15.積み重ねたもの
外へ出るとすでに夜が明けていた。
「うわ、もう朝か? ……いや、リアルな時間はまだ20時か。って、もう20時か! こりゃすごいな、ログインしてからかれこれ12時間だ。時計一周するまでゲームしてるなんて信じられんなあ」
「あ、ゲームしているとあるあるですね。作業とかに没頭していると、気が付いたら何時間も経っちゃうんです。ちなみに、ベグゲームの1日は4時間なので、マークスさんはベグゲーム内で今日はもう3日間過ごしている計算ですよ」
「今日1日で3日間……なんだか混乱する話だなあ……」
住宅街を出てセレネ広場、市場を抜けて2人は鉱山へ到着した。
ユイト曰く、朝の5時に鉱山の状態がリセットされる。
「本当だ。穴だらけの鉱山地帯がまっさらな荒野だ。おっどろいたねえ」
マークスは穴1つない荒野を前に感嘆のため息をつく。
鉱山地帯には2人以外のプレイヤーの姿がちらほらと見えている。
朝日を浴びながら荒野に立つマークス。
ユイトが言う。
「なんだか、すっかりベグゲームに馴染んだって感じですね、マークスさん」
「お? そうか? まあ、ゲーム内とは言え幾夜も貫徹したからな。もう立派なベグゲーマーさ。はっはっはっ」
マークスの高笑いに、傍にいた女性プレイヤーが振り向いた。
「あ、昨日はお世話になりました! またお会いしましたね」
2人に声をかけたのは、前回の初採掘で坑道を掘りぬいて侵入してきた彼女だった。
金髪とスチームパンク風なゴーグルがトレードマーク。
「あ、お、おはようございます」
「おお~! おはよー! 奇遇だね! 今日は採掘日和だ。また一緒に頑張ろう!」
ぎこちない動きで力こぶを作って見せるマークス。
ユイトも横で照れくさそうに力こぶを作って見せた。
「はい! 頑張りましょう!」
彼女も右腕を上げて力こぶを作って笑った。
ユイトがショベルを2本取り出す。
ショベルを受け取るマークスは2度目ともあって掘り始めるまでがスムーズだ。
丸い刃先を地面に差し込み、足掛けを踏みながらマークスはあることに気が付いた。
「おや、さっきの彼女。頭の上に名前らしいものが見えるぞ」
「あ、ほんとですね。あれは名前表示の設定を変えたんです。ボクたち2人に名前を見せてもいいよって」
「ほお~、そんなこともできるのか」
「はじめて会った時に言いましたよー?」
「ははは、そんなこともあった気がするな。色んなことがありすぎて覚えきれないんだよ。しかし、名前を見せてくれたのはなんだか嬉しいね。うん、シャーロッテか、素敵な名前だ」
「かっこいいですね。どこの人なのかな。あ、ボクも名前を見えるようにしておこうっと」
掘削作業をしながら、視界内の設定をいじって手早く名前を表示するユイト。
マークスはそもそも名前を表示しているままなので、手を止めずに作業を続けている。
「ん、さっき彼女は昨日はって言ってたからな……。名前からして、ドイツの人かもしれない。日本の方が7~8時間ほど早いから……昨日会った時は向こうが深夜で、今は昼くらい、かな」
「おお……。マークスさん、すらっと時差が出てくるの、なんか大人のビジネスマンって感じですね……。ボクは検索しないとわからないです」
「おいおい、俺は正真正銘、大人のビジネスマンだからなあ?」
掘り進めながら談笑する2人。
5mほど掘り下げ、すでにブルークリスタルが採掘できる深さ。
2時間ほどで安定して採掘ができる状態が作られた。
「これは素晴らしい上達ぶりなんじゃないか?」
「そうですね。この調子ならあっという間に20個くらいは採れちゃいますよ」
「20個……さっきの倍は骨が折れるねえ……」
「あのー、すみません。……ちょっとお訊ねしても良いでしょうか?」
地上から2人を呼ぶ声が聞こえた。声の主はシャーロッテ。
「はいはい。どうしましたー?」
土壁に埋まるブルークリスタルの破片を慎重に掘り出しながら、マークスは太陽の光が差し込む頭上を見上げた。
ユイトも同じように上を見る。
「あ、あの。近くで採掘をしているんですけど、生き物みたいなのが出てきて、どうしたらいいかわからなくて……」
「生きものだってよ、ユイト君」
「え、ボ、ボクですか?」
「俺が一緒に行っても大げさに驚くぐらいしかできないからなあ。また会ったのも何かの縁だ。行ってあげたらどうだい」
「お、お願いします。あ、えっと、お、と、友達が一緒にいるんですけど、私たち二人とも初心者でどうしていいかわからなく……」
「ふ、2人も……」
1人だと思い込んでいたユイトはもう1人いると聞いて後ずさった。
「ちょ、ちょっと行ってきます」
「おお、さすがベテランプレイヤーだ」
意を決したユイトを見送り、マークスは掘削作業に戻る。
地上からは遠くから「キャー!」「これが、植物?」と2人の女性の声が聞こえ「この中に宝石が入っていて……」と、控えめながらも案外はっきりした説明をしているユイトの声が聞こえてきた。
「一度話し始めると、しっかりと喋れるんだよなあ。しかもベグゲームのこととなると饒舌だ」
マークスは額の汗をかいた。アバターを操作しているため、いくら重労働をしても実際に汗が出ることはないが、自然とアバターが動いていた。
その後、女性たちの謝辞がかすかに聞こえ、すぐにユイトが戻ってきた。
「やるじゃないか。もうすっかり初心者の支援が板についてきたな。しかも相手は女性2人、もう他のプレイヤーと交流がなかったとは言わせないぞ? はははは」
上機嫌のマークスに肩を叩かれ、ユイトもまんざらではなかった。
「は、はい。こういうのはあまりなかったんですけど、ボクでも役に立てるって嬉しいですね。……しかも、ベグゲームを楽しんで貰えてるのが嬉しいです」
照れるユイトに、マークスは大きく頷く。
「もうこれだけ採れれば十分だろう。って、こんな時間か!」
40個ほどのブルークリスタルを集めたころ、時刻は22時を過ぎていた。
「あー! しまった、ジョギングの時間!」
「いいねジョギング。……時間を決めているってことは、まさか毎日走っているのか?」
「はい、就職活動を始めてからまだ2年ですけど、日課にしてます」
「に、2年間毎日?」
「そうですね。……あ、元旦の日だけ休んだかもしれないですね」
「お、おお、そうか。人に言われた訳でもないのによく続くなあ……」
「ボクは凡人なので、気を抜いたらすぐ怠けてしまうんです。走るだけなら、ボクにでもできますから……。じゃあ、今日は落ちますね」
「ああ、長い時間ありがとう」
「また明日頑張りましょう。この調子なら、あと2日あれば絶対に完成できます!」
「まだ走るのはうまくいかないけど、手先はだんだんと器用になってきたよ。もう少し力を貸してくれ」
「もちろんです」
再び朝日が昇るころ、ユイトはログアウトした。
マークスも急ぎログアウトする。
自室にてベグを外すと、凝り固まった肩回りに鈍重さを感じた。
「さすがに疲れたなあ。しかし、ユイト君のエントリーは大丈夫なんだろうか……。あれだけの技術と熱意は、アンナの言う通り目を見張る。……さすがに俺が聞かなくてもエントリーに行くとは思うが」
両肩を回しながら、すっかり聞きづらくなった月面プラントの求人案件に思いをはせた。しばらく肩を回したり背筋を伸ばしたあと、再度ベグを装着する。
アンナへの報告書を作成しながらも、やはりエントリー状況が気になった。
「明日、サンドアイズで聞いてみるか。まあ、エントリーに行っているようならいいが」




