04
「ここだ」
看板の文字を見て、ヒロはつぶやいた。
『ようこそ、冒険者協会へ』
悪戯されたのか、それとも……。
赤黒いペンキのようなものが付いた看板に口もとを引き攣らせつつ、ヒロはギルドの中へ恐る恐る足を踏み入れた。
スイングドアの入り口を抜け、キィキィと鳴る床を歩く。
入った瞬間には併設されている酒場から聞こえていた笑い声が消え、ヒロは一身に視線を集めていた。
(さすがに怖いな……)
威圧感に目を逸らしながら、受付へ足早に向かったヒロは、そこで何か作業をしていた受付に話しかけた。
「あの」
「あら、こんにちは! 冒険者登録でしょうか?」
「はい。あ、登録料は……」
「登録料でしたら、登録して1週間以内にお支払いいただければ大丈夫ですよ!」
慣れたように笑う女性にほっと安心して、ヒロは促されるままに椅子に腰掛けた。
「本日担当させていただきます、テリー・ジェファーソンと申します。さっそくですが、こちらのガラス板に手を置いてください。魔力を少しだけ吸い取りますがよろしいですか?」
「はい」
背中に視線を感じつつ、受付の女性に言われた通り、ガラス板に手を置く。
ガラス板が一瞬光った後、離すように言われた。
「ありがとうございます。ヒロ・キリュウ様、男性、15歳でお間違いはないですか?」
「はい。間違い無いです」
「今日、ヒネクに入られたのですね」
「ついさっき。そういうのもわかるんですか?」
「街に入る前に書類を書いていただいたと思います。それをこちらの魔道具に転送して、冒険者協会、商人協会と連携しているんです。もちろん悪用はしませんよ! 個人情報の取り扱いは法律で厳しく定まってますから」
言いながら、テリーはメモにサラサラと何かを書き記して、後ろに立っていたメガネをかけた男にそのメモを渡す。
渡された男は奥に消え、テリーはヒロに営業スマイルを向けた。
「今、冒険者協会本部にキリュウ様の情報を送り、冒険者証明カードを発行いたします。その間に、冒険者についての説明をさせていただきますね」
青いファイルを取り出したテリーに頷く。
思ったよりもしっかりしている世界のようだ、とヒロは少し驚いていた。
「どなた様にも登録の際に説明している内容ですので、ご了承ください。まずこの国の冒険者ランクの説明から入らせていただきます。
ランクが低い順から、ウッド、ストーン、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、アダマス、アダマンタイトとなっております。FからS+級で表されることもありますが、公式の場では前者の呼び方となっております」
“私の記憶ではプラチナランクまでしかなかったはずです。この数十年で大きく変わったようですね。”
興味深げなシルバーがそう囁く。
「登録した直後はどんな方であろうと、1番低いウッドランクとなります。ですので、現在発行しているカードはウッドランク用のカード、木でできたカードになります」
「なるほど。ストーンなら石、アイアンなら鉄、とカードが変わっていくわけですね」
「その通りです。使わなくなったカードは、協会で全て回収いたしますので、昇級の際は昇級から3日以内に受付へ直接お渡しください。
次に、モンスター討伐についてになります。
討伐に行かれる際には、協会の施設入り口に設置してある冒険者証明カード読取端末機にカードをかざしていただく必要がございます。それをせずに討伐へ行かれた際には、48時間以内に協会の受付へお申し付けください。1週間に1度となりますが、読取端末機がスリープモードに入って情報を整理することがあります。そうなってしまうと討伐に向かった情報を取得することができないので、報奨金は手渡しとなるためお時間をいただきます。
そして討伐したモンスターですが……現在、先ほどガラス板で吸い取った魔力をキリュウ様のカードと別に、こちらは見本品となりますが、このバングルに登録しております。そうすることでバングルを身につけている際に討伐したモンスターを勝手に記録しますので、その情報をもとに討伐の翌日に報奨金をお渡しする形になります。
ここまでの説明で、ご不明な点などございますでしょうか?」
「報奨金の渡し方っていうのは?」
「カードを作成された時点で、1スントも入ってない状態の口座が自動的に作られます。そこに払い込まれますよ。もちろん商人協会で作られた口座に報奨金を払い込むこともできますが、どうされますか?」
「いえ、そのままで」
「ありがとうございます。商人協会でお預け入れ、お引き出しができますので」
テリーに渡された商人協会のパンフレットを受け取り、ヒロは軽く目を通してから、説明の続きを促した。
「では次に、ランクの昇級条件となります。
特殊な例を除いては、ランクの飛び級は認められておりません。ウッドならストーンへ。ストーンならアイアンへ、という風に段階を踏まなければなりません。
まずウッドからストーンへの昇級条件は、2種類以上のモンスターの討伐を完了することになります」
「ずいぶん簡単そうに聞こえますが」
「実際、とても簡単な条件に設定しております。理由としては、ウッドランクは言わば試用期間なんです。本当に冒険者としてモンスターを討伐することができるかどうか……それを協会側が確かめる期間になっております」
なるほど、と頷く。理解したのを確認できたのか、テリーはヒロに微笑みながら説明を続けた。
「冒険者証明カードは半年に1度、月末から月初にかけて1週間の間での更新が義務付けられており、それを怠ってしまうと2日間の謹慎処分となります。こちらからもお声がけいたしますが、更新といっても討伐に行く時と同様、読取端末機にカードをかざしていただければ自動的に完了いたしますのでご安心ください。
ウッドからストーンへの昇級は早ければ登録したその日のうちに可能ですが、ストーンから上のランクへの昇級は1ヶ月に1度の昇級と決まっておりますので、最速でアダマンタイトランクに昇級できたとしても、8ヶ月はかかる計算になります。ちなみにカードの更新が1日でも遅れてしまうと昇級が次の月に持ち越しになってしまいますのでお気をつけください」
(絶対遅れるなよ、ってことか。まあそれについては、多分大丈夫だろ。基本的に毎日やることになるだろうし……)
“人間はずいぶん面倒な制度を採用しているようですね。”
「ただ、1週間の間にどうしても来ることができないという場合に限って、カードの更新ができる場合があります。昇級はできませんが、更新だけでしたら受付に事前にご相談いただければ対応させていただきます。
では、次にアイアンランク以上への昇級条件です。
これはシンプルで、そのランクに値すると判断されたときに昇級をすることができます」
「そのランクに値する? 曖昧な表現ですが、具体的に?」
「鑑定士という職業があるのはご存知のはずですが、実は鑑定士の職業専用スキルで、相手の力量を判断するというものがあるのです。なんでもオーラが見えるのだとか……」
「オーラ……」
ずいぶん漠然としたものらしいとヒロは半信半疑に頷いた。
「鑑定士はあまり多くはありません。なので、アイアンランク以上への昇級は事前に受付に申しつけていただき、こちらの方で日程の候補をいくつか決めさせていただきます」
そこまで説明を受けたところで、奥からメガネの男が戻ってくる。手にはトレイを持っており、それにカードが入っていることが推測できた。
「ではカードとバングルをお渡しする準備ができましたので、こちらの書類に目を通していただき、サインをお願いします」
そう言って、1枚の紙を渡される。
そこには先ほどテリーが話していた注意事項の他に、さまざまなことが書かれていた。
それに全て目を通したヒロは1番下の欄に名前を書き、テリーに渡した。
「ありがとうございます。ではこちらが冒険者証明カードとなります。それと、よろしければ冒険者協会と提携している宿をご紹介いたしますが、どういたしますか? 宿泊代は所持金がない場合でも、協会に借金をするという形でこちらから宿に直接お支払いさせていただいております。格安で紹介できますが……」
ヒロは一旦考えるそぶりをしてから、頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紹介された宿の前に立ち、ヒロはその宿が思っていたよりも綺麗なことに驚いていた。
“てっきり古びた宿かと思っていたけど……杞憂だったね。”
“中から人間の気配が感じ取れます。1人だけ……かなりの強者がいるようです。”
“唸らない唸らない。冒険者協会御用達の宿なんだから、そりゃ強い冒険者だって泊まってるはずでしょ。”
両開きの扉を開け、ヒロは宿の中に入る。
入ってすぐに立っていたのは小さな少女だけで、ヒロは瞬きしながら少女に声をかけた。
「こんにちは。泊まりたいんだけど、いいですか?」
「いらっしゃいませ! ご希望のお部屋はありますか?」
慣れたように話す少女に驚きながら、その言葉に首を振る。
「代金のお支払いはどうされますか?」
「冒険者協会からで」
「では冒険者証明カードをご提示ください!」
木でできたカードを出しながら、ヒロは感心していた。
よく出来た子だった。
おそらく、店主の娘だろうとあたりをつける。
「確認が取れました! ヒロ・キリュウ様ですね。お部屋の準備をしますので、少々お待ちください!」
ニコリと笑ってから奥へ行った少女を見送る。
「よくできた子だな……」
しばらくすると、少女が奥から戻ってくる。その手には名刺サイズの紙と鍵を握っており、少女はそれをヒロに差し出した。
「お部屋の鍵と、お部屋の番号が書かれたものになります! お客様のお部屋は134号室なので、左側の通路からが1番近いです。わんちゃんも一緒に泊まれます!」
「ありがとうございます」
「お食事は朝と夜についていますが、お食事を摂られなくても代金は変わらないのでご注意ください!」
「はい。……小さいのに偉いね」
ヒロの言葉に瞬きをした少女が、頬を赤らめてはにかむ。
「えへへ……お父さんとお母さんのお手伝いしてるだけです」
「俺がそのくらいの時は、母さんの手伝いなんかしたくなかったよ。だから、偉い。頑張ってね」
ヒロが少女の頭を撫でると、少女は嬉しげに口を押さえながら笑った。