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第8話


 午前八時少し過ぎになって、私はレジで横に立っている智恵に、

「それじゃあ、俺は上がるから」

 と一言かけて控え室への扉へ入る。着替えも終わり、そこから出ようとしたところで、店へと通じるドアの向こうから、

「あの、入ってもいいですか?」

 智恵の声が聞こえた。

「いいですよ」

 ドアが開かれ、少し暗い表情を作った智恵の顔がのぞく。

 私は帰る準備も終わったので、そのまま事務所に通じるドアノブに手をかけた。

「あの……」

「え?」

 自分にかけられた声に振り返ると、相変わらず暗い表情の智恵がドアの前に立っている。

「どうしてですか……。どうして、さっきは、私なんかのために土下座をしたんですか?」

「別に君のためにしたわけじゃないよ」

「じゃあ、どうして」

 どうしてなのだろう……。

 いつもの私なら、そんなことはしないのは確実だった。それなのに、どうして、あのときの私は、土下座をしたのだろう……。自分でも良く分からなかった。

「ただ、少しでも早くあの状況を収めたかっただけだよ」

 本当なのだろうか?

 自分の口から出てきた言葉に、何だか現実感を感じなかった。

「床に手をついて、頭を下げるだけでその場が収まるなら、別にどうってことはない」

「本当ですか?」

「え?」

「本当に、そう思っているんですか?」

 智恵は私に何を訊きたいのだろう。私の口から、どのような言葉を引き出したいのだろう。

「困るんです……」

「……」

「私のために、そのようなことをされると困るんです……」

 智恵はその言葉を空間に置き去りにしたまま、ドアの向こう側に消えた。

 私はバッグを持ち上げて、反対側にあるドアに手をかける。そしてドアを開け、出口に向かって歩き出す。だけど、頭の中では先ほどの智恵の言葉について考えていた。

 本当に、どうしてあのときの私は土下座なんてしたのだろう・・・…。

 事務所の外に出ると、すっかり雨はやんでいた。朝の穏やかな日差しが目に入り込んでくる。

 きっと、うらやましかったからだろうな……。

 看護師という自分の夢に向かって頑張っている智恵が羨ましかったのかもしれない。

 そして、そんな彼女の、彼女の夢を少しでも守ってあげたいという自分勝手な思いがあったのかもしれない。

 朝の日差しの下を黙々と歩きながら、そんなことを一人考えていた。



挿絵(By みてみん)


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