番とはなんぞや
番ネタの作品を読んでて思いついたお話しです。
「お前を番などとは認めん!私の妻になるのはこのジョゼフィーヌだ!」
海を隔てた母国から私を番としてこの国に呼び寄せた筈のドラゴリュー侯爵は、燃えるような赤い髪をした竜人族の美女を抱き寄せたまま、初対面の私にそう叫んだ。
「――と、いう訳よ。」
「えっと……色々言いたいことはあるのだけれど……」
馴染みのカフェで、さっき偶然会った友人と一緒にお茶をしている。
ここ二人以上じゃないと限定アフタヌーンティセット注文できないのよね。
「帰ってくるの早すぎない?出国したの昨日よね?!」
「夜の最終便で戻ったの。あ、そうそう、昨日は朝早かったのに見送りに来てくれてありがとう。」
国家間を渡る飛翔鯨チケットは深夜は割引きになるし、無駄になってもまあいいかと思ってチケット押さえといて大正解だったわ。
この世界の所謂【人間】は大まかに人族・獣人族・幻想族に分かれている。
本当に大まかに分けての話なので、例えば南海諸島に住む海妖精などは幻想族に振り分けられているものの半人半幻と言えるし、今回私の番騒動になった竜人族は獣人族に振り分けられているが半獣半幻とも言われている。
この中で【番】の本能があるのは獣人族だけ。
それなら獣人族間だけのものであれば面倒が無かったのに、残念ながら番の対象は全ての種族に渡る。
獣人族同士であれば会えばわかるし、近くに居るだけでも匂いでそれとわかるそう。
だけど当然ながら他種族にはわからない。
そのせいで昔はトラブルが多発して国際問題から戦争までいった例もあったとか。
流石にそこまでになれば種族特性だからどうので片付ける訳にもいかず、全種族適応国際ルールが定められた。
――――けど、まあ……一番種族特性の少ない人族間でも恋愛・結婚トラブルはあるんだもの。そう簡単に問題が無くなる訳ないのよね。
あ、自己紹介が遅れまして。
私は人族の王が治めるアカデミア国、マッド子爵家の次女リージェンスと申します。
先日、海を隔てたリュージィン帝国からドラゴリュー侯爵家の使者殿が当家に参られまして、私が次期当主様の番であると判明したと婚姻の申し込みがあったのです。
…………婚姻の申し込みというか、決定事項通達みたいな感じでしたけどね。
ところで番の判定方法ですが、王族・貴族相手に限っては直接会う以外にも方法がありますの。
まだ伴侶や婚約者の居ない適齢期の者には国際番機関への血液サンプルの登録が義務づけられており、番を探す獣人族は相応の寄付金と身元調査の上で、登録されたサンプルの匂いから自分の番を探すことができるのです。
貴族であればすでに番が見つかっている者以外は数年に一度国際番機関で番探しをするのが普通です。
貴族でなくとも機関の利用は可能ですが、寄付金の額が額ですので平民の方で利用される方は少ないそうです。
また、経済的な余裕もですが平民より貴族の方が番婚を重要視しているというのもあります。番同士から生まれる子どもは優秀な資質を持っていることが多く、家の存続と繁栄のために貴族の方がより優秀な次代を望む思いが強いのです。
サンプル登録が王族・貴族に限られるのもその辺りの心情を汲んだものです。
貴族であれば血統と家の存続の為と理解できるでしょうが、そこまでこだわらない平民にとってはサンプル登録は抵抗感の方が強いそうです。
まあ、中には玉の輿を夢見る平民の登録も少ないながらあるそうですが………
そんな訳で、縁もゆかりもないドラゴリュー侯爵家からの婚姻申し込み自体はそれほど不思議ではないのですが――――当人がいらっしゃらないのが引っかかりました。
使者殿は皇帝の側近を務めるほど優秀でお忙しい故だとおっしゃっていましたが……私知っていますのよ? 念願の番が見つかった獣人族は、それこそ戦も投げ出して飛んでくるものだと。
ケースバイケースというのはあるでしょうし、それだけで決めつけるつもりはありません。ですが、もしもの備えというのは大事です。
こちらの返事も聞かずすっかりノリノリな使者殿を言いくるめ……もとい、純然たる正当な合意を得て、私が番として帝国に赴く際の契約書その他を作成した上で昨日の早朝に海を渡ったという訳なのですが――――――
着いた侯爵家での初っぱなのご挨拶が冒頭の一幕と並み居る使用人の敵意に満ちた眼差しでしたのコトよ。
ハイ、案の定――――!(ドンドンパフー)
先に獣人族の貴族間では番婚が重要視されていると言いましたが、それに反発する勢というのも居るのです。
曰く、本能に従うだけなど獣と変わらないと。
利害ではなく真に愛する相手と結ばれるのが尊いのだと。
番などという枷に縛られるのはごめんだと。
そんなん勝手にすりゃ良いじゃないですかね?
元々そっちが勝手に言ってるだけなんだし?
あら、失礼。
でもこちらからすればそんな感じなのですけれど、あちらはまるで私が地位と財産とお素敵な?侯爵様狙いで厚かましく押しかけてきた卑しい無力な人族女で、愛し合う恋人達を引きさく悪女だとかナントカ。
栄光あるドラゴリュー侯爵家当主としての自覚がどうたら、神聖なる番婚がナンタラと熱弁を振るう侯爵様の従兄弟(使者殿が従兄弟だったそうです)まで誑かすフシダラ女など認めないだのウンタラカンタラ…………
知らんがな。
こう見えても私、社交界では結構美人なのに何故か存在感が無い、時々急に気配が消えて怖いと評判ですのよ?
見苦しく言い合……もとい、熱く激論を交わす方々を置いてさっさとその場を立ち去り、こうして戻ってきたという訳ですの。
こんなこともあろうかときちんと契約書にはその旨明記してあります。
一つ、ドラゴリュー侯爵家からの申し出と事実の相違、もしくは認識の齟齬があった場合、婚約・婚姻の契約は直ちに無効となること。
一つ、契約無効後に私がリュージィン帝国を出国し、アカデミア国へ帰国する事を何人も妨げる事はできない。また、その際私自身の財産、所持品の全ての持ち出しを認めること。
「おかしいと思ったら、あなたそれが目当てで……」
「あら、人聞きの悪い。でも帰る途中の市場で“偶然”良い感じの竜禅草の種とドラゴンドロップの苗と蛟葛の苗木を見つけたから傷心を癒やすために購入したの。それからあちらの飛翔鯨の発着場前の花屋になんと銀竜花の変種の鉢植えがあったのよ!それも青紫よ、青紫!ほんっとラッキーだったわ!!」
銀竜花は名前の通り銀色がかった白い花なんだけど、希に薄紫や薄紅色のものが出るの。でも色の濃いものは更に希少で、それも青系統なんて国立植物研究所の標本でしか見たこと無くて――――――いえ、別に国外持ち出しが禁じられるとか禁制品という訳ではありませんのよ?
リュージィン帝国の方々は高慢ちき、じゃない、とても誇り高くていらっしゃって、自国固有の産物を国外に出す際には大変勿体ぶりやがりますもので、花一本でも輸入手続きがもう本当に無駄に面倒くさい上にやたらめったら時間がかかりますの。
全く……竜禅草ちゃん達はあんなに愛らしくて、ドラゴンドロップちゃんは育成が難しいけれどそんな繊細なところも魅力だし、蛟葛さんの蔦と葉の織りなす艶めかしいまでの美しさからは思いも寄らない耐病・耐乾性は素晴らしいし、銀竜花様なんてあんなに可憐な上薬効がまた……っ!
それを妙なプライドで独り占めしようだなんてリュージィン帝国は本当に困った方々ですわ!
リージェンス=マッド子爵令嬢。
在学中に薬草に関しての論文を幾つも発表している才媛にして結構ガチめの植物オタクである。
話を聞いて、ここの所のリージェンスらしくない諸々が腑に落ちた友人だったが
「でも、大丈夫なの? 何だかんだ言っても番の執着って理屈じゃないって聞くわよ?」
“理屈じゃない”。
そこが【番】問題のやっかいな所で、過去から現在に渡ってトラブルを引き起こしている元である。
それに加えて国力こそ単純に計れるものでは無いが、爵位と資産は明らかにあちらが上だ。
しかし
「多分大丈夫じゃないかしら。今朝兄様に連絡したらすぐあちらへ飛ぶとおっしゃってたし。」
「兄様って………………まさか……」
ここでマッド子爵家の話をしよう。
アカデミア国で侯爵位を賜るラボラトリエ家を本家とし、サイエンシア伯爵家当主の実弟にあたるのが現マッド子爵家当主にしてリージェンスの父である。
長男にこそ領主教育を必須としたが、子ども達には男女の区別なく望むまま学問を修めることを許してくれた良き父であり、地質学者でもある。
そもそも一族総じて文武で言えば文に特化……というか研究者気質の者が多く、様々な分野で活躍したりしてなかったりしている。
つまり興味のあることに走りがちで、一点集中型が多い。
そしてリージェンスのいう兄というのはマッド子爵家の次男。
若くして目覚ましい功績を上げたことから伯爵位に叙され、生物学者であり医師であり現在国際番機関人族課・上席課長代理を務めるマジマッド伯爵の事である。
「でも本当に――兄様ではないけれど、【番】ってなんなのかしらね。」
マジマッド伯爵は学生時代から獣人族特有の番というものに強い関心を持ち、それが高じて生物学者になり、研究に必要だからと医師免許まで取った人物だ。
曰く、知らない事を知りたいというのが学問の一歩なら、知り得ないことを知りたいというのはその最たるものだと。
実際の所、これだけ全種族を巻き込む問題の割に【番】というのは獣人族の謂わば【主観】でしかない。
目に見える何かの数値にも、魔法反応にも表れず、ただ獣人族の【感覚】のみで判断される。
『ならば!それを誰の目にも明らかな形に解き明かしてみせる!』
そう決意した若き日のマジマッド伯爵は獣人族の同級生に研究への協力を頼み込み、あまりのアレっぷりに一人残らず逃走された。
詳しいことは未だ関係者が口をつぐんでいるので判らないのだが、当時の学園長と両親、本家当主に王家まで出てきて協議した結果、真に有益な研究だがセンシティブな面もあるため、家族でも身内でもない無関係の者を研究材料、もとい個人的な研究の協力者にするのを禁じられた。
だが、彼はそれでも有為なデータによる推論や革新的な論文、画期的な医療魔法を幾つも生み出し、特に番研究においては第一人者と言われるまでになったのだ。
そして今回、ドラゴリュー侯爵の番とされたリージェンスは彼の妹。
事前情報に相違があった為、婚約・婚姻契約こそ無効となったが、あちらの主張であるリージェンスが番であるという事実は変わらない。
つまり、実兄であるマジマッド伯爵は正真正銘“関係者”だ。
相手はリュージィン帝国の侯爵だがこちらは番の家族かつ国際的にも地位のある専門家でそれなりの爵位もあり……なにより伯爵自身が、その、多分永きにわたる“待て”状態が解かれてものすんごくテンション振り切れた感じになっていると思うので――――――
「当分兄様の対応で何かする余裕なんてないんじゃないかしら。」
「鬼か…………」
「ふふっ、私が鬼人族だったら双竜木の苗木だって担いで持ってこれたでしょうに、残念だわ。」
友人は呆れた目で見てくるけれど、自分だって今回の婚約解消を残念に思っているのだ。
リージェンスとて年頃の娘。素敵な貴公子から熱烈に求愛され、一途に愛されるというシチュエーションに胸がときめかなかった訳ではない。
それにドラゴリュー侯爵家といったら帝国でも指折りの名家で資産家でもある。
もし、最愛の番のためにと専用の植物園なんかを作ってくれたなら――――忘れもしない、二年前に学園の国外フィールドワークで赴いた際、きちんと申請通りに採取した植物サンプルを帝国の担当官が難癖付けて半分近く取り上げくさった恨みを寛大な心で忘れてあげても良いとさえ思っていたのに。
あちらはあちらで抗いがたい本能への葛藤とか、幼なじみだという恋人と重ねてきた思い出とかもあったのでしょうけど――――
何度も言うが、人族であるこちらは番だのなんだの知ったこっちゃないのだ。
一方的な言い分で人を呼びつけておいてアレは無い。マジで無い。
帝国でも有数の美男子だそうだがリージェンスの好みじゃなかった。
尊い古き血の証だか何だか知らないが、その金ぴかの角の代わりに、玄妙にして優雅な千年松の枝でも生やして出直してこい。そしたら心を込めてお世話する。
「でもほら、これで兄様の研究が進んで番のメカニズムが明らかになったらきっと皆助かると思うのよね。」
「そりゃ……まぁ…………」
わからないことを押しつけてくるから【番】関係はぶっちゃけ獣人族以外には極一部のロマンチスト以外には忌避されてしまっている。
でも誰だって好き好んで争いたいわけじゃない。
ちゃんと理屈がわかって、対策があったら、お互い譲歩することだって、相互理解だってできるようになるのではないだろうか。
「だから、ドラゴリュー侯爵様の高貴なる者の義務に期待するわ♡」
「――――やっぱり、怒ってるでしょ。」
リージェンス゠マッド子爵令嬢は、アカデミア王立学園きっての才媛であり、嫋やかで可憐な淑女と評判であり――――かなり根に持つ質だったりする。