30 成書
長沙の政を韓玄に返してから、いくばくかの月が過ぎた。広場の釜の火は絶えず、湯気は朝ごと白く立つ。施療の場にもなお列は尽きぬ。だが張機は、もはや吏舎の几に就くことはなく、書簡と筆を前にして夜を送ることが多くなっていた。
昼は人を診、夜は記す。墨の香は衣に染み、手には草の色と黒が重なった。几の上には札の束が積み上がり、筆の跡は途切れてはまた続く。油灯の炎は夜ごと小さくはぜ、その揺れが影を長く伸ばした。
「医ひとりの手では、救える命に限りがある」
その思いが、常に彼を突き動かしている。
若き日、南陽に傷寒が流行したときのことは、いまも胸を離れない。母と兄をはじめ、親族の命が次々と病に奪われた。師の伯祖は郡命を受けて都へ召され、不在であった。残された自分は、兄や友と力を合わせ、必死に脈をとり、草を煎じ、冷えた体を温めた。だが救えぬ命はあまりに多く、庭先には白布が絶えず掛けられた。一人の力では到底及ばぬ現実を、その時に知った。だからこそ、見たものを記し、忘れぬようにし、伝えねばならぬと心に刻んだ。
党錮の禁、黄巾の乱のころにも、その思いは折にふれて甦った。祈祷や符にすがる民を前にしながら、粥と草を差し出すしかない自分。だが、医が官に仕えれば、声なき者を切り捨てることにもなりかねぬという恐れがあった。それでも、道を知る者が官に立てば救えぬ者もまた減るとの言葉を受け、張機はついに孝廉に推されることとなった。医と官のあわいで揺れた若き日の記憶は、いまも筆を執る手の根にある。
張機は筆を置き、ふと灯の揺れを見つめた。炎が二つに分かれ、やがて一つに収まる。その移ろいに、許で過ごした夜が重なる。帝の診療を終えた後、曹操と対座したことがあった。国もまた人の身と同じだと語った曹操の声が、いまも耳に残る。上下の気が通わねば病を発し、頭が乱れれば手足が迷う。治国と治病は同じ理に立つのだと。張機は静かに首を振り、答えた。
「似てはおります。が、同じではございません。人の身はひとつの命。国は幾千もの命の集まり。指を切って頭を保つ理は、身には通じても、国には危うい」
短いやり取りではあったが、張機の胸には深く刻まれている。人を救うは医の務め、国を救うは政の務め。その理を、はっきりと意識したのはあの時であった。灯の下で札に向かういまも、その思いは揺るがない。医の筆は人を救うためにあり、国の理を動かすものではない。だが同時に、国を担う者と交わした言葉は、自分の記すものに重みを与えた。草と粥と湯、それに筆を加えねばならぬ理由を、張機は半ば論の中で確かめ、半ば己の内で固めたのである。
張機は筆先を止め、遠い日の光景を呼び戻した。南陽の町で、伯祖が人々を診る姿。麻衣の背は静かに群衆を分け、脈をとる手は迷わず、言葉は簡潔であった。その一瞬を見て、自らも医の道に進むと心に決めた。あの日こそ、若き日の出発点である。
やがて歳月を経て長沙に至ったとき、人々の前に立ち、粥を施し、病を診し、秩序を整える自分の姿があった。火を守り、釜を支え、幼子に粥を渡し、老人に薬を与える。手の運び、声の調子は、ふとした瞬間に伯祖の姿と重なった。粥の列が乱れず、人々の口から自然に張長沙と名が洩れるとき、伯祖を仰いだあの日と同じ敬意が、自らに向けられているのを感じた。その思いは驕りではない。歩みが誤りでなかったという確かめであり、積み重ねた筆が無駄ではないという証でもあった。医の道を歩み続けた日々は、いま掌の中に確かに結実しつつある。
札の束は日に日に増え、施療の合間ごとに張機は筆を執った。脈をとり、舌を見、湯を処方するたびに、その結果を記し留める。熱の有無、汗の多少、脈の浮沈、症の軽重。一つひとつは明らかでも、束ねれば乱れ、順序をどう立てるべきかに悩まされた。
熱あるとき・汗のあるとき・汗なきとき。分類は枝葉に広がり、似通うものが互いに交じり合う。関節の痛み・乳の出ぬ母・夜半の悪寒。症例は尽きることなく現れ、そのたびに札は増え続けた。
夜、油灯の下で筆を止めるたびに、張機は思う。ただ記すだけでは足りぬ。いかに並べ、いかに道筋を示せば、まだ見ぬ者の手に届くのか。医を頼めぬ者こそ、この札を手にすれば救われるようにせねばならぬ。
ある晩、吏の一人が札を数えながら洩らした。
「先生、このままでは山のように増えるばかりです。どこから開けばよいのか、迷う者も出ましょう」
張機は墨を含ませた筆を静かに置き、答える。
「だからこそ、道を立てる。症の現れは乱れているようで、必ず筋を追う。上から下へ、表から裏へ、寒から熱へ。その順に並べれば、迷う者も筋を見出せる。筆を執るのは、そのためだ」
灯の火は小さく揺れ、几の上に札の影を長く落とした。張機は影を見つめ、また筆を執る。一筆一筆がやがて形をなすかどうかは分からぬ。だが積み重ねねば、道は現れぬ。
札を積み替えるうちに、張機の眼には繰り返し現れる秩序が浮かび上がった。頭から胸へ、胸から腹へ、さらに四肢へ。病の勢いは一定の順を追って移ろう。あるものは太陽に始まり、またあるものは少陽にこもり、あるいは陰に沈んでゆく。
「六つの道。……いや、六つの経か」
張機は思索を止めず、札を六つに分け置いた。
太陽・陽明・少陽・太陰・少陰・厥陰。
それぞれに症の姿を記し、治の法を添えると、ばらばらだった記録は次第に一つの織り目を成していく。分類は体系となり、断片は流れとなった。
彼は筆を執り、表の竹に大きく傷寒と刻んだ。若き日に己を医の道へ押し出した病の名を先頭に置き、さらに雑病と添えて、あらゆる患いを包み込む意思を記す。傷寒は人を一気に薙ぎ倒す急の病、雑病は日々の暮らしを削る緩の病。どちらも人を苦しめ、どちらも見過ごせば命を奪う。二つを併せて記すことで、医の道は初めて欠けなくなるのだ。そして最後に論の一字を置く。六経の秩序を論じ、世に示す書。こうして『傷寒雑病論』の名は、初めて一つの形を得たのである。
油灯が小さく爆ぜ、墨の香が夜気に溶ける。だが筆を置いたその夜、遠き北より風に乗って噂が届いた。曹操が河北を平らげ、兵を整えて南へ進もうとしているという。その影はやがて荊州全体に及び、長沙の地にも押し寄せるだろう。
張機は札を束ねながら思った。書を記すことはできても、それを手に取る者は限られている。粥を煮る釜の火と同じく、広めるには人の手と日々の営みが要る。筆は整った。だが、筆だけでは人の口に粥を運べぬ。いま整えたこの書を世に行き渡らせるには、さらに大きな障えが待つことを、彼は知っていた。




