9”己に説いてみて、風に気付かされ
「馬を、扱うのがお上手ですね。」
「そうかな、ありがとう。」
僕は、馬に跨り、ある森に来ている。ここは、リズルゴールド王国の隣にあるヒヨドリの森。
この世界の基本を会得する為、先ほど、基本の三点である一つ目『魔法』を扱う事が出来た。まだまだ加減の効かぬところではあるが、一歩を踏み出せた所。そして二つ目は、この世界の存在証明である『リゲイト』、これは、知識として頭に入れておく。ただ、それだけが僕にとってできる事。
そして最後の3つ目は、己が振るう『武器』である。強敵と戦うのならば、あって損はないもの。剣術と言う分野もあまり、人に見せれるほどの技術を持っていないが、僕には、心強い剣術使いを知っている。その人に稽古をつけてもらおうとしていたのだが‥‥
「さぁ、最後は敦紫君が振るう『武器』だ!!、だが、君に似合う武器が、この国には無いんだ。‥‥」
「似合う?何でもいいよ。剣ぐらいはあるんでしょ?、襲人さんが持っていた様な剣ぐらい。」
「あんな鈍じゃ、何も出来ない。己の命を守る矛となり、盾となる。それが『武器』。半端なものでは、いざと言う時に、何も出来なくなる。たがらこそ吟味して君の武器を選ばなければいけない。暴走した異世界人と立ち合っても、折れない優れた武器が必要になる。」
「‥‥はぁ、でもこの国にはないんでしょ?。」
「そうなんだよねぇ‥‥。どうしよ。」
このリズルは、王国騎士団は愚か、武器や鍛冶屋もない。オーランの護衛が拵えてあるのも、飾りも同然。尚更、この国が何故今の今まで、息をしているのか、疑問が膨らむばかりだが、今はそんな事どうでもいい。
僕の扱える武器をどうやって探すか。その事についてマルクワ君も含めて色々な案が出た。少し離れにあるスイレ王国には鍛冶屋があり、そこで、僕に見合った武器を作ってもらう事。そもそも魔法があれだけの威力なのだから武器などは要らないのでは‥‥。頑張って自分達で作るか!、と。
出していく案は悉く無理だと証明されてゆく。一個人の為に動ける程、今のスイレ王国は暇ではない。そして、元も子もない事を言うものではない、鍛冶屋の知識もない人間達で作れば尚更、半端な物しか生まれない、と。
だが一つだけ、オーランの一言で僕らは足を止める。
「この城の地下にある『大異本棚』に行けば、この事も記されているのか?、まだまだ解読が進んでいないが、見てみる価値はあるかもしれん。」
このリズルゴールド王国の地下には、この大陸の歴史や行く末を記された書物が眠っておりその場所を『大異本棚』と、言われているのだが、その存在自体この国の王であるオーランやマリーしか知らない事。この国にとって、いや、この世界にとって重大な機密情報とも言える。
そんな大事な事を、部外者の僕と、一般市民であるマルクワ君に話して良い物なのかと尋ねるが、何処かのタイミングで、僕には打ち明ける予定だったらしい。
「大異本棚には、幾つもの書物があるのだが、その中でも一際、重要な事が記されている書物『花言葉の書』が、あるのだ。」
「花言葉の書?。」
「そう‥‥花言葉の書。‥‥。」
「‥‥‥それで?」
「‥‥わかんない。」
分からない。ではなく読めない。大異本棚に眠る全ての書物は、この世界の言葉では書かれていない。長い歳月をかけて解読に励むも、何も分からないまま。頭のいい学者や、言葉に詳しい人間に頼れば良い物だが、大異本棚の存在は隠しておけと言うのが、この国の建国者の最後の言葉。守る他はない。
「幼き頃、色々と説明を受けたのだが、あまり覚えていないのだ。予言が書かれた花言葉の書は実に9個、その中で、君の事が書かれた本もあったんだ。‥らしいんだ。単なる憶測だけどね。」
(僕の‥事が?‥‥)
「とりあえず!、このままでは日が暮れてしまう。マリーを呼び、今から大異本棚に向かおうではないか。」
と、僕たちはこの城の地下にある大異本棚に向かう筈だったのだが、1人の聞き覚えのない声で僕たちの足は、また止まる。
「‥私は‥‥救世主様が扱える武器を‥‥知っています。」
突拍子もない発言、小さく折り畳まれた紙を持ちながら、そして大きな杖を背負いながら、僕たちの背後でそう呟く彼女。名はリリー。彼女は、オーランが呼んだいた2人目の先生。見るからに魔法が得意そうな風体をしている。でも、普通の女性。‥‥、
普通の女性‥‥だとは思うんだ。‥‥‥‥。
「どうしたんですか?敦紫様。私の顔に何かついていますか?。」
「いや、君は見ていないよ。あと、様はやめてくれるかな。」
手綱を叩き馬を走らせる。決められた配置に生えてあるはずのない森の木達、無策に突っ込めばこんなにも早く馬を走らせる事などで来ないが、道があるかの様に踏みとどまる事なく、速度も一定で走れている。それもこれも彼女の指示通り。
大異本棚へと、向かう僕らに、彼女はこう述べた。
「‥‥ヒヨドリの森。‥ヒヨドリの森に祠あり、奇跡の聖剣あり。」
聖剣‥‥大丈夫、僕も思ったよ。怪しすぎる。今までの話の全てを分からない彼女が、急に現れてこんな事言い出したら、怪しくもなってしまう。信憑性のカケラもない、最初は皆疑いの眼差しを向けていたのだが、オーランだけは聖剣の噂を知っていたのだ。では何故、今までその事について触れてこなかったのかと、答えは簡単、どこに聖剣があるのか知らなかったから‥‥一国を担う王が聞いて呆れる。
それに、敦紫君なら心配ないでしょ。と言い、僕に護衛用の剣を渡し、気付けばこの森に来ていたのだ。
この場所は、聖剣が眠る『ヒヨドリの森』。そして、僕たちはその聖剣とやらを探す為、馬を走らせていると言うわけだが、驚く事に1時間以上は馬を走らせている気がする。いつになったら着くのか。
「リリーが、先頭に立って道案内するなんて珍しいね。」
「‥‥‥‥‥。」
「リリーさん、僕は天傘敦紫。よろしくね。‥‥、」
「‥‥‥‥‥。」
リリーと言う女性はずっと無愛想な態度をとっている。僕だけなら分かる。顔全体を包帯でぐるぐる巻きで巻いた男となんて誰が話したいのか、女の子なら怖くもなるだろう。だけど、マルクワ君の事まで無視するなんて、相当仲が悪いのかな。
僕の隣で、肩を落とし残念そうな顔をしたまま馬を走らせるマルクワ君は何も感じない‥良い意味で、普通の子だと思う。それと、彼女からも何も感じない。
彼女の事は何も知らない。だから確証はない、でも、何も感じられないのだ。悪い意味で、怖い程に。
しばらく僕たちは、このヒヨドリの森を真っ直ぐに突き進む。そこは自然に囲まれ、風が吹いていないのにひんやりとした気温、そして暖かな木漏れ日が体に掛かると少しだけ下がった気温も相まって眠たくなる。このような自然を見ているといつも思い出してしまう。
「‥‥彼の、好きそうな場所だ‥‥。」
「‥?、何か言いましたか?」
「ん?いや、何も。」
彼がふと思い出に更けていると、目的地に着いたのか先頭で馬を走らせるリリーは足を止める。だが、辺りを見渡しても有るのは、生き生きと揺れる木だけ、とても聖剣が眠る祠がある様には見えない。
「‥‥‥リリーさんどうしたんだい。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」
彼女は沈黙で返事を返す。その目は先ほどとは違い、黒く虚な目。同じく敦紫の隣にいたマルクワもまた頭を傾げてはあたりを見渡す。何度、立ち止まったリリーさんに声を掛けようとも返事はなく、次の瞬間、彼女の首はカクンと下がり、魂が抜けたもぬけの殻となってしまう。
「マルクワくん‥‥‥もしかしたら僕たち、はめられたかもね。」
「‥‥え!?。誰にですか?‥‥おい!リリー、返事をしろ!‥‥おい!!」
彼の声など届いておらず、リリーさんは下を向いたままである。そして僕たちは、突如として頭から足にかけて稲妻が走るような感覚に陥る。気づけばこの森を入ってから、先ほどまで聞こえていた動物の鳴き声が全くしない。
(‥‥信じてしまった、僕の落ち度だねこれは‥‥。)
その茂みの奥からは、今までに感じたことがない淀んだ形の無いエネルギーを感じる。殺気を漏らし、地を揺らし、地鳴らしを立て、何かがやってくる。
「‥‥嫌な予感は、的中するのがお約束だよね。」
彼が、その方向を見つめながら口を開けると、嫌な予感は正体を表す。
「ブォォォォォォォォォォォ!!」
それは途轍もなく大きな何か。目を血走り、自身を包み込んでしまうほどの大きな手、その先端には鋭い爪がついており、羊のような螺旋状に生えたツノがよく目立つ。そんな化け物が、機関車の蒸気の如く、鼻息を荒げ目の前から飛び出してきた。
「な!?何故ここに魔獣がいるのですか!!」
その化け物の名は魔獣。マルクワは魔獣を見ては腰を抜かし尻を強く打ってしまう。立てそうにない。敦紫はとゆうと元々いた世界では見ることなどない、こんな動物に似た化け物。普通であれば敦紫自身も声を荒げて、尻尾を巻いて逃げてしまうのが普通であろう‥‥ただ。
「随分と大きいね。」
敦紫は、逃げる事はせず立ち止まり魔獣の顔を眺めている。
その魔獣は隠す素ぶりなど一切見せず、殺気をダダ漏れに流しては、敦紫の顔を睨みつける。今にもその口元を大きく開け飛び掛かる勢い。普通であれば殺されてもおかしくない状況。
「‥‥‥‥。何故ですか?‥‥‥なんで‥‥」
尻餅をついたマルクワは、この化け物に恐怖を感じてしまい言葉を漏らしてしまう。拳を前に構え立ち向かおうとするも、やはり立てない様子だ。
この状態は同然の事。確かにマルクワとゆう人間は、他と比べれば多少の力は持っている。ただ、魔獣と言う生き物を見るのは今回が初めて、マルクワ自身、これまで学を積んできた、魔獣と言う生き物がどう言った生態なのかを。
だが、所詮は憶測の範疇。知識はあろうとも、実分は見た事がない。初めて見るこの大きな魔獣は、どれぐらいの力なのか?、自分の力がこの化け物に届き得るのか、初めて見る恐怖。今まで、研鑽を積んできた物が泡となり弾けた瞬間。
人は誰しもがそうだ。初めては怖い。少しづつ対峙し、経験を踏んだのちに、また足を動かす事ができる。初めて見るものがどれだけ怖いか。生き物全てが該当する事。
そんなマルクワは、殺気をダダ漏れに出す魔獣に怯えている。が、‥‥それと同等にもう一つ恐怖を感じてしまう。震えすら覚える。その恐怖の正体‥‥
「やぁ。君は、僕たちを殺そうとしているのかな?‥‥見る感じ、言葉を話して意思疎通できるタイプでは無さそうだね。‥‥」
その場に立ち尽くすリリーに声を掛けようとも、動かぬ石像と化してしまっている。コブシは立ち上がることに成功したものの、魔獣のその大きさゆえ汗が止まらない。
そんな中、その雄叫びを上げる魔獣に一人歩みを進める者。ここで、ようやくマルクワは恐怖の原因が分かってしまった。
「マルクワくんはリリーさんを見ていて‥‥‥」
(それにしても大きい‥魔獣と言っていたかな?‥聖剣を守る番人なのかな?、)
「‥‥‥この状況‥‥僕は死ぬのかな‥‥‥ねぇ君は聖剣の場所知ってるのかな?」
返答は雄叫びだけ。
「敦紫様!!ここは私にお任せください!その棒立ちになっているリリーを連れて王国に逃げてください!」
「どうして?」
「あなたは、この大陸を救う救世主様です!!こんな所で命を落とすわけにはいかないのです!」
「‥‥一度命を落としているさ。それに、死は僕にとって恐怖じゃない。」
彼が放つ言葉、その言葉に魔獣は唸りを上げ暴力とゆう名の返事をする。鋭い爪を立て目の前に立つ敦紫の額へとその爪は届く。
そんな最中。
「下がっていて。練習がてらさ、」
どちらにせよ、この世界の暴走した異世界人を殺す事が目的。この魔獣一匹に逃げ出していては元も子もないだろ‥‥
彼は魔獣が突進してくる所へとその片手を上げ標準をかける。そして
———火属性系統魔法:|彼が必要とする程度の火
彼が胸元で集める魔胞子は自ずと答えを出す。魔獣が先手を撃ってきたはず。だが、それよりも早く詠唱を済ませその魔法は、魔獣の身へとぶつかると木々を揺らすほどの大爆発を起こす。その爆発は何かに掴まらないと、飛ばされてしまうほどの風圧。
「‥‥‥‥あれ?」
「ブォォォォォォォォォォ!!!!」
ダメージを入れるどころか先ほどよりもピンピンしている何故だろ?確実に当てたはずなんだけど。
「敦紫様!!魔法では奴には聞きません!」
聞いたところによると、魔獣とは名の通り魔胞子が形を成した獣。魔獣にとって魔胞子とは生きる糧だ。この世に降り注ぐ魔胞子を吸収し生きている。この世界の人間の攻撃手段の一つが魔法とゆう世界では、どうも勝手が悪い。そもそも、このような場所には生息しておらず、ここにいること自体おかしいらしい。魔胞子で出来た彼に魔法を打つなど帰って火に油を注ぐ行為。
「だから言ったのです!!私のような物理で戦う人間の方が勝機はあるのです!」
震える足を、自身の拳で殴るともう一度構えを取る。
「‥‥‥マルクワくんは勇敢だね‥でも、大丈夫。」
それは‥‥一瞬の、出来事。
「‥‥え?」
構えを取るマルクワの足元に、何かが転がる様にぶつかると彼は、目線を自身の足に向ける。そこには先ほどまで元気であった魔獣の顔。ハッと顔を上げると、目の前に立っていた魔獣は顔などなく、体だけが残り膝から崩れ落ちると粒子となり姿を消してゆく。
「‥‥‥‥え?‥‥‥‥何が起きたんだ。」
彼は状況が飲み込めないでいるが、頭を失った魔獣の身体は、形を失い黒い粒子がこぼれ落ちてゆくと、風に乗り空へと帰ってゆくそんな最中、その後ろから人影が現れ、刃こぼれした剣を持ち眺める包帯を巻いた男の姿。
「あーあ。借りてる剣が‥借りた物を、汚すし壊すし、ダメダメだね僕は。」
敦紫の姿であった。
魔獣が雄叫びを上げ襲いかかるそんな最中。気合いを入れマルクワが立ち向かおうとした。その一瞬、誰もが気づくことのできない速度で、敦紫は魔獣の元へと急接近し、オーランに渡された剣で魔獣の首を一太刀で切ったのだ。
「‥‥‥‥敦紫様‥‥一つ聞いてもよろしいですか‥‥」
「なんだい?」
「剣を使うのは‥‥‥」
「あぁ、初めてだけど?これでも最初にしては上出来だと思うよ。でも、まだまだ、フーガ”には届きそうにないね。なんたって彼は‥‥」
理解が追いつき悪寒が走るマルクワ。先ほど感じていた恐怖の正体が今まさに理解できた。
(さっきまで私の後ろにいたはず、あんな生半可な剣であの魔獣の首を切った?有りえない‥‥それも周りにいた私が気づかないほどに速かった‥‥魔法の威力に注ぎ、今の一太刀も初めてではない程、綺麗な太刀筋。この人は一体‥‥‥)
分かってしまう。敦紫を見て、感じて、この人間は、今の今まで焦りなど見せなかった。怖くなるほどに
冷静だった。
それは冷静では説明がつかないほどに、魔獣を見つめる彼の目は、凍えるほど冷たく残酷に‥‥。人が、人として、やってはいけない、そんな類の目をしていた。‥その目は何故だか今回が初めてではない事が分かってしまう。
人の本性は不意に出る物。
「あなた様は‥‥‥‥一体‥‥‥」
マルクワの言葉や、敦紫の言葉は、ある女性によって遮断される。先ほどまで、もぬけの殻になっていたリリーが急に身体を動かし、手を広げては口を開ける。
———終着点を起点とす
美しい声と、もう一つ雑音が入り混じった声。
そんな声で、彼女が唱えた瞬間であった。瞬く間にこの地を揺らし、敦紫たちがいる場所を囲むように先ほどの魔獣が無数に現れる。そして、彼女は役目を終えたのかプツンと糸が切れた様に意識を失い、倒れてしまった。
「‥なんですか!?これは‥‥何故、この場所にこれだけの魔獣が‥‥おいリリー大丈夫か!?おい返事をしろ!!」
マルクワは、倒れた彼女を受け止め声をかけるも返事など返ってこない。それでも何度も、声をかけた。たがそれは油断とゆう形に姿を変え、背後にいる魔獣は、その殺気を放つ禍々しい手を、コブシの背後から振り下ろす。
「っ。マルクワくん!!」
「!?」
気づいた頃にはもう遅い。だが咄嗟の判断、敦紫は瞬く間にマルクワの元へと急接近し、自身が持つ護衛用の剣を器用に扱い、その魔獣の攻撃を受け流すことに成功したが。
「‥‥‥まぁ。そうだよね。そこまで頑丈な物でもなかっただろうし。オーランの言った通りになっちゃった。」
受け止めた最中、彼が持つ剣は刃先が真っ二つに折れ使える状況ではなくなる。折れてしまった剣を眺めた後、地面に置き攻撃を仕掛けてきた魔獣の目を見つめる敦紫はあろう事か、
「‥ねぇ。マルクワくん‥‥君は、王国に帰ってこの事を伝えてきて‥‥勿論、その女の子を連れてね。」
ラーガ”の技はこの魔獣に効くのだろうか?、いや、もう良いか、今思えば、この世界に来て色々と知れた気がする。彼の知らない事を十分知れたと思う。そもそも、彼に会う為に僕は死んで、この世界に迷い込んでしまっただけ。悔いなどはない、少しぐらいなら、時間は稼げる。僕と違って、マルクワ君には、生きる意味がある。
「何を言っているのですか!!」
「‥‥‥‥。」
その言葉に聞く耳を持たず。敦紫は、今にも飛びかかってきそうな魔獣へとまた、歩みを進める。
「ねぇ。魔獣さん。君たちは何が目的なんだい?彼女に呼ばれてここに来たのかい?それとも王国を侵略でも?‥‥‥それとも‥‥‥‥君は」
『僕を彼に逢わせてくれるのかな?』
それを耳に入れ、気を失ったリリーを担ぐマルクワは、敦紫に声をかける。
「‥‥彼に会う?何を言っているのですか!!訳のわからない事を、一緒に逃げるのです!!早く!!だいたい‥‥‥‥」
黙れ。 邪魔をするな。
その言葉。そして振り返ってはその冷たい視線をコブシに向ける。マルクワの身体はその残酷な眼差しに固まってしまう。彼からは膨大な魔胞子が集まるほどの気迫、そのエネルギーによって言葉を失う。彼の周りは、一瞬だけ、黒く歪んで見えた。
「さぁ、一度は死んだ身、走馬灯の様なひと時だった‥‥」
「敦紫様!——————————————————」
何かマルクワ君が喋ってるけど聞こえない。‥でも何を言っているかなんてどうでも良い。一度死んだ僕は‥‥死んだ?僕は死んだ?どうやって??。
橋の上から落下して、海の中で死んだ。死んだ‥‥違う。僕は、突き落とされたんだ‥‥、なぜ?。誰に?、‥‥、まぁ、良いよ過去の事なんか‥‥もう、元の世界でも、この世界でも、僕には何も残っていない‥のか?。あれ?、
「あぁ、そうだ。忘れてたよ‥‥でも、君に会えるならなんでも良いや。」
彼は空を見上げる。そして目を瞑る。
君には出せない『魔法』を習得したんだよ。見たらびっくりするだろうなぁ、地面を揺らす事だって出来る。‥‥言いたいことが山ほどあるんだ。また会えたなら君と笑いたい‥‥ねぇ‥‥‥。
——おい、こら、頭冷やせ。——
「‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
懐かしい声が聞こえる。それは、昔、二年間ずっと聞いていた、温かい声。
そして何処からともなく、この木々が横に揺れるほどの風が吹き荒れると、敦紫は我に帰る事が出来た。そして、ようやく大声で語り掛けるマルクワの声が、鮮明に聞こえてきた。
「敦紫様!!暴走した異世界人を倒し世界を救うなんて二の次だ!‥命は一つしかない!!。価値ある命を無駄に扱うなど、哀れな生き物がやる事!!それでも貴方がこの場所で一人で戦うとゆうのなら‥‥」
マルクワは、背負い込むリリーを優しく地に降ろすと。
———土属性系統魔法:無理難題
その魔法で、彼女が眠る周りを、優しく地面が浮き上がり包み込む、ドーム形の魔法を生成する。
「私も‥‥戦います!!オーラン国王からあなたの事を任されている指南役です。生徒を見殺しになど出来ない。」
「‥‥マルクワ君よりもこの魔獣が強くて、歯が立たなくても?。」
「相手が私よりも強かったら、私が逃げるとでも?。えぇ、普通なら逃げますとも、私だけなら。でも今は違う。この大量にいる魔獣が我が国に侵攻を進めば、私の大切な生徒たちが危ない。‥、それに、私の背にはこの世で最も大切な人がいる。守る為なら、逃げるなど選択肢にすら入っていない。」
「‥‥‥そう。マルクワ君は勇敢だね。かっこいいよ。」
そうだ。僕にはまだ、やり残した事がある。僕は死んではいない。此方の世界と元いた世界が平行に進んでいるのならば、幼馴染である結華朱を置きっぱなしにしている状態。‥‥、なんともめんどくさい立ち位置に僕は居るみたいだ。元の世界には。結華朱がいて、君は空にいて、
「ふふふふ、ほんと、面倒だね。」
「なんで笑ってるんですか?怖いですよ。」
———なんでこの状況で笑ってんだよ。怖いよ。ったく
この世にはいない彼の言葉が、時々蘇ってくる。
「マルクワ君も一緒に戦ってくれるのかい?」
「はい!!、こう見えて私も中々の強者ですよ。」
「見なくとも、知っているよ。君が強いのは‥‥、でも。」
——戦鋼番糸:戦闘武術『噴波』
敦紫は、優しく地面を撫でながら、音もなく摺り足で魔獣の懐に入ると、盛大な音と共に強烈な一撃を魔獣の腹に喰らわす。その一撃で、悲痛な声をあげて魔獣の腹には大きな風穴が空いた。
「‥‥え?素手で‥‥。」
「手伝ってくれるのは有り難いけど、君を死なせる訳には行かない。暴走した異世界人を殺して、大陸が平和になっても、君の帰りを待つ生徒たちや、リリーさんは本当の意味で平和は訪れない。だから、君は見ていて、因みに僕は『素手』が得意分野だよ。」
元いた世界では、魔法や武器なんて無かった。有るのは己が握る拳のみで僕は、何度も彼と手合わせをした。卑怯な手を何度使ったか数え切れないぐらい。でも、一度も勝てなかった。誰にも真似なんて出来ない彼だけの『武術』で。
君がこの世界に来ても、君は変わらずあの『武術』を使い、魔獣達すら一網打尽にするのかな?。しそうだね、君みたいな可笑しい人間は。
そんな僕は、彼に憧れて彼の使う『武術』を教えて欲しいと、懇願したんだけど。「無理。お前には必要ない」の一点張りだった。だから僕は、彼が死んでから半年間、彼の武術について色々と考えたんだ。どうやったら真似できるか‥‥
「ふぅ。‥‥‥、魔法なんて御伽話の様なものがあるのだから、この世界なら、彼の武術も真似できそうな気がするよ。‥‥、」
このヒヨドリの森で始まった魔獣との戦いは、一瞬にして勝敗が決まる。
風穴が空いた魔獣の腹は、ミチミチと音を立てて修復に向かっている。お浚いだが、魔獣の糧はこの大気中に散りばめられた魔胞子達。魔胞子達が尽きるか、首を切るか、そのどちらかでしか魔獣達は、死なない。
敦紫達を囲む魔獣達、ざっと数えても二十は軽く超えている。その中でも一際、角が長く大きな魔獣は、一瞬にして風穴の箇所を修復すると、爪を立て敦紫に向けて躊躇の無い一撃を放つ。
「‥‥そうだ。僕は橋の上から突き落とされた。‥‥。死ぬ事は怖くないが‥‥死ぬ訳には行かない。元いた世界には、結華朱がいる。‥‥それにまだ、『彼の墓参りの途中』だ。‥‥」
「なにを!?なにをしているのですか!!」
なんと、敦紫は攻撃をやめ視線を地に向ける。両手を下ろし、呼吸を整える。その最中、魔獣の物騒な手は数センチの距離。それなのに敦紫は微動だにしなかった。
バァァァンン!!!!
この森には、破裂した様な音と、尋常では無い速度で木々が次々と薙ぎ倒される音が一緒に聞こえてきた。
「‥‥‥え。そんな、」
敦紫と、この群れの中で親玉クラスの魔獣が立つ位置には、砂埃が上がりそこに立っていたのは、目を真っ赤に光らせ、鼻息を荒げる魔獣の姿。と‥‥敦紫の姿。は、何処にも居ない。
「ブォォォォォォォォォォ!!」
勝敗は、一瞬にして決まった。
魔獣の繰り出す無慈悲な一撃は、敦紫の身体に直撃し、吹き飛ばされてしまう。
何かをしようとした。敦紫が目指す物を真似しようとした。だが、所詮は真似事。命が掛かるこの戦いには、猿真似では到底及ばなかった。
ヒヨドリの森で始まった魔獣と敦紫の戦いは、敦紫の敗北で終わる。