35”氷に座し、聞けた貴方の名前。
「もぉ!!だから嫌だったんだぁぁ!!」
聴いたこともない弱い声を上げ頭を抑え、膝から崩れ落ちてしまうドクレス。因みに敦紫は真顔でこの光景を眺めている。そしてその横で宙に浮くペンドラゴラムは笑い転げる。
「ギャハハ!死ぬほど酔っているじゃねえかヘレンちゃん」
「笑い事じゃないよペン。」
「おい!!コラ!!タビラ!!貴様は毎回毎回!!お嬢!!はしたないですよ。爺屋にこんな所見られたらとんでもない事になりますよ。とりあえず座って。こらーー。暴れない!!ほら、はや———」
映すことなど出来ない。椅子に片足を乗せ樽に入ったなみなみのお酒を豪快に飲む彼女。そんな状態で、ゲラゲラと下品な笑い声を上げる物なのでドクレスは、背負っていたマリーを空いている椅子に凭れさせヘレンを落ち着かせるため彼女の肩に触れた。
「えへへへへ。‥!!触らないで!、」
ドクレスが彼女の肩に触れた瞬間、ヘレンは椅子に乗せていた足を瞬時に戻し、しゃがんだ。しゃがんだ彼女の肩には、張り付いたドクレスの手、何故だか放す事も叶わぬまま、ドクレスの大きな身体は前に持っていかれ、鎧を身に纏う者の足がフワッと浮いた。
「なぁ!?」
そしてヘレンは肩をテーブルがある前方に軽く振るうと、ドクレスの大きな図体は半円を描きながら宙を舞う。
ガシャァァァァン!!
「うぅふ!!」
ヘレン達が呑んでいたテーブルへ、盛大にダイブしてしまうドクレスは悲痛な叫びを上げ、テーブルは木っ端微塵に弾け飛んだ。酔いに酔うもう一人の男は、その場の席に座ったまま、テーブルに載っていたグラス達を器用に全て持っており
「おぉ!!ヘレンちゃんに一本!!あははは!!」
こんな感じである。周りも、拍手をし笑い合う中、この様な状況に敦紫は呆れる顔を見せず目を見開く。
「‥‥今のは‥一体‥‥‥。」
「おぉ?なんだなんだ。この村には似合わねぇ男前がいるじゃねえか?一緒に呑るか?あははは!」
酒がなみなみ入った樽を持ちながら千鳥足で詰め寄り肩を組んでくるこの男。敦紫が驚いた相手は、今目の前で奇術を使ったヘレンではなく敦紫の肩を強引に寄せてくる酒臭いこの男。敦紫は人より目が良い、それでも見えなかった。
ヘレンがドクレスを投げ飛ばす時、テーブルにはまだ、全ての物が乗っていた。ドクレスの背がテーブルへと身を任せるその瞬間まで、樽に食べ物が乗った皿に、有りとあらゆる物が乗っていた。それなのに、見事に衝突した後、テーブルだけが真っ二つに割れた。
「‥‥、本当は、酔っていない感じですか?」と、ニコッと笑い肩を寄せる男の顔を見る。すると、「あぁ?酔ってるに決まってんだろ!!」と、酒の匂いと共に帰ってくる。しかし、
「酒や‥食べ物には罪はねぇよ。まぁ!テーブルもだかな!!ガハハハ!!」
「‥‥‥‥。」
「ぐふぅ。ごほぉ!コラ!タビラ無礼にも‥‥イタタタ!!!やめて!、痛い!」
止めようとしてくれたドクレスは覚醒したヘレンさんに四方固めされている始末。
「よいしゃ!!男前を見ながらの酒も美味いからな!!あそこの席座りな!!客なら大歓迎だぁ!!」
「いや。僕は遠慮して—-
断っているのに僕の肩を強引に掴み、空いている席に座らせる。目の前に樽を置いては溢れんばかりの酒を注いでくれる。酒が入ってしまった者に、シラフの人間の声など届かない。
「‥‥お嬢‥‥息がぁ‥‥」
「コラァ!ジジイ!俺様を許可なしに振り回すなぁ!」
目の前では、寝技を仕掛けられるドクレスに、遠くの方では小さな老人に振り回されるペンドラゴラム。最終僕も酒臭いこの男に捕まってしまった。正常である人間全てが、酔っ払いに制圧されてしまった。そして、その風向きは止まる事なく勢いを増す。
「おぉ!!ふぅぇ!やってるじゃねえか!俺らも混ぜろ混ぜろ!」
今大変な事になってる状況に、追い打ちをかける様に扉からは先ほど広場で何かをしていた数名の男たちが勢いよく扉を叩き入ってくる。その中には敦紫達の道案内をしたノゲシも混じっていた。
「終わったのか!!バレない様に被せたのか布は!!おぉ!!ノゲシ!先やってるぞ!!」
「はぁぁぁぁー。また盛大に‥‥怒られるよまた。」
「大丈夫大丈夫来やしねえよ!!あの口煩い姉弟も今は出掛けて帰ってこねぇし。ティアラも腰をやった村長に付きっきり出しよ。なぁ!ヘレンちゃん!!」
顔は真っ赤、今投げ飛ばしたであろうドクレスに心配の一文字も浮かばぬ顔つきで彼女は、気絶寸前のドクレスを投げ飛ばしフラフラしながらタビラに捕まる敦紫の元にやってくる。
「‥‥。何故敦紫様が‥‥ヒクゥ‥‥何故こんなところに‥ヒクゥ!‥‥もしや‥手合わせです‥‥ね‥‥ヒクゥ‥望むところです!!」
‥‥なんでそうなるの。
「酔いすぎだよ。僕はヘレンさんを迎えに来ただけ‥さぁ。夜も遅いし早く帰りますよ。」
敦紫は酩酊状態になる彼女が持つグラスを奪う為触れる。交わされることなくガッチリとグラスを掴むことに成功するが
「‥‥?」
どれだけ引っ張ろうととも離れないグラス。と言うよりも敦紫自身彼女が持つグラスに触れた瞬間からあまり力が入らなくなってしまった。
「もう!!離して下さい!!」
「!?」
驚くにはまだ早かった。触れた樽を彼女は勢いを付けずに振るうと、敦紫の体制がガクッと下に向いてしまい掴んだ樽を手放してしまう。普通であれば、男と女振ろうが暴れようがビクともしない。仮にも敦紫は救世主と言う肩書きを持っている。そんな人間が最も簡単に振り解かれた。
(ヘレンさんは酒を飲んだら力が増すのか?)
「えへへへへ。そんなものなのですね。これじゃいつまで経っても私には勝てませぬよぉーー。」
(イラァ‥‥)
転けそうになるも踏みとどまり体制を戻す彼にヘレンは追い打ちをかけてしまう。
「‥‥いいだよ?ここで、再戦でもするかい?‥‥あの時の様には行かないよ?」
「‥なぁ!こら‥‥敦紫殿も挑発にのるでないわ‥‥」
あろう事か、この飲み食いをする場所で、目の前で酔いに酔う彼女を見つめ腕を捲り首を鳴らし出す敦紫。
どれだけ冷静なものでも、どれだけ天才だと謳われた人間でも、自分が置かれている立場を再確認出来たとしても、己が感じてしまう高揚感には打ち勝つ事ができないもよう。
「‥‥今回も全力で行くよ?君が‥‥僕には届きようのない高さにいる事を願っている。‥‥」
「へへへ、よく喋りますね。焦っている人間は、口数が増えるって聞きますし。それもそうか、私に負けてますもんね。へへへ。」
「(イラ‥‥)」
ドクレスの声など何方にも届かない。ヘレンも酔いが周り、冷静な判断能力が欠けてしまっている状況。残念ながら、彼女は飲み切った空の樽にまたもや大量の酒を注ぐと鼻息を荒くする。
「おぉ!!おっ始めるか!!いけいけ!!」
「何だ何だ!!力比べか?かましてやれヘレンちゃん!!」
「ほぉほぉほぉ!!愉快じゃ愉快じゃ!!」
「だから!離せぇぇ!」
周りで見ていた者たちも乗り気になってしまう。
「コラ!!お前たちも何故楽しんでおるのだ!!ここは、酒場だぞ!!おいノゲシ殿!!止めてくれ!!」
この酒場は、収集が付かない地獄へと変わってしまう。そんな地獄にドクレスを除き冷静にこの状況を眺めるノゲシ。いつもなら彼が入り止めようとする絵が見えてくる‥‥が。
「‥‥はぁぁ、無理だよ。この身体見たら分かるでしょ。ガリガリな僕には。それに、一度見ておきたい。救世主様がどれほどなのか‥‥。あの子の喉元に届きうるのか‥‥。」
この村でも一番と言っていいほどの常識人であるノゲシですら、今から起きてしまうであろう戦いを見届ける選択をする。
「なぁんて事だ!!この村の奴らは片っ端から頭のネジが外れているのか!!‥‥おい!!おい!!敦紫殿!!一度、我に帰るのだ!待て待て待て待てぇ!!」
掴まれていた身体を無理に引き離し、敦紫の元へと飛んでくるペンドラゴラム。いつも、彼だけが敦紫を止めてくれる存在。腰に手を当てて片目を瞑るドクレスは、少しだけ安心する。
「敦紫!!それをするから腹を切られたんだろ!!あれで懲りてねぇのか!?。此処は違うって、なぁ、落ち着けよ。」
「‥‥‥‥。」
止める為、二人の間に入り敦紫に説得しようとするが‥‥、ペンは彼の顔を見てしまった。そして、
「‥‥ん?。ギャァァァ!!」
「ペンドラゴラム殿!」
救世主ペンドラゴラムは、敦紫の顔を確認した同時、目が合わない敦紫の手に掴まれて天井に投げ飛ばされてしまうと、天に突き刺さってしまった。空彼方へ頼み綱が飛んでいき名を叫ぶドクレスは、匍匐前進をして二人の元へ近づいてゆく。そして、顔真っ赤なヘレンを見て、傍ら、天へと大陸兵器を投げ飛ばした者の顔を確認し、一呼吸置き、
「あぁ!!駄目だぁ!!笑ったァァ!!お終いだぁ!!」
諦めた。
敦紫は目を光らせ口角を上げた。これまで、彼がこうなってしまった時の止め方をドクレスは知らない。
笑みを垂れ流す敦紫の気迫は、この酒場にある物とゆう物が小刻みに揺れ熱さすら感じる重圧。
そんな多大なる気迫を垂れ流す敦紫の前方、ヘレンは変わらず歩くことすらままならない。それでも彼女は「ヒクゥ」と音を出しながら、詰め寄る敦紫に手を出し挑発する。
「コラコラ!!誰かぁ!!誰かいないのか!!二人とも落ち着けぇぇ!!」
ドクレスはヘレンに投げ飛ばされ打ちどころが悪く背中を痛めてしまい、起きあがろうにも出来やしない。この場所に止める者もいなければ、その戦いに背中を押す者ばかり。
「やめろぉ!!!」
今、急遽として、敦紫とヘレンの二度目の手合わせが始まる。
「えへへへへ。何処からでもお好きにどうぞ。」
「だから、君にはまだその言葉は早いよ。じゃあ、いくよ。」
敦紫の満ち溢れる力は、速度をつけ、
この酒場の真ん中で、今、衝突する。
ドクレスは諦め目を瞑った。次その瞼を開けたときにはこの酒場にある物全てが散乱している未来を予想した。先日二人が戦ったあの時の様にこの場所では攻防による暴風が吹き荒れて酒場は滅茶苦茶になる‥‥‥その予定だった。
「‥‥‥‥‥。ん?」
戦いが始まれば、嫌でも音がついて来る。何かが潰れる音に割れる音。その音がこの後の見たくもない惨劇の妄想を掻き立てるのだが、一切、音がしなかった。その代わりに‥
「‥‥はい。飲み過ぎだよ。これは没収!!」
ある女性の声が聞こえた。
「あぁ!私の‥‥お酒‥‥‥‥。(バタン!!)」
ヘレンは気を失う様に近くにあった椅子に身体を任せ、テーブルに顔を強くぶつけ眠ってしまった。そして、ヘレンが飲む筈であった酒を奪い取った一人の女性はなみなみに入れられた酒を物の数秒でぺろっと飲んでしまう。
「ふーー。騒いで飲む酒も美味いが‥‥また、訳が違う。ねぇ。タビラ。」
「いやいや違うんだシフォンちゃん。ただ楽しく飲んでいただけなんだよ。なぁ、だから、」
「大丈夫大丈夫。私はなーにもしないよ。」
「へぇ?」
この酒場の灯火で光り輝く青い髪は、床についてしまう程の長さそれなのに手入れがされた綺麗な着物にすら見えてしまう。青くそして大きく、まさに敦紫の目の前には「海」と見違えてしまう程の髪を垂らし立つ女性。
「私達、姉弟の為に頑張ってくれている人達に‥私からは何もできないよ。」
「え?。」
その女性は、ニヤリと不適な笑みを向けながらタビラと会話をしている。あれだけ酔っていた人間の滑舌が良くなり、目もしっかりと開いている。そんな中、見落としてはいけなかった事。
「‥‥ん?」
「ぷはぁ!!やっぱりこの梨の酒はうまいのぉー。どうしたんじゃ、これからじゃろおて宴会は。」
「え?何で村長が此処に居んだよ。腰やったんじゃなかったのか?」
「馬鹿モン!!そんなモンすぐ治るわ!!」
タビラの横で酒を嗜む老人の言葉によって全てを理解してしまう。タビラだけではなかった。敦紫を除きはしゃいでいた全ての者たちが理解する。そして、
「‥‥‥。(気配が全く感じなかった。この女性は一体‥もしかして‥ヘレンさんのお師匠さん‥‥。)え!?!?」
敦紫は頭の中で考えを張り巡らす最中、身体が固まってしまう。敦紫本人の体が震えた。人は危ないと思った物を目で追う習性がある。
「‥テメェら。‥‥此処が何処か分かってんのかい?」
空気が重くなってしまう。信じられない程の殺気が、立て付けの悪いこの酒場の扉から感じる。扉の向こう側から声が聞こえる。扉の向こうに何かがいる。
敦紫本人、気が付くとその扉に身体を向け構えをとっていた。これだけ防御に徹するのは初めて、頭ではなく身体がそう動いてしまった。今から途轍もない何かがやって来る。
スイレで学んだから、また理不尽な存在があの扉の向こうからやってくるから。自分よりも格上の存在がやってくるから。声だけで分かる、存在を確認しなくとも、周りの大人達の震える足を見て理解できる。
調子に乗れば、息巻いていれば、一瞬で殺される。学んだから、油断はしない。この扉の向こうから化け物がやってくる。但し、強さんへの恐怖ではない。‥男なら誰しもが分かるはず、家族を知り、親を知る者なら分かるはず。
「はぁ、はぁ、おしまいだ!!おい!!野郎ども土下座の準備をしろ!!いそぉぉげぇぇ!!」
あれだけ陽気に酒を飲んでいたタビラが青ざめた顔で声を荒げる。すると、敦紫は一度その声に振り返ってしまった。そそくさとこの場にいるものは樽を置き机を綺麗にし出す。
「かっかっか。玩具を急いで片付ける子供みたい。いつまで経っても男の子は男の子ね。」
扉の向こうから化け物がやってくると言うのに、青髪を靡かせる女性は席に着き、酒を注ぎながら笑っている。何故この状況で笑えるのか敦紫は彼女の行動に困惑するも、扉の向こうで聞こえてきた重い言葉は止まず。
「ねぇ。ノゲシ。あたしが居ない間はアンタが歯止めになる様に‥‥ウチのボンクラじゃ、どうしようもねぇからアンタにお願いした筈なんだけどねぇ。なんだい?このざまは?」
「‥いや、ギャアア!!(バコォォォン!!)」
耳が痛くなる何かが破壊された音。その音にまたもや扉がある方角に敦紫は目を向ける。だが、あるのは先ほどこの戦いを見届けようとしたノゲシ?が壁に刺さってしまっている光景しかあらず。そして、なんと
扉が開いている。
それでも声の正体は、確認出来ない。
すると、
「心の無い、形だけの姿勢などいらん!アホンダラァ!!」
「すいませんで——(バコォォォン!!)」
「ヒィ、俺らは(バコォォォン!!)」
「違うんだ!!これは(バコォォォン!!)」
次から次へと言葉が途切れてゆく。何が起きているかなど理解不能。またまた、音が鳴る後ろへ目を向けると、
「!?‥‥‥」
慌ただしくテーブルやら床を整理する村人達の顔は残り残さず消えてしまう。あるのは、床に刺さる数名の足だけが確認できた。そして、理解が遅れたまま、先ほどから聞こえてきた重みのある言葉を吐いた主人が、彼が作る間合いへ容易に侵入すると、姿を現し、今、通り過ぎた。
「あーあ。あー。あー。」
「残念だったねタビラ。鬼に見つかっちゃお終いよ。」
「違うんだ!!ただ、ぐぅ!?」
「何回目だい?可愛い可愛いヘレンちゃんを酔わして、シフォンちゃんと彼の子が住む我が家を好き勝手に散らかして‥‥何してんだ?」
敦紫を無視し通り過ぎた女性。敦紫の身長は低いわけでは無いどちらかと言えば高い方だ。それなのにその倍はあるのでは無いかと思う高さ、それだけではないガタイも桁違い。
声を荒げる様な事はしない。至って声量は普通。それなのに僕たち男はすぐさま理解する様な恐怖の声色。お母さんを怒らしてしまった時の絶望に似た感覚。
そんな女性は、汗をかくタビラの首根っこを掴むと軽々と肩に担ぐ。そして、ようやく敦紫の方へ目を向けと、花のある綺麗な声で
「‥‥。あら、ごめんね。ウチの旦那が‥この村の面を汚す様なことして‥‥ゆっくりして行ってねお客さん。‥‥さて、」
「いやーー。下ろしてくれ!!まだ、俺は死にたくねぇんだ!!なぁ!!ドクちゃん!!助けてくれ!!」
シフォンの助けにより机を手摺り代わりにして立つことに成功したドクレスは、タビラの必死の叫びに満遍な笑みを向ける。
「‥‥‥タビラ殿!!‥‥‥ご冥福をお祈りします。」
「ギャ!!!!それでも王国騎士なのかよょょぉ——-
立派な大人である者が、女性に担がれ泣き喚き連れて行かれてしまう絵を見ながら敦紫はまだ理解が追いつかず。
「‥ったく。ドクレスも大丈夫??こんな事で腰やって何のための筋肉なのよ。」
「面目ない。‥‥それに敦紫殿!君も何故、お嬢の挑発に乗るのだ!いつも通り冷静に対応してくれればこんな大事にならなかった言うのに。」
「ごめんね。つい、」
「‥つい‥‥ではないぞ!!何故こうも私の周りには‥‥シフォン殿??、」
あらあら、と声を出し立ち尽くす敦紫に近づく青い髪を纏った女性。
「敦紫‥‥。アンタ変わった名前だね。」
何故か、ドレクスは手慣れた手付きで壁に刺さるノゲシを抜いている最中、その青髪の女性に説明をする。
「あぁ、すまないすまない。説明が遅れてしまった。そのお方は‥‥」
今まで起きた事が理解できなかった敦紫。ただドレクスの放つ言葉によって我に帰ると、頭の中でぐちゃぐちゃになった思考を捨て去り心の中で‥ある危険が芽生える。
「半年前‥‥」
(‥なんだろ?‥何故か分からないけど)
「スイレ王国で起きた無惨なる事件‥‥」
(それ以上、これ以上、僕の素性を言わない方がいいかも。)
「火の雨を降らせ、人々に多大なる損害を‥‥」
(‥嫌な予感がするんだ。僕の元いた世界にはこんな言葉があったりなかったり)
「‥その首謀者である‥‥」
敦紫が心から思う願いは届くわけもなく遠くの方で作業をしながらドクレスは構わず話す。ただ、ようやく壁にハマっていたノゲシが抜けたのか、力強く引っ張ったせいで尻餅をついてしまいドクレスの発言が中断される。
思わぬ事で形は違えど願いが叶った敦紫であったが、実に、実に遅かった。
「‥‥へぇぇ。アンタが‥‥。」
先ほど暴れていたであろう女性と違いスタイルのいい女性、この女性もまた敦紫より身長が高く、その女性が口を開けると同時に目を見開き敦紫の顔に覗き込む様に近づく。
「‥アンタが‥‥アンタが‥‥へぇ。ここ最近、半年前の犯人の事を嗅ぎ回っているって言う‥」
救 世 主 様 な ん だ ね?
!!!!?!?!!!?!?
敦紫はこの時、一度、死んだ。
この酒場にある置物全てが、音を立てて弾け飛んだ。耳が閉まる痛さ、全身に棘を刺されている様な気迫、力の波は形となり、ドクレスもタビラも耳を閉じてしまう。その拍子に椅子で眠らせていたリリーも転げ落ちそうになる。
椅子が傾き彼女がぐらつく事を確認した敦紫は、辛うじて動く手を使いカタカタと揺れるフォークを手に取り、傾いた椅子の足に向けてフォークを投げ刺し支えを作った。
動くはずのない机に椅子に窓に扉に天井に拵えるローソク達は、ガタガタと震え位置を変えてゆく。
信じられない程の殺気。その根拠が、目の前に立つ彼女の顔を見れば一目瞭然。この日敦紫は、押し寄せてくる彼女の『力』に足を一歩後退してしまう。
彼女の行動へと移さぬ『殺気』に殺された。殺されかけた。
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥」
生唾を飲み込む時間。それは敦紫が把握できたごく僅かな命。
「‥‥‥。やるじゃん。」
「‥‥え?」
「‥私の前で他人を助ける余裕あるみたいだね。」
その彼女の言葉により、全てが正気に戻る。今一度、改めて彼女の顔を確認しても、ただの女性。恐怖や絶望感などは縁もゆかりもないただの綺麗な女性に戻っていた。
「‥‥‥ふーん。中々男前ね、あなた。この大陸でも中々いないわよ。‥普通の女性ならコロッといっちゃいそうだねぇ。でも私は、目が肥えているの。」
「はぁ?‥それは‥‥どうも。」
「シフォン殿!!加減をしてくれ!襲人でもないのだぞ!敦紫殿は!」
「かっかっか!!悪い悪い。」
僕は、一度死んだ。初めて身体が危険信号を出した。間違いなくこの人は僕に殺気を向けてきた。ただ、それだけで実感してしまう。‥勝てる勝てないなんて話じゃない。
次元が違う。
もしかしたら‥彼でも‥‥‥。
「本当は色々と立て込んでのるだけど‥いいわ。これも巡り合わせね。‥はいはい!!みんな床から抜け出せた者は直ちに出て行きなさぁい!!今日はお開きよ!お開き!」
そう言われると頭を抱え「今日も盛大に行かれましたなぁ」そう言葉を吐きゾロゾロと出て行く。今起きたことについて誰も疑問を浮かべなかった。同じくノゲシも割れた瓶や樽を掃除している。と、
「あら、やだ。ノゲシありがとね。疲れてるでしょ?片付けはあの筋肉だるまに任せるから今日は帰んな?‥で、どうなの?、順調??」
「そう?なら、お言葉に甘えようかな。それと、順調だよ。基本的な形はもう出来ている。後は、細かい作業は残っている程度かな。」
「ほんとにー!!ありがと~。ちゃんとバレない様にね。と言うかあの子は?」
「どうだろ?スイレ王国に行ってから見かけてないね。シフォンちゃんの馬車もないし帰ってきたないんじゃないかな?」
「まぁ、いいか。これも運命だね。」
「‥‥‥そうだね。じゃあ、僕も帰るよ。さあ、村長帰りますよ。」
ひと段落、彼女達の会話を終えたのか、変わらずノゲシも頭を摩りながら椅子に座る老人に声を掛けてこの酒場から出て行こうと、立ち尽くす敦紫の横を素通りする。そんな中、確かに聞こえた。耳元で微かに聞こえた。
「‥‥安心したよ。では、ごゆっくり。」
安心とはどう言う意味だったのかはさっぱりだった。だけど、僕にとっては余りいい意味ではないそんな気がした。
「さてさて、敦紫くん‥だっけ?」
「はい?」
青髪の女性は一度奥に行き、カウンターの下からお酒と樽を二つ手に持ちこちらにやってくる。そして、それらをテーブルの上に置くと蓋を開けて二つの樽になみなみに注ぐ。
「お姉さん色々と聞きたい事があるの。どう?一杯やらない?」
「‥え?僕はあまりお酒を‥」
「いいじゃない。綺麗なお姉さんが誘ってるのよ?」
僕らが会話をしていると、後ろからリリーさんをお姫様抱っこしてシフォンに問い掛ける。
「シフォン殿、この子に何か悪い虫は着いてはいないだろうか?」
「‥‥あら、綺麗なお顔。」
彼女はドクレスの中で眠るリリーの頬を触り、眺めながら頬に触れる。少しばかしの静寂と共に、触れた頬から手を離すと
「‥‥種の跡‥、でも、吹き飛ばされている。‥‥一体、誰かしら‥。この子は理解者なんだね、‥移りやすいのかもね。」
「‥?。それで、この子は‥‥」
「ふふ、綺麗さっぱり。大丈夫よ。変な虫は付いていないわ。」
「そうか。それなら良かった、なにせ‥‥
此処に来るまでの出来事を話した。眠っていたリリーさんが突如目を覚まして叫んだ直後、言葉には表す事が出来ないような感覚に陥ったと。
「それに‥ヒヨドリの森の一件で‥‥」
「‥‥へぇ。」
彼女の関わった不可解な現象と所有するリゲイトを全てシフォンに話した。ドクレスの長い話に持ってきた酒はからっぽになり、相槌を取りながらも台所に行っては新しい酒を持ってくる。
「あ!ドクレス!!頼まれてたお酒用意してるから今のうち持って帰る準備しといたら?」
「おぉ!!、それはそれは感謝するぞ!だがそろそろ金貨を貰ってくれんと困るぞシフォン殿。」
「要らないわよ。そんなガラクタ、後あのお爺ちゃんの珈琲ね。」
「はぁ、つくづく面倒見の良い大馬鹿者だなシフォン殿は、では浮いた金貨はスイレに回すとしよう!ガハハハ!!」
「かっかっ、貴方も同じ様なものでしょ。」
ドクレスは、カウンターの横に置かれてある大きな樽を担ぐが、ヘレンさんに投げ飛ばされ腰を痛めてしまったのか、ペンの手助けを借り、一緒に外へと行ってしまった。此処には残り眠る女性が二人と、僕達だけ。
本当はドクレスの背中を追って僕もこの場所から直ちに離れたかった。誰が僕に向けて殺気を放ってきた女性とお酒を飲みたいのか。断る事は簡単だが、聞きたい事が一つだけあった。さっきの会話で引っ掛かる点があったんだ。それに、この人なら僕が目指す不思議な庭園の場所も知っているかもしれない。
「さて、とりあえず。どう?、この世界は?」
「‥ふふ。そうですね。初めての事ばかり‥‥ブフゥゥ!!」
会話をしながら入れられた酒に手を伸ばし口を運んだ瞬間。盛大に吹いてしまった。
なんなんだこのお酒?辛すぎる。喉が焼ける様に熱い。こんな物、ストレートで飲む物ではないだろう。極限まで薄めて飲む物だろう。ヘレンさんもこんな物口にしたからあれだけ酔ってしまったのか‥。
「あら?お口に合わなかった?」
「いえ、少し度数が高いと言いますか、多分ですが何かと割って飲む方が僕には口に合うかもしれません。」
「そう?変わってるのねあなた。本来の味を薄めて何がしたいのか。まぁいいけど。」
なんで、なみなみ入ったその酒を一気に飲んで平然としてられんだ。普通なら死んでしまう。冗談などではない。まぁ、いい。
「‥シフォンさんでしたっけ?僕も一つお聞きしたい事があるのですが‥‥。」
「なに?なんでも聞いて?」
「はい、単刀直入に言いますと‥‥」
僕の気になった事。先ほど、ノゲシさんとこのシフォンさんが会話をしていた。何処にでもある様な会話、今日1日で色々とあり過ぎて敏感になっていたのだろう。
「このシオン村で‥僕と同じ異世界人を匿っていませんか?」
「‥‥‥。」
先ほどの会話で出た一文。このシオン村にあるこの酒場はある酒の原材料を作っている。酒場に案内させる時この場所の裏に畑があったのを確認した。そして、今日はこの村の一人が出かけているらしい、そしてまだ帰ってこないと。ノゲシさんの言葉を僕で解釈するとこの村にある原材料をこの村に住む一人が『スレイ王国』に届けに行っているらしい。
そして、シフォンさんの馬車。と言っていたのだから馬車にその原材料を載せスイレ王国に向かったのだろう。それも今日。
後は答えは簡単だ。スイレ王国とこの小さな村が関係を持っているドレクスが話していた事。昼に起きた不可解な現象も少しだけ光が見えてくる。
スイレ王国との関係、英雄と呼ばれるヘレンさんがこの村を好み、ドレクスとも等身大に語る村人。最後には目の前にいる女性。‥‥人間ではないと、思ってしまう様な圧力。
僕の目的に、シオン村は大きな鍵となる。
今日、僕が一度見かけたフードを被った男。この村の関係を持つスイレ王国の騎士アビケ君が何かを隠す様な仕草。
全てが結びついたわけではない。これは僕の単なる臆測。断定するのは良くない、だからこそ聞いて知るのだ。
「‥‥。だとしたら?」
「‥そうですね。‥一度会って見たい。」
「会って‥‥それで‥‥言われた通り殺すの?」
「人殺しなんて趣味じゃない。それに僕にとってはどうでもいい事だ。‥最初は戦う事だけを目的としていました。‥‥ですが、その必要はなくなったんです。」
「‥‥そう。じゃあ何で会って見たいの?」
何でって。そうだよね。その僕と同じ異世界人と出会えたからといっても僕の目的に進歩があるわけがない。そもそもその子も僕と同じ呼ばれてしまった側なのだから。
「もう一つ聞いても?」
「えぇ?今は私が聞いてるのだけど‥‥まぁいいわ。なに?」
「貴方がヘレンさんの言うお師匠様‥ですか?」
「ん?どうだろ?さっきはそう呼ばれたけど‥私に向けての言葉じゃないと思うわ。それに貴方の推理は残念、的外れよ。どうな推理したのか知らないけど、この村にはこの世界の人間しかいない。貴方が探している様な人物はいないと思うわ。」
「‥‥‥。‥、そうですか‥‥では、ヘレンさんが言っているお師匠さんは誰なんでしょうか?もしかして先ほど易々と男の人を担いで出て行ったあの立派で美しい女性の方でしょうか。」
気になってしまう。ヘレンさんがお師匠様と言う人物を‥この世界には武術と言う物が普及していない。それなのにヘレンさんは『合気道』を知っていた。それも全てその師匠から教わった物だと、‥‥ある筈がない。‥‥そんな事僕が一番知っている。
かっか、と小さな笑い声をあげシフォンは、己が持つ樽に酒を注ぐもいつの間にかその酒は尽きてしまった。
「‥‥それもハズレ。」
「では、誰なんでしょうか?」
「んん?さぁ、誰なんでしょうか?」
この人もそうだ。ヘレンさんと同じく、素性を明らかにしない。そもそもの話、ヘレンさんは知っているのだろう?半年前の真実を。何故言わないんだ。
この世界が暴走した異世界人によって恐怖をばら撒かれている。そうなれば、止めようとするのが普通。なのに、動かない、止める為にこの場所にいる僕に言わない。
僕と同じ子を守っている様にしか見えない。
僕からその子を遠ざけている様にしか見えない。
「‥‥お水はありますか?」
「水?あるけどちょっと待ってて。」
彼女はそう言うと、またカウンターに足を運び水を注ぎ敦紫に渡す。お礼を言いながら敦紫は「足してもいいですか?」と丁寧にシフォンに聞く。
「お好きにどうぞ。」
少量の酒に水を加える。元いた世界ではこんな飲み方をしていたら色んな人に怒られただろう。だが訳が違う。このお酒を僕の身体には毒に等しい。
「‥うん。コレならまだ‥‥」
敦紫は、適度に薄めた酒を口に運び少量を口に含ませる。すると、先ほどは感じなかった香りが鼻を通る。ほのかに甘い香り、後の残らない甘さ。少し酸味も聞いた味。
この味を感じ、コレは果物だと頭の中で思い浮かべるより先に、
「‥‥梨‥‥‥。ふふふ。」
誰かに話す訳でもないのに、口にしてしまう。
「あら?笑みが溢れるほど美味しかった?嬉しいわね。伝えておくわ。救世主様が上手い!!と言っお酒。ともなれば大繁盛よ!かっかっか!!」
「‥いえ。酒を飲むのは今日が初めてなんです。‥‥人には向き不向き。僕にはあまり美味しさを感じななかったです。」
お酒。初めて飲むなら、彼と飲みたかった。‥‥お酒とか飲むのかな‥。いや、そもそもあまり口に何かを運ぶなんてしなかったからお酒も飲まないか。
あ。そうだ。‥‥それもこれも。永久に解明できない。
もう。知る事ができない。
「はぁ、何?暗い顔して、私がせっかく出した酒を飲んでそんな暗い顔されたら美味しい物も美味しく無くなるわ。それと、ヘレンちゃんが言う師匠ってのは、私の弟。」
「‥。弟さんがいたんですね。」
「そうよ。あんたなんかよりも男前だよ。びっくりしてアンタは腰を抜かすかもしれないわ。‥‥、それじゃ今度は私の質問ね。偶然、君と同じ異世界人と鉢合わせたら。どうする?」
「‥‥どうする。‥いえ、何も。その子が僕の目的の鍵にはならないと思いますから。」
「目的‥‥?」
「はい。ただ、元の世界に戻りたいだけ。今僕がいるこの世界がどうなろうか、正直言って構いません。勇者が暴走した?それらが恐怖となっている?どうでもいい。‥‥なので、その異世界人に会えたならば——
一緒に、この世界の『愚痴』でも話しながら帰れる方法を探します。
「そう。‥‥でも、誰かが異世界人を殺したら元の世界に戻してあげる。と、言ったら?」
‥‥‥‥。
「‥‥全力で、殺しに行きます。残念ながら、僕は元いた世界の方が大切なので。」
酒が入った樽を眺める敦紫、そして、そのお酒の表面からはこの世界を映し出す様に鏡となり眺める敦紫の顔を写す。鏡の向こう、反響する敦紫の目は全ての者が凍りついてしまうほど冷たく鋭い物であった。本気だと言う事を目で語っていた。
「‥‥‥。そう。」
また、一瞬だけこの世界の空気が澱んだ気がした敦紫は目の前に座るシフォンを確認するも‥
「‥‥。それが貴方の答え。‥‥出来れば、変わらず。そう、言って欲しかったわ。‥」
笑顔であった。それは、嘘の様な笑顔。上手な笑顔。
「‥。今の貴方じゃ、殺すことは愚か手も足も出ないわよ。」
「‥ふふ。そうですか。それはやってみないとわからない。‥因みにそれはどっちですか?暴走した異世界人なのか‥それとも、貴方の弟の事なのか。」
「‥どっちもよ。」
「‥異世界人の力を‥事を‥‥知っているのですね。」
「当たり前よ。この大陸で起きている事は隅から隅まで知っているわ。貴方が追っている者の力も、そして‥貴方の底も‥。ね。」
何処にでもある様な酒場。変わった所などない誰もが姿形を想像できる酒場。そんな酒場があるここは、シオン村。歴史を遡ればスイレ王国の次に古い場所。そしてこの場所で住まう彼女の名前ハルス•シフォンは、この大陸に何百年も生き続ける僕らとは違った存在。ありとあらゆる歴史を知り、人の心すらも読める能力を持っており、力もこの大陸で随一と称される女性。
一見、芝がおい茂るこの大陸は、長閑な風景も相まって平和だと見えてしまう。だが、権力も持たない小さな村は襲人に目が付きがちであった。
襲人とは、言葉通り襲う者たち。辺鄙な村を襲い、使える物は全てを奪い取ってしまうこの大陸にとっての癌である。
だからこそ、この大陸で生きる者たちは身の保障が約束された国に身を包めている。
では、何故?。このシオン村だけは、村として平和に暮らせているのか。それは、この青髪の女性、シフォンの存在があったから。
「‥‥シフォンさんは物知りなんですね。でも、貴方や暴走してしまった子も、そして弟さん含め。勝てない人間が存在します。」
「あら。嘘じゃないのね。‥‥ふふ、それぐらい貴方はその子にやられてきたのね。‥それは会ってみたいわ、どんな子なのか。」
「僕も合わせたいです。飛んで驚きますから、でも残念。合わせてあげれない。‥‥もう、彼はいないから。その子は僕を庇って死んでしまった。こんな何も持たない僕なんかを庇って‥‥そんな彼の墓参りの途中だったんです。」
彼の誕生日の日、僕は彼の墓参りに行った。しかし彼に花を添えてあげられる事なくこの世界に来てしまった。短い時間ではあったけどこの世界で色々な事があり大切な事を思い出せた。彼の好きだった花や果物を添えてあげたい。彼が見せてくれたこのまでの全てを僕は形にしたい。
その想いをシフォンさんに包み隠さず全てを話した。そしてシフォンさんは無駄な言葉も吐かずただじっと聞いてくれた。
「どんな事があろうと、僕は帰りたい。元の世界で彼が待っていますから。」
「‥それはそれは、貴方にも色々とあるのね。でも、私でも知らないわ。帰り方なんて。」
「‥‥そうなんですか‥‥でも一つだけ可能性が見えたんです。」
僕は続けて話した。この大陸に来てからの事を、そして、僕らの目的が叶うかもしれない事。透明な何かに渡された皇種の事に、彼達が生まれた祖園の事に。
話している最中。その祖園の事を聞こうとした。すると、これまでにない程シフォンは目を見開き両手を上げ机を叩いた。
「‥あんた。なんで庭の事を?‥透明な何か?‥‥アンタまさか!?。」
(どうしたんだろ?こんな慌てて。)
「あんたアイツらに渡された種飲んだんじゃないだろうね!?」
「種?‥‥。あぁ、飲んじゃいました。ははは。」
「な!?、‥アンタ。‥はぁぁぁ。」
立ち上がり顔を近づけたかと思い来や、敦紫の返答を聞き力が抜ける様に大きな音を立て雑に椅子へと落ちていった。そして、長い長いため息を吐き終わった後にシフォンは顔を伏せて目を瞑り黙り込んでしまう。
急に声を荒げた直後黙ってしまうシフォンに敦紫は、声をかけようとするも‥‥。
「‥あの。」
「しぃ!!黙って!!」
たった数秒、この場所には静寂が訪れた。そしてまたシフォンは、その青き目を開け徐に立ち上がりしまった窓へと足を向かわせ、窓を開けた瞬間。2匹の鳥がやってくるではないか。
「鳥?、」
「‥わかった?アイツとそしてリズルにこの事を伝えて。速急に頼むわね。」
彼女は何やら、窓から訪れた2匹の肩に乗る鳥に話しかけると、また、羽を動かせ空へと飛んでいってしまう。
「‥‥何を‥‥。」
「ん?鳥さんを呼んだだけよ。」
「呼ぶ?‥どうやって‥‥」
「え?どうやってって‥私は言葉が話せたくても手や足がなくとも意思を伝えてれるの。」
さっきからこの人は何を言っているんだ。意味がわからない。
「‥何よその顔?そんな事より!!あんた!!はぁぁぁ。もう。どれから説明したらいいのよ。‥とりあえず!!どれ飲んだの?」
「どれ?んー、、『概念』が何とか‥‥と、透明な人間は話していましたが‥よくわかりません。」
「はぁ!?!?」
口を開けて固まってしまうシフォン。先ほど殺気を向けてきた女性とは別人だと思ってしまう。彼女はそのまま人形のような動きで後ろへと下がってゆくと丁度その場所にある椅子が彼女を優しくキャッチする。
「‥アンタ‥‥また一段とめんどくさい奴に目をつけられたわね。」
「そんな焦る事ですか?‥皆さんが持つリゲイトと同じような物でしょう?」
「はぁ?あなたそれ本気で言ってるなら、今から吹き飛ばすわよ。」
リゲイトと彼が呑んだ種は、全くもって別物。
「貴方が飲んだのは、リゲイトなんて言う代物じゃないわ。想いが膨れ上がり盲目が持つ力。『皇種』よ。」
簡単に言えばリゲイトとはまた違った類の力。
「あんた、透明な人間って言ったね?、そんな奴存在しない。神様と一緒。貴方の思考範囲内で意思疎通を図るためその形になり、貴方となんの不自由もなく会話が出来ただけ、種をもらう物は皆それぞれ見える形が違う。それも全て貴方の想いの形。」
皇種。その力は実に厄介な物。リゲイトとは違いこの大陸に良くも悪くも影響してしまうそんな力。
「見えなくなってしまうほどの想い。そんな物を背負い込む生き物にアイツらは口を揃えて『夢を叶えてほしい』なんて御託を並べる。アンタが飲んだその種は関係のない他人様にすら迷惑がかかるの!!それにアンタは一二を争うぐらい面倒くさい奴に目をつけられて‥‥」
「‥‥すいません。つい。」
「はぁぁぁぁ。つい。じゃないわよ!。まぁいいわ。やってしまった事は仕方がない事、種達は感情を揺さぶるのが得意だからね。とりあえず私が一から話すのもしんどいわ。貴方の目でしっかりと学んできなさい。しっかりと伝えてあるから。」
想いに溺れた物が、つながる世界にその種達が身を潜めている。この大陸には数種類の種が存在し、皆同じ場所で生まれた。それが『感情の庭園』。
「その場所に行けば僕らの目的にも近づくかもしれない‥そう言っていました。でも、僕はその庭園が何処にあるのかも知らない。」
「はぁぁ。今日は私、何回ため息を吐いたら良いの。‥じゃあ教えてあげる私が。」
「え、!」
「んーー。」
座り、顎を触る彼女。何かを悩んでいる様子が取れる表情に目を見ると、綺麗な真珠の様な瞳は一瞬だけ横へと逸れる。
「‥‥もう。貴方、あってるわよ。案内人さん達に‥」
「え!?」
「‥私の可愛い可愛いおとうと‥‥」
天地がひっくり返る。見通していた景色がまるで違ったかの様に。彼女の一言により、全てが一からだと言う事に。
「いや、だってスイレですれ違ったフードの男は‥僕と同じ異世界人で‥」
「‥それが私の弟。正真正銘、私の弟よ。貴方が思っている様なスイレを一夜で燃やした人物とはまるっきり違う。」
「え、でも。この世界には無い手話を‥‥」
「‥これの事?」
「!?」
樽から手を離し、指を動かす。立てた人差し指口元に持ってゆくと軽く数回叩き、彼に言葉を告げる。
「‥え?。なんで。この世界の人は知らない、僕達の世界の物なのに‥‥。」
「あら、物事の指標を貴方がきめないでくれるかしら。種の悪い癖でてるわよ。」
悉く、積み上げてきた勇者の手掛かり、推理が崩れてゆく。だが、まだ一つ残っている。
「‥じゃあ!『合気道』は!!」
「アイキドウ?‥あぁ、‥これね。」
座り、飲み続ける酒を止める事なく酒場の床を、足で踏み叩く。すると彼女と座る椅子以外は、勢いよく一斉に宙へと放り出される。敦紫も同じく身体はふわりと浮くと、樽を口につけるシフォンの元まで、操作される様に吸い寄せられる。
「!?。」
「かっかっか!!」
尋常では無い殺意を放ち、彼に向けて手を翳す。宙へと放り出された敦紫も、彼女の殺意に強張り、身体は勝手に動いてしまう。空から彼女の元へと向かう敦紫の手は、何かを守る為動く。
「‥‥え。」
「準備は良いかしら?受け身ぐらいはとって頂戴ね。」
「!?。」
動いた手を掴まれた。だが何もされる事なく、無事この地に戻ってくるのだが、安心しては行けない。力がゆっくりと抜けてゆく。言わば新しき力すらも込み上げてこない。掴まれた手首はそのまま、そしてこれまで、親友に味わされ続けた感覚が鮮明に蘇る。今から敦紫は‥‥
「‥‥何目瞑ってるのよ。」
「?。」
「しないわよ。」
「これが私達の力。‥馬鹿な弟は勝手に名前付けてるけど、まぁ、でも。これが貴方の言うアイキドウよ。」
全てがゼロに戻った瞬間。
「‥でも、でも、合気道は、僕達の‥」
「あのね。貴方の周りだけの知識で憶測を掻き立てない事。‥この世界は広いのよ?。誰から聞いたの?噂でも立ってたの?」
「‥‥‥。」
今彼女がして見せた行動により、何も分からなくなってしまった。今までそれが答えだと決めつけて歩いてきた道のり。スイレですれ違ったあの男を異世界人だと決めつけて、先に進んだであろう道を、足跡を辿り歩いてきた。
だが違った。先を見ても足跡はなく。振り返り来た道を見れど自分の足跡しか無い。
知ろうとした結果。憶測に踊らされていたのだ。
「私の弟は、その祖園とやらを好んでいるわ。」
「‥‥。」
「気になるなら、私の弟に聞いてみると良い。」
「‥‥。」
「探すなら勝手に探しなさい。‥‥ん?」
座り考えを巡らせる敦紫、散らかってしまった記憶を一つずつ整理し己の中での答えに行き着く。
「‥シフォンさん。貴方の言う、弟さんに合わせていただきたい。」
「‥‥」
全てが違った。だが目的は変わらない。
推理が的外れな事は、悲しいけど。それでも良い。
今日で全てが無くなり、はっきりと一つの糸口を見つける事が出来た。ならば‥後は弟さんに合わせてもらい、元いた世界の帰り方を探る。
「‥‥だがら、勝手にしなさい。」
「‥‥??」
「‥会うも会わまいも貴方の自由、好きにしなさい。私がはい、どうぞ。なんて出来るわけないでしょ。あの子は私以上に気まぐれな子だからね。貴方が貴方の為にうちの弟と会いたいのなら頑張って探しなさい。」
「え‥‥。」
‥。よくやく出口が見つかって、まだ、この人は僕に合わす気はないのか?ようやくここまで辿り着けたんだ。‥‥弟さんが帰ってくるまでここに滞在するか?どんな顔をしているか聞くか?‥上手く聞き出す方法は‥‥。のんびりしている暇はないんだ。確かな答えが見つかったんだ。‥なんとしてでも‥
「まぁ、頑張りなさい。‥気まぐれ過ぎるからね~。現に私も今何処にいるか———
何を聞く?。どんな力を持っているか?‥‥
「貴方が思い当たる所へと足を出向くと良いわ。それぐらいかしら私が教えれ———
どう聞き出す?‥そして、何を聞く?この人の前で上手く聞き出すことなんて出来るのか?出来たとして何を聞く?
「まぁ、色々とあるけどね。‥貴方には———
どれぐらいの身長か?‥どんな声なのか?‥どんな性格なのか?‥‥
「あらやだ。もうこんな時間じゃない。‥そろそろお開きに———
何を聞き出す?急げ!チャンスは一度っきり。‥何を‥‥何を‥‥‥‥‥。‥‥あ、
「はいはい。貴方もあの眠っている可愛いお姫様を持って帰って、さっきも言ったけど私は忙しいの!さ、ほれほれ、」
「シフォンさん。」
シフォンは、散らかってしまったこの場にある机を立て直し、割れてしまった樽に瓶にその全てを片付け出す。そんな中、敦紫は、バタバタするシフォンに一言声をかけた。
「何?」
彼女もまた、その手を止める。そして敦紫の顔を見る。この時、敦紫は頭の中で張り巡らす考えを全て捨てた。嘘を見抜くことが出来るシフォンだから‥ではない。どんな生き物が見ても嘘など微塵も感じない程、澄んだ瞳。
「一つだけ一つだけ、聞いても良いですか?理由なんて単純です。」
「なによ。」
色々と考えてしまった。でも、いいや。
「‥自分の足で会うことに決めました。今、色々と考えたんです。貴方にどうやって聞き出すか。何を聞き出せば僕の足で会えるのか。」
僕も必死になっていたよ。仕方がなかった。僕にも帰ってやりたい事があるんだ。それを再確認出来たからこそ必死になっていたんだ。この世界で死ぬ訳には行かないって‥‥必死に、か‥‥。
身体つきなんて、声なんて、性格なんて、
会えたら確認したら良い。聴いたらいい、知ればいい。
「なんでも知っている貴方に聞けば全てわかるのでしょう。でも、僕は貴方の弟さんに会えたら直接本人に聞くことにしました。」
「そう。ならよかった。」
「はい。‥ですが、一つ。」
「?。」
もう、期待などしない人生、
一人で歩くはずであった暇を持て余す道。
そんな道に通りすがりに君を見つけた。
僕はある人に出会えた。
僕の見える景色に、色が着いた。
「‥‥‥。」
「何だい?急に黙って。」
この世は、偶然で巡り合っている。必然なんて物は存在しない。
だから、今回も、偶然を祈ろう。
彼が転校してきたあの初日、僕はどう話しかけたっけ?‥あぁ、名前聞いたっけ?‥あぁ、違う違う。
他人の噂に左右されぬまま、探したっけ‥
「シフォンさんの弟さんの名前を教えて頂きたい。」
「‥‥それで、どうなるの?。」
「はは、どうもなりませんよ。ただ、偶然会えた時は名前を知っていた方が仲良くなりやすいんです。‥これは、経験談です。」
「‥‥‥‥‥‥。はぁぁ。良いわよ。正直者は嫌いじゃない。教えてあげる。私の‥弟の名前でしょ?私の愛する弟の名は———
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