01
魔法馬車の乗り心地は良かった。
ヒロは勝手なイメージが先行して、狭くてかなり揺れる乗り物だと思い込んでいたが、実際のところは、科学の力ではなく身体強化魔法をかけた馬で引いているだけの大型バスのようなものだった。
これなら道中眠れるだろうと乗り込んだ直後は思っていたが、バスが走り始めた途端に始まった隣の3人組の冒険者たちの会話によって、ヒロはまったく眠れずにいた。
「やっぱりリーダーはヒネクなんかに収まる人なんかじゃないっすよ」
「その通りです! リーダーは才能にあふれていますから!」
「ああ、ありがとう」
男が笑う。
男の名はカルロス・アーキン。
18歳の頃から冒険者としての活動を始めて10年。28歳を迎えた今年にゴールド級へ昇級し、夢だった王都へ向かっていた。
両隣でカルロスを誉めそやす男たちは、つい最近知り合ったストーン級のビギナー冒険者たちだった。
彼らはカルロスとはダンジョンで出会い、彼をリーダーと呼び慕っていた。
“あの男たちは主君のことを話しておられるのでしょうか?”
シルバーの言葉に、ヒロは呆れる。
ネックレスの中にいる他4匹のモンスターたちも、シルバーの言葉に同意するように歓声をあげた。
シルバー以外のモンスターたちとヒロは、話すことはできない。
彼らが一般的な、普通のモンスターであるからだ。
モンスターにはモンスターの言葉があり、人間にその言語を理解することは不可能だった。
「本当に、リーダーとお知り合いになれて光栄っす!」
「俺たちまで王都に連れて行ってもらえるなんて……」
満更でもない顔をする男を横目に、ヒロは背もたれに寄りかかって腕を組んだ。
(……うるさい奴らだなあ)
“嫌な雰囲気の奴らですね。”
小さく唸ったシルバーに、ヒロは首を傾げる。
“どうしたの?”
“あの2人です。非常に臭います。”
“臭い……?”
すん、と匂いを嗅いでみるが、ヒロには不快な匂いがするようには感じなかった。
“どう臭いの? まったくわからないや。”
“あの男どもにお気をつけください、主君。”
シルバーの真面目な声に、ヒロは問いかけを引っ込めて、こくりと頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都までの5時間の道のりは中盤に差し掛かっていた。
あと2時間と少しすれば到着というところで、突然急ブレーキをかけた魔法馬車に、乗っていた人々は困惑したり、叫び声をあげたりしていた。
「なんだ?」
“何かあったのでしょうか?”
外からかろうじて聞こえてくるのは、この魔法馬車を引いていたはずの馬たちの、怯えたいななきだった。
しばらくすると、おそらく馬を走らせていた御者の1人が魔法馬車の中に入って来て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません、予定の進路の先でダンジョンが見つかり、本日は遠回りして王都へ向かうことになりました。大変申し訳ありません!」
ダンジョンの発生と聞いて、カルロスは興味深げに御者に問いかける。
「ダンジョンの規模は?」
「え? あ、えっと、おそらく中隊クラスかと。協会での正式な測定はしていませんが、いつも測定器は持っていますので……」
(結構、高クラスだな)
ダンジョンは細かにクラス分けがされている。
対モンスター戦闘経験のないウッド級の冒険者2人で攻略できるとされる班クラスが1番難易度が低いダンジョン規模で、今回の中隊クラスは下から3番目の難易度だ。
小隊クラスはブロンズ級の冒険者4人で安全に攻略ができるダンジョンとされ、ゴールド級のカルロスであれば例えパーティメンバーがストーン級2人だとしても、安全に攻略できる規模ということになる。
「……申し訳ないが、ここで降りても良いだろうか?」
御者はその言葉を聞いて目を丸くする。
「自分で言うのもなんだが、俺は中堅の冒険者だ。小隊クラスであれば、俺とその他少人数、もしくはストーン級の冒険者が何人かで十分攻略できる。ここはヒネクと王都を繋ぐ唯一の馬車道だ。協会が1時間後に測定へやってくるとして、ダンジョン攻略に人員が派遣されるのは明日のことだ。それじゃ、あんたらも夜の便で困るだろう」
ダンジョンは協会の管理のもと、冒険者たちに解放されている。
だが稀に、協会がダンジョンを把握するまでの数時間でダンジョンが消滅してしまうことがある。
それが今回のようなケースだ。
ダンジョンの出現に、カルロスのような冒険者が鉢合わせた場合。
「俺とダンジョンを攻略する者は?」
このように、協会の管理下に置かれる前に、ダンジョンの恩恵を少数で得ようとするのだ。
冒険者たちが息を呑む。
魔法馬車には、カルロス以外の冒険者も乗っている。
乗り込んでいる人たちの大多数は一般人だったが、何人かカルロスのように夢を見て王都へ向かう冒険者たちが乗っていた。
(……この馬車に乗っている冒険者全員で攻略に行ったとしても、通常のダンジョンよりもかなりの高報酬になるだろうな)
「……俺は参加する!」
「俺もだ!」
カルロスの言葉に10人ほどが賛同する。
その中には格闘系や魔法系、ヒーラーなどがいて、幸運にもパーティのバランスは取れそうなメンバーだった。
「お前は行かないのか?」
カルロスは黙って聞いていたヒロに声をかける。
ヒロが腰に携えている短剣から、彼も冒険者であるとわかったのだ。
「俺の名はカルロスだ。お前の名は?」
「ヒロ・キリュウです」
「年齢とランクは?」
「15歳、ストーン級です。来月にはアイアン級になる予定ですが」
「15歳……将来有望だな。着いてこい、その年齢だと経験も少ないはずだ」
思案する。
ヒロがいつも潜るヒネクのレギュラーダンジョンは分隊クラス。
小隊クラスは初めてだった。
(けど、近々挑む予定だった)
であれば、ここで挑んでも変わりはない。
ヒロはそう結論づけて、他の冒険者と同じく、カルロスに着いていくのを決めた。
「改めて自己紹介をしよう。俺はカルロス・アーキン! ゴールド級の冒険者だ!」
声を張り上げるカルロスに、冒険者たちから、ヒネクのカルロスがやっとゴールド級に昇級したのだという賞賛と驚きの声が漏れる。
「見たところ、俺より高ランクの冒険者はいないようだ。俺がこの攻略パーティのリーダーを務めさせてもらうが、異論はあるか?」
冒険者たちは目をあわせ合う。
もちろん、異論はなかった。
「ダンジョンのクラスは小隊クラス、見たところ、その中でも中の下くらいの規模だ。幸運にも格闘系、魔法系、タンク、ヒーラーが揃っているこのパーティであれば、余裕を持ってクリアできるだろう。みんな、安心して、しかし油断せずに挑んでくれ」
言いながら、カルロスは持っている戦斧を肩に担いだ。
大きな戦斧だった。
ヒロの身長ほどもある戦斧だ。
しかし柄は短く、カルロスの扱い方からも両手斧ではなく、片手斧であることがわかる。
“まさしく怪力ですね”
「生粋の格闘系って感じだな」
「カルロスさんは格闘系じゃありませんよ」
「え?」
ヒロは振り向く。
そこには1人の女冒険者が立っていた。
服装から見るに、おそらくヒーラーであることがわかった。
「格闘系じゃない……? あの筋肉で?」
カルロスの身長は2メートルを優に越し、隆起した筋肉が彼の体をさらに大きく見せていた。
その上、あれだけ大きな片手斧を軽々と担いでいる。
「魔法系なんです。とはいえ、普通の魔法系じゃなくて、物理攻撃を得意とする魔法系なんですよ」
「物理攻撃を得意とする魔法系……?」
「混乱しますよね。あの筋肉は自前なんですけど、カルロスさんは身体強化魔法を得意としてるんです」
(なるほど、そういうことか)
「物理攻撃を得意とする魔法系」、一見して矛盾しているような言葉だったが、その魔法が身体強化魔法であれば、ヒロにもようやく理解ができた。
「ちなみに戦斧を振り回してるのは、普通に自力ですね」
「なんでそんな事まで知ってるんです?」
「逆に、ヒネクから来たのによく知りませんね? ヒネクでは有名な冒険者でしょう、カルロスさん」
(他の冒険者と関わる機会がなかったからな……)
不思議そうな表情で見つめてくるヒーラーに、ヒロは渇いた笑いを漏らした。