43”蝋燭の火が消えてしまう前に
かき集めた枝を山にしては、火を付ける。指に残った残火をフッと吹くと、微量な煙を上げて消えてしまう。肌寒くなってきた月の頃、況してや陽が落ち今は夜。風も一段と冷たく強く、何もない大地とは違い所々には低くも木が生い茂るこの場所は異様なまでに気温が低下している。
燃える山の横手には、その焚き火の色を凌駕する赤く赤く染まった髪を纏めた一人の女性が眠る。火にあたりながらも、眠る女性を見ながら、礼装をきた男は立ち上がり弓を出すと、上げた手を振り下ろし茂みに矢を飛ばした。
「‥‥、なんとも、不運な女性。」
眠る赤髪の女性の髪をその細い指で溶かしながら、ブツブツと独り言を話す男の名は、アスター•アニス。茂みの方へ足を動かし、仕留めたであろう動物を掴みながら、この大地に向けて足踏みをする。この世界に自分がいる事を確かめてみる。
胸に手を乗せて音を確かめる。そして、間違いなく生きていると、腑に落ちる。ラーガとの一戦の後、カミラの名を叫びながら飛ばされた先、それは見たこともない景色、拝んだことのない海に空、不思議にも生える一本の桜と可笑しな生物。
「‥夢なのか?。‥‥夢ならば、これをどう説明する?」
一種の夢であれば何も問題はない。痛みに負け気絶する時は大体、可笑しな夢である事が多い。全てが夢なのであれば道理を求めなくても良くなる。しかし、仮説として夢で出会った女性が、今目の前にいる事。触れる、幻でもなんでもない。
「‥‥、全てを空に送ったと言うのに。‥‥何が目的で、何者なのだ。それに‥‥。」
右手を胸元まで持って行き、人差し指をクイっと動かしては、他の指もその容量で疎に動かしてゆく。
「‥‥鎖が切れている。‥、あの生き物が言っていた別次元の世界とやらが本物なら、飛ばされた拍子に切られたのか?。いや、この鎖はカミラの物。‥‥‥何故?‥リズルの国で鎖をかけたあの女の鎖だけが切られている。」
アニスだけが見える鎖、親指に巻かれた紐の様に細い鎖は一直線に何処かへと伸び、カミラの首元に巻かれている。これもまた『皇種』の一端。鎖をかけられた物の位置と、言葉と動き、それに加えてアニスを座標とし鎖をかけた物を集約可能。
親指、小指に中指、そして薬指にはしっかりと鎖が巻かれた自分の左手、しかしながら巻き付いていた筈の人差し指の鎖は無くなっており、切られた跡すらない。自分の能力、それが切れたのであれば、真っ先に気付くのも自分。しかし、気付けなかった。
確かに鎖をかけた。リズルで道案内をしてくれたあの女に鎖をかけた。つい最近まで、指を動かせば此方の望み通りに動いてくれた。
「‥‥、皇種の力を強引に断ち切った?、加えて私が気付かぬ様に自然に?。‥‥誰だ。‥‥まさか、あのデブに勘付かれたか?。‥‥まずいぞ。このまま奴に邪魔をされれば今度こそ命はない‥‥、空いた人差し指‥‥、そうですねぇ。」
鎖が解けた人差し指を眺めては、焚き火の前で眠る赤毛の女性を見て何かを考える様子。
「‥‥いや、それよりも急がなくては。‥‥邪魔をされても太刀打ちできる様に‥‥知識と武力を‥‥私の計画を‥果たす為に‥‥。」
月が落ちてゆく。それは、焚き火を焚くヒヨドリの森から見れば、城が月を組み込んでゆく風景。その城の風景を眺めながら、不適な笑みをこぼすのであった。
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「はぁ、はぁ。クソォ!!。」
惑わしの森にて、邪魔をする事なく出来た一歩道を全力で走る翔の姿。飛び出した根っこを飛び越えて、一直線に走る。焦りながら息を切らしながら、ある一点を見つめて走る。一刻を争う事態、彼はシオン村へと戻っている。
「‥計画?‥。蝋燭の火?‥‥アニスみたいな事言いやがって‥‥おい、まさか。」
全ての合点が行く。可笑しかった点が鮮明に見えてくる。花を植えた午前、あのシオン村には活気が無くなり、誰一人として外にいなかった事、今朝だってシフォンとしか会っていない。それだけではなく、今日の話でなかった。何かを隠す素ぶりに、中央広場へ足を運ぼうにも足止めを喰らう様な事があった。
毎日、昼にやってきては酒をかっくらう男達の姿がピタリと止まり、夜にはやってきた村人の服も汚れている者が多かった。何故汚れているのか?。と、聞いても「こけたんだ。」と話を逸らされる。毎日毎日、転ける物なのかと疑問に思う事もあったが見逃していた。
「‥、あっちにはシキミもいる‥‥。‥‥もう‥奪わないでくれ‥‥、」
過去の惨劇と、今から目の当たりにする惨劇を予想し、目の前の視界がぐらついてしまう。
「‥‥、アニスの弟、‥‥瞬時に移動‥‥アニスの助けを呼ぶ声。‥‥、計画‥‥蝋燭の火‥‥、」
半年前の記憶、燃えたぎるわスイレ王国の中心。そこには、アニスと翔。高笑いをし空を飛ぶアニスの足元には血の池で溺れる翔の姿。常時では息絶えてしまう程の出血。これもどれも全てアニスの仕業。
「‥‥計画に貴方は要らなかった。此処で退場です。そして、この火を始まりとしましょう。見てください。汚れたスイレ王国が燃え朽ちていく光景を!ギャハハハ!!」
あの後の事は何も思い出したくはない。しかし、またその過去が現実として起ころうとしている。心の中でしまっていた臆病者の魂が蘇り、心臓の脈が速くなって行く。共に、
「‥‥、騙した?。騙された?‥‥また接点を持った為に?‥‥あぁ、どうしようもねぇやつだ。俺は。あれだけ誓ったのにまたこれだ。‥‥鬱陶しい‥それでまたお前か?‥‥‥うっとうしい‥‥。オレの‥‥」
惑わしの森で散りばめられた青い粒子。それは翔だけが見る事が出来た。これについては何も分かってはいない。ただそこに居るだけ、触ろうとも避ける様に飛んでゆく。そんな自由な物体。そんな青い粒子が、何故だかこの森で輝きを放つ。青く蒼く、煌めいた粒子達は、立ち止まる男の元へと集い、周囲を覆う。
「‥‥オレの‥‥レ‥‥レノニワヲ‥ドソクデ‥‥ムダンデ‥」
‥‥‥‥ドケ。‥ワレガトオルノダ。ソノネヲ、サゲヨ。
#€£€の発言により、この惑わしの森の老樹達は音を立てて、整列をし出す。シオン村に向けて一直線にこの森から出れる様に大きな大きな道を作る。
「カゼヨ。ワレとトモに、」
風の吹かぬこの惑わしの森から#€£€が立つ位置から出来た一本道にかけて鋭く猛烈な風が流れ出す。それは、スイレ王国で起きた嵐よりも遥かに殺意のある風。その暴風が流れ込んだ、と同時に#€£€は姿を消した。
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惑わしの森でミシミシと音が鳴った。猛風が吹いたと同時にこのシオン村にも風が吹き荒れた。小さな柵にかけていた大きな布は風に攫われ、風邪の歯車は加速をつけて回り出す。所々に立つ木製の家もまた風の影響により、揺れ音が鳴る。但し、道端で休憩する花弁を閉じた花と花壇に咲く芽たちは揺れていない。
火は付いていない。煙も上がっていない。灯りも付いていない。人も居ない、気配がしない。そんな場所を一人、草履の音を鳴らしながら歩く生き物。辺りを見渡し何かを確認する。何かわかったのか、気配のしない家を通り越し、風車を見上げては、周りに回る羽根が止まる。
等々、音もなくなった。そんな場所。蒼く輝く湯気に包み込まれた何かが、ひたすらに誰かを探す。そして、見つける。
「‥‥‥ふふ。予定より早いですね。」
カミラが立っていた。このシオン村唯一の食事どころであるシフォンの酒場の扉の前で笑い声を上げて立っていた。
「‥‥、。今日は風が強いですね。それにしても‥‥!?。」
風が前髪に当たると同時にカミラの首には#€£€の手。鷲掴みにされた首は、血が止まってしまう程の力、息すら出来ない。抵抗しようとも体は力がでず、#€£€と、目が合う。
「!?!?!?!?。」
風は強さを増し、#€£€の力も増して行くと、踏ん張る事は叶わず、押し倒される形で扉にカミラの身体が当たる。とんでもない力、壁ではなく薄い扉はぶつかった一瞬で扉が開くよりも先に粉々になり吹き飛んだ。
「‥が‥‥う‥‥かけ‥‥る‥さ‥」
真っ暗な酒場に月の灯りが扉が無くなった事によって差し込み、倒れるカミラと明かりによって正体を表す翔。黒い瞳は、青く蒼く深く色付き、二人の人間が映し出される筈の影が一つだけ大きく化け物じみた姿になっている。
「‥‥ふぅ。‥‥、お前。‥みんなを何処にやった。‥外には誰もいなかった。」
「‥う‥‥あなた‥‥、たん‥‥」
深呼吸する翔の言葉は少しだけ聞き取れる様になるカミラではあったが、返事をする余裕など何処にもなく。意識は朦朧となって行く。月の光以外で灯り付いていないこの酒場は、とても薄暗く静か。全く人気がしない。‥‥人気がしない‥‥。
「‥‥‥?。」
「ガハァ!!はぁ‥‥はぁ。」
手を解く翔、今この時、一瞬だけ誰かの呼吸をする音が聞こえた。
すると、
「!?!?。」
この酒場は爆発した。
爆発、と言える程の光が一気に翔の目を襲う。辺りが一気に灯りを灯したのだ。翔はカミラの上に乗ったまま、目を隠してしまう。
「‥‥‥目が‥‥。‥‥ん?‥‥‥え?」
恐る恐る細めになりながら前を見る。少し続づ目が慣れて行くと、ぼやけて霞んだ視界が実態を捉えるように鳴った。そして、
翔!!誕生日!おめでとう!!!
彼の視界が教えてくれた事、それはこの酒場に収まり切れない程の村人たちが、クラッカーを鳴らし、三角帽子を被り、満遍な笑顔でそう言ってくれた。
そう、彼はつい最近、25歳を迎えた誕生日だった。
灯のおかげで、彼を模る影も綺麗さっぱりに無くなり、理解が追いつかないそんな表情を浮かべる。クラッカーを鳴らした物たちは、そんな翔のことなんてお構いなしに、呆然とする翔の頭に三角帽子を乗せると、「主役」と書かれた襷まで勝手に掛ける始末。
「へへ、お兄ちゃん誕生日おめでとう。」
騒ぐ村人の中から、ケーキを持ったシキミが顔を出すと笑顔で翔の元へとやってくる。
計画は全てこの為にあった。大勢で人のことを祝うそんな事やってこなかった者たち、それに加えて勘が良い翔相手、隠す事が難しい相手だからこそ、焦りよそよそしくなっていた。日中も、彼のプレゼント制作のために酒場に行く暇など無かった。
スイレ王国での買い出しの時も、その日に行かなくてもよかったのだが、翔が居てはプレゼント制作が進まなかった為、言わば強引に外へと放り出した。
今日も、忙しくなる筈のお昼頃に翔を態々外に出して自由にしていたのも準備のため、外に人々がいなかったのも同じである。
但し、外に出したのは良い物の、不意に帰ってきてバレては全てが台無しになってしまう。
とゆう事で、外へまた翔を放り出さなければいけないのだが、自信を持ってその役目をやると手を挙げたのが、翔に乗られるカミラであった。「全てを知っているから」と自信満々にシフォンに述べては、その役目を真っ当し果たした。
「‥‥、。」
「‥ケーキ。みんなで作ったんだ。どうかな?。」
みんながいる。
明るい。
暖かい。
画面いっぱいにケーキがある。
まだまだ理解が追いつかない翔の後ろには、彼の影よりも遥かに大きい人影。気配に気づき口を開けたまま、振り返る。
「‥カッカッカ!!どうだった?びっくりした?ねぇ?ビックリした?私のやりたい事リスト!!弟にサプライズよ!」
無邪気に笑うシフォンの姿。
こんな世界で道端で眠る自分を拾ってくれた姉の姿。
「‥は、はは、驚かしやがって‥‥鬱陶しい。‥‥」
「‥カッカ‥とゆうか!なんで扉壊してんのよ!何度目よ何度目!直す人の気持ちも考えなさい!」
中々、中々、人とは違った景色を見た人生。色々と遭った。色々とあり過ぎた。誰も知らぬこの人生で踏ん張ってきた。そのせいで、失った。だから隠してきた。笑顔を使って
「‥は、ズゥ、何言ってんだよ。直してんのいつも俺だろ?ズゥ。壊してんのもねぇちゃんだろ?」
「あら、そうだったかしら。あれ?あれれ?なに?あんた」
誰にも鮮明に見せようとしない過去、それを得て生み出した答え。祖父の言葉と恩師の言葉を背に遣わせ、真っ当してきた。それなのに人にはその反対の事を喋る可笑しな人間。
「‥ズゥ‥‥うるせぇ。‥うっとおうしい。」
「‥どれかにしなさいよ。怒ってるのか、笑ってるのか」
彼の全てを知っているからこそ、私は、彼について『涙』とゆう言葉を使わなかった。彼がそう生きるなら、そう思うなら、私はなにも言わず、見届けるまで。
だって、彼はこの世界にその事柄があるとは思っていなかったから。
「‥ふふ、いつまで立っても子供じゃないのそれじゃあ。」
絶え間なく笑顔が続くこの酒場の真ん中で、一人笑顔を作り、怒りの言葉を吐き、涙を流す青年。そんな青年が全てを、垂れ流すその雫を優しく触れて拭ってあげる。
そして、強く優しく抱きしめる。
「‥ありがとう。この世界に来てくれて。」
望まぬ客人だった。
絶え間ない殺意の目は、己の小さな命の灯火が軽く吹き飛んでしまう程に。
何度も、殺されかけた。
今も、噂の人物が自分の事を嗅ぎ回っている。
迷惑だと、誰かから言われた。そうなのかも、と思っていた哀れな自分。
時々、思う事が遭った。彼方の世界で、此方の世界で、ふと、居眠りから覚めて思ってしまう事が遭った。
「‥私を‥お姉ちゃんって呼んでくれてありがとう。」
そんな虚しい考え、但しそれすら吹き飛ばすように
『生まれてきてくれて‥ありがとう。』
暖かく、包み込まれる。もう、制御が出来ない。祖父から教わった合気道でも、笑顔でも、止める事が出来ない。
彼は彼女の中で大粒の涙を流す。痛みと怒りもない、美しく、希少な涙。
「お兄ちゃん!!ゆっくりとね。ケーキごと吹き飛ばしちゃダメだよ。」
「ふふ、美しきかな‥‥」
目が真っ赤、鼻水はダラダラ。くしゃくしゃの頭を撫でながら、誘導する。
いつものように彼は何かと言い訳をするだろう。でも言い訳の余地など見当たらない。それでも無視な言い訳を作って涙の理由を聞いてもいないのに話すだろう。
だが、それでも良いじゃないか。
知って欲しい、一度は知っていて欲しい。
この世界に来て、人前で流しても良いような涙があるとゆう事を知って欲しい。
シフォンに誘導されるように、シキミの手の中にあるケーキの前へ行くと、己の肺に少量の空気を含む。肩を摩り、もらい涙をするシフォンは翔の隣で‥‥
「いつまで泣いてんのよ。‥さぁ、ほら




