、やりきれぬ衝動に身もだえした。
「んんん、そうじゃなくてだなあ。君はすでに特別なんだぞ? 今やロストテクノロジーと言っても過言じゃない職人作業をここまで自力で再現しているじゃないか。しかも脳波操作とアバター越しに、だ」
「いいんです。最初にマークスさんが言った言葉、正しいんだと思います。人生は甘くないんだぞって」
会話を重ねるたびに影を強めるユイトの言葉に、マークスはついにしびれを切らした。
ユイトの肩を両腕で掴んでゆする。
「バッカヤロウ! そういうんじゃない! 今は違うぞ! 俺は! お前と一緒に仕事がしたいんだ! たった3日間だったが、俺はとんでもなく楽しかったぞ! 楽しく仕事したなんて何年振りかわからんくらいだ! 君のアバター操作技術やら、話下手のくせにお人好しでなんだかんだコミュニケーション取れるってのは立派な長所だ! 誇れ! 俺が面接官だったらもう即採用だ! だがここじゃ俺は面接官じゃない。ただうまくいけば同じ仕事ができる! 俺は君と仕事をしたいんだよ! 月で! なあ!」
マークスは一気呵成に思いをぶちまけた。
肩は大きく上下し、荒い呼吸がユイトにも見て取れた。
「で、でも、うまくいくかわからないし……2年間ずっと就活してたのに一度もうまくいってないんですよ……」
「2年は長いよなあ……確かに人生は甘くない。……けどな、それで深く考えたからって必ずしも正解に近づくわけじゃないんだ。要は、自分がどうしたいかだ。失敗を恐れて自分の気持ちを見失うんじゃない。君はどうしたいんだ?」
「…………そ、それは」
肩を掴まれたまま、まっすぐに目を見て語るマークスの言葉がユイトに突き刺さる。
アバターが再現する触覚が、本当に両肩を掴まれている感覚を唯人に伝えていた。
「それはもちろん、月で仕事をしてみたいです。たった3日くらいだけど、マークスさんとの作業はとても楽しかった。……本当は、マークスさんと一緒に月での仕事をしたい」
「よーし! それでいいんだ! それで!」
「で、でも、誰かと一緒にやるのが楽しいからなんて理由でいいんですか……」
「誰もそれがダメなんて言ってないだろ! ダメだと君を押しとどめているのは君だけだ。君がダメなやつだと主張するのは、ここには君しかいない! 本当にそれがダメなのか、その目で確かめてこい! 俺は君と仕事をするのが楽しいから、こんなに作業に打ち込んでいるんだぞ!」
「……行ってきます!」
ユイトの肩を掴んでいた両腕で、マークスは彼の背中を思いきり叩いた。
「おう! 行ってこい! 全速力だ!」
かつて敗れた自らの職人への夢。
マークスは声に出して伝えたかったが、必死に言葉を飲み込んだ。
「彼の夢は、彼だけのものだからな」




