第9話
4
公園に立っていた。
小さな、小さな公園。
周りは木々に覆われていて、その空間だけが外の世界から切り離されたように感じる。その小さな空間の中に、小さな滑り台と、小さな砂場だけがあった。長い年月が経っているのか、その滑り台の青い塗装は所々はげかけている。
ここは……。
なぜだったのだろう、私は、自分は今寝ていて夢を見ているのだと気付いていた。この目の前の滑り台も砂場も、夢の中の世界なんだという確かな感覚があった。
これは……、昨日見た夢と同じだ……。
夢の中の私は、ゆっくりと空を見上げる。木々の緑の枠にかたどられた青い空。その青さを目を細めるようにして見ている。風が頬を叩き、木々の立てるサーという音が夢の中の私を取り囲んだ。
そうだ……。昨日もこんな夢を見た……。昨日と同じなら、もうすぐ公園の入り口に彼女がやってくるはず……。
夢の中の私は、誰かの声が聞こえたような仕草を見せ、公園の入り口に視線をやる。木々の間に挟まれた小さな入り口に、一人の女性が立っていた。ショートカットの髪型。穏やかな笑顔。昨日の夢の中で見たのと全く同じ顔。当然、その顔には見覚えは無い。だけど、夢の中の私の感情が、私自身に流れ込んでくるかのように、泣きたくなるような懐かしさに襲われる。そこも昨日と全く同じだった。
昨日はそこで目が覚めた。
だけど、今日は覚めなかった。その続きがあったのだ。
ゴオーという大きな音がすぐ近くで聞こえる。夢の中の私がその音のほうに視線をやると、木々の間から高架が見え、その高架を電車が走っている。銀色に緑色のラインが入った車体。見たことがある。
山手線……?
そしてその高架の向こうに、公園の小ささとは不釣合いな大きなビルが見えた。そのビルについてもどこかで見た記憶があった。渋谷にある、有名な商業ビルだ。
誰かの声に反応するかのように、夢の中の私は、視線を目の前に戻す。すぐ目の前にあの女性が立っていた。
誰なんだろう……?
やっぱり、その女性を過去に見た記憶も会った記憶も無い。
女性は息を少し整える仕草を見せ、夢の中の私を真正面から見つめながら口を開く。だけどその声は私には届かない。公園や街の雑音は耳に届くのに、その女性の声だけは聞こえなかった。
「何を言っているの?」
私は口を開く。だけどその声も彼女には届かないらしい。彼女は変わらず真剣な表情で私に向かって何かを訴えかけ続けている。
「私に、何を伝えたいの?」
また、ゴオーという大きな音が聞こえた。
視線をその音のほうに向けると、先ほどと同じ概観の電車が高架の上を走っていた。
そこで目が覚めた。
私はぼんやりと天井を眺める。
いつもと同じ薄暗い天井がそこにあった。
カーテンの隙間から午後の日差しが薄暗い部屋の中に差し込んでいる。外からは何の音も聞こえない。部屋の中では机の上に置かれた目覚まし時計だけが、チック、チック、とこの部屋に音を生み出していた。
さっきまでの夢が、まるで現実の世界での出来事のようにリアルに感覚の中に残っている。
なぜだろう……。
薄ぼんやりとしたこの部屋の中のほうが現実感が無いようにすら感じられた。逆に、さっきまでの夢の中の世界の方こそが、私の本当の世界のような錯覚を覚えた。
『もしかしたら、この世界は私にとって偽の世界なのではないのだろうか……。本当の世界は先ほどの夢の中の世界の方で、だからこそ、何の記憶も無いのに、あの夢の中の女性のことを懐かしく感じたのではないだろうか……』
私は、心の中で呟いてみる。
だからこそ、この世界の毎日はこんなにも空虚で、こんなにも無意味に過ぎていっているのではないだろうか……。
ベッドの上でゆっくりと上半身を持ち上げる。
目の前の床には、乱雑に脱ぎ捨てられたジーパンや、漫画雑誌が転がっている。
ふと、昨夜コンビニで見た、生まれ変わりについての記事を思い出した。
夢の中で前世の記憶を見たと証言した青年の話。
おそらく作り話なのだろう。そうは思っても、心のどこかではひっかかりを感じる。先ほど見た変にリアルな夢が頭から離れなかった。
生まれ変わりなんて、あるのだろうか……。
もしあるのだとしたら、あの夢の中の女性は誰なのだろう……。
私は、彼女のことを知りたいと思った。いや、知らなければならないんだ、そんな義務感のようなものすら感じた。自分でもなぜなのか分からなかったけど……。
ベッドから置き出し、床の上のジーパンを拾い上げる。
渋谷に行ってみようと思った。