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 追想行進華 —庭園の足跡—  作者: 玉袋 河利守
2章”貴方が選んだ形、拾い上げた物は
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29”誰かが落とした無くしモノを、


 

 何かを背良い、全力で走ればどうなるか。勢いよく踏み込んだ足は、腰に伝わり、肩へと、振動が伝わり担いでいた物は縦に揺れる。何も無い草原だけの大地を走る翔もまた、幼き子供を担ぎ颯爽と走る。肩に担がれたシキミも当然、走る事で起きる振動により、肺を叩かれ、声が出てしまうのが必死。しかし、不思議な事に不快感は無く、揺れすら感じない。欠伸すら出てしまう程。



 スイレ王国を飛び出し、道中色々とあったがようやく辿り着く。シキミ本人も、この場所に訪れては中に入らずこの森の外に盗ってきた食料を供えていた。


 毎日毎日食料を置いていた場所には、残念ながら何も残っておらず。


 「ここか?‥‥‥」

 

 「‥‥そうだよ。この場所において僕はまたスイレ王国に帰る‥。」


 「‥‥‥‥。」


 此処は、惑わしの森。


 返答がない翔に目を向けると、この樹木をただひたすら眺めていた。この森に入り口などない、何処にもそのような場所はない。全てがその太く大きな体を張り何人たりとも寄せ付けない風格を見せるが、逆を返せばその言葉の反対。全てが出入り口となる。


 徐に翔はシキミがいつも供えていた場所を素通りすると、その茂みを越えて、入っていってしまう。


 「翔のおにぃちゃん!!入っちゃ駄目だよ!!出れなくなっちゃう!」


 「うん?なんでだよ。方向音痴かシキミは?いや‥‥まぁ小さい子からしたら怖いか‥‥大きいもんなこの樹達は。ハハハ!!怖いならそこで待ってろすぐに帰ってくるからよ」

 

 「‥‥‥。え?‥‥‥。それはそれで怖いなぁ‥ちょっと待ってよ!」


 この大陸の数ある中で、一番危険と謳われる惑わしの森へと足を踏み入れる翔。ここで待てと言われたシキミであったが、ここには亡霊が出るとの噂もあった。どちらにせよこの森の前で待つことは困難を伴う為、小さな足幅で彼の後を追う事に‥‥



 「‥‥‥あれ?ここは‥空は‥あれ?‥‥おにぃちゃぁん!!翔おにぃちーーん!!!」



 森へと足へと踏み入れた瞬間。景色が変わった。森に入ったのだ、見える景色も先程走って来た大地とは違う景色なのは当然。


 ただし、それは普通の森でしか通らぬ道理。この惑わしの森にたった一歩踏み入れただけで、外の景色は見えなくなってしまう。何処に目を向けても、立派な樹しか在らず。


 それが惑わしの森。


 「おにいちゃーーん!!ねぇーーー!!」


 帰ってくるのはこの木の揺れる音だけ。僅か数歩この場所に足を踏み入れたシキミは翔の姿を見失ってしまった。この大陸で最も危険な場所があり、それがこの惑わしの森。


 何度も、何度も綴る。此処は、惑わしの森。禁忌と言わしめる森林地帯。この世で最も危険な場所。


 何故、そんなに危険なのか?。何故、あの戦鋼番糸が、立ち入りを禁じているのか。


 一度入って仕舞えば最後、帰れなくなってしまう。森などではなく樹海とも呼ばれるこの場所は、高く聳え立つ樹冠の原っぱにより昼夜すら分からなくなる。自分が今歩いている方角は進んでいるのか、それとも戻っているのか。そもそも真っ直ぐに歩けているのかすら、分からなくなってしまう。


 原因は不明。何故、木が生えてある、ただそれだけの場所でこうなってしまうのか。


 長きに渡りこの場所に居座る惑わしの森は何十何百と言う学者が研究を勧め解明に励んだ。これは魔法の一端ではないのか?皆がゆう亡霊は本当に神ではないのかと、それらが作り出した世界の一つでは無いのかと。その有無を調べる為、答えを求める為、数多くの学者がこの場所に足を踏み入れるも‥‥。現在も何も解明されていない。何故、解明されないのか。



 「え、え、ここは?どこ?おにぃちゃぁん!」



 答えを知れたとして、誰1人帰ってくる事がなかったから。



 「‥‥‥。おにぃちゃん!!」



 暗闇。孤独と言う状況。樹が立ち日を遮り。視覚的恐怖を人に与える。光を失う。そのどれらかが引き金となりて、また一つ、また一つと恐怖を増大させ視界を狭めてゆく。光に縋る生き物だからこそ味合わなければ行けない。一昔前この森に訪れた数多の学者も同じだったのであろう。


 盲目になったわけではない。しっかりとその目で景色を確認できるも、錯覚してしまう。こうなればどうすることも出来ない‥‥この場所で何かが分かろうと、この薄暗い樹海で朽ち果て、骨となり大地に帰る。‥と言いたいが一つ打開策がある。


 「‥‥おにぃちゃぁぁー!!‥‥うぐぅ!?」


 しっかりと足元も確認していなかった本人の始末。何かに足をかけ盛大に転けてしまった。打ち所が悪く膝を擦りむき、鼻血が両穴から出てしまう。悲痛な声を上げながらも、何に引っか駆ったのかとつまづいた場所に目を向けると


 「ー!?‥‥え?人?」


 「‥‥‥‥‥‥‥。」


 「‥って!」


 彼が足に掛けてしまったもの、それは1人の人間であった。それもシキミよりも年上の男性、どちらかと言うと翔と同じぐらいの男。そんな男が目を瞑りこの森で横たわる。


 そしてシキミは驚いてしまう。この場所に人間がいる事もだが、背中には引きちぎられた後のような傷が残っており、足元を確認すると土の色が黒く茶色い。


 「‥‥血‥‥‥?。死んでる!?ひぃぃーー!!」


 その色の正体は乾いた血。目の前で目を瞑り倒れる人間が流したであろう血。この森の恐怖が増大する中での追い打ちをかけるような光景に、足が言う事を聞かなくなり黒くなった地面に尻餅をついてこの場所に離れようとも体がすくむ。


 「‥‥う‥‥‥。」


 「!?」


 そんな彼に冷静さを取り戻させたのは目の前に倒れる男であった。この男は死んでいなかったのだ。怯えるシキミの耳から入り込んだのは声、それも聞き取れるかどうかの瀬戸際。少なからず命は残っているのだと気づき、幼いながらもこの少年は懸命な判断をする。


 「‥大丈夫ですか!?聞こえますか!?‥‥‥え。」


 中々触れることなど出来ぬもの、死に行く人間の体はこれほどまでに冷たいのかと思ってしまう。小さな頃から触れて味わった温もりが有るからこそ、驚きを隠せないでいるシキミ。


 「‥‥‥はぁ。‥‥うぅ。‥‥ど‥‥。」


 「声!!。大丈夫です!!助けを呼んできますから。頼りになるかもしれない人を呼んできます!!耐えてください!!絶対に!!」


 彼は立ち上がり走った。血を拭い、走り出した。


 この森が作り出す恐怖からたった一つ抜け出せる方法がある。それは仲間に出会うこと。1人ではなかったと、そう思うだけでこの森の恐怖は解かれる。簡単なものだ。


 「おにいちゃあぁぁーーん!!。」


 シキミはこの道とも呼べぬ迷宮の樹海を駆け回る。息を切らそうと、根に足が絡まり転がり、鼻血を流そうとひたすら助けを探す。自由すぎる男を探す。急に不機嫌になり連帯責任だと押し付けてくる寝癖がついた男を探す。服がドロドロになり、裸足であった彼の足裏は血と土が混じり、赤茶色になる。何ヶ月も来ていた服だ。劣化が激しく、伸びる枝に引っ掛かれば、簡単にちぎれてしまう。


 どれだけ、ボロボロになろうと、助けを呼ぶべく、シキミは走り続けた。この世界でたった1人の友達を探し続けた。


 「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥なんで。」


 しかし、見つからない。どれだけ走ろうと来た道とは違う所へ走ろうと、血を流し横たわる男の場所まで戻ってきてしまう。一度正気に戻ったシキミではあったが、忘れてはいけない。ここは惑わしの森、自分が進もうとした道に行けるはずなどなく。目の前で死に行く人間の姿を待つことだけが彼にとってできること。そして、時間が経てば、それは自分の番へと


 「いや‥‥‥いや‥‥‥いや‥‥いやぁ!!!!」


 この森で横たわる男のように、次は自分の番だと思うと、ここまで耐えてきた物は音を立てて崩れてゆく。


  ガサ!


 「え!?」


 横に並ぶこの大樹の影から枝を遇らう様な音が聞こえてくる。音を出した正体は、なんと人。


 「‥おにぃちゃん!!!」


 シキミの目から人の影が映り込むと歓喜の声を上げる。怪我した足を構う事なく、倒れ傷ついた男を助けたいの一心で、この惑わしの森を走り回り、シキミの頑張りは形を成したのだ。


 「‥‥‥え?おにいちゃん?」


 とは、行かない。何せ、此処は禁忌と言われた森。足を踏み入れたのなら、何が起きても文句は言えない。


 「‥え、‥‥うそ。‥‥。」


 彼が想像した背の高さ‥‥ではない。彼の思い描いた人間の形とは‥まるで違う。それは人間と言うより魔獣に近い形をした何かがこちらに。地を鳴らし木を揺らしこちらに少しずつ近づいてくる。そして


 「うぐぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「ぎゃあ!!!!!」


 影から身を露わにしたのはこの大陸の成人よりも遥かに大きい人間のような形をした何か。魔獣ではない。魔獣のシンボルであるうねりのついたツノはなく、大きさは違えど同じ人間。しかし人間だと思える根拠はどこにも見当たらない。雄叫びと共に声が微かに聞こえる。


 「‥‥我の‥‥‥息子は‥‥‥。」


 「‥‥え?、」


 今にも襲いかかってきそうな気迫はあるが、じっとシキミを見つめてはその言葉を吐き苦しそうにしている。それを感じ取ったシキミは襲ってこないとの判断で、その何かに近づこうと手を伸ばす。


 「‥‥‥だいじょ‥」


 「‥‥違ぁぁぅぅぅぅ!!!!」


 声をかけた束の間、彼の視界からはその巨人の手が目の前に広がる。振り下げるは慈悲のかけらもない殺意の塊。ここでシキミは身軽な状態、暴れ回るその何かの攻撃を避けれる時間ぐらいはあった。それなのに彼は、倒れ、後は死を待つだけの男を幼き力で引っ張り一緒に避けようとする。


 そんな事。無理に決まっている。


 自分よりも遥かに重い人間を引っ張れたとして、それで終わり。間に合う事なくその殺意は彼の目の前へと降りかかってくる。躊躇などの欠片もない化け物の暴れ回る手は、次第にこちらに近づいてくる。


 (もう。駄目だ!!)


 諦めてはいない。しかし、絶対的暴力の塊にシキミは引っ張る事も、そして己の足の動きすら止めてしまった。惑わしの森とは、この様な場所。どれだけ足掻こうが、希望の光などは見えてこない。どれだけ腹に力を入れ声を出そうが、助けてくれる人間の耳には届かない。


 それが此処、惑わしの森。トロイアス大陸に広がる大地に、村や国、様々な文化や建物。その全てを切り離した、別離の世界。


 救世主様の冴え渡る五感を持ったとしても、惑わしの森が中から遮断し、届かない。気づきすらしない。


 入ったら最後。なにが起きたかなど外には伝える事が出来ない。此処で、朽ちてしまうのだから。‥‥‥‥



 「オッラァァァァァァァ!!!」



 物凄い速度で何かがやってくる。たちまち強風が吹き荒れると叫び声が聞こえ、何ががシキミの頭上を通り過ぎる。そう、感じ取った時、もう一度、猛烈な風が吹き荒れ、身体が浮いてしまうシキミ。目の前には暴れ回る化け物は居ない。 


 居なくなった代わりに、頼りになるかもしれない男が、拳を突きつけたまま、宙にいる。


 探していた男をようやく目撃した。と、同時に、身体が弾む。何度も何度も、地が揺れ向こうのほうでは木々が次々と倒れていく事が分かった。


 今、空中で拳を掲げる男が、化け物を殴り飛ばしたのだ。一瞬すぎる光景に口は開きっぱなしになるシキミ。


 大きな背中、宙に浮いたまま、拳を前に出す男。微かに青い煙が見え、目を擦りもう一度確認するが、煙は見え無い。見間違いだったのだろうと、ゆっくりと空から降りてくる男は、綺麗に着地を決めた。


 その瞬間。もう一度、円を描く風が、青く輝く風が優しく降り掛かる。そのお陰か、ようやく晴れる。


 「大丈夫か?シキミ。」


 視界も、心も、ようやく晴れた。


 シキミの目の前にくるのは暖かく大きな手。寝癖をつけ冴えない顔つきの男。彼の心はようやく晴れた。それは視界も同じ事、日を遮っていた筈の原っぱは何処へやら、微かに天を拝め、その隙間からは日が差し込む。


 感情の支配なのかはたまたなにかに踊らされたのか、定かではない。だが一気に光が訪れた事により、またまた違った意味で視界が悪くなると、大声で泣いてしまう。


 「おぉ、おぉ!!よしよし。すまんな1人にさせちまって、勝手に横に歩き出すもんだから見失っちまってよ。‥‥っておいおいおい!!!人死んでるじゃねえか!?」


 「‥グス‥‥翔、この人まだ死んでいない。」


 翔は横たわる男に驚くもその情報を聞き入れ、倒れる男に近づこうとする。


 「‥グス‥早くここから出て手当てしてあげなけゃ‥‥‥おにぃちゃん!!危ない!」


 油断大敵。翔の拳で吹き飛ばされたはずの化け物は音を立てず彼の背後へとやって来ていた。そして、その化け物はまた翔の体全体を目掛けて、今度は大きな手で踏み潰さんとする攻撃を仕掛ける。


 しかし、油断大敵と言う言葉は、どちらに向けて述べたのか。それがこの瞬間でハッキリ分かる。背後からの攻撃は見透かさせれいたのかと、化け物よりも遥かに小さな翔の片手で軽々と受け止められてしまう。


 拘束されてはいない片腕で、掴む翔の身体目掛けて殴りかかろうとするが、腕が上がらず。そして、


 「‥‥‥お前か?‥あぁ?離すわけないだろ。」


 不思議な光景。そしてその化け物はその手から逃れようと強く引っ張るも離れない、手を振ろうと振ることすら出来ない。


 前兆は、誰も気づかない。音がしないから。


 「元々死んだモノを生き返らせる事なんて出来るわけねぇだろうが?俺は知ってんだ‥そんなものは御伽話の中で終わりだ。壊れたものは元には戻らない。蘇生なんてデマを子供に吹き込んではタダ飯か?お前が本当に噂通りの神なら、俺は神が嫌いになった。この世界の神様とやらは子供を使うのが大好きなのか?なぁ、どっちだ?‥‥‥どちらにせよ‥‥


 

  『喰い殺すぞ』



 この瞬間。大陸か、それとも空か、どちらかが少し動いた気がした。


 悪寒が足を生やし、この大陸を走り回る。目の前でボロボロになったシキミだけではなく。シオン村で帰りを待つヘレンや用事を済ませる為足を動かせるシフォンも、そして、スイレ王国に滞在していた敦紫すらも鳥肌が立ってしまう。


 時間とゆう概念の刹那。一瞬の時、この大陸の全てが、違和感を感じてしまう。


 惑わしの森で、無数に存在する老樹は、ミシミシと音を立てて動き出す。翔達の周りの老樹は、意思を持つように刃物よりも鋭利な枝の先端を動かせ、腕を掴む化け物に向けて、矛先を合わせる。数えるなど不可能、無数の針とも呼べる老樹の枝が、化け物の身体にあたり、恐怖を刺激する。


 動く筈の無い木、しかし動き出す。シキミはこの光景に息を吸う事すら忘れて、唖然としている。だがこの状況で、何故こうなったのかは見当がついていた。それは、今化け物を掴む彼。この世で初めてできた友人である翔。


 シキミだからなのか、この惑わしの森なのか。目を凝らせば、動く老樹が彼の指示の元だとしか言い寄れない根拠が見えてくる。彼から沸々と湯気のように上がる淡い青色と、今、枝を尖らせる木が纏う不思議な色が同じだと言う事。


 シキミには、一瞬だけでも視認出来た為そう思う他はなかった。


 「‥‥違う‥‥‥違う。我は‥‥」


 暗かった。光など何処にも無かった。それなのにシキミが今、その目で映し出される光景は、輝きそのもの。外の世界は相変わらず見えないが、この樹海の隙間とゆう隙間が確認できた。


 そして、腕を掴んだ翔の手の甲はみるみると力が入っていく。と、同時に千本の針を向ける老樹たちもその槍を化け物の喉仏まで急接近させる。


 すると、声が聞こえてくる。それは先ほどの様な籠った声でも、雄叫びでもなく人に似た声でしっかりと聞こえる。その声を聞き、翔はそっと掴む手を離した。離した直後には音も立てずこの周りに生える老樹達も元通りに席に座る。そして、その化け物は声を放つ。


 「‥‥また違う。‥‥我は息子を探しているだけ‥‥‥どうか、どうか、そのお怒りを鎮めてくだ‥‥‥。」


 凶暴な雰囲気などは後かけらもない。自我の損失とも取れる行動をとっていた者とは思えない程、今は翔の目の前で膝をつき頭を地に近づける仕草。


 だか、翔はその化け物の行動を見てはいなかった。それよりも興味が湧く事があり、見向きもしなかった。


 それは、この森。この樹海。


 「‥‥なんだ、これ?。」


 生きてきて初めて見る光景。彼の目には、幻想的な光景が広がっていた。


 翔には彼だけの特異体質がある。人から湧き出る色の付いた煙を見る事が出来る。そんな特異体質があった。人から湧き出るその色を見て、相手の行動を読む事が出来た。そう、人、即ち生き物から湧き出る煙。


 その色のついた煙も、常時見えるわけでは無い。心を落ち着かせ精神統一、一度全ての五感をリセットし瞑想する。技量にもよるが、周囲の音がうるさければうるさい程、時間がかかり、隙を生じてしまう。


 数時間前、この惑わしの森へ向かう道中、行手を阻んできた襲人に対しても瞑想を折り入れ対処していた。時間にして約9秒。命がかかった戦いにおいて9秒とは、多大なる隙となる。


 そんな隙をわざわざ作る様な瞑想を積まなければ、色がついた煙は見えてこない。


 しかしながら、今この森には、多大なる量の煙を確認できた。人がいないのに、輝きに満ちた色が舞っていた。


 この場所に存在するのは、翔含め3名。それ以外には生き物は存在しない。それなのに色が見えた。ここにいる化け物でもなく、シキミでもなく、青く輝く煙はこの森の至る所から湧き出ていた。


 (あれ?俺今、瞑想したかな?‥‥と言うより俺と同じ色?それに‥‥‥。)


 この世界全体が青色に染まって見えた。今までに見た事もない景色。普段見る事の出来る物は生物から湯気の様に溢れる色‥それは他の呼び方が見当たらないため色と呼んでいるだけに過ぎない。そんなちっぽけなものとは違い全てがその色に染まる。


 (何だ?浮いてるのか?)


 染められた世界。大気中に浮かぶ青い煙は、普段見ていた物とはかけ離れて違うものだった。大気に浮かぶ煙の様なものを翔は凝視すると、一つ一つと鱗粉の様に輝くものが宙を舞っている。それは宛ら花粉の様に


 「‥‥‥。‥?」


 触れようとも掴めない。手の届く距離まで来たかと思い差し伸べるも、瞬時にその粉は掴めぬ距離まで飛んでいってしまう。美しくも不思議な空間に彼は虜になっている。そこからの記憶は彼には残っていなかった。


 「‥‥‥‥。‥‥手を伸ばせ‥


 この場所で何かが、そう告げた。その化け物もまた抵抗などする事もなくその黒髪の男の前に大きな手を伸ばすとゆっくりと掴む。その瞬間であった。


 「!?」


 へたり込んでいたシキミは翔に対して終始驚くばかりであった。


 惑わしの森とゆう危険な場所に入っても視界が良いだのと、訳の分からない事を吐いては自身らを見ていた事。そしてこの森から出てきた魔獣に似た化け物を1人の人間が拳一つで吹き飛ばした事。彼に操作させる様に動くはずの無い木が動き出した事。そして、この男が化け物の手を握っている絵面。最後には、魔獣の様な物はその直後体全体が光に包まれた事。


 それら全てが彼の思考を止めてしまう。


 そんな光景。大きな化け物は青く輝かしい色を放つがそれも一瞬の時。その光が少しずつ剥がれていく様に輝かしさを失っていくと青く輝く煙に包まれた化け物が顔を出す。


 「‥‥。ここは‥‥‥‥。」


 体格は何ら変わりない。しかし、声も顔色もその全てが晴れたものへと変わる。


 「‥‥。お、‥‥おぉ!!俺はおっさんと手を繋ぐ趣味なんてないぞ!!離れろ!!」


 「‥えぇ‥。」


 先と今ではガラッと性格そのものが変わったのかと、今大柄な男の手に包まれた手をビュンビュンと音を鳴らし離れようとするのは、確かに今まで通りの翔だが、先とは別人とも思えた。そんな彼がようやく手を振り解いたのか一つ大事な事を思い出す。それは血を流し倒れる男の事、今にも朽ちかける男の側に駆け寄っては同じ体型に身長、おんぶするのがやっとのはず


 だが、彼はその男をシキミと同じ様に荒く担ぐとこの森を出ようとする。


 「おい大丈夫か!?、名前は!?」


 「‥‥‥う‥‥。うぅ‥‥‥。」


 「なんて言ってんだ?俺は名前聞いてんだ!答えろ!!」


 「無理無理無理。死にかけてるんだよその人。おにぃちゃん鬼?、鬼だよね?」


 「だあーー!!駄目だ!!急がねぇと死んじまう!!急いでシオン村に行くぞ!!お前も乗るかシキミ!」


 「いや、大丈夫‥‥早くその人を‥‥」


 「あぁ!!任せろ!」


 その男を担いだまま、この地を強く踏み込んだ直後。置いてけぼりになっていた大柄な男が声をかける。


 「その者の傷を手当てするならこの森にある我が家に案内しよう‥‥手当てする道具は残ってあるはずだ‥‥」


 「おぉ!!この森に住んでんのかおっさん!いいセンスだな。案内してくれ!」


 「あ‥‥。」


 大柄な男はドシ、ドシと音を立てて翔の先頭に立つと歩き出す。その後を追う様に翔もまたこの森の奥地へと進む。そして座り込むシキミに対して「ほら!行くぞ!」と声をかけられるも、シキミは心から思っていた事が口に出そうになると、その口を手で塞ぎ飲み込みながら今度は見失わない様にと彼らの足跡を辿る。



  ———————————————



 少しばかり歩いた。しっかりと地に足を踏み入れ歩いた。息を切らしているのだからハッキリと断言出来る。だがシキミが見える景色はなに一つと変わらない。変わった物と言えば翔が担ぐ男が流したであろう血痕の地面がなくなっている事だけ、進んでいることは確か‥見失う事なくついていけているものの、変わらぬ景色に不安が蘇ってくる。


 ここは惑わしの森。遊び半分で入って仕舞えば永久に出れなくなってしまうそんな危険な森。こんな危険な場所に整列して歩く3人の男たちと気を失っている男が1人。


 「‥‥。初めて入ったがすげぇなここは。」


 「?、ははは!初めて?なにを言っているのか。」


 「えぇ?」


 樹林、言葉を重ねなくともわかる。この緑、自然としての正解がこの場所にはあると言えば全ての人間が頷くであろう。木も風も地も空もそれら全てが合間みえ調和する。少し遠くにあるスイレ王国とは似ても似つかない。


 翔が住むシオン村、その村には村全体を見渡せる丘があり、そこに樹木が一本立つ。その木陰に潜っては背を借り風景を嗜む。その丘からはこの世界には珍しい湖やシオン村のシンボルである風車がよく見える特等席。そして一際目立っていのがこの森である。その森を見るたびに行ってみたいと心を踊らすも、村の外に出歩く事など無かった為諦めていた。


 「小さい囲いの中で平和に生きるのも悪くないが外に足を出すのも悪くないな‥‥実に悪くない。シフォンには感謝だな‥‥。」


 無理やりとは言え、きっかけを作ってくれたシフォン。彼女に梨をスイレ王国に持っていく仕事を頼まれたから、またこうしてシキミと出会い、和解し、憧れていたこの森に来る事ができた。


 この世界に来て、手を差し伸べてくれた1人の女性。スイレ王国で罪を被せられ追われる身であった翔を拾い、シオン村に住んでいいと言ってくれた。あの日から今日まで、感謝しても仕切れぬ程の恩がある。


 何か、恩返しにプレゼントでも渡してあげようかと、考える翔であった。


 「そう言えばシキミ。」


 「ん?」


 向かう最中、気になっていた事を確認する。


 「このおっさんが言ってきたのか?生き返らせる事ができるって?」


 「いいや。僕に声をかけたのは普通の男の人だよ。こんなに大きくなかった‥‥。」


 「どんなやつだったんだ?」


 翔はこの事件の元凶。人を騙しては手玉に取る様な悪事を働く人間に1人思い当たる節があった。


 「‥‥んーー?黒い‥‥‥。」


 「アバウト過ぎない?もっとこう顔つきだったりとか覚えてないのか?」


 「‥あんまり覚えていないんだ。‥‥片目にだけ眼鏡をかけてた様な‥‥」


 やはり。と、言ったところ。


 「やっぱりかよ。ほんとアイツはなにがしたいんだ‥ったく。で、結局入られてるじゃねえか。何が検問なんだか‥‥アビケには強く言っておかないとな」


 彼らが会話をしていると、この大柄な男の我が家に辿り着く。今よりも遥かに上回る光が差し込み後ろにいるシキミは目を隠してしまう。木で覆われたこの森に、空を大いに見渡せるそんな場所。その一帯には木など生えておらず背の低い草だけが静かに揺れる。


 ようやく辿り着いたのかと目を凝らしながら確認しようとするシキミではあったが、前に立つ大人2人がお互いに違った意味で驚きを露わにしている。立ち止まるものなので前の状況を確認できないシキミは、翔の足を掴んだまま恐る恐る確認する。


 「え?。‥‥。これが、お家?。」


 この場所には確かに家があったのだろう。そうあったのだ。それは過去の話。今はその家が家とも呼べぬほどに真っ二つになっており、侵入者を防ぐ柵は吹き飛ばされ、花が植えてある植木鉢は朽ちて黒くなっている。老朽化が進んでもこうはならないだろうと、その光景全てが誰かに破壊された後だとでも言うのかと‥‥


 「‥一体‥‥我が家で何があったのだ‥」


 この家の主人である男すらもその光景に驚いてしまっている。そして気を失う男を背負った翔もまた


 「おいおい!!おっさん!花が枯れてるじゃねえか!何サボってんだよ!?」


 この状態である。彼もまた、花を好む生き物であるからして。


 信じられない光景を目の当たりにして驚くのは仕方がないが互いに当初の目的を忘れてしまってる。それにこの中で一番年下の人間であるシキミがそれた路線を元に戻そうとする。


 「何か大変になっている事があるのは分かりますが、まずはこの人手当をしてあげなけゃ死んじゃいますよ!!」


 あぁ、そうだったと仲が良いのか同じ返答をする。そんな2人、1人は粉々になった家を手当たり次第探し包帯や手当てができる道具を探す。もう1人は干されていたであろう布切れを茂みの中から拾い上げると、折りたたみ頭を支える枕を作る。


 背中の傷に薬を塗り傷を塞ぐ様に包帯を巻く。頭を強く打ったのか血が出ていたためそちらも手当をする。それら全てを大人のどちらかではなく幼い少年が1人で熟す。そんな慣れた手つきで手当をするシキミを感心しながら見つめる無力な大人達。


 「すごいなぁ、何でそんな事出来るだ?」


 「当たり前でしょ。体の悪かったお爺ちゃんの看病をしていたし。怪我をしても誰も助けてくれなかったから嫌でも覚えるよ。とゆうより手伝ってくれない?」


 「んー。俺はパスで‥おっさんは?」

 「ん?私も怪我をしたら奥さんに手当してもらってたからなぁ~分からんのだ。それに私が何かすれば小さい人間はペシャンコになるのが落ちであろう?はっはっは!!」

 「それもそうだな!!カッカッカ!!」


 

 「揃いも揃って鬱陶しいなお前ら!!」


 

 閑話休題。ようやく重傷を負った男の手当てを終えたシキミとそれを見届けた翔は謎のままになっていた男に幾つかの質問を投げかける。


 「なぁ。おっさんはここで住んでるんだよな?何があったんだここで。住むにしては散らかり過ぎじゃないか?あ、そうだ俺は翔?アンタは?」

 

 「‥‥私はゼフィー‥‥。の筈。魔国出身の正真正銘‥魔族である。その名で十分だと思っている。‥私はこの場所に住んでいたのは間違い無いのだが、我が家に戻ってくる事が久々に感じるのだ。戻って来れたと言った方が良いのか?」


 「‥息子を探して‥とか言ってなかったか?ゼフィー。シキミの様な子どもが、この惑わしの森に入れば、迷子になるのもおかしくないよな。」


 聞こうとするも全ての記憶が曖昧だと語る男ゼフィー。ただ鮮明に覚えている事が一つ。


 「‥‥惑わしの森??‥‥はて?そんな名前だったか?。‥‥まぁよい。そうだったな‥‥。私はずっと息子を探しているのだ‥この森に必ずやいるはずだと私はこの場所を探しているのだ。」


 「‥そっか。見つかると良いな。それとこの場所には死んだ者を生き返らせる事ができる神がいるって聞いたんだが‥‥知ってるか?」


 「ガッハッハ!!そんな物ある訳がないだろう。あるのなら私は‥‥。」


 固まってしまうゼファー、頭に手を乗せ目を瞑る。


 「んぁ?私は‥?なんだよ。」


 「‥‥うむ。すまない言葉が詰まってしまった。口が勝手に動いてしまったらしい、私も記憶が曖昧で混乱しているのだろう。‥さて」


 この周りには建ってあっただろうと、この森の樹木が倒れそれらを椅子に様に使う彼ら、そんな丸太の椅子からゆっくりと立ち上がり顔色は先ほどより良くなっている包帯を巻いた男を眺めるゼフィー。


 「‥‥まずは一命を取り留めたであろう。貴方様もそしてお医者様もこの森を歩き体を酷使しているこの場所を使ってくれても問題はない。回復するまではゆっくりと休んで行ってください、」


 ゼファーは、そう言うとドシドシと音を立てて歩き出し、半壊した自身の我が家に帰るのではなく、木が隣り合わせになる場所に。


 「?。どこ行くんだ?」


 「私には目的があります。息子を探し出すまでは道草を食っている暇などない‥。‥‥。」


 彼は背中で語るとその森に入るや否や立ち止まり振り返って帰ってきた。その行動に翔は首を傾げる。そんなハテナを頭に浮かせる翔の元へゼファーは詰め寄ると、膝をつき


 「!?おいおい。何してんだよ。」


 感謝する。その一言を彼に投げてはまた振り返り森の中へと歩みを進める。終始ゼファーの行動の意図を掴めないままではあるが、胡座を掻く翔は樹海が作り出す影にその身が消えゆく中で彼は手を振るいながら声をかける。


 「おーい!次は迷子になるなよ!!」


 「はっはっは!!気をつけるよ。迷子になりそうだったらこの場所に戻ってくるから安心してくれたまえ。では!翔殿!弱い臆病者な私に


   『時間』をくれてありがとう」


 ゆっくりとその大柄な男の背中は海に飲まれてゆく。最後の最後までゼフィーの体が見えなくなるまで笑顔で手を振り続けるシキミと、手を振らずずっと陰で覆われた木々の世界を眺める翔であった。


 「‥‥、‥‥可笑しなやつだったな。」


 「え?。‥‥可笑しい??」


 「残念だけど‥‥、



    此処には、俺らしか生き物はいねぇよ。

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