05
ヒロは宿の部屋に一度入ったあと、すぐに冒険者協会に戻ってきていた。
説明を受けた通り、入り口すぐに設置してある読取端末機にカードをかざすと、ポロン、と軽い音が鳴った。
『おはようございますキリュウ様。いってらっしゃいませ』
浮かび上がった言葉に少し驚いたヒロは、読取端末機の画面をじっと見つめる。
すると数秒もしないうちに後ろから肩をドンと叩かれ、背後に並んでいた冒険者と思しき男に睨まれてしまい、ヒロは慌てて横にずれた。
「ちんたらやってんじゃねえよ、ウッドごときが」
舌打ちをする男をこれ以上刺激しないように、ヒロはそそくさと冒険者協会をあとにした。
ガヤガヤと騒がしい街を進みながら、シルバーは唸りながら憤っていた。
“あの男、主君になんて無礼な……。”
“あれは俺が悪いよ。気にしないで。”
(あれ以上刺激して、シルバーを出さなきゃならない状況になるのも面倒だし)
そう考えてため息を吐いた。
入ってきた門とは別の方向の、東門に向かう。
宿の店主の娘である少女、アリスがウッドランクやストーンランクの冒険者が良く行く『レギュラーダンジョン』があるのは東の森だとヒロに教えてくれたのだ。
東門の門番にカードを見せると、すんなりと外に出ることができた。
丘の上まで登り切り、門番から姿が見えないところまで歩くと、シルバーは大型犬から大型馬の大きさまで変化した。
「まずは登録料と宿代を稼がないと」
「では行きましょう。夜になるにつれてモンスターは生命力が上がりますから、面倒にならないうちに」
「へえ、そうなんだ」
ゲームにありがちな設定だな、と笑いながら、ヒロはシルバーにまたがる。
「ところで、レギュラーダンジョンっていうのはどんなところなの?」
「ああ……説明を失念しておりました。まず、この世界にはダンジョンというものが存在します。魔力濃度が高くなった場所に、突然下に続く階段のようなものがぽつんと現れるのです。その中には、外の魔力濃度が低い場所では生きられぬモンスターが生きています。中には私のような幻獣にも勝るとも劣らない力をもつモンスターもおり、それをダンジョンから出てくる前に倒すのが冒険者の役目です」
「出てくる前? だけど……モンスターは魔力濃度が低い外では生きられないんでしょ?」
「はい。ですが……ダンジョンができてしばらくすると、魔力を十分に蓄えたモンスターたちが外へ出てくるのです。人間はそれをスタンピードと呼ぶようです」
(暴走……なるほど)
「ダンジョンの難易度によって、スタンピードが起きるスピードは違います。高ランクのモンスターが存在するダンジョンでは、スタンピードはほとんど起きません」
「それはなぜ? 起きそうなものだけど」
「まず、高ランクのモンスターは生命維持にあまり魔力を必要としません。もちろん、外では絶命するレベルですが。ではなぜスタンピードを起こさないか、というと、高ランクのモンスターは、魔力を貯め切るまでに時間がかかるのです」
「そういうことか」
「もちろんそれでもいつかは溜まり切ります。それまでにダンジョンの主を討伐することができれば、ダンジョンは崩壊します。しかし、あえてそれをしないときがあるのです」
それがレギュラーダンジョンである。
ダンジョンには多くの資源が存在する。
例えば魔石。稀に、ダンジョンの壁に魔石が生成されることがあるのだ。
もちろんモンスターの体に低確率で生成される魔石とは比べ物にならない劣化品だが、それでも重宝されている。
地球で『テクノロジー』と呼ばれるそのすべてが、この世界では『魔石』で補われているのだ。
他にも、モンスターの肉は、魔力抜きを行えば食用にすることができる。
もちろん美味しさのかけらもない肉だが、それでも安価で手に入るため、これもまた重宝されている。
モンスターの死骸からは武器や防具が作ることができる。
魔力を纏った武器は威力を増して攻撃ステータスにプラスの効果を与え、防具には様々な耐性がつき、防御ステータスにプラスの効果を与える。
もちろん高価なものではあるが、低ランクの冒険者から高ランクの冒険者まで、誰もが使うシロモノだ。
「ダンジョンはスタンピードを起こせば、一旦リセットされます。その特性を逆手にとり、人間たちはあえてダンジョンの主を倒さずにスタンピードを起こし、貴重なエネルギー源としてダンジョンを残しておくのです」
「それがレギュラーダンジョン……よく出来てるな。上手いことやるもんだね」
「全くです」
話しているうちに、どうやらレギュラーダンジョンに到着したようだった。
そろそろ日が暮れる時間だからなのか、人は少ない。ヒロはシルバーを戻し、ダンジョンの外にある杭に近寄った。
「これは……」
“結界です。スタンピードしたモンスターたちがダンジョンから出れないようにする物で、かなり強い力を感じます。”
“つまり、レギュラーダンジョンの制度はこれで保たれているわけだ。”
抜いたらどうなるのだろうか、と頭を掠めた疑問に首を振る。
厄介ごとに巻き込まれるのも、それを起こす側になることも嫌だった。
“とりあえず入ろう。人の気配は感じる?”
“いえ。誰もいないようです。”
“念の為、ダンジョンに入ってしばらくしてから君に大きくなってもらおうかな。見られても困るし。それで大丈夫?”
“入ってすぐにモンスターの気配もありません。それが最適かと。”
その言葉に頷き、ヒロはダンジョンに足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヒロたちが街を出てから2時間が経った。
ダンジョンで最初に出会したゴブリンをシルバーが5匹ほど倒したところで、ヒロたちはダンジョンから出て、東門まで戻ってきていた。
門番にカードを見せ、街に入る。
報奨金が支払われるのは討伐から翌日のことだ。
(今日はこれ以上やる事も、やれる事もなさそうだな……)
日が落ちてきた。辺りは暗くなり、街の喧騒も徐々に静かになっていく。
宿へ戻ったヒロは、相変わらず受付にいるアリスに声をかけた。
「いつもこんな時間までやってるの?」
「おかえりなさい! お手伝いの日はこの時間までです。明日はお手伝いの日じゃないので、多分おうちにいると思います」
アリスが少し疲れたように笑う。
「お夕食はまだですよね?」
「うん、まあ。けど今日はこのまま寝ることにするよ」
「なら、明日はぜひ! お父さんが作ったお料理、とても美味しいんです!」
ニコニコと笑うアリスに癒されながら、ヒロは頷いた。
時折あくびを噛み殺していたアリスに見送られ、ヒロは部屋に入る。
ベッドとデスクと椅子が簡素に並べられているだけの部屋だが、それがかえって落ち着く雰囲気を醸し出していた。
ベッドに寝転がり、ヒロは目をつむる。
「はぁ……疲れたな……」
「お疲れ様です、主君。ごゆるりとお休みください」
シルバーの落ち着いた声に頷く。しばらくすると、ヒロは穏やかな寝息を立てはじめた。