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1.初めてのチャンス

 西暦2082年。

 日本ではAIによる完全自動化が実現していた。

 完全自動化された生産用ロボットと、インターネットがリンクしたSFスマートファクトリーの普及率は日本国内だけでも99%を超えた。製造業のみならず、小売業やサービス業など、ほとんどの業界で、今や人の手は不要。

 非効率とされる人間の労働はもはや義務でなく、AIによる経済効果によって人間は養われている。

 そんな時代の中、必死に就職活動に励む1人の青年がいた。



「はあ……またダメかあ。不採用通知でいっぱいだよ……」


 深いため息。唯人(ただひと)はワンレンズメガネタイプの情報端末『ベグ』の、レンズ内側に表示されている画面を見て操作していた。

 大量に並ぶ不採用通知を1つ1つ開封する、すっかり手慣れた作業だ。


「これで不採用200件、大記録だよ……これ以上受けられる企業なんてあるかな……」


 不採用通知のメッセージを開け終え、唯人(ただひと)は古い動画ファイルをノックする。

立ち上がった動画は真っ暗な画面を映しだし、無音のまま再生が続く。



 『ベグ』とは通称で、正式名は『ベルガーグラス』

 脳波操作式メガネ型個人用情報端末の名称で、2050年代後半に登場して以降、それまで主流だった電話型情報端末スマートフォンの座を奪った。

 もとは2枚のレンズを持つメガネ型だったが、改良の末にワンレンズ型(1枚の横長レンズ)のデザインに定着。レンズの内側が液晶画面になっており、脳波操作が可能。

 なお『脳波による操作』は、クリックやタップではなく『ノック』と表現される。

 ベルガーグラスの名前の由来は、1929年に史上初めて脳波を発見し発表したハンス・ベルガーから。彼はその偉大な功績は認められ、のちにノーベル賞の受賞候補にも推薦された。



 オープニング代わりの真っ暗で無音なシーンが終わり、やっと映像が動き出す。

 流れたのは2000年代初頭の動画。

 手作業で革製品を切り、縫い、銀製品に彫刻を施していく。

 撮影者は今はなきスマートフォン端末で撮影しているようだ。

 動画中の場面はめまぐるしく切り替わり、スポーツカーの整備士や、工場の旋盤、溶接工など様々な場面を映していた。これらはもはや人間の手で行われることのない、ロストテクノロジーの一種。


「はあ……。自分でものをつくる仕事って、ボクには無理なのかなあ……」


 本日二度目の盛大なため息をつき終える前に、ベグ画面にポンっとメッセージが届いた。


「もう面接受けたところからは全部、不採用通知来たと思ったけど……」


 新着メッセージを開く。



【件名:ベグエンタープライズ㈱で10年ぶりの求人掲載】

 ――最新鋭SF(スマートファクトリー)のオペレーターを募集



 そのメッセージは唯人が登録しているクラウド上の国営の職業斡旋サイトからだった。

 彼が覚醒状態にあると脳波から判断したベグが、ユーザーにとって優先順位の高い情報として画面内へ自動表示していた。


「え、この求人ほんとかな。ベグの製造工場で求人? ……日本どころか世界でも最先端の工場が、ボク宛に?」

 唯人(ただひと)はベグの内側に映る画面右上に表示されたポップをノックした。

 開いた求人はうさんくさいダイレクトメールの類ではなく、間違いなくハローワークからの情報だった。国内唯一、日本はおろか世界のベグ生産量の2割を担う最新鋭のSF(スマートファクトリー)からの求人情報。


「うわあ……これは入りたいけど……ボクが世界的な企業に入れるわけ……」


 口にした不安は、呼び水のごとく悲観的な言葉を招く。


「もう200回以上、就活失敗してるし……これ以上失敗するのは怖い……」


 唯人は大学を卒業してからずっと就職活動を行っていた。

 完全自動化されたAIが労働を肩代わりする中、生半可な人材では企業の目に留まらない。


「いや、でもこんなチャンスほんとに珍しい。……って、これほんとにベグ関連だよね? あと登録者全員への一斉送信じゃ……」


 唯人が疑り深くなるのも無理はない。

 彼は大学卒業してから就職を続けていて、就職活動歴は丸2年。

 ハローワーク以外にも5つの求人仲介サイトへ登録し、自動配信される情報以外にも目を皿のようにして気を配る生活を2年間毎日続けていた。

 10年ぶりの求人と銘打たれているように、この2年間でベグ生産工場が求人を出しているのは見たことがない。

 求人概要欄にはこう書き添えられていた。




【次世代の生産を担う開拓精神溢れる若者を求む】




「応募資格に特別な資格はいらないんだ……。給料も年俸1000万以上可能……! これがスタートってすごいよね……」


 舐めるように待遇欄を読み込んでいくと、欄外に書かれた予想外の一文を見つけた。


「え? ……脳波操作によるアバター操作技量を考慮するため、ベグゲーム参加者に限る? しかも、エントリーはベグゲーム内で? アバターでいいの? これってもしかしてボクにも本格的にチャンスがあるんじゃ……」


 唯人は求人欄に記載されているベグゲームに、1年ほど前から参加していた。

 ベグゲームとは、ベグを生産・販売するベグエンタープライズ社が提供する仮想空間サービスだ。

 ゲームの名がついているが、ベグ自体の操作訓練(脳波操作に関して)やベグ自体のデバック、新規サービスの選考テストの場として重要な役割を担っている。

 一通り読み終え、メッセージを閉じる。


「……チャンスかもしれない。ベグゲームに行って確かめてみなきゃ……」


 唯人は部屋で立ったまま情報を見ていたことを思い出した。

 窓の外は日が傾きすでに薄暗かった。冬の夕暮れは早い。

 ベグの明るさ補正が働き、薄暗い部屋の景色が鮮明になる。

 ベグの画像処理システムがあれば部屋の電気をつけずとも、星の明かり程度あれば昼間と同じように見えた。

 同時に視力に対する画像補正も行うので、ベグが普及するこの時代に視力矯正を目的としたメガネは、その本来の用途では存在しない。



 外側から見るベグは、真黒なワンレンズサングラス。

 鼻あての部分が少しへこんだレンズは、耳側へ進むにつれてレンズ幅が小さくなり美しい流線形のデザインをしていた。

 ワンレンズグラス【ベグ】が、人々を常に現実世界とネット世界に繋いでいた。



「ベグゲーム、ログインへ」

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