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プロローグ

「――welcome! よく来たね。ささ、ちょっとだけでもゆっくりしてくれ」


「……は?」


 目前。眩いフードを被った少年。


 ……ここはどこだ? 俺はいつものように安酒を飲みながら、スーパーで買った油がギトギトの不味いトンカツを食べていたはずで……。


「まずは混乱を治めよう。――『落ち着け』」


「――ッ!」


 バチッとうなじに電流が走ったような感覚があって、次の瞬間には、俺は現状を受け入れるような、そんな気持ちに不思議となっていた。


「……俺は死んだの?」


「惜しい!……落ち着いたみたいだね」


 少年が嬉しそうに笑った気配がした。不思議な力を持つ少年だ。


 今流行りの、『異世界転生』とかいうやつに出てくる、神様のような――。


「実を言うと、ヒロ、君はまだ死んでない」


「まだ死んで……ない? じゃあ、これはなんだ? 幽体離脱?」


「違う。君は僕に呼ばれてここにいる。ただそれだけの話だよ。魂だけ呼んだからまあ、幽体離脱とは似てるね」


「へぇ……魂か」


「魂だよ。……君の魂の色は綺麗だね。透き通ってる」


 まさか、と自嘲するように笑う。


 俺のような落ちこぼれの魂が綺麗なわけがない。本当に色があるのだとすれば、どす黒く淀んだ色になってるだろうに。


「で、君は誰?」


「ああ……紹介が遅れたね。僕の名はアレクセイ・ムルタザリエフ。元人間の世界管理者さ」


「あれく……なんて?」


 流暢すぎてわからない。なんて言ったんだ。


「ごめんね、元の世界の人間にも難しい名前だって言われてたんだ。アレクでいいよ」


「じゃあ、アレク。もう1つ質問があるんだが、なんで俺をこんなところへ?」


「うん、それを今から話そう」


 こほん、とひとつ咳払いをしたアレクと名乗る眩い少年を見据え、気持ちだけ背筋を伸ばす。


 魂だけだからか、体はないようだった。


「僕は世界を管理する元人間だ。これはさっきも言ったね」


「世界の管理?」


「僕が管理する世界は、第201世界のアザールス。ちなみにガイア、つまり地球は第7世界だ。何をするかって言うと、その世界の調整、調節かな。生命の増加を抑えたり、逆のことをしたり。人類の量を考えるのが1番多い仕事だよ」


「それぞれの世界に管理者がいるってわけか……地球はどんな奴?」


「第7世界の管理者は、おっちょこちょいかな……割と世界滅びる寸前まで持って行っちゃうミスをするんだ」


「ああ……」


 そんなヤツが管理者で大丈夫なのだろうか……。


「ま、ここまでが前提の話かな」


「それで、俺を呼んだ理由は」


「君を呼んだ理由……それは」


「それは……」


 ごくり、と生唾を飲み込む。魔王を倒せ、とかか? しかしこんなおっさんに務まるか?


「……ぶっちゃけ、世界の人数合わせだね」


「人数合わせ? そりゃまた……合コンみたいなことを……」


 やったことはないが。


「簡単に言えばだよ。難しく言うと……」


「……難しく言うと?」


 言い淀んで黙り込み、考え始めたアレクに、だんだんと瞼が下がって半目になる。


「……ごめん、人数合わせだね」


「だろうな」


「いやでも、結構重要なんだよ? 君を世界に入れることによって、死ぬ運命の生命が少なからず救われ、その少なからず救われた生命が原因で、また死ぬ運命の生命が救われる……そんな連鎖反応が起きる可能性がぐんと伸びるんだ。異世界人だからね」


「異世界人……なるほどな。まあ、俺にそんな大層な力はないけど」


「君自身に力はなくとも、影響力はあるさ。少なからずね」


 影響力、か……。


 つまり俺がここに呼ばれたのは、異世界の人数合わせのためで、その打診っていうことか。


 ただ強制的に人数合わせをするんだったら、俺を問答無用で異世界に送ればいいわけだし、選択肢はあるみたいだな。


「ちなみに、ノーと言ったら?」


「oh no! ってところだね……他の人に打診するよ。異世界人ならぶっちゃけ他のどの世界でもいいし。残りはいくらでもいる」


「へえ」


 ……俺にしかできない仕事っていうわけじゃない。それを聞くと、不思議とホッとした。


「……なら、構わない。俺を人数合わせにすればいいさ」


「ほ、本当かい!?」


「ああ。じゃあ、面倒だからこのまま送ってくれ」


「ちょ、ちょっと待った! 受け入れるの早すぎだから! さっきの力、ちょっと君には強かったかな……まだ説明があるんだ」


 おっと、早まるところだった。


 説明は最後まで聞くべき。


 常識だ。


 ただでさえ異世界に送られるっていうんだから、どんな世界なのかもしっかりと聞かないとな。


「第201世界アザールスは、魔王という悪の存在がいて、それに対抗する勇者という善の存在がいて、保たれてる。まあ、第7世界ガイアにあるRPGのような世界だよ。それをもとに作ったらしいからね」


「RPGか。昔やったな……」


「剣と魔法の世界。端的に言えばそういう世界だ。で、まだ話してないことがもう少し。よく聞いてね」


「わかった。耳をかっぽじっとくよ」


「よろしい。君には、異世界で生を全うした後、僕の次の管理者になって欲しいんだ」


「……管理者だって?」


 つまり俺に、世界を滅亡の危機に陥れたりしろってことか?


「あ、難しいことは考えないでくれよ。面倒なことはほとんどない。ほぼ働かなくていいし。娯楽も望むだけあるような生活が送れるし、なんたって世界はいくつもある。暇にはならないさ。管理も、育成ゲームみたいにたまに世界を覗いて、均衡がちょっと崩れたら天秤を直す感覚でちょろっと差をなくせばいいだけだし……最初は教えるし」


 早口で捲し立てられて、思わず笑う。どれだけ俺に管理者をやって欲しいんだ。


「ね、どうかな。もちろん管理者の話だけ断るってのもいいよ。人数合わせはこれからもするつもりだから、次の子に頼んだりも出来るし。あ、人数合わせだけ断るってのもアリだからね!」


「うーんそうだなあ」


 口ぶりからして、娯楽に事欠かないのは嘘じゃない。


 何より、働かずとも娯楽を楽しめるってのがいい。


 ふむ……別に今のところ惜しむものもないし、デメリットはないに等しい……か。


「……わかった、そっちもやるよ」


「ありがとう……!」


「いくつか質問していい? なんで管理者を降りるんだ? 娯楽には事欠かないって言ったろう?」


「……また生きてみたくなったんだ」


 アレクがフードの奥で微かに笑った。


「……何年やったの?」


「数千年かなあ……僕は3代目なんだ。初代の人は数億年やったらしいけどね」


「へぇ……ちなみに、すぐ辞めれたりする?」


「もちろん! 統括管理長に頼めば生まれ変わらせてくれるんだ。少なくとも10年はやってもらいたいって話だけど……10年って結構あっという間だったし。まあでも、数日で辞めたいって言っても別に問題はないんだ。後任を見つけなきゃいけないからすぐ辞めれるわけじゃないけど……緩いもんだよ」


「生まれ変わる生き物は選べるのか? 記憶持ったまま、なんてこともできるのか?」


「生き物も選べるし、記憶持ったままは次の1回だけなら出来るって言ってた。魂の容量ってあるから、ちょっとだけ端折る記憶もあるらしいけどね」


 うん……聞けば聞くほど、デメリットがないのがわかる。


「俄然やる気が湧いてきたな……こんな気持ち、何年振りだろう」


「いい事だね。じゃあ、人数合わせと管理者、どっちもやってくれるってことかあ……よかった、1人目で目的達成だ」


 俺は1人目だったのか。ラッキー……なのか?

 寂しい人生とオサラバできる上、娯楽に事欠かない楽々なお仕事を紹介されて。まあ、きっとラッキーなんだろう。


「あ、そうだ、餞別。君の願いを3つだけ叶えてあげるよ」


「願い? 願いか……」


 唸りながら考える。


「……じゃあまず1つ、筋肉をつきやすくして欲しい。シックスパック憧れてたんだ」


「へえ、筋肉そのものじゃなくていいの?」


「いきなりついても気持ち悪くないか? あとは、自分でつけた方が自分のものって感じがするだろ」


「まあ、それもそうか」


「2つ目、髭が綺麗に生えるようにして欲しいんだ。顎髭にも憧れがあってな……」


「うんうん、叶えるよ」


「3つ目、禿げないようにしてほしい……」


「切実だね……叶えよう。可哀想だから使役魔法が使えるようにもしてあげる。魔力量はちょっと高めに設定して……回復速度も速めにしておくからね。あと、ちょっとだけ体を作り替えるから。万が一のために転生といった形をとるから、結構自由に作れるよ。希望はある?」


「特にないな」


「そっか。まあ、どうせだし次の世界を存分に楽しむといい。年齢を下げておくから」


「それは助かる。42歳から筋肉つけてもすぐ死にそうだしな」


「うーん、20……いや10代半ばくらいかな……」


「じゃあ15歳って名乗ることにする」


「うん、それが良いと思う。あとは……うん、よし! 準備はこんなものかな。君も、心の準備はできたかい?」


「大丈夫だ」


「あっちに着いたら『マニュアル』と口に出してくれるかな。最初だけ僕と話そう」


「それはいいのか?」


「無理を言ってるのはこちらだからね。それくらいしないと。魔法の使い方とか説明するよ。魂だけで留まっていられる時間は少ないから」


 まあそりゃそうか。魂だけ抜けてるって状態は、死んでるのと同じだもんな。


「じゃあ、送るよ。あっちに着いたら『マニュアル』と口に出すこと。安全な森の奥地に転移するから。転移酔いには気をつけて」


「ああ。ありがとう、アレク」


 体、というより魂? が暖かい何かに包まれ、ゆっくりと目の前がぼやけていく。


 アレクの眩い光が、遠くなっていった。

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