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06

 書類の山を必死にさばくジェームズの耳に、控えめなノック音が響く。


 返事をする前に開けられた扉に顔を上げ、ジェームズはその瞬間勢いよく立ち上がった。


「会長!」


「忙しい時に来てしまったか?」


「いえ! ちょうど休憩に入ろうかと考えていたところです」


 混乱したように慌てて秘書の男に外へ行っているよう指示を出すと、ジェームズは冒険者協会会長――……ジョージ・モーガンにソファへ座るよう勧めた。


「どうしてこちらへ? 予定があると伺っていましたが……」


「頼み込んで時間を切り詰めてもらったんだ。……なんと言っても、()()ヒネクの新人だからな」


 にこりと笑ったジョージに、ジェームズは少し眉を下げた困り顔で紅茶を淹れた。


「普通の青年でしたよ。特に、なにも問題はなさそうでしたが」


「ふふ……あの犬は可愛らしかったな」


「まあ……そうですね?」


 含みのある言い方をするジョージに紅茶を出して、ジェームズは彼の前に座る。


 紅茶で唇を湿らせたジョージが、ジェームズからヒロがヒネクから持ってきた書類を受け取り、それを開封した。


「30%増だな」


「前年比の発生率ですか?」


「ヒネクのみだがね」


「それは……」


 ジェームズは顔を曇らせる。


「しかも半年前から急激に。……ちょうどあの時からだ」


「あの時? と、言いますと……シャノン・ワイマンがヒネクで攻略したというダンジョンが発生した時からでしょうか?」


「ああ。あれは特殊なダンジョンだった……」


「発生から数時間でスタンピード……ゴールド級がすぐ近くにいて幸いでしたね」


 しみじみと呟くジェームズの言葉に頷いたものの、ジョージは何か違和感を覚えずにはいられなかった。


 前例のない、ダンジョン発生後数時間でのスタンピード。


 偶然ヒネクに滞在していたゴールド級冒険者シャノン・ワイマン。


 特段、おかしなところはないはずだった。


 セイバーギルド代表である北条琥太郎は、刀のメンテナンスはいつもヒネクの武器屋を介して行なっている。


 それをギルド員に受け取らせているのもいつものことだ。


 ゆえに、セイバーギルドのシャノンがヒネクに滞在していたのも、本当に偶然だったと言える。


 だがそれでも、ジョージはいつもとは違う何かを感じ取っていた。


 それは違和感であり、それと同時に胸の内から出てくる懐かしさに似た感情でもあった。


「ヒロ・キリュウ……か」


「先ほどの青年ですか?」


「彼が、まさに半年前シャノン君に助けられた冒険者だよ」


「そうだったんですか?……ああ、そういえば『セイバー』に助けてくれた人がいると……なるほど、それで」


「何か話をしていたのか?」


「今日の予定を少し聞いただけです。『セイバー』にお邪魔すると言っていました」


「お礼を言いに、か。まったく律儀な好青年だな」


 笑ったジョージが、ローデスクに書類を置く。


「そういえば、リルを呼んだんだ」


「リルというと、諜報部の……確か今は、ヒネクにいたんでしたね」


「ああ。何か聞けないかと思ってな」


 ジョージがそう言って紅茶を口に含んだ瞬間、執務室にノック音が響いた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 スタスタとビルに入っていくアルヴィンたちを追いかけるように自動ドアを抜けると、玄関ホールにやけに人が集まっているのが見えた。


 ヒロが首を傾げながらそれを見やると、アルヴィンたちも同様に訝しげにしていた。


「――あそこは俺たちのシマだぜ? 俺たちが行かないでどうすんだ」


「そりゃそうだが、今は代表も出張ってるし、人数が……あ、おい、アルヴィン!」


「アランさんどうしたんですか?」


「俺たちのシマにダンジョンが発生したんだ」


「連隊クラス、ギリギリ旅団クラス程度なら人数揃ってるし行こうかと思ってたんだが、どうも師団クラスらしくてな……」


「代表は?」


「昨日の夜中に、シフリムに出かけたわ。軍クラスのイレギュラーダンジョンが出現したみたい。アルヴィンたちは昨日は早く帰ったから知らなかったのね」


「プラチナ級以上のメンバーはみんな向かった。ゴールド級も残ってるのはここにいるやつらだけだぜ」


「実力は問題ねえ。あとは人数だ」


「他のギルドに獲られちまうぞ」


「だがなあ……さすがに協会の規定を破るわけにもいかねえだろ」


 渋い顔をする男の冒険者に、アルヴィンは腕を組んで唸った。


「ゴールド級が8人で他もいて……ギリギリ足りてねえのか」


「ゴールド級の奴らでヒーラー1人、格闘系4人、魔法系3人……シルバー級であと11人だ。ちょうど1人足りねえんだ」


「荷物持ちでいいから1人欲しい……」


「師団クラスのダンジョンの荷物持ちを今から募集って、難しいわよ」


「ノッてくる奴はいねえだろうなあ……危険すぎる」


 ため息を吐く冒険者たちの会話を黙って聞いていたヒロが、突然手を挙げる。


「あの、俺が荷物持ちをやりましょうか?」


 その言葉に、ヒロに視線が集まる。


 玄関ホールは一瞬静まり返り、アルヴィンは慌てたようにヒロの紹介をした。


「シャノンに半年前助けられた冒険者だ。お礼をしたいってんで連れてきた。ヒロ・キリュウって名前だ」


「おそらくですが、シャノン・ワイマンさんはいらっしゃらないんですよね?」


「おう……うちのゴールド級の中でも抜きん出て強い奴だからな。代表のお気に入りだし」


「ここに来たことを無駄足だと思いたくないんです。俺が荷物持ちじゃ、だめでしょうか?」


 師団クラスのダンジョンであれば、荷物持ちに適した冒険者ランクはアイアン級かブロンズ級だ。


 実力の面で言えば、ヒロはじゅうぶんについていけると言える。


 『セイバー』の冒険者たちが顔を見合わせ、最後にアルヴィンの顔を見た。


「……俺を見るなよ」


「だがこの中のパーティでA部隊なのはアルヴィンのとこだけだぜ。リーダーはお前だろ」


「パーティの序列があっても個人の序列はランクのはずだろ? お前も同じゴールド級だろうが」


「お願いします、リーダー」


「おい、ヒロまで……はあ、ったく」


 呆れて笑ったアルヴィンは、一瞬目を瞑って悩むように唸ってから、「よし!」と顔を上げた。


「師団クラスなら実力的には余裕だろうし、ヒロ、お前が良いのなら、一緒に行こう」


 パッと顔を輝かせたヒロの目の前に手を出し、アルヴィンは「ただし」と付け加えた。


「もし非常事態にお前が再起不能なくらい怪我を負ってしまっても、誰も責任は取れないことを承知していてくれ」


「はい、もちろんそれは、承知してます」


 神妙な顔で頷くヒロに笑いかけ、アルヴィンは玄関ホールを見渡す。


「代表が不在の状態だし、責任はまあ、仕方ないし俺が取る。俺たちのシマのダンジョンは、俺たちで対処しよう。じゃあ各々、準備をしてくれ。協会から遅いって文句言われる前に、パパっとダンジョン閉じちまおう」


 その言葉を皮切りに、冒険者たちは武器などの準備を始めた。

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