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第2話


   2


 あたりはすっかり暗い。

 どこにでもあるような平凡な住宅街を私は一人歩いていた。

 電灯はちかちかと目を刺激し、その下に私の影を作り出す。歩くにつれてその影は消え去り、そして新しい電灯が作り出す影が姿を現す。

 目の前から、前をまっすぐ見据えた中年の男が歩いてくる。私はそのスーツ姿にちらりと目をやる。おそらくこの街に住むサラリーマンが帰宅しているのだろう。彼も私のほうに目をやってきて、その目があまりに自信に満ちているように思えて、私は気まずくなって視線をそらせた。何の存在にもなりきれていない私を見抜くような目が、ひどく心に痛かった。

 私は、バイト先に向かっていた。

 夜のコンビニのバイト。就職に失敗した後にそのバイト先を見つけて、一年くらい続けている。やりがいなんてどこにも無くて、ただ単に、新しいバイト先を見つけるのが面倒くさいから続けているようなものだった。夜のシフトに入るためには、午後八時に店に行けばよく、私はその時間に毎日のように夜の街を歩いていた。

 目の前に、暗闇に静かに佇む大きな建物が見えてくる。

 小学校だった。

 六年間通い続けた。あの頃の六年間は、本当に永遠と思えるくらい長く感じた。あの頃の私はとても狭い世界に生きていたから、それで流れる時間を長く感じていたのかもしれない。あの頃の私にとって、小学校の教室の中と、家の中がほとんど全ての世界だった。

「今も、そんなに変わっていないか……」

 私は小さく顔を歪めながら呟く。

 少し歩くと、校庭が見えてくる。

 暗闇の中に浮かぶ校庭には当然人影は無く、何だか小学校とは別の異空間のように目の前に広がっていた。

 あの頃の私は、何を目指して毎日を生きていたのだろうか?

 あの頃の私には、夢のようなものがあったのだろうか?

 私は自分に問いかける。小学生の頃の自分を思い出そうとするのだけど、うまく思い出せない。まるで、自分の人生の中からすっぽりと抜け落ちてしまったかのようだった。ゆっくりと歩きながら、目の前の校庭に立っている小さい自分を想像してみる。そして、その彼が今の私に何か話しかける場面も想像してみる。彼は、今の私を見て、何て声をかけるのだろうか?

「私の未来が、あなたであるのなら、私は未来が欲しいとは思わない」

 絶望交じりに、そのような言葉を吐き出すのかもしれない。

 もしそう言われても、今の私にはその言葉を否定するすべを持たなかった。

 私はこれ以上小学校の校舎を見るのが辛くて、目を伏せながら早足で歩き出した。


 夜のコンビニの電灯が、暗い街に浮かび上がっている。

 レジの前に立ちながら、私は、ぼんやりと窓の外の暗闇を眺めていた。深夜一時の店の中には客は誰もいない。煌々と光を放つ箱のような店の中で、私は虫かごに捉えられた虫のようにこの場所に立ち続けている。

 今日もいつもと変わらない時間が過ぎていた。

 カーンコーンとチャイムが鳴って、一人の客が入ってくる。黒いジャンパーを着た若い男だった。顔を伏せたまま店の中に入ってきて、そのまま雑誌コーナーの前に立つ。このところ毎日同じくらいの時間にやってくる。

「いらっしゃいませ」

 私の乾いた声が、店の中に響いた。

 男はそのまま三十分ほど漫画雑誌を立ち読みしていた。私はすることもなかったので、陳列台の上で客が乱した商品をきれいに並べていく。雑誌コーナーの横の惣菜コーナーの商品を並べなおしているときだった。横から誰かに見られているような視線を感じた。振り向くと、先ほどの男が陰険な目つきでこちらを見ていた。

「邪魔なんだけど……」

「え?」

「近くでがさこそされると、雑誌を読むのに気が散るんだけど……」

 一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。私は、何かを返さなければならないと思い口を開く。私の口から出てきた言葉は、

「すみません……」

 という言葉だった。

 彼は私を見下すような目をした後、また雑誌に視線を戻した。

 私はぎゅっと右手を握り締めてから、陳列台から手を離して先ほどまで立っていたレジの前に立ち戻る。男は結局一時間も立ち読みしたあと、店を出て行った。出て行くときにはレジの前を通らなければならないが、私の前を通り抜けるとき、彼は長い前髪の影から私を一瞬見た。その目はどことなく自分より下の人間を見下すような眼に見えた。



挿絵(By みてみん)


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