表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

14.ユイトの工房

 町へ戻ると、2人はユイトの家に向かった。

 セレネ広場から住宅街へ向かう道を歩き、住宅地の一角にある2階建てのレンガハウスに入る。


「かわいらしい家に住んでいるねえ。しかも広い。そして、工房が思っていた以上に本格的だ」


 室内に入り、家の広さに驚いたマークス。

 案内された工房の設備にもう一度驚いた。


「本当の工作機械って知らないんですけど、ベグゲーム内で揃えられる設備はほとんど揃っていますよ。さ、拳サイズならここで」


 ユイトは作業机の椅子を引いてマークスを迎える。

 作業机の上には、おそらく電動のドリルやグラインダーが置いてあった。

 机の端に噛ませてあるのは万力。


「お、おう」


 マークスが椅子に座ると、ユイトは部屋のすみに寄せてあった工作機を押して来た。

 円盤状の金属が縦に固定された設備。

 金属盤はよく見ると表面がギザギザで切削用。

 駆動させれば金属板が回転し、対象物を切断するであろうことはマークスにもわかった。


「これで、まずはナイフの形に合うよう、大まかに石を切断しましょう。できたら万力に石を固定して、グラインダーやリューターで研磨していきます。えっと、こんな感じで」


 テキパキと作業説明をし、球状のブルークリスタルを切削機で綺麗に切断していく。

 高速回転する刃に削られたクリスタル粉が飛散する様は、まるで噴水の水しぶきのようだ。

 手慣れたユイトの動きに、マークスは呆気にとられた。


「いやあ、ユイト君、ほんとに職人だね……。侮っていたわけじゃないが、ベグゲーム内の工作環境がこんなに本格的だとは思わなかったよ。それに、君もだ」

「ボクはあるもので作っているだけです。ベグゲームの中にあるものは、現実にある実際の道具や設備をもとにしているらしくて……。就活失敗しているボクみたいな唯の人でも、こうしてものづくりができるのって、すごいですよね」

「すごいのは君だよ。これだけの設備に技術、全部自力で?」

「え? はい。ベグゲームは今は失われていく技術の継承も目的にしているって、何かのニュースで見たんです。情報局には資料館もあって、工具や設備の使い方、加工の仕方もけっこう細かく書いてありました」

「職人の技術を完全にデータ化して保存しているって聞くね。ユイト君の場合はデータを引っ張り出して独学で継承してるようなもんだなあ」

「継承とかそんな大したことはなくて……というか、これはゲームのレベル上げで、攻略と同じなんです。ここはこう動かせばうまくいく、この素材は同じやり方じゃだめとか。試行錯誤が楽しくて」

「ユイト君ぐらいの若い頃に、こういう工房へ見学にいったことがあるんだ。もう30年近く前、手作業の職人がギリギリ残っていた時代だね。当時の職人たちを彷彿とさせるよ」

「それは……嬉しいです。こういうものが生まれる瞬間が好きなんですよね」

「今は3Dプリンターでどんなものでもデータさえあればノック1つでできるからねえ。オンラインからライセンスを購入すれば、ステンレスのペーパーナイフだろうが、陶器のコーヒーカップでも、分子どころか原子サイズで全部再現、合成して作ってくれる」

「鉄に焼きを入れて鋼にする、そんな工程もないんですよね。AIが鋼自体を作ってくれるので。……なんだか、味気ないなって思って」

「なるほどなあ。その味気無さを解消するために自力でPDCAを回していったのか……」

「PD……?」

「あ、いやいや。試行錯誤を自力で繰り返すなんて並大抵の努力じゃない。俺もやりがいがどうしたなんて言ってられないかもなあ」


 右肩口を左手で抑え、右手をブンブンと勢いよく回すマークス。

 ユイトに触発された思いが湧き立つのを自分でもはっきりと感じていた。

 職人志願の夢を胸に、かつて工房へ赴いた気持ちが蘇る。


「疲れもどっかに飛んで行った! さあ、続きを教えてくれ!」

「は、はい。じゃあ、今みたいに最初はナイフの大まかな形に近づけてから、自動研磨機やリューターでダガーの形を作っていきます。柄や鍔はボクが銀で作るので……」


 ユイトの指示と補助で、加工作業が始まった。


「一発で完成させればいいんだろ?」


 そんな強気の台詞を言っていたマークスだが、そもそもの「クリスタルを手で掴んで固定する」という作業がうまくいかず、研磨機に押し付けすぎて割り、落下させて割り、最初の工程の真っ二つがきれいにいかずと、想像以上の苦戦を強いられた。


「微妙な力加減がこんなに難しいとは……。自分の手でものを加工するなんてやったことがないからなあ……。アバター操作というハードルだけでも高いのに!」

「ボクも生身だとやったことありません。もしかしたら、アバターを通した方がうまく加工できるかも」


 そう答えるユイトの器用さは大したもので、マークスは何度も「ユイトがやったら一発でうまくいくなあ」とつぶやいた。


「……もしや、ほかのプレイヤーも皆こんなに繊細な作業を……?」

「いいえ。普通はこの工作機に、あらかじめ用意されたモデルをセットするだけです。デザインの選択とかけっこう細かくできるんですよ」

「ほう、なら手作業ってのは珍しいのか」

「そうかもしれないですね……? 他の人がどうやって作るのか見たことないですけど、売られているのはほとんど用意されたモデルの流用だと思います」

「なるほどなあ。完全オーダーメイドの手作りはユイトプレミアムってわけか……。ああ、またやっちまった! 力の入れ具合でこんなに簡単に亀裂が入るのか! くうう、これが最後の1つだったのになあ」

「マークスさん、すごくうまくなってますよ。もう最初の切断は完璧です。あとは根気よく丁寧に削るのをマスターするだけです」

「根気よく、か。ユイト君は若いのにすごいな……。俺の若い頃に君くらいの根気があれば……いや、若さを理由にしてはいけないな。ユイト君がすごいんだ。さ、材料を取りに行くか!」


 言うが早いか、マークスは破片だらけになった作業机の上を掃除し始める。

 ユイトもマークスに遅れまいと卓上用の小さな箒と塵取りを取り出した。


「このクズになってしまったブルークリスタルは売れないのか? 破片でも綺麗だけど」

「これだけバラバラになってしまうともう価値がないので捨てるしかないですね。磨いただけなら、採掘した原石のときよりも高く売れるんですけど」

「ほほー、加工費がちゃんと付加価値となって値段に上乗せできるのか。やるなあベグゲーム」

「はい。素材だと100クーク、磨けば300クークくらいにはなりますよ」

「クーク? あ、お金の単位か。なるほどねえ」


 大きな破片をマークスが手で集め、細かな破片はユイトが箒と塵取りで片づけた。

 作業を続けてきた2人は、いつの間にか小さな作業でも息のあった動きを見せている。


「よーし、もう一度鉱山へいくか」

「はい、今度はボクもガンガン掘りますね!」

「おっと、そりゃ心強いな。はははは」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ