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07

 ダンジョンへ入ると、誰が何を言うまでもなく、『セイバー』の冒険者達はそれぞれの配置についた。


 『セイバー』ギルドは剣や短剣を扱う冒険者達が多い。そのためか、やや攻撃的な陣形だ。


 最前線にいるべきのタンクを荷物持ちであるヒロの横で固め、後ろにヒーラーが1人、前にヒーラーが1人。


 戦闘が始まると、アタッカーは何人かで1体のモンスターに攻撃をする。


 相手に攻撃されるような隙を作ることなく、討伐してしまうのだ。


(傍目から見れば荒い。でも……)


“洗練された動きです。無謀で粗雑に見えて、その実はかなり慎重です。相手からの攻撃は落ち着いて避け、モンスターの隙をしっかりと見極めています。”


 感嘆の声を漏らすシルバーに、ヒロはじいっと冒険者達の動きを見つめた。


(……ひとりひとりが強い。俺なんかじゃ到底敵わないだろうな)


「――群れのリーダーのお出ましだな」


 アルヴィンの呟く言葉を拾って、ヒロはそちらに視線を動かした。


 緑色の体で、額の上にひとつだけ角を持つホーンゴブリンたちの群れの中で、ただ1体だけ、体の大きいモンスターがいた。


「角3つ、こりゃ当たりだぜ、アルヴィン」


「ああ」


 武器を持ち直した冒険者たちが、口々に「当たりだ」と呟いて笑う。


(モンスターには、種ごとの特徴がある。ホーンゴブリンの場合は、角が増えるほどに強くなっていくのが特徴だ)


 ホーンゴブリン。


 ゴブリンの中でも、角を持っている特殊な個体を指す。


 生まれながらにして、魔力を強く受けた故の異形であるという話は有名で、ヒロ自身も何度か耳にしたことがあった。


 通常、モンスターがダンジョン内で生まれると、そのダンジョン内の魔力濃度は一時的に下がることが知られている。


 魔力を糧に生きるモンスターが、成長するために周囲の魔力を多く吸い取ってしまうからだ。


 しかし稀に、ダンジョン内での魔力濃度が異常に高くなってしまうときがある。


 その状態になったダンジョン内では、強い冒険者たちが束になって挑むようなモンスターが生まれる。


 そして、さらに稀な場合に、魔力濃度が異常に高いダンジョン内で、ゴブリンのように弱いモンスターが生まれるときがある。


 そこで生まれたゴブリンには、その体で受け止めきれないような濃厚な魔力が降り注ぐ。


 すると不思議なことに、どのモンスターも角が生える。


 それがたとえコボルトであっても、オークであっても、シロギツネであっても、すべてのモンスターが一様に角を生やすのだ。


 中には魔力を受け止める皿が他の個体よりも大きなモンスターがおり、それらが角を多く生やし、群れのリーダーになる。


 それが、角持ちのモンスター、すなわちこの場合、ホーンゴブリンの特徴だ。


 しかし魔力濃度が異常に高いダンジョンは、モンスターの姿形を変えるだけでは、その魔力濃度はほんの少ししか下がらない。


 そうなると、行き着く先は大きく分けて2つ。


 ダンジョンが地上に現れてすぐ、スタンピードを起こしてしまうか。


 もしくは、ダンジョン内に大量の魔石を自然に作り出すか、だ。


(スタンピードが起こる前兆はなかった。つまりこのダンジョンは、自然生成された魔石が多いということ)


 自然生成された魔石は、モンスターの体から採取できる魔石ほどではないが、かなり稼げる。


(師団クラスのダンジョンでホーンゴブリンってことは、魔石の量もかなり期待できそうだな)


 とはいえ荷物持ちの報酬には期待していないが、とため息を吐きながら、ヒロはホーンゴブリンが倒されていく様を、じっと観察していた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 アルヴィンたちの言葉通りに、ダンジョンのレイドは順調に進み、ついにレイドはボス戦を残すのみとなった。


 ボスの部屋に誰かが入り、ボスと戦闘を始めると、不思議なことにダンジョン内には全くモンスターが湧かなくなる。


 なのでヒロは1人で残り、こうして魔石を黙々と回収していた。


 モンスターの魔石は、基本的にそのモンスターの心臓部に生成されていることが多い。


 そのため、魔石の回収時には解体用のナイフで心臓をひと裂きすれば、その有無がわかる。


 大手ギルドであれば、モンスターが自分の格下であった場合は、討伐するときになるべく心臓を狙うなど、魔石の回収がしやすいように工夫するよう指導することが多い。『セイバー』も例外ではなく、ヒロは数体のゴブリンの心臓を切り裂いた後は、目視だけで確認していた。


 ざっと見ただけでも50体。


 それでも魔石を生成していたホーンゴブリンの数は、たった2体だった。


 ヒロは久しぶりに見た魔石を見つめる。


 そこにはやはり解読不能な文字がひとつだけ彫られていた。


「……やっぱりわからないな、これ。どう言う意味なんだ?」


 アルファベットのCを反転したような文字だ。そしてもう一方の魔石には、アルファベットのFを反転し、さらに棒を1本付け加えた不思議な文字が彫られている。


「E……にも見えなくはない、か?」


 くるくると魔石を弄んでみるが、ヒロから見える文字は少しも向きを変えない。


 おそらくシステムによるものだろうとは勘付いていたが、それの意図するところは今のところわからなかった。


「っと、そろそろ掘り出さないとか……」


 2つあるバックパックのうちの1つからツルハシを取り出して、ヒロはそれを肩に担ぐ。


 このバックパックは『セイバー』ギルドの物で、容量が見た目の5倍ほどの、最もスタンダードなタイプのマジックバックパックだ。


 ダンジョン内に生成された魔石の結晶は、魔力を込めた道具でなければ掘り出すことができない。


 つまり、魔力の扱いに慣れない一般人では道具に満足な魔力を通すことができず、魔石に傷すらつけることができないのだ。


 それが、レイドの荷物持ちにわざわざ冒険者を雇う理由だ。


 ツルハシを何度も振り下ろし、とれた魔石を何か所かに纏める。


 どうやら、バックパック2つ分で充分に足りそうな量だった。


「自然生成された魔石はモンスターの魔石の、だいたい2分の1の値段だから……この10センチくらいの魔石で100,000デルくらいか」


 それが、容量5倍のマジックバックパック2個分と考えると、かなりのものだ。


「恐ろしい金額だよなぁ……」


 ぼやきながらまとめた魔石をバックパックに詰めていると、『セイバー』がダンジョンのボスと戦っているはずの部屋の扉が、ギギギ、という重い音を立てて開いた。


(もう終わったのか?)


 聞こえてきたのは、疲労を感じさせない笑い声。


 入った時よりもボロボロではあるが、全員が血を流すことなく、ボスの討伐を終えたようだった。


「ヒロ、終わったぞ」


「お疲れ様です、みなさん。俺の方はもう少しなんですが」


 1か所にまとめられた魔石をチラリと見ながらそういうと、アルヴィンは頷く。


「じきにダンジョンも崩れる。タイラー、魔石を集めてくれるか?」


「はあ……ったく、人使いの荒いリーダーだ……」


 気だるげにそう言うと、タイラーが魔石の前に立つ。


 ヒロはアルヴィンに手招きされてタイラーから離れた。


「見てろよ、ヒロ。俺のパーティのとっておきだ」


「とっておき?」


“……ほお、なるほど。”


 ()()()がいる。


 ヒロは確かに視界に映る違和感、空間の微かな歪みを捉えて、目をすがめた。


「なにを……」


「――メガロス・ニュンフェー・ベバイオン・ディノ・エオーリシ」


 その瞬間、魔石の周囲を魔力とよく似た力が渦巻き、ふわ、とまるで綿が風で飛ぶように、すべての魔石が宙に浮いた。


 浮いた魔石は一瞬空中で動きを止めた後、地面に置いたままのマジックバックパックに入っていった。


“精霊術ですね。ここまで精霊術を巧みに扱う人間は初めて見ました。”


「精霊術……?」


 そう呟くと、タイラーは少し汗を浮かべながら「よく知ってるな」と笑った。


「そう、俺の使うこれは精霊術だ。……昔、運良くエルフに気に入られてな。そのエルフに精霊術を教わった。それまでは魔法を扱っていたんだが……精霊術の便利さ燃費の良さといったら魔法の比じゃない。今じゃ、精霊術の方が使う頻度は高くなったよ」


「へえ……」


「ヒロ、タイラーの言葉に間違いはないが、精霊術ってのは習得が難しいんだ。知ってるかもしれないが、体質も関係してくるし、その上エルフやらドワーフやらと知り合わなきゃならない」


「……俺には扱えなさそうですね」


 苦笑すると、タイラーが肩をすくめる。


 精霊術とは、魔法と似て非なる()()だ。


 魔法が自身の魔力、つまりMPを使うのに対して、精霊術はこの世界に存在する『精霊』に力を借りて、自然界の力を使う。


 それだけ聞けばいいものに思えるが、精霊術の威力や精度は、使用者の精神力が大きく影響する。


 端的にいえば、メンタルが強ければ強いほど、精霊術師として大成するということだ。


 その上、精霊術は精霊との親和性も関係してくる。これは努力だけではどうにもならない者で、生まれながらに全ての精霊に好かれる体質の者もいれば、全ての精霊に嫌われる体質の者もいる。


 つまり精霊術師になるにはまず、精霊に好かれる体質に生まれなければならない。


 しかし運良く精霊に好かれる体質に生まれ、精神力を鍛えたとしても、エルフやドワーフなどの長命種に精霊術の扱い方を教示してもらう他、精霊術を扱う術はないに等しい。


 そのため、人間で精霊術を扱える者はごく僅かなのだ。


「人間から人間に教えることは禁じられてるからな。どれだけ教えてやりたくても、教えれないんだ。まあ、そんなの関係ないって言ってくる奴も何人かいるから……」


「だからタイラーは、基本的には魔法系を名乗ってる。厳密には違うんだけどな」


「教えられないって言ってるのに教えろってうるさいんだよ。強硬手段に出てくる奴もいる。精霊術師から課せられた禁則事項を破る重さを、人間は知らなすぎるんだ。教えた側も教えられた側も、死ぬだけで易しいって話だからな」


“精霊は嘘を嫌いますからね。魂も無事では済まないでしょう。輪廻の輪から外れることだけは確かなので、おそらく永遠にこの世界を彷徨うことになるのではないでしょうか。”


「まあそもそも、教えようとすると頭の中で警鐘が鳴るんで、酔っ払って勢いで教えることは絶対にないから安心してくれ」


「テロになりかねないですもんね……」


 ヒロのその言葉に、タイラーがからから笑う。


「おい、そろそろ出ようぜ。出れなくなる」


「っと、それもそうだな」


 ダンジョンが崩れ始めるのは、ボスを倒してから約30分後。


 アルヴィンたちは慌てて、出口まで走り出した。

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