3”天傘敦紫
「なぁ、見てみろよ。これが、俺の全てを注ぎ込んだ物だ。どうだ!!」
「‥‥‥。うん。綺麗だね。沢山花があって、いいと思うよ。」
白く、そして真四角に作られた建物。そんな建物達がコの字を作り、身を構える。ここは、勉学に励む場所。そして、コの字になる校舎の真ん中には、白の建物には相対して、色とりどりの花が咲く花壇が設けられた中庭があった。
そこに、2人の青年がいた。
「‥ったく。何だよ。そこはもっと飛び跳ねる所だろ?」
「そうかな?出来た喜びは君にしか分からないと思うけど。」
「はいはい、そうですかそうですか。お前は、何も分かってねぇな。花の良さを、俺が教えてやるよ‥‥
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「あぁ、教えてほしいなぁ。今ならら分かるかもしれないから。‥‥‥あれ?‥‥あれ?ここは?」
また僕は、目を開ける事が出来た。何かの間違いで彼に逢えたかと思えば、昔の記憶を模った夢だった。夢は儚いもので、もう、どんな夢を見ていたのかすら記憶に残っていない。起きてすぐに、書き留めれば良いものだが、この場所にペンやノートなんて物は無さそうだ。
しっかりと手入れされたベットに横たわる自分。周りを見渡しても、あるのはテーブルとティーカップが数個置かれた棚のみ、全ての物が木で出来た小さな家のような物だ。
「‥何処だろ?ようやくこれたのかな?あれだけの苦しみだったから、てっきり地獄に突き落とされる物だと思っていたよ。さて、」
立ちあがると、酷い立ち眩みに襲われ、机に倒れ込んでしまう。足に力が入らず、息すら上手く吸い込む事が出来ない。腕を見れば包帯が巻かれており、気絶する前の事を思い出せた。
「一体、あの人たちは、何だったんだろ?天使?それにしては、物騒だった。」
「○▲○○✖︎▲○」
聞き覚えのある声と、この小さな家の入り口であるドアの悲鳴が聞こえてくる。その声の持ち主は杖を付いた老人。2人の男に襲われた時に出会した老人であった。
湯気の上がるティーカップを二つ持ち、僕の顔を見ながら話してくるが、前と同じく何を言っているのかさっぱりだった。
「‥‥‥。〈悪い悪い。言葉が理解できなかったなお主は。して、どうじゃ身体の方は?〉」
「(まただ。前にいるお爺さんの口は動いていないのに、声が聞こてくる。)‥‥頭は痛いし、身体も自由が効かない。辛うじて、話せる程度には‥‥」
「〈ふむ、そうか。珈琲飲めるかな?〉」
「はい‥‥。」
顔も名前も知らない人間に、渡させれた飲み物は何が入っているか分からない。普通ならば、拒否していた所だが、見た感じ、倒れた僕を助けてくれたのだろう。‥何故?手当てしてくれたのだろう。死後の世界である筈のこの場所に、死と言う概念があるのか?
「‥‥。」
老人から、手渡されたティーカップ。湯気が湧き上がる黒く染まった珈琲は、僕の顔を鏡の様に映し出す。相変わらず死ぬ前と同じ顔つき、頭の上に輪っかも付いていない。
「‥〈どうしたんじゃ?毒など盛っておらん。安心せい。〉」
「疑ってなんかいませんよ。死後の世界にも、珈琲はあるんですね。‥甘‥‥。」
そう言いながら、喉に通す。この色とは違って、とんでない程の甘さ、これを珈琲と呼んでいい物なのかと。
「〈ホッホッ。死後の世界?。何を言っとるんじゃ、生きているではないか。まだ、寝ぼけておるのか?。うっ‥甘。〉」
「え?」
何を言っているんだ。死んだんだ、僕は。橋の上から落ちて、海に呑まれた。今でもしっかりと感触がある。それに、死んではいないとなれば此処は何処なんだ。
「〈わしの名はケイジュ。して、お前さんの名前は。」
「え‥‥僕は敦紫、‥天傘”敦紫。」
「ふむ。やはりのお。名の根本的な違い。理解できぬ言語。‥‥」
ケイジュは、ボソッと独り言を話す最中。力の入らぬ足を無理に扱い、千鳥足になりながらも椅子に腰掛けるケイジュの元へ歩き出す。敦紫の顔色は悲壮感を漂わせる物であった。
「え‥‥ここは、死んだ人がくる世界なんでしょう?先に行った彼がいる世界なんでしょ?」
「〈だから言っとるじゃろ!!お前さんは死んでおらん。この世界に住む人間は皆、生きておる!!お前さんの勝手で、皆を殺すな!!っ!おぉ、なんじゃ!!〉」
「じゃあ何処なんだ!!此処は!!僕は死んだ。死んで彼に逢うんだ。‥‥。あ、あぁ!此処は天国なんでしょう!!彼の所へ案内してよ!!」
椅子に腰掛けるケイジュの肩を強く握り、揺らす。見えていた希望が、手を伸ばせばあった筈の希望が、元々、そこには無かったのだと、言われている様で、癇癪を起こしてしまう。揺らされ、持っていたカップは手からこぼれ落ち破れる。それでも、ケイジュは抵抗などしなかった。
「‥‥半年前も、内容は違えど、この様な事が起きたのかもしれん。‥‥。感情とは、他から見れば実に勝手な物じゃ。‥‥〈落ち着いたか?それ以上、暴れれば今度こそ死ぬぞ?残念じゃが、お前さんの思っておる様な世界ではない。〉」
勢いよく敦紫は、膝から崩れ落ちてしまう。彼の顔も、正気が全くない状態。だが、構う事なくケイジュは語る。
「〈ここは、天国や地獄でも何でもない。生きとし生きる世界。トロイアス大陸。別次元の世界じゃ。〉そして‥‥あぁ、面倒くさい!!早く入ってこんかい!!」
もぬけの殻と化した敦紫を見ながら、場の状況を説明するケイジュだったが、声を荒げ、誰かを呼んだ。その声で、また一度、この家の扉が開き、光が仕込む。そして、2人の男女が深刻な面持ちでケイジュと敦紫の場所へやって来る。
「‥‥オーラン。此奴にまずは掛けてくれ。」
「承知致しました。‥‥(パチィン)」
貧相な服を拵える男は、座るケイジュに一度お辞儀をした後に、朽ちた花の様に萎れる敦紫に向けて、指を弾く。と、あろう事か、敦紫が座り込む頭上から七色に光る破片たる物が、敦紫に降り注ぐ。それはまるで萎んだ花に水をやる様に。
そして、光が消えた後、数秒後、敦紫の視界が一気に晴れた。手足が軽く、思う存分息を吸い込む事ができた。そのお陰で、今まで、動いていなかった脳も、血流が良くなり、冷静さを取り戻してゆく。
「はぁ、はぁ、はぁ、僕は‥‥‥。」
「ふむ。上手く行った様じゃな。どうじゃ気分は?」
「はい。気が楽になった‥感じ‥‥。」
「‥上手く息も吸えぬ窒息状態、手足が自由に動かせぬ状況に加え、理解ができぬ言語。そこに追い打ちをかける様な現実。‥混乱を招くのも必死じゃろうて‥‥」
身体が軽かった。視野も広がり、気づけば、ケイジュとゆう老人の言葉も、理解ができる様になっていた。とゆうよりも軽すぎる。僕は、その軽さを実感したくて、その場所で立ち上がり飛び跳ねてみると
「きゃあ!!」
女性の悲鳴が聞こえた。その声で、周りを見渡しケイジュとは違った人物と目が合う。そしてその隣では、何故か女性が目を手で押さえる仕草、ようやく気づく事が出来た。今僕の身体には何も無い。身を守るための服がない。全裸である。
「そうだ。服、全部捨てちゃったんだった。」
「ほぉぉ、これはこれは、とんでもない物を持っていますねぇ。」
「ふむ、大層なもん、ぶら下げておるわ‥‥って!そんな事どうでもいいのじゃあ!!説明せんかい説明を!!」
ケイジュの隣で僕の、あれ“を真剣な表情で観察する男は、頭をこつかれる。その後、ケイジュは珈琲を入れ直すといい、この家から出て行ってしまった。残ったのは、名前も知らぬ男と女、そして、全裸の僕。
「人使いが粗い人だ。‥ゴホン。では、一つ、冷静になり聞いていただきたい。私の名は、リズル=サホト/オーラン”長い名前だ、呼び捨てでも良いオーランと呼んでくれ、そして、あそこに居る見ない様に手で隠す素ぶりを見せつつも、しっかりと目に焼き付けている変態が——
言葉の途中で食いちぎる様に、鈍い音が聞こえると、僕の目の前でオーランと言う男は、お尻を抱え、項垂れていた。後ろに立っていた背の低い女性が瞬時に、オーランの尻目がけて蹴りを入れたのだ。それもまぁ、すごい勢いで、ね。
「ポンコツな兄では、いつまで経っても前にすすまないので、代わりに私が説明致します。冷静にお聞きください。」
この間。僕はずっと冷静だよ。それと、この女性はさっきから目が合わないのだけど、手で隠す事もやめて僕のあれ”をずっと見て話している。それじゃあ集中出来ないでしょう。僕が眠っていたベッドの上には、薄い掛け布団があったので腰に巻く。
「あ‥‥。コホン。では、ゆっくりと説明しますね。あなたの状況。それと、今いるこの世界について‥‥」
ここは、今まで生きて来た世界とは違った世界。見ればそんな事分かる。では、海を超えた先にある外国なのかと尋ねればそれも違う。全くもって、僕たちが生きる世界とは、違う次元の世界だった。天国でもなければ地獄でもない。
ここは、十の国が存在する、トロイアス大陸とゆう場所。
魔法と、そして剣の才が、己の命を守るものとして扱われる夢の延長線上の様な世界に、僕は迷い込んでしまったらしい。そもそも生きる世界も違えば、相手の言葉も理解できぬ事に合点が行く。小さな謎が解けたものの、まだまだ、膨大な疑問が残っている。
「なぜ、僕は、君達の言葉が分かるようになったのかな?」
「はい、それが、私達が施した、『リゲイト』でございます。」
リゲイト。それは、このトロイアス大陸に住む人々が、1人一つ持つとされる存在証明。簡単に言えば特殊能力だ。大層な事を言ったが、目が飛び出る程の突出した能力を持っている者は少なく。人よりも足が速い、料理が上手い、物作りが正確、などなど、能力ではなく、特技といった方が分かりやすい。
ただ、中には、特別と言って良い様なリゲイトを持つ者も存在する。それが、今、僕に説明をしてくれている。2人、オーランと言う男性と、マリーと言う女性。この2人は、特技では言い表せない様な、特殊な能力を、持っている。
「お兄様と私のリゲイトは同じ、『先導者』、言葉の理解できぬ他種族と意思を疎通する為、授かった力。我が国の建国者、第四項『導き手』ガリス”エンパテリオン様の血統の元‥‥」
彼女達のリゲイト”『先導者』により、僕は今、彼女達の言葉を理解出来ている。そして、言葉だけではなく‥‥
「堅苦しいよ。マリー。もっと気を楽にして話せば良いのに、元々違う世界の人間に、歴史を語ったって混乱を招くだけだ。とりあえず、私達は、君が生きやすい様に施しを与えた。それと、目には見えぬ衣を被せておいたよ。」
生きる。それは、己が定めた場所で命を燃やす事。人間はこの大地で、では、魚はどこで生きているか。簡単な話今まで生きて来た世界とは異なって違う場所。魚が地上で生きていく事は果たしてできるのか、否、現状のままでは死んでしまう。
形が変わっただけ、このトロイアス大陸にはいない存在、それが天傘”敦紫。一種のバグの様なモノ。見える景色は似ていても、根本的な世界の内容が違う。
そんな未知の世界では、敦紫の身体も対応ができず、悲鳴を上げる。だからこそ、この世界に来て、彼は血を吐き倒れてしまった。では、何故彼は今、のうのうと生きているのか。
「息がしやすくなったのも、リゲイトのお陰なのかな?」
「うん。そうだよ。私達、リズル家から代々伝わるリゲイト『先導者』”物事をよりよく、円滑に進める為に、備わる力。こんな力だから、大事な決め事や、交易には引っ張り凧なんだよ?‥‥そんな私達を、急に呼べる人なんて、ケイジュ様ぐらいだよ。」
水を得た魚。では、ないが。敦紫は、未知の世界で対応できる術を知る。圧縮された環境でもなければ、言葉も問題なく交わせる。元いた世界と、変わらない状態となる。言わば自由だ。‥‥とは、行かない。
「今君に、衣を着せた。着ている状態。でも、ずっと続くわけじゃないんだ。」
そう、この力は限定的なモノ、『先導者』の力には、範囲と制限時間がある。
「‥私達の見える範囲に君が居れば半永久的に衣を羽織っている状態になる。でも、目の届かない所に行って仕舞えば、長くて3日‥‥数日経てば衣は消えてしまう。そうなれば君は、あの世だ。」
「そうですか‥‥。」
一つずつ、一つずつ。山になる疑問が解明されてゆく。普通ならば信じない言葉の数々、だが、そのお陰で自分は生きる事が出来ている。敦紫は、信じる他は無かった。残る疑問は二つ。
「‥‥何故、僕はこの世界に来たんだろ?誰かに呼ばれたのかな?」
帰ってくる答えは、分からない。その言葉だった。この世には沢山の偶然がある。全ての事に理由があるわけではない。だから僕は、偶然、迷い込んでしまった。と、呑み込む事にしするが‥‥ただし、と口を破り、マリーは話す。
「我々が代々から守る書物。そこには、『別次元の世界をつなげる鍵』とゆう項目があります。その内容は——
この世界との大きな繋がり。が、鍵になると‥‥」
それ以上の事は、何も分かってないらしい。この世界との繋がり‥なんともパッとしない説明。こちらの世界でも、僕の様な異世界人”を自由に、呼ぶ方法など知らない。
この事を知り、最後に膨れ上がる疑問を投げかける。
「知りも知らない別の世界の僕を何故、助けてくれたの?」
「そこからが今日の本題になります。心して聞いてください。」
これは、約半年前の出来事。貴方と同じ異世界人が、一つの国を、一夜にして火の海にした、お話。