10.ジャラシュの店
数m歩いた先、ジャラシュの店先でマークスとユイトは店主と挨拶を交わす。
「ようこそ! ジャラシュの店へ! 私は店主のジャラシュ。アナタのことは知ってるよ。ベグの中は動くだけで大変だから、ああいうこともたまーにあるよ! ほんとたまーにだけどね! ははは!」
筋肉質ながっちりした体格、金色の髪の毛を後頭部でまとめたっぷりと髭をたくわえた青年。
中東風の彫りの深い顔立ちの彼は、柔和な笑顔で2人を迎えた。
「どうも、俺はマークス。昨日のアレ、見られていたんだな。こりゃ恥ずかしい」
「ま、しょうがないよ! でもうちの店には突っ込まないでよ! はははは!」
「大丈夫、少しは慣れたから今度は店を貫通してみせるよ。はっはっは」
「は、ははは」
お互いの肩を叩きながら笑っている2人の横で苦笑するユイト。
「ううん、どうしよう。雑談から入るものかなこれ。けど雑談って何を話せば……」
何から話せばいいかと悩むユイトを尻目に、自分の失敗を話のタネに、マークスはもう会話を弾ませていた。
「だってそうだろ、脳波でベグを動かすならそりゃ慣れてるさ。仕事でプライベートで毎日使ってるからな。けど、ベグを使ってさらにこんな複雑な動きをするアバター操縦だ。こんなんすぐできるかって。素人があんなんなるのは当然さ!」
両腕を上げてお手上げを表現しようとするマークスだが、実際には直立不動のまま両腕をまっすぐ上に振り上げただけ。
それでも声のトーンやテンポから、マークスの動きを察したジャラシュは笑う。
「はははは、そうそう。気にすることなんてないさ。慣れないことをやったらミスしてうまくなる! これは世界共通!」
「それにしてもジャラシュの店構えは見事だね。これは楽器だよね。タラバッケ?だったかな」
上部の蓋が広がった筒状の小ぶりな太鼓、タラバッケを指さすマークス。
モザイク模様を思わせる原色豊かな装飾が印象的だ。
「ワオ! すごいね! タラバッケを知ってるなんて、マークスはアラブ系?」
「いやいや、日本人さ。けど仕事側、そっちの友人もいるからお土産にもらったことがあるんだ。情熱的なダンスと一緒に披露してくれたよ」
ベグゲームに国境はない。
世界中からアクセスしているプレイヤーの言葉はリアルタイムで自動翻訳されている。
会話が通じているからと言って、同じ国とは限らないわけだ。
「ベグの自動翻訳は優秀! 日本人の友達はあんまりいないから嬉しいよ! いいねいいね! 実はここのタラバッケは全部私の手作り! ホラ!」
突然小さな演奏会が始まり、マークスは上機嫌でジャラシュの奏でる音楽を楽しむ。
傍にいるユイトは会話のきっかけがわからずに、もじもじと2人の顔を交互に見るばかり。
「おっと、そうだ。彼はユイト、俺の恩人なんだ」
「あ、ど、どうも。ユイトです」
「やあユイト! 君のことも知っているよ!」
「え?」
タラバッケを棚に戻すと、ジャラシュはユイトの腕に光るブレスレットを指さした。
「それと、ほら」
次に自分の腕を胸の高さまで掲げて見せる。
「あ! それはボクの作ったブレスレット」
「そう! これでも商人だからね。腕の良い職人はたいてい知ってるよ! ユイトの作品は、繊細で丁寧な造り。普通は作成プログラムを組み合わせて加工するのを、彼は全部手作業でぜんっぶやっちゃう! だから彼の作るものは2つとない一点物! けっこう人気あるんだよー」
「へえ、すごいじゃないか。これ、アバター操作してベグゲームの中で作ったってことか?」
ジャラシュの太い腕に巻かれた銀のブレスレット。月と太陽、昼と夜、そして夜空が表現されていた。
「ユイトは月が好きだよね。ユイトの作品には月のモチーフが多いから。この月のパターンも自分で作って手で掘れるのは君くらいさー」
「は、恥ずかしいです」
頭をかいてうつむく腕にも、銀のブレスレット。そこにも月が彫り込まれていた。
「恥ずかしい? 何言ってるんだ、ユイトは偉大な職人にしてアーティストだよ!」
ユイトを褒めちぎるジャラシュ。
彼の腕をじっと見つめていたマークスは声を張り上げた。
「ほお……よし! 決めたぞ!」
思いのほか大きいマークスの声に、びくっと肩を震わせるユイト。
一方ジャラシュはプレゼントを待つ少年のような弾んだ声でたずねる。
「なんだい? その感じは素敵な思い付きだね?」
「もちろん、ベグゲームで最初の目標ができた! 俺もユイトみたいに自分の作品を作る! そして、売る! ビッグアーティストへの第一歩だ! ユイトのように!」
「ビ、ビッグアーティスト……ボクが……?」
マークスの突然の宣言も驚いたが、ユイトは自身をビッグアーティストと称する2人にどう応えればいいのかわからなかった。
「おおお、いいねー! ナイスアイデアだ! ちょうど腕の良い師匠もここにいるしね!」
「そういうことだ!」
「え、ええ? ボ、ボクですか?」
白い歯を見せて朗らかに笑うジャラシュと、口元だけ真横に広がった笑顔と思わしき表情のマークス。
2人の情熱的な眼差しを受けて、即座に断れるほどユイトはコミュニケーションが得意ではない。
「は、はい。ボクで良ければ力になろうと思います」
成り行きの承諾だが、マークスとジャラシュはハイタッチで喜ぶ。
「イヤッタねー! で、何を作る?」
自分の店のタラバッケを指さすジャラシュに首を振るマークス。
「もちろんそれもいいんだけどね。ほら、こういう古典的なファンタジーといえば、剣と魔法だ。俺は剣を作ってみたい」
「へえ、剣いいね! 剣! あれ、ユイトは賛成じゃない?」
とんとん拍子で話を進める2人とは対照的に、ユイトは顔をしかめた。




