54”フゥ‥‥。
揺れる度、腹に衝撃が伝わり声と空気が出る。視点はずっと地面、流れる雑草や石ころを眺めるばかり。地に足がついていない状態が彼これ数分。ふと頬にあたる何者かの背中には毛布の様な肌触り、そこまで悪い気はしない。でも、それでも。
「んで、いつ下ろすんだよ。」
「‥‥‥。」
「喋れよ。誘拐だよ?やってること。」
「‥‥‥。」
人間の形ではあるが、頭には長い耳が二つと小さな尻尾。雰囲気だけ見れば兎が人間の形をした獣に近い種族。だが身長は2メートルを超えて成人男性が子供扱いされてしまうレベル。そんな巨人の肩に有無を言わせず担がれているのは、凛道 翔。
「おい、聞いてる?」
「‥‥。」
翔だけが知るスイレに隠された庭園。その場所で『シフォンに自分が生きた世界を見せる。』と言う目的を見定めて、行動に移そうとする。しかし、元いた世界へと帰る手立てを知らない今、彼は自分をこの世界に呼び寄せた張本人を探す。
名をアニス。アニスには一人の弟がおりそれがカミラ。ならば居場所分からなくとも、何か聞き出せるのではないか。
思い立った翔はスイレ王国を出て行き足早にシオン村へと帰る最中の出来事。ただ、歩く彼の前に立ち塞がる獣。声をかけても返答がなく、壁となる大きな身体を避けて通ろうとする。しかし、問答無用で担がれて今に至る。
何故こんな事をするのか、その返答は帰って来ずひたすらに何処かへ向かう。側から見れば誘拐の映像に先日出会した襲人達と紐づけてしまう。此方も用事がある、好きで道草を食っても、嫌がらせで時間を潰されるのは我慢ならない。
あの時の様に懲らしめてやろうか。とは思わなかった。悪意を微塵たりとも感じなかったのだ。純粋無垢で、何方かと言えば、この仏頂面に隠された好意を纏った色が少しだけ見えたから。
「‥‥、でも、何処行くんだよ。‥‥あれ?」
「‥‥‥いた。」
たった数分、足が物凄く速いのか、翔が住むシオン村の近くまでやって来ていた。好意でこのまま村に返してくれるのかと思いきや、誰かを見つけてようやくその無口な獣が声を出し、急停止する。
「おぉ!姫様!何処へ行かれてたのですか。心配しましたよ。」
「‥‥匂い‥‥見えた‥‥だから捕まえた。」
「急に行かれては困りますぞ!また囚われたのかと‥」
「‥‥仕方ない。‥‥‥聞こえたから。‥‥音が‥‥」
翔は肩に担がれたまま置いてけぼり、耳が生えた可笑しな生き物二人はそっちのけで会話を始める。翔を担ぐこの大きな耳を生えた生き物とは違い、小柄な背丈これもまた同じ耳が生えた生き物が翔の顔を覗き込む。
数分担がれて酔ったのか口を押さえて青ざめている翔を確認すると、直ぐに降ろす様指示を出してくれた。
「‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」
「‥、申し訳ございません。恩人様よ。」
少し酔いが落ち着き、この惑わしの森を背に胡座を描き二人を睨みつける翔の前では、申し訳なさそうな顔を浮かべて正座する眼鏡をかけた耳の生えた獣人と、変わらず態度はそのまま仁王立ちした巨大な同じ生き物。
聞けば、先日襲人に誘拐されそうになった所を翔が助けたらしいのだが、本人は何も覚えていない。
二人は人間では無い。この大陸には人間と魔族そして一風変わった種族が存在した。それが翔の目の前にいるこの二人、長い耳が立ち白い毛皮。頬には細い鬚が3本うさぎの様な見た目をして脚力は数ある種族の中で頭を張る生き物。聴力も別格である。
月を目掛け、空を飛ぶ種族と称されツキトジ族と言われ何処を住処としているのか分からず、生涯拝む事すらできない。稀な獣人。そんな稀な生き物が歩いていれば誘拐に遭うのも当然の事だろう。
ただ、襲人如きが人間離れした力を持つツキトジ族を捕らえれるのかと言えば、無理な話。では、何故あっさり捕まり袋に詰められてしまったのか。
「‥‥助けてくれると言いましてね。あまり人間と接してこなかった私達は、優しい種族なのだとついていきましたが、あっさり騙されてしまいました。」
「‥‥‥、嘘つき‥嫌い。力があれば直ぐに判断できた。」
「エネルギーが枯渇の上、ぎちぎちに手を足を拘束され身動きなど取れませんでした。助けを呼ぼうともこの大地、人など通りませんし、私達を見せぬ様袋に強引に詰め込み。もう終わりだと思いました。」
「‥‥‥目が良い‥‥‥お前が‥私を見つけた‥‥」
翔の顔に近づき、頬を舐めてくる。舌の感触はザラザラで身体がブルブルと寒気を引き起こし無理やり彼女を引き剥がす翔。力が強いせいか押し除ける事が出来ず、今は何故か彼女に頭を噛まれている翔。
「申し遅れました。私はオンシウムと申します。そして、貴方様に戯れるお方が‥‥」
「‥‥リップ。」
助けた事は今だに思い出せない翔。だが話を進ませ、何故自分を問答無用で拉致したのか問いただす。すると、種族のしきたりがあると。
「‥‥恩人様の名前を‥頂戴する事です。」
「はぁ?」
「貴方様の名前を聞く前に消えてしまったので、頂戴する事が出来ませんでした。」
脚力が自慢な彼らなら、追いかけ名前を聞く事はできるが、
「姫様に止められましてね。貴方様も急いでおられましたから。とゆう事で手当たり次第探しておりました。」
「助けた奴の事なんて覚える趣味はねぇよ。助かったんだそれで終わりでいいじゃねえか。それよりもこのお嬢さんをなんとかしてくれねえかな。髪がびしょびしょだよ。あぁ、ほらもう前が見えなくなって来た。」
「はは、申し訳ない私達ツキトジ族は自分よりも大きな生き物に甘えてそうなるのです。はは、」
「??。誰が?俺より大っきいじゃねえかコイツ。」
ツキトジ族、空を飛び回る程の脚力と推定数百メートル離れた所からでも音を感知できる聴覚。それは此処にはいない噂の救世主様の比では無い。それがツキトジ族の特徴。
特徴的な耳と飛び回る脚力ばかりに目が行きがちだが、視力も桁違い。ツキトジ族にとって目が良いそれは、遠くの物を見る事が出来るの意では無い。本来の在るべき姿を見ることが出来るとゆう事。
「‥‥何を言いますか。‥‥貴方様のせいで先が何も見えませぬよ。‥‥、大きすぎるが故に、私が目に入れれる自然は空のみでございます。‥‥うぅ。」
「はぁぁ?っておい!!大丈夫か!?」
頭を噛まれながらも体を動かして、倒れそうになるオンシウムを間一髪抱き抱える。美しき青の瞳は霞、先程までピンと跳ねていた髭と耳は垂れ下がり、唇は真っ青になっている。
「おいおいおい!大丈夫かよ!」
「‥‥私達、‥何も食べてない。‥エネルギーが無い。‥‥‥このままオンシウム‥死ぬ。」
「え、え!?まずいじゃん。」
言葉も話せて、力もあり、聴覚視覚共に優秀な種族。純粋な力でありながら、何も持たない人間では捻り潰されてしまう。だからこそ、魔法を持ち武器を持ち同じ土俵に立とうとするが、敵うかどうか怪しい所。
私達人間とは違い優秀な種族。しかし、欠点は誰しもが懐にしまう物。
この希少な種族、ツキトジ族は非常に燃費が悪い。強い力を持つから比例し値するエネルギーが必要になってくるわけでは無い。先程も言った様に‥‥燃費が凄く悪い。
ベトベトになった翔の身体からリップは離れる様に地面にへたり込んでしまう。
「‥‥さっき‥お前を見つける為、最後のエネルギーを使った‥‥もう無い。私も‥此処で死ぬ‥‥‥。さらば‥‥」
「おいおいおい!!どうすんだ!食べ物なんて俺は持ってねえぞ!!待て待て待て!」
今朝、シオン村から飛び出した翔。そもそも少食な彼は食べ物を持ち歩く習慣ではなかった為、何も持っていない。それに加えて、今から走りシオン村に行き食料を持ってこれる様な猶予などない。
それ程に、二人の色が消え掛かっている。
「‥‥(‥どうする!?‥‥何もねぇぞ。‥‥‥あぁ、やばいやばい二人とも目をつぶっちまった。‥‥色が着脈と薄くなっていってる‥‥‥。‥‥?
あれ?色?‥‥、青い俺と同じ‥色?
彼の大きな身体の背には、老樹が犇めき合う惑わしの森。カサカサと音がなりこの場所には風が吹く。それは自由に流れた自然では無く。此処で倒れ込む二人の色を読み取った直後に、彼の髪を書き上がる程の風を、翔だけに向けた。
挙げられた髪の奥には青く輝く瞳が騒めき、何もない彼方を見つめる翔。その背後には惑わしの森に散りばめられた青い粒子が手を作りそっと彼の肩に触れて、知らせる。そして、彼の心に何者かの声が届いた。
『貴方をようやく。‥だから。‥貴方の意思が私達の使命。』
触れられ知らされて、風を浴び読み取って、惑わしの森の前で何かを理解した翔は、倒れ込むオンシウムとリップこ手を握り、続けて口を開けずして何処からか聞こえた声に向けて意識を発する。
それは恰も、以前から面識があるかの様な口調に、素ぶり。
「‥‥ 《俺、花すら触れなかったのにな。‥‥、俺も爺ちゃんみたいに出来たよ。‥‥‥。なぁ、頼めるか?》‥‥‥。」
『貴方の力を色で成し遂げましょう。』
翔は触れた二方の手を強く握りしめる。もう一度この場所で胡座を描いて目をつぶった。視界を遮断すれば今自分の目の前で何が起きているのか分からない。だから気づかない。胡座を掻く彼が微量ながら空中に浮いている事に。
惑わしの森で自由に動く謎の青い粒子たちは、胡座を掻き宙に浮かぶ翔の元へと足並みを揃えると、彼の背中に腕に足に絡みつく。
「‥‥‥、眠るのは良い事だ。気持ちいいからな。‥‥でもよ、お前ら、起きなきゃ気持ちよさも実感出来ねぇぜ?‥‥」‥
‥‥目、覚ましやがれ。
—————————————————————
「マルクワ君、僕もリード持っていいかな?」
「渡してあげたいのは山々なんですが、‥‥ね。」
「‥‥だよね。‥‥‥そうだよね。」
「まあ、そう落ち込むなって。俺にリードつけても良いんだぜ?」
「‥うるさい、黙ってくれないかい。」
大異本棚に出向き、成果は何も得られなかった敦紫。予定ならば、花言葉の書を読み上げてオーランと共に解析に励むはずであった。だが、読む事はできず予定はなくなり暇が出来た。
やる事がない訳ではない。この世界に異世界人を呼び寄せた張本人『アスター”アニス』を探すと言う目的はある物の手掛かりも何もない以上、下手に動く事は出来ない。アスター”アニスとスイレ王国の関わりを探す為、スイレ王国に向かうのも手ではある。加えてスイレに行けば勇者の手掛かりすら掴める。
そう思っていたのだが、目的ばかり、硬いことばかり考えて来た敦紫に一つのオアシスが出来た。
この世界に来て、休暇と言う休暇はなかったのだからあの事がチラついてしまった。
偶には、休みも必要。なら意味もなく先日この国に迷い込んだアイネを連れ出し散歩でも行こうと、飛び出したのだが‥‥
「散歩は嫌がらないのに‥‥、僕と二人っきりで散歩は駄目なんだね。」
「‥申し訳ございません。」
「マルクワ君が謝る必要はないよ‥‥」
この世界には多種多様な職業を持つ者がいる。散歩をするならまずはリードが必要なのではないかと、逸早くオーランから革工房の場所を教えてもらい依頼を頼んだ。職人が一つ一つ丁寧に制作するとなれば時間が掛かると思っていたが、凄まじ速度、経った数分でリードを作ってくれた。リゲイトはとても便利な物だと思った。
作ってもらったリードを持ち、マルクワ君とリリーさんが働く孤児院に出向きアイネちゃんと散歩に行きたいとお願いするが‥‥
「ギャハハ!リードを持って楽しそうにする敦紫だったのにな、あれだけ嫌われてるとは‥どんまい!」
「うるさい。」
リードをつけようとも、すばしっこい足で逃げられてしまう。必死になりアイネちゃんを追いかけて回す僕を見て孤児院で生活する子供を怖がられる始末。
そんなこんなで、マルクワと共に散歩をする一行。すると、敦紫達が通りかかるこの街道で声を掛けてくる行商人が一人。
「おーい!にいちゃん!アンタ戦鋼番糸かい?」
「‥‥‥どうすれば‥僕もアイネちゃんを‥‥」
「あれ?聞こえてない?‥‥おーい!」
「‥‥‥‥、好きな食べ物でもわかれば‥‥」
「‥え?え?無視!?」
今日は休暇になったと言うのに、固い考えを捨てて散歩をする筈だったのに、アイネに好かれる為にどうするば良いのかといつもの癖で考えてしまう敦紫。噴水広場を抜けた先に席を置く雑貨屋の言葉すら届いてあらず無視したまま素通りしてしまった。
「‥えぇ」
「すいませんすいません!」
「すまん!内の相棒はあぁなったら誰の声も届かねえんだ。」
「えぇ、あ、あ。え?」
アイネと散歩をしたいのだろう?と、頭の中で試行錯誤を練り真剣な表情を浮かべる敦紫に、マルクワとペンドラゴラムは思う気持ち募らせる。商人が肩を叩いても気付かず置いてけぼり、マルクワが声を転けても振り向きすらしない。
散歩をするのなら、外に出て伸び伸びと大地を歩き回ろうじゃないか!と、嬉しそうに言っていた彼なのに考え込み先頭に立つ敦紫の行き先にはリズルゴールド王国の低い城壁、出口は存在しない。
その状況に痺れを切らしたマルクワは立ち止まってしまうと、もう一人散歩に着いてきたペンドラゴラムの姿が居なくなっていた。
「そう!そうそうそう!!もっと冷やしてくれ!」
「なぜ俺は剣と喋ってんだ?‥夢か?」
マルクワは声が聞こえた先に目を向けると、このリズルの国でアイス屋を営む店の前で何やら良からぬ事をしていた。
「何してるんですか!?ペンさん。」
「あぁ?まぁ見とけって!!」
「え?おぉ!!」
アイス屋の店主とペンドラゴラムの掛け合いが終わると、近づき話しかけてきたマルクワの耳数センチの距離に、冷気を纏った刀身を放つペンドラゴラムが凄まじい速度で横切っていった。
「物理的にだ。熱くなった奴にはコレが一番効く!」
何処かの偉人が作り上げた彫刻の様に、顎を摩りながら考える敦紫の元へとペンドラゴラムは光った先端を向けて、敦紫の頬を狙いに行く。なのだが、
「え??、」
避けられてしまった。目的地に避けられてしまったので急ブレーキをかけて、またもや敦紫の所へと向かうペン。だが、何度敦紫に向けて振り翳そうとする刀身は、一つも掠めない。
それは、乱舞。凄まじい速度で敦紫にその冷たくなった刀身を当てようと振り続けるペンドラゴム。だが、此方に目を配る事もせず、ひたすらに考え込む敦紫。それを見て、ペンドラゴラムに火がついてしまった。
街道の真ん中で、宙に浮く不思議な武器が意志を持ち、目では追えぬ速度で一人の標的に向けて剣を振う姿。そしてその標的はただじっと立ち止まり考え抜く姿。どれをとっても訳のわからぬ光景に、周りの市民たち全員は大きなハテナを浮かべて頭を傾げてしまう。
遠くで見ていたマルクワも同じく。
「なぁ、にいちゃん。‥ってマル君か。」
「すいません。彼の方達がご迷惑を。」
「いや、良いんだかな。やっぱり戦鋼番糸として生きる人間は、やる事一つ一つ意味が分からんな。」
「ですね。なんなんでしょう。あれ。なんか芸術とかですかね?」
「あぁ、それなら訳わかんねぇ方が丁度良いか。」
頭を冷やせ!と、冷たい刀身を肌に当てるつもりだったペンだったが、いつしか、敦紫にその冷え切った刀身を当てようと、必死になりペンの方が熱くなってしまった。
——————
「だから!敦紫の頭を冷やしてあげようと思ってだな!」
「いつ熱くなってたの僕。声かければ済んだでしょう?そんな物。」
「ナゥぅあぁぁ!!ずっと声かけてたわ!!」
「はは、君が熱くなってどうするの。お笑いでもしているのかい?」
アイスを舐める敦紫の横で解けてしまう程の熱量を帯びた武器が暴れ回っている。アイス屋の店主にも迷惑をかけたと言う事でオーランから小遣い程度の金貨貰っていたのでそれを全て渡し、今に至る。
二人の可笑しな行動を止める事が出来たマルクワ。あの状況でどうやって止めたのか。それは、簡単な事。マルクワの腕の中でウトウトするアイネのお陰である。
「にしても、この世界にアイスなんて食べ物あったんだね。」
この世界に来て、本の中でしか出て来なかった様な料理ばかりだった。豪華に丸ごと焼かれた豚やロブスター、高級と文字が浮かび上がる様な料理ばかり、庶民として生きてきた敦紫にはどれも美味しさはあまり分からなかった。
その為、久々に味わえる誰もが食べた事のあるアイスに驚いてしまう。美味すぎると。
「いえ!アイスクリームはこの世界でもリズルだけです!!」
「え?」
リズルゴールド王国の名物。それが牛乳と卵と砂糖を混ぜて冷やしたアイス。話だけ聞けば誰でも作れる様な物。それなのに、元いた世界で食べたアイスよりも格段にうまいと感じてしまう。
「‥‥?特許でも取ってるの?」
「特許?難しい言葉は分かりませんが、この国でしか食べれない物なんです!!」
「へぇ。」
「すんごいんですよ!この人!」
このアイス屋の店主は、唯一この世界でアイスとゆう食べ物を作れる人間。確かに食事処では食べ物を保管しておく冷蔵庫たる物が存在する。言わば倉庫だ。倉庫ならば試す価値はある。だがそこからだ。細かな温度調整、況してや、食べ物を保存する場所で温度を適度に変えれば帰って食料が腐ってしまう。
見ている君たちが想像する様な冷蔵庫はなく、庶民はその日その日食べる分の食事を取り揃えている。
此処で一つ。冷蔵庫は存在する。ならば、家庭でも置けるあの小さな冷蔵庫を作れば良いだけ、簡単では無いが不可能では無い。しかし誰も試さない。
この大陸に住まう人間は、態々そんな事しなくても‥と行動に移さない。今で十分、不自由は無いのだから。
リズルの横手に存在するヒヨドリの森の一件もそうだが‥‥‥これはまた然るべき時に。
よって彼だけは原材料が有れば何処にいてもそのアイスを作れてしまう。何かを冷やす様なコンパクトか器具がないこの世界で、彼は自分のリゲイトを使い、暮らしを豊かにしている。
「‥どうも。天傘 敦紫です。」
「‥あぁ、案外話せば普通に話せるんだな。戦鋼番糸の人間も‥あぁ、すまねぇ俺はパゴス”アンティだ。よろしく。」
パゴス”アンティ。この人間が働く「ギフト」とゆう名で看板をかけるアイス屋を求めて、他所の国から来る者も多く、知る人ぞ知る名店である。
彼が使うのはリゲイト、名を『冷儚閉』。液体として該当する物で有れば全て、凍らせる事ができる世にも珍しいリゲイト。
「‥すごいリゲイトだね。『冷儚閉』。」
「あんまり好きじゃねんだけどな俺は。」
「‥‥。」
「いつかは溶ける。溶けぬ様作っても‥批判の嵐。‥なら、こうして程よい冷たさで皆が笑顔になるアイスを作ってやろうと思ってな。」
色々とこの場所で話に花を咲かしてしまったため、気づけば夕日が存在感を表し出す。散歩をする筈であったのに飛んだ道草で時間を潰してしまった。日が落ちる前に散歩に行かなければならない。夜はこの国の外を出れば襲人が活発化する為危険が伴う。
「‥敦紫様!行きますよ!!」
「二人で何話してんだよ?」
ペンとマルクワは歩き始め外の大地へと向かおうとするが、アイスは食べ終わっているのにずっとアイス屋の店主と喋る敦紫に二人のため息が上がる。
「敦様!!夜になっちゃいますよ!!」
あぁ、ごめんね。と手を振りながら満足した顔で近づく敦紫。何はともあれようやくこの国を出て散歩が出来そうだった。
「‥‥、何話してんだよ。」
「んん?色々とね。」
色々と考える時間があった敦紫。皆は覚えているだろうか?スイレ王国で嵐が起きた時にドーム上の魔法を使い、自然に呑まれてしまった時の事を。あれから魔法の事を考える様になった。そして一つ、あの店主との出会いで閃くのだが‥
「‥色々とやってみたい事がね。」
「??。」
「でも、実践のないまま、元の世界に帰れたら平和で良いんだけどね。」
足並みを揃えて、敦紫一向はこの国の外に出る。いつになっても、大草原が広がるこの光景に息を鱈腹吸いたくなってしまう。綺麗な匂い、心地よい風に、不恰好に舗装されたこの土の道は、裸足であるアイネの負担も少なく伸び伸びと走り回れる。この大地は散歩として好条件である。
だが‥‥。
「えぇ!、アイネ何処行くの!?」
道として作られたこの道を歩まず、雑草が生い茂るこの大草原に飛び込んで行くアイネ。リードは持っているが、この小さな身体とは思えない程の力にマルクワも引っ張られてしまう。
そんな光景を見ながら、クスクスと笑う敦紫の耳に
ある声が届く。
「敦紫クンンンン!!!!!」
声が聞こえた。外からではなく背後から、すなわちリズルゴールド王国の中で自分の名を叫ぶ声が聞こえた。しかし振り向けど、夕方に差し掛かり店仕舞いをする市民達が多く、人混みで誰が呼んだのか分からなかった。
「‥‥?今の声って?‥‥」
聞き覚えはある。
しかし。
この世界では聞く筈のない声。
だから。
「おぉーー!!敦紫!!早くしねぇと日が暮れて散歩出来ねぇぞ!!」
それは不味い。と、聞こえた声に一度返事してみるが帰って来なかった為、道から外れて敦紫も大草原に入るのだった。
——————————————————
辺りを夕日が赤く照らしてゆく。そんな夕陽にすら喧嘩できる程の赤さを彩った髪を譲り、黒に包まれた修道衣を見に纏い、その横では黒い礼装に包まれて懐にしまっていた懐中時計で手遊びする一人の男。
黒い服装の二人は、白と同じくよく目立つ。店仕舞いをしていくこの街道は来た時よりも人が忙しなく、その光景を見ながらこの国を出て行こうとする二人。
「閉めるの速いね。」
「当然ですよ。この国は。」
夜になれば活発化する襲人。他の国で有れば何も問題はない時間。だが、リズルは王国騎士団とゆう守りが存在しない為、万が一この国に襲人が出没して仕舞えば、対処する方法は存在しない。夜遅くまで外を出歩くのは危険。それがこの国の常識である。
「結朱も気をつけて下さいね。」
「大丈夫!!アーちゃんが付いてるから!」
「アーちゃん呼び辞めてくれません!?」
「えぇ‥‥なんで?」
「なんでもですよ!!」
「じゃあ?上の名前?カル‥‥‥。」
二人が会話をしている間際、一人馬車でこの国やって来たであろう商人が片付けていたのだが、ふとその者に目を向けるアニス。しかし、止まる事なく素通りし会話を続ける。その傍ら、同じく何かに気づいた結朱華は立ち止まり、片付ける商人の元へと走ってゆく。
「あ、あのー。」
「おぉ?なんだお嬢ちゃん。すまんな、店閉めてる最中なんだ。」
「あ、そうじゃなくてこれ‥‥」
「おぉぉ!!すまねぇ!嬢ちゃんありがとな!」
結朱華が渡したのは一つの小さな人形。商品を丁寧に袋に詰めて、商品を置く台を折り曲げて畳むその締め作業の中で大事な商品を一つ落としてしまっていた。それに逸早く気付いた結朱華は、落としてしまった物を拾い渡して上げたのだ。
「コラ、結朱。態々そんな事しなくても」
「気付いたなら拾って上げたくなるでしょ?」
「はぁぁ。貴方って人は。」
布を使い、紐を巧みに扱い編まれた人形は、完成度が高く見惚れてしまう。少し眺める時間を作ってしまったが、そんな人形を彼女は両手を出すその店主に渡そうとする。しかし、何故か店主は手を引っ込めてしまった。
「?。どうしました?」
「いや、今日は冷たい人間に会ってな。こんな暖かい人に出会っておっさん感動しちまった。拾ってくれたお礼だ。持って行きな。」
「えぇ!?良いんですか!!」
「良い反応じゃあねぇか。常連さんの頼み事でこの国に来てこうやって商売してるんだけど、誰も見向きもしてくれねからよ。なんだか嬉しくなっちまった。」
なんと店主は、閉じた台を広げて袋に詰めた商品を並べ出す。すると、
「特別だ。その彼氏さんに何かプレゼントどうだ?」
「え?‥彼氏?‥でも、私お金なんか‥‥」
「あぁいらねぇよ。この世に金を取らねぇ客は一人に絞りたかったんだがな、お前さんも無料でいいよ!」
商品台に並べられた雑貨。先ほど貰った人形やタオル、手袋やマフラーどれもが手作業で作られているとの事。話を聞けば自分が作っている訳ではなく、全て愛娘が編み作った物。子供が作ったと思えないような代物ばかり、そして結朱華は女性、こういった物に目がなかった。
「あぁ!!駄目選び切れない!そうだ!カルちゃんが選んでよ!」
「?なぜ私が?ん??カルちゃん?」
「全部欲しいんだもん。ね?だから一つ選んでよ。」
「貴方は人形貰ったんでしょ?え?今カルちゃんって?」
「いえ!もう一つ!!」
「ハハハ!!愉快な彼女さんじゃねえか!大事にしろよ!」
面倒くさいので、ため息を吐きながら適当に選ぼうとしたのだが、目についてしまった。他の物を見ようともその一つだけが目立ってしまった。それ以外にはあり得ないそう思える様な物を見つけてしまった為に、気づけば無意識に手に取っていた。
「へへ。それどうすんだい?あんちゃん。」
「結朱。あっちを向いてもらって良いですか?」
「??。」
白い手袋を外し、結朱華をあの落ちてゆく夕日を見させる。そして、商品台から取った物を口に加えると、綺麗な赤髪を手慣れた手つきで纏めて、強くそして優しく髪を縛った。
「これは‥‥」
「髪紐ですよ。貴方を縛っておきたい。でもそれはしたくない。だから、言葉だけでも‥‥です。似合ってますよ。結朱。」
「ふふ、嬉しいありがとう。アーちゃん。」
「‥‥はぁぁ、もう好きに呼んでください。」
纏められた長く赤い髪、自ずと隠された結朱の顔が全て丸わかりになる。だが、何処をとっても美人に値する、ルビーを嵌め込んだ様な輝く赤い瞳に整った鼻、髪で隠された耳にやフェイスライン。その整い、美しさ故にアニスでさえドキッと胸を抑えてしまうほど。
「‥‥、どいつもこいつも目が良くて、天邪鬼な人間はそれを選ぶ様にこの世界はできてんのか?まぁいいや。さぁ、二人の時間を邪魔する訳には行かねぇ。おっさんはそろそろ消えるぜ。俺はスポーキ、スイレ王国で酒屋してるから、あの国に足を運ぶ際は俺の店に顔出してくれよな!」
雑貨屋の店主スポーキが喋る中、アニスの手を引っ張り両手を出させる結朱華。そして、先ほど貰った人形をアニスの手の中に乗せると、
「はい!これあげます!!名付けて結朱ちゃん人形です!!」
「えぇ?」
「思いれのある人形は、心の薬となります。アーちゃんは直ぐに暴走しますから。そうなった時、止めようが無い時はこの人形抱きしめて上げてください。」
「?。何を馬鹿な。こんな人形で何か変わりますか?」
「はい!変わりますとも!!カルちゃんはツンデレさんですから。辛くて私にも話せない時はそれを使う時です。」
「‥‥‥ツンデレ?」
‥‥‥。馬鹿馬鹿しい。何が心の薬なのか。
偶に訳の分からぬ事を言う貴方でしたね。
ですが、貰い物を捨てる様な無礼者ではありません。仕方なく受け取っておきましょう。
小さなお人形さん。これを何処に付けておきましょうか。懐中時計にでも付けておきましょうか。そうですね、それが一番かもしれません。何があればこの時計を触る癖がある私なら、自然にこの人形も拝む事が出来るでしょう。
仕方なく付けておきます。仕方なく。
‥‥お、おい!
「?。」
「あんちゃん、急に嬢ちゃんが走って行ったぜ?」
「え?。」
少しだけ現を抜かし、この人形の事を考えていると目の前にいた結朱の姿は何処にもありませんでした。
————————————
「はぁ、はぁ、はぁ、あ、ごめんなさい。」
纏められた髪を揺らし、走る結朱華。あるものを見つけてアニスの事を置き、声をかけながらその人物の元へと走ってゆく。
「敦紫君!!!!」
彼女の視界にはあり得ないものが飛び込んできた。この世界では絶対に見る事なんて出来ない者を。しかし見間違いでは決してない。結朱華本人が一番長く見ていた顔に身体付き風貌、きている服が変わろうとも目は誤魔化せない。
この別次元の世界に、私たちが生きる世界の住人である天傘 敦紫を見つけた。なぜ、彼がいるのか。なぜ普通に暮らしているのか。今まで音信不通であった彼が、なぜこの世界に来ているのか。話したい事は山程ある。
だが、この時間帯、店じまいをする人達が多く小さな身体である結朱華では、上手く直進して先に進む事が出来ず、服装も服装、うまく走る事も出来ない為、敦紫の姿が消えてしまった。しかし、この国の外へと出て行ったのは分かった。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
それならば、国の様に建物も人が混雑する様な場所でもない大地の上であれば直ぐに見つけ出す事が出来る。アニスには悪いが、久々に顔を見れた幼馴染に一度引き返すと言う選択肢はなかった。
「はぁ、はぁ。敦紫君‥‥あれ?‥‥」
ようやく人をかき分けて、国の外に出る事が出来たが敦紫の姿は何処にもない。先に行ったのかと足を動かしてみるが誰も見えない。ただ幻覚ではない必ずこの世界にいた。
だって、私の声で振り向いてくれたから。
何も手掛かりがないまま、引き返す事もせずに彼女はこの土の道を歩いては辺りを見渡し彼を探す。しかしいつになっても見つからない。
「くしゅん!」
気づけば、星に目がいってしまう。夕日が落ちて、夜になってしまった。灯りなどないこの外の世界は、目が慣れるまで何も分からず、立ち止まる事しか出来なくなってしまった。肌寒い風に襲われてくしゃみが出てしまう。すると、
「そこで何してるのかな?」
「え!?誰?」
彼女が嫌いな暗闇。
「あ、大丈夫大丈夫。怖がらなくて良いからねぇ。」
「え?」
声が聞こえた。だがその声は
「あれ?朝いたあの男はいねぇのか?」
見失った懐かしく、馴染みのある声でも
「そうか。まあ良い、お前のおかげでウチの頭は無事生き延びれたよ。」
「‥‥いや、‥‥‥いや。」
置いて行ってしまった安心する、友の声でも
「にしても‥‥夜道一人で歩くってのは、平和ボケしすぎてねぇか?誘ってんのか?俺を?あぁん?」
「‥誰か‥‥アーちゃん‥‥‥。」
今は居ない暗闇で手を繋いでくれた、想い人の声でも‥なく。
「綺麗な顔だな?‥へへ、髪巻いて、そうなんだろ?なぁ?へへへ、」
「‥‥助けて‥‥‥か‥‥」
夜になると、足音を大きく鳴らす、花の触り方を知らない人間の声だった。
「そもそも、髪邪魔だろ?丁度縛ってんだ、切ってやろうか?へっへっへ。」
その暗き道で、その花は‥‥踏み荒らされ。
その暗き道で、その火は‥‥掻き消され見えなくなった。




