第6話
「あの、これ買いたいんですが」
「え? あ、すみません」
私は、目の前の客が差し出す弁当をレジに読み取らせる。中年の男性の客は、いらいらした視線を遠慮もせず私の頭上に浴びせかけていた。
その日もコンビニのバイトとしてレジに立っていた。だけど、ぼうとしてしまっていたらしい。目の前に立った客に気づかなかった。
「五百九十八円になります」
客は、乱暴な手つきで小銭をカウンターに置く。私は、それを数えながら、会計を済ませていく。
「ありがとうございました」
私は頭を下げる。客は、私の存在など目に入らないかのようにそのままドアの外に出て行った。深夜一時のコンビニに、また静寂が訪れる。煌々と光が溢れる店内に、私だけが取り残された。
そして再び、物思いにふける。
今朝見たの夢のことを思い出していた。
何でもないただの夢のはずなのに、どうしても頭からその光景が離れなかった。逆に、時間が経つごとに、その光景がより鮮やかになっていくかのような感覚さえ覚えた。
なぜ、あの夢がこんなにも気になるのだろう……。
自分に問いかける。
夢で出てきたあの女性……。
髪は短く、ひどく穏やかな笑顔を浮かべている。その顔にははっきり言って見覚えは無い。今までの人生において出会ったことがない人間だということは、はっきりと感じる。それなのに、どうしてこんなにも懐かしく感じるのだろう。
ポツポツと音がする。
視線を外に向けると、暗闇の中、雨がガラスを叩いていた。ここに来るときは降っていなかったので、私がこの場所に立っている間に雨が降り出したようだ。しばらくするとその音は激しくなり、ザーと雨が地面に打ちつける音に変わった。
先ほどの客が出て行ってから、客はやってこなかった。
煌々と照りつける電灯の下、私は一人レジの前に立っている。激しい雨の音がこのコンビニの中の世界とその外の世界を断絶していた。
手持ちぶさたになった私は、気を紛らわすために店内の商品を整列し始めた。
惣菜コーナー、菓子コーナー。一つずつ商品を整列していく。そして雑誌コーナーの前に立った。雑誌は立ち読み客が適当に置いていくせいか、並びがバラバラになっていた。私は一つずつ手にとってそれらを元の場所に置いていく。
そのとき、ふと、私の視線に止まるものがあった。
ある雑誌の表紙に次のような言葉が書かれていたのだ。
「あなたは、生まれ変わりを信じますか?」
その雑誌はオカルト系の記事を集めたマイナーな雑誌だった。なぜかその言葉に惹かれて、私は雑誌を手に取る。
『あなたは、生まれ変わりを信じますか?』
その記事は、生まれ変わりを経験したという何人かが、自分のエピソードを語るというようなものだった。自分の前世は猫で、その前世の記憶がはっきりと今の自分にも残っていると言う人。あるいは、自分の前世は戦国時代の武将で、そこで織田信長と戦ったと言う人。そんな荒唐無稽の記事が並んでいる。
その記事の中の一つに、次のようなものがあった。
『前世の記憶は自分には残っていません。
だけど、いつからか、ある夢を毎晩見るようになりました。
その夢は、私が遊園地に立っているところからいつも始まります。そこで私は若い女性と楽しそうに遊んでいるんです。それはまるで恋人みたい。だけど私自身は女性なのです。だから、なぜこんなデートをしているのだろうと思うのですが、私の体は私自身の意思では動かすことができず、勝手に動き、勝手にしゃべります。だけど、私は私自身の目で見ていて、頭は私自身の思考をしているのです。
私は、買い物をするために売店に向かいます。
その売店のドアに近づいたとき、そのドアのガラスに私自身の姿が映るのですが、それが男性の姿をしているのです。彼は私なのですが、私ではありません。現在の世界に生きる私は女性です。
ガラスに映る顔がはっきりと見えるのですが、その彼の顔は全く記憶に無い顔なのです。
いつもそこでハッとして目をさまします。
そのような夢を、毎晩のようにみるのです。
きっと、その夢は、私の前世の光景なのです。前世の私は、男性であり、この遊園地で見たことも無い女性とデートをしたのです。私の奥に潜む前世の彼が、必死になって私に何かのメッセージを送っているのだと思います』
私はこの記事を読んで、自分の夢のことを重ねていた。
あの夢は私の前世の光景なのだろうか……。
前世の私は、あの公園であの彼女と待ち合わせしていたのだろうか……。
前世の誰かが、私に何かを伝えたくてこんな夢を見させたのだろうか……。
「何を考えているんだ……」
苦笑いをして、首を横に振る。
生まれ変わりなんてあるはずがない……。
私はその雑誌を元の場所に戻し、別の雑誌の整理に取り掛かった。
だけど、たとえそうだとしても頭では別のことを考えていた。
もし、あの彼女がこの世界に存在するのなら会ってみたい……。
その思いはどうやっても自分の中で打ち消すことはできなかった。