第10話
あの夢の中で見たあのビルは、渋谷にある有名なビルだ。夢の中の公園がどこにあるのかは知らないけど、あのそばに行ってみれば何かが分かるような気がした。
机の上に置いてある財布を取り上げ、中身を確認する。三千円入っている。大丈夫。渋谷への往復の電車代は何とかなる。そして同じく机の上に置いてある携帯電話を取り上げた。ふと気づけば、携帯電話のランプが点滅していて電話かメールの着信があったことを知らせている。
一通のメールが来ていた。
送付者は、父だった。私は、心の中が冷たくなるのを感じながらそのメールを開く。
「祐樹。いつまで、ブラブラしているつもりだ」
そんな一文が、小さなディスプレイに飛び出してくる。
心の中で、グラリと何かが傾く音を聞いた。
一年前に私は、就職に失敗した。
だけど、別にそのこと自体に対して何か思っているわけではない。就職試験を受けた企業についても、別に入りたいという気持ちなんて無かった。周りの皆が受けるから受け、親への体裁のために受けているだけだった。きっと、そのような思いなんて簡単に見透かされていたのだろう。数日後、私の元には、
「弊社の求める人材とは違います」
という、簡素な不合格メールが届いた。でも、落ちたときも別に悔しいという思いも無かった。ただ単に、
『そうなんだ……』
と思っただけだった。
そのときの私には、人生に何の目的も無かった。私にとって無いというよりも、人生にはそもそも意味なんて無いんだと思っていた。別に自分の意思でこの世界に生まれたわけではない。産んで欲しいと神様にお願いしたわけでもない。誰かの意思によって勝手に生み出されただけ。その事実に不安に思う人たちが、何かにすがりたくて、
「人生には意味があるんだ」
と言っているだけなんだと思っていた。
でも……。
もしかしたら、そのように投げやりになっている私の心の奥深くでは、
「そんな訳があるはずがない」
と必死に私自身に訴えかけるもう一つの声があったのかもしれない。
「人生は一度きりしかない。そんな人生に全く意味が無いなんて、あるはずがない。いや、そんな限りのある人生だからこそ何かしらの意味がそこにあってほしい」
そのように必死に願っているもう一人の自分がいたのかもしれない。
だけど、その声は当時の私にとって本当に重くて、どうしたらいいのかなんて全く分からなくて、そして私はその声にただ、耳を塞いでいただけなのかもしれない。そのようにして、バラバラになりそうな自分の心を必死に守っていたのだと思う。
私は、無表情のままそのメールの削除ボタンを押した。




