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第1話


   1


 ある人に、こんな話を聞いた。

「毎朝、自分に『もし今日が人生における最後の一日だとしたら、今日これからすることを私はしたいと思うだろうか』と尋ねることにしている」

 今日が人生における最後の一日と言い聞かせて生きること。そのように言い聞かせたところでおそらく明日はやってくるし、明後日もやってくる。

 だけど、この道の先のどこかで、この言葉が真実になる日がいつか必ず訪れる。

「自分にはもう『明日』という日が永遠に訪れないんだ……」

 そのことを思い知らされる日がいつか必ず訪れる。

 その日に私は、後悔すること無く、「明日」が永遠に訪れないという事実を受け入れることができるのだろうか。

 自分の人生における最後の一日。

 その一日はどのような一日なのだろうか。

 私は、この世界に生まれて来られたことを感謝することができるのだろうか。それとも、その一日になったとしても、それでもまだ自分がこの世界に生まれた意味も分からず暗闇の中で震えるような時間を過ごしているのだろうか。最後の一日をときどきイメージしてみる。だけど、少なくとも今の私には、自分のこの存在を感謝している未来をイメージすることはできなかった。そのような未来が私に存在することをどうしても信じることができなかった。


 昔見た某ドラマを時々思い出す。

 それは、二十九歳の高校教師の物語だった。

 彼はいつでも将来のことを考えて生きてきた。将来のために貯金をし、将来のために節制をする。

 ある日、高校で健康診断があった。結果は「再検査」。病院に行ったところで、医者に、

「末期がんで、余命は半年」

 と告知されるのだ。

 彼は、「なぜ自分なんだ」という怒り、そして迫り来る死への恐怖にかられる。そして彼の心に最後に訪れたのは「後悔」だった。

 第一話目の最後は、次のようなシーンで締めくくられていた。

 カップラーメンに湯を入れ、その三分間の時間を使って、彼は押入れを整理している。そこで、ダンボールの奥に自分が小学生の頃の卒業アルバムを見つける。何となくそのアルバムを開くと、小学生の頃の自分は次のような作文を書いていた。

「立派な大人になりたいです。立派な大人とは、後悔の無い人生を生きる人のことです」

 彼はその言葉に苦笑いする。

「生意気言って……」

 そう呟いたあと、そのアルバムを閉じた。

 カップラーメンの蓋を開けて、麺を口の中に押し込む。

 そんな彼の顔が少しずつ歪み、最後はラーメンを食べながら涙をぼろぼろ流し始める。そこで、次のような独白がナレーションとして流れるのだ。

「僕は後悔していた……。僕は、小さい頃の自分が思い描いた人生を生きてはこなかった……。二十九年間も生きてきたのに……」

 その最後の独白が、私の中で何度も流れた。

 私は自分自身に問いかけていた。

「今の私は、小さい頃に思い描いたような人生を生きて来たのだろうか?」

 私の中の誰かは、その問いに答えてはくれなかった。それ以来、ふと電車に乗って窓の外の住宅街の景色を眺めているとき、バス停でバスを待ちながら目の前の車の流れを見ているとき、その問いの声は私の中で流れた。だけど、いつだって私はその答えを見つけることはできなかった。


 そのように生きてきた私はこれから、私の身に起こったある出来事の話について書こうと思う。

 その出来事は今となっては本当に現実だったのかどうかすら分からない。ただ少なくとも私自身にとっては、どんな確かな事実よりもはっきりした現実だった。その出来事を境にして、私はこの世界についての考えが変わったし、私自身についても考えも変わった。外見上は何も変わらなかったとしても、その出来事の後の私は、全くの別人になっていたのだ。

 その頃の私は、大学を卒業して就職に失敗して、バイトをやって過ごしていた。

 何か目的があったわけではなくて、ただ今日という一日がやってくるから朝起き出し、今日という一日が終わるからベットの中にもぐりこむような毎日を生きていた。自分がどこに向かっているのかも分からなかったし、どこに向かいたいのかも分からなかった。

 ただ、心のどこかでは、自分の人生を賭けて追い求めるべき何かがあるのではないかという思いがあった。でもそれが何なのか分からなくて、そのことを直視することも辛くて、いつしか考えることからも目を背けるようになっていた。



挿絵(By みてみん)


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