23”樹見陰頼り(下)
永遠の時間に続くこの嵐。宛らその威力は、この王国を見渡せば分かってしまう。立ち付けの悪かった建物など、元々、その場所には無かったかの様に更地に。上を見上げれば、重い雨とはまた違い、この国の上空で無数の瓦礫が宙を舞う。大粒の鉄の雨が降り注ぎ、生き残る建物の屋根に当たる度、いつ壊れるのかと、想像を掻き立ててしまう。
しかし、国を出れば、長閑な風景が広がっている。不思議にも、このスイレ王国だけを覆う様に嵐が起きている。
何故?急にこの様な事態が起きたのか?
少なからず、答えは分かっていた。猛威を振るうこの嵐の中、一つ屋根の下で膨れ上がる強大な力の前に酷く頭痛を起こしてしまうルドルス。外とは違い、音はしない。が、流れ来る膨大な風の量に呼吸すらままならない。どれだけ言い訳並べたか、そうでもうしなければ、確定してしまう。
事の元凶の正体を。
言葉には表せなかった。今目の前で足を組み座っているのは、翔本人である。間違いはない。しかし、本当に彼なのかと、思ってしまう。言葉では足りぬほどの力を今も尚感じ続けているから。
外で起きる事は、翔が原因ではないのかと。
そうは、考えたくなかった。しかし、ルドルスの体はその気持ちとは裏腹な行動を取ってしまう。ルドルスの腕にしがみつシキミを何かから守る形で魔法を扱い彼を隠してしまう。
目の前にいる生物とも取れる物体が翔であるならば、
この国で、嵐を引き起こした張本人が翔であるならば、
翔かもしれない化け物がこの嵐を起こしてまで、狙いを定めるのが、シキミ本人であると、その化け物から解き放たれる膨大な力の矛先が答えを示している。
ナゼ?カクレル。
その生物は息を吹きかけた。
今起きた事は障害で一番の破壊力があったと思う事になるルドルス。この風に、その力に、耐えてきたルドルスの魔法もその全てが底を尽きてしまう。翔かはたまた違った生物か、そのどちらかから押し潰すような風が忽ち吹くとルドルスと、腕の中に包まるピュシスは飛ばされてしまった。
飛ばされた先、その先は固き壁。押し潰す風と共に凄まじい勢いでその壁に衝突してしまう。と思っていた、だが下からまた捲し立てるような風が吹くとクッションの役割を担い容易にルドルスは着地を成功させる。
「??」
彼が出す力の前に溺れ、周りが見えなくなっていたルドルスは、ある事に気がつく。
先程まで流れ、暴れていた風は何処にも無い。外を確認すれば、変わらず暴風の荒波により地獄絵になっている。しかし、この酒場の中は、窓ガラスが割れていようとも、一切風は入ってこない。音すらしない。まさに、台風の目と言った所だろうか。
風が無くなった影響か、壁に引っ付いていたスポーキは、ようやく重力に従い、音を立てて倒れ込む。ルドルスも、安易に立つ事が出来ると、気絶するスポーキの元へ歩み寄ろうとする。しかし、ルドルスの腕はどちらも軽かった。あれ程、身を守っていたシキミの姿が何処にも居ない。辺りを見渡せど、壁付近にいるのは、吹き飛ばされた自分と、気絶するスポーキ。ピュシスに至っては最初から今まで、変わらぬ表情のまま、頭を傾げている。
(!?、何故あそこにシキミ君が、!?)
飛ばされた方角に目を向けるのでは無く、自分たちが先程まで膝をついていた場所に、1人、蹲り、泣き噦るシキミの姿。すかさず、ルドルスはシキミの元へ走って行くも
「ん!?‥‥え?、なんだ?これは‥‥」
弾き飛ばされてしまう。翔とシキミを中心とし、一定の範囲を風が、繭のように包み込んでは行くてを阻む。指を入れようとするならば、切り落とされてしまう程の鋭き風に近い何か‥‥
風なのかすら分からない。
「か‥‥‥‥か‥‥‥‥」
一刻の猶予を争う事態。残念ながら、今はもうルドルスの視界には翔の姿など何処にも居なかった。ある物は、たった1匹の強大な生物。霧が掛かり翔の姿などは確認できない。霧の中で蠢くのは、人間の形とは程遠い者。
繭に包まれし2人の外で、彼の名を呼ぼうとするルドルスだが恐怖で声が出ない。と嘘を吐く。彼の名を呼び目の前にいる靄の掛かる何者かが返事をしてきたらどうしようか、事の顛末を作り上げたのが彼であったら‥‥と。
そうであればあの半年前と同じ事になる。あの事件の全てを知るルドルスはある葛藤に踊らされる。
子供はいつしか大人になる。
大人になれば、両極端の意味合いをハッキリと理解出来る様になる。だからこそ、『国』と『友人』その判別が難しくなってしまう。全てを理解し、何方かを切り取る事が出来る人間は、上に更に上に、望んではいないが登る事が出来る。
出来ない者は、中途半端。上には行けない。
言い換えれば、『優しすぎる』大人。とも、取れる。
ルドルスは、このスイレ王国が大好きだ。この国を壊す輩が居るならば、真っ先に粛清する。
しかし、数少ない、友人の事も大好きだ。
そんな、大人であるルドルスは、この状況で迷い続ける。
それでも尚
この場、1人の人間が薄暗くなる彼の顔を見ながら真っ直ぐに歩いていく者。ゆっくりと彼の名を呼びながら鋭き刃で出来た繭の前までやってくる。
「ピュシスちゃん。危ない!!離れないと‥‥‥」
「‥‥どうして?‥」
「どうしてって‥‥‥!?」
触れる事なく彼女はその繭へと足を踏み込もうとする。驚く事に、ルドルスのように弾き飛ばされるわけでもなく、切り刻まれるわけでもなく。ピュシスの身体は無傷である。
そもそも、彼女の目には、境界線など存在しない。だからこそ、踏み止まる事すらしない。真っ直ぐ、その靄の掛かる生物を目的地と定め、歩く。その繭の中では、風が吹いている筈、しかし小さな体はビクともせず、風たちは彼女を避けるかのように。
「ピュシスちゃん!!この状態が止むまでは待つんだ!!君に何かあれば僕は!!」
「‥‥どうして?、」
「‥‥‥。危ないだ!!だから、ね。こっちに戻ってくるんだ。」
「‥‥‥どうして?‥‥
『お兄ちゃんに近づいちゃいけないの?』
幼き小さな子供の『素朴』な疑問。この人生と言う長い道のりにおいて、ピュシスよりもルドルスは遥かに先輩であり、大人であるが、引き止める理由も、彼女が問い掛けて来る「何故?」と言う言い訳も返せぬまま、只々膝をつき眺める事だけが大人の彼に出来た事。
どれだけの風が吹こうと
大切なお店がぐちゃぐちゃになろうと
育ててくれた大切な父親が壁にめり込もうと
ルドルスから見れば強大な生物が目の前にいようと
そんな事、ピュシスは知らない
その選択。これだけの終わりの分からない嵐。元凶が彼だとするならば、彼女が今起こす行動は、他から見れば水を差す行為なのかもしれない。他人から見れば、幼き子供の我儘なのかもしれない。自由で、勝手な行動なのかもしれない。
それでもピュシスは、触れたかった。助けなど来ぬ業火の中、1人突っ走り助けてくれた大好きな人。陽気でこのお店を大きくしてくれた大好きな人。
誰が何と言おうと、触れたかった。近づきたかった。この体を彼の膝に身を任せ包まりたかった。その大きな手で頭を撫でで欲しかった。それの何が悪いのか?
この場所、彼女だけが彼を等身大のまま見ていた。
ルドルスが見る物は、力を想像し具現化かした物に過ぎない。これほどの圧を放たれれば見えてくるものも化け物に、それだけの大きな化け物‥‥大きさなど測れぬその巨大さに一つ
小さな手が触れた
それは温かな手で、彼の名を呼ぶ小さな声で、そしてもう一つ、記憶の底で眠る声色が風になり彼の耳に入ってくる。
彼は、彼のままでそっと彼女の頭に手をポンと乗せると、彼女に、そして聞こえた懐かしき声に‥‥彼はこう述べた。
「分かったよ。」
—————————————————————
風はその扉を強くノックする。割れた窓ガラスからは、斜めに鉛のような雨が入り込んでくると、この教会の石畳から音を鳴らす。自然は自然のままにその行動に徹するのみ。
先ほど、ドクレスを掴み見事に教会の中へと入り込めた敦紫は、外にいたこの国の民たちの半数が、この教会の中に避難する事に成功した。一命を取り留めたのだ。これだけの頑丈な教会であれば風や雨の影響が及ばず、敦紫もホッとため息を吐いてしまう。
「外の状況は変わらぬもののこれで一安心だ。教会がこれほどまでに頑丈だとは‥‥‥」
「まぁ、建物の雰囲気からして学校みたいな所だからね。」
座り込む敦紫はこの固い床を握り拳を作り中指だけを少し出しては叩く。その音でこの場所がいかに安全な場所なのかを確認する。窓からは風が吹き込むも先ほどの様に飛ばされる訳でもなく、体が切れる痛みのある雨も降ってこない。人々はようやく落ち着けたのだ。それなのに
「どうしてこの国は!!!」
「神にでも嫌われているのか!?」
「俺たちが何をしたって言うんだ!!」
太刀打ちなど出来ない有象無象に、彼らはまた活力を戻しお得意の敵を探してしまう。命があるのだから、今はそれだけで良い筈なのに。
「こうも切り替えが早いと呆れてしまう‥‥‥。敦紫殿が言っていた事が本当ならこの嵐は終わりがあるのだろう?」
「‥‥うん。当たり前だよ。始まった事には終わりがあるものなのさ、‥‥ふふ、今は助かった事に喜べばいいのに‥‥まぁ、気持ちも分かるけど‥‥」
敦紫本人この嵐が過ぎた後、直面する無惨な事実がどう言った物か、予想していた。此処まで、やっとの思いで取り戻してきた街の形はもぬけの殻と成り、建造物はまた、土に戻り、街道も張ったばかりであった煉瓦は、剥がれに剥がれ、窓から現実を確認できた。
また、一から、だと。
「‥‥まぁ。木で組み上げたものであれば吹き飛ばされてしまうかもね。基礎もしっかりしていなければ尚更だ。」
「自然に詳しく、そして建物にも詳しいのだな敦紫殿は‥」
「元いた世界では建造分を作るお仕事をしていたからね。僕は」
「なんと!?」
そう僕は高校を卒業した後、ある建設会社に入った。建て込む側ではなく設計図や指示を出す方、どれだけの建造物を見て学んで作り上げたか。最初はこの仕事に就く時、皆に言われたさ
「敦紫殿程のお方が何故建造物を建てる役職に?もっと選択肢など色々あっただろうに」
と、まぁこんな風に
「君が決める事じゃ無いさ。」
散々と言われれば、この言葉を吐くのがお決まり。進路相談の時、進学か就職かとその2択を設けられる。そこで僕は就職と選ぶと「君の様な人が持った無い」。親も周りの大半も似たような会話を持ち投げてくる。その全てを押し除けて建設会社に入ったのだ。
上場企業でもなければ株式でも無いそんなちっぽけな会社。それもまた一つの反対の理由。「君の様な人材を求める多くの会社があるのだぞ?」と、何故そのために僕は選ばないといけないのかと、建設関係のお仕事に就きたい訳でも無かった。やりたい事など無かったのだ。じゃあ何故そこに就きたかったのか、答えは簡単な事、
また、彼の言葉だった。
——————————————————
「すごい雨ですね。」
「どうする?もう少し収まってから出る?」
急な天候に僕らは下校する事になった。先ほどよりも雨も酷く、風も酷く、頑丈な学校ですら不安が立ち込める程、進路の事を色々と考えている内に、疲れてしまった僕はほんの一息、彼が借りるアパートの家に遊びに行きたいそうお願いしたんだった。
「‥‥と言うよりもそろそろ機嫌直してくれない?結朱華も怖がってるよ?」
「‥‥‥‥知らん!!‥」
あの時彼は死ぬほど機嫌が悪かった。彼の悪い所なのかな、彼の寝ている所に邪魔をするとこんなふうに子供の様に頗る機嫌が悪くなる。
「まぁまぁ、仕方がないですよ。我が師は『寝起きが悪いですから』そっとしておきましょ」
「君の、我が師、って何?普通に名前呼べないの?」
その場所には確かに彼と僕を含め4人だった。いつも隣には我が師、我が師と引っ切り無しに呼ぶ1人の子がいたんだ。
名を、馬宅。
何かと僕に「私の方が彼の方の事を知っている!!」そう言って絡んでくる。僕も無視をすれば良いものの彼の事になると乗っかってしまう。まぁ悪い子じゃなかった。
ムスッとする彼はこの長い階段を降りるとちょうどこの学校の出口へとつながる場所にやってくる。冊子に囲われたいくつもの扉と下駄箱、その扉のガラスから外を見る所ができるも風がたち横殴りのような雨によって前など見えない。
彼はその学校の玄関と呼ばれる場所で棒立ちになり何も見えない外をじっと眺めている。
「‥‥‥‥。おいおい、まてよ。帰ったらぐっすり寝れるじゃねえか‥‥‥なぁ。敦紫。」
「ん?何だい?」
「俺の家に来て俺の邪魔をしない自身はあるか?」
「ふふふ、当たり前だよ。君の眠りを妨げればめんどくさい事になるのが目に見えてる。君の取り扱い説明書にも最注意事項として綴られているよ。」
「んぁ?説明書?何言ってんだ。‥‥兎も角!いくか!俺ん家に!」
僕の親友は不器用な人間だった。進路の事で悩む僕に優しくしてくれたのだろう。眠りたいのなら、1人で寝た方がずっとそしてぐっすり眠れるはず。
「お前が来ても良い様にピアノ買ったんだ。弾いてくれピアノ。敦紫のピアノは格別だ、ぐっすり眠れる。」
僕はピアノが弾ける。ただそれも頭に毛が生えたその程度なのにそれを好いてくれていた。バイトなどしない彼がどこで手に入れたのかと聞くと遠方に住むお婆様から毎月貰うお金‥‥それを全て使い買ったらしい‥‥本当に彼は『気まぐれ』そのものだね。なんて返したっけ‥‥
そんな会話をしながらも今起きている現状を気にも止めず、また機嫌が少し落ち着いたのか楽しそうに話しかけてくる。
「?‥‥今外に出ちゃうと飛ばされちゃうよ?」
「ん?じゃあ止むまで待つか?」
そう言いながらも彼は自身の何処で買ってきたのかと思うほどの古い草履に履き替えると、傘も持たず扉の前まで足を運ぶ。彼を敬愛している馬宅君もその後を追いかける。
「いやいや、傘は!?」
「ん?、ねぇよ。そんなもん。」
「ちょっと待って!こんな状態で外に出たら無事ではすまないよ!さっきも言った様にこんな自然が猛威を奮っている間は待つ事が一番の対策なんだ。」
「関係ねぇよ。」
落ち着いた表情で彼は口を開ける。彼が目の前で見えている光景が、あたかも何も起きていないのかとそう思わせる程の安らかな顔つき。
一度僕はあの時初めて彼に怒鳴ってしまった。でも、仕方がない事だと思っている。彼には死んでほしく無かったから‥‥‥
自然が本気を出せば人間の手に収まる様なものではないのだ。終わりを待つ。それだけが僕たちにとって唯一の対抗手段なのだから‥‥‥そう思っていた。その考えは今も変えるつもりは無い。しかし、
僕は魅せられたのだ。
扉の前に着くと彼は、その手すりを掴みゆっくりと扉を開く。台風の気圧の影響で扉も頑丈になり開かないのにも関わらず、それを意図もせず簡単に開けると下駄箱のさらに後ろ、廊下に立っていた敦紫と結朱華は忽ち吹き荒れる風に自身の体がフワッと一瞬ではあるが浮いてしまう。彼の後ろを追いかけた馬宅君も敦紫らが立ち止まる場所まで帰ってきた。
「俺はさ、この歳まで生きてきていっぱい見てきたんだ。こんな風が吹けば俺らは殻に閉じこまり終わるのを待つ‥‥終われば、また外に出ていき自然とゆうものを忘れて生きて行く。これの繰り返しだ。」
あれだけ吹いていた風はこの扉を境に吹かなくなってしまうと彼の声がしっかりと敦紫の耳へと繋がる。
「一つ気づいた事があるんだ。ずっと昔に‥‥俺たち人間はなんで『区別』をつけるんだ?って、どうやって判断するんだ?命がないから?痛みを感じないから?感情がないから?そんな事考えてたら埒があかねえ。」
長々とその口を開けては、この雨雲で見えぬ空を眺めている。敦紫達の所へと帰ってきてしまった馬宅はまた彼の方へと走っていく。
「分かった!分かったから!でも今は辞めとこうよ!待つだけじゃないか」
「だから!言ってんだろ?同じだって、残念だったな!!敦紫は雨を止むのを待つと良いさ!俺はこんな状況でも外に出るぜ!!」
笑っている。彼は、この状況で笑っていた。
「落ち着いて!!」
台風を見慣れた僕達ですら中々お目にかかれない程の強風。この一帯が、海になってしまうのではないかと思う豪雨。それを見て、彼も冷静さを失い可笑しくなってしまっているのか、そう一瞬だけ思ったが、直ぐに違う事が分かった。後先を考えない彼だからこそ、この行動は冗談ではない事が明白に分かった。僕は意を決して無理にでも、彼の身体を拘束しようと近づく。
「確かに、自然にはしてやられた事も沢山あるが、それが全てじゃない。どれだけの命を奪ってきたのかなんて見当もつかねぇ、でもよ。それはこっちも同じ事だ。」
彼の肩を無理矢理掴む僕、しかし、触った僕の手から身体にかけて徐々に力が入らなくなると、その場所で膝を突き立てなくなってしまう。羽ですら上がらなかった。お得意の彼の合気道である。邪魔すらさせてくれない。
「止めても無駄だぜ!残念だったな!敦紫くんよ。俺は『気まぐれ』な生き物なんだよ。そして、この外で吹く風達もまた『気まぐれ』だ。俺の思いを強要はしない。可笑しいと思うならそのまま生きろ。でも、これが俺の本心。こうやって、俺は生きてきた。‥‥どんな時でも、変わらずだ。」
只、流れる様に
只、降り注ぐ様に
「じゃあ、俺も今ただ外に出たい!それだけだ!振り返ってみれば自然も人間も違いを探す方が難しくなるだろ?他人の言葉なぞ知らん!!それが親友であろうとな。何も相手が『気まぐれ』だからこっちもその気で対抗しようとしてる訳じゃねぇ。簡単な事だ。根本が同じなら‥‥」
その大雨の中、彼が入って仕舞えば最後視認すらできなくなるほどの大雨に、彼は傘も刺さず外に出ていく。どれだけ手を伸ばせど届き得ることなど不可能な体制そんな敦紫に
「分かち合う事はできんじゃねえか?」
敦紫は見た。この場所にいるほか二名もこの目で、体全体で確認した。前が見えないほどの天より降り注ぐ雨‥‥どこからともなく流れる風は
止まった。時の刻が止まったかの様に
雨雲から一つポツンと穴が開く。差し込むは温かな陽の明かり、その光の柱は彼を包み。全ての雨雲は避けていく中まだあたりは暗くなってるのにも関わらず彼だけの周りをその日の輝きは微かに視認できるほどの羽衣の様に覆う。
まさに天衣無縫。
次第にこの空を覆う雲達は用事を思い出したかの様に何処かへと帰ってゆく
空は、晴れたのだ。
—————————————————————。
あれ以来、あの言葉以来、僕のちっぽけな悩みは晴れた。どう足掻こうが自分の人生、彼の様に『気まぐれ』に生きてやろうじゃないかと。だから僕は翔が生まれ育った故郷を見てみたかった。こんな立派な人間を育ててきたお婆様と会ってみたかった。お願いしたのを今でも覚えてる。高校を卒業したらついていっても良いかなって。彼は二つ返事で「おう!来い!」そう言ってくれた。
ようやく次、進む道を決めた所、就職活動の説明会が授業の中で開かれた。進学に進む子も就職に進む子もあるいは翔の様な子も、全員とりあえず聞いておけとゆうものだった。そこでは僕らが就ける企業が乗ってあるパンフレットを渡され僕には関係のない事だと適当にページを巡っていた。
企業が掲げるどう言った仕事内容なのか、休みはどれぐらい取れるのか、給与はどれぐらいなのか。僕にとってはそんな事どうでもよかった。見ている雰囲気だけだしてはひたすらにページを巡って行った。
先生が話す言葉も耳に入れず、ようやくパンフレットの終わりが見えて来る。もう後2.3ページぐらいだろうと思いながら捲ろうとした最中、一つの企業に目が入った。
それは、休みやお金ではなく。長々と書かれた仕事内容のさらに1行だけ‥‥—自然と隣り合わせの建築を—と。
彼がいつもくれる物は、彼が移す予想もできない行動と言葉、それで僕は気付かされてきた。たがら僕は彼が伝えてくれた事を形にできないかなって思ってた最中この企業に目が入ってしまった。
やってみたいと心の底から思ってしまった。言葉を行動を僕が形にできたなら‥‥って。この企業に目が入ってしまった時から僕の使命だと思ってしまった。皆が言う安っぽい言葉ではない。
僕の命を使ってでも、やり遂げてみたくなった。
そこからは早かった。一度はついて行きたいと言い出しておいて、やりたい事があると彼に言ったら「おう!」その二文字だけが帰ってきた。側から見れば冷たい人間だと思われてしまうかもしれないが、彼は無駄に追及をしなかった。感謝している。誰の言葉も耳に入れず僕の『気まぐれ』のままに
こうして僕は建設業に入ったのだ。
少し昔の懐かしい記憶を辿る中、それを跳ね除ける様にこの嵐にも負けないほどの活力で声を上げるもの達
ドクレスとそして敦紫はこの光景に安堵では無いため息が漏れてしまう。
「どうするんだよ!!ここまで来てまたやり直しか!」
「またあの偽物の勇者が彷徨いてるんじゃないか?出なければおかしいだろ!!こんな事!」
「そうだ!!そうに違いない!!」
またあの偽物の勇者が雨を降らせているのだ!!!
と、彼たちはようやく敵を見つけたのか。「今度こそコテンパンにしてやる」そう口々に吐き捨てては声を上げる。間違いなく今やるべき事ではないのにも関わらず。そしてそれを見てはまた敦紫は呆れてしまった。
「はぁ、また勇者のせいかい?やっている所見てもいないくせに‥‥‥」
「‥‥。ふむ。こんな物だ。人間は‥‥今はこの教会に守られているだけだと言うのに。この小さな殻に閉じこもって尚、怒りとゆう感情が湧き上がるのか‥‥‥ただじっと待つことはできぬのか‥‥。今も外では命を奪わんとする風や雨が歩き回っているとゆうのに‥呆れて尊敬の念すら覚える。‥‥‥。実に勝手な生き物だ。我々は‥‥‥。」
勝手‥‥‥‥。
僕もそう思っていた。そう思い続ける事にしている。今も。
「ドクレスは落ち着いているね。君が抱くその感情も間違っていないと思う。でもね。一つだけ‥‥」
「??。」
びしょ濡れになる体。それは立ち上がるとポタポタと服をつたりその石床に色をつける。
「自然が僕らを殺そうと今動いているのなら‥‥もう死んでるはずさ‥‥。一瞬で‥‥。でも僕らは死んでいない。怪我すらしていない‥‥。どうしてだと思う。」
ある日のこと。ある日の思い出にその自身の身体と彼の影を手繰り寄せる。
「‥‥。手加減をしてくれたからか?分からぬ‥‥」
「ね。分からないでしょ。僕もわかんない。これが答え‥‥‥。ただ目的地を目指して通り抜けるだけの風‥‥かも知れない‥。ただこの場所で休憩しようとした雨に雲‥‥かも知れない。ただ機嫌が悪くなって自然がこんな事してるのかも知れない。」
「それは‥‥‥‥か‥‥」
そう。勝手なものさ
濡れた髪の毛をたくし上げ、ドクレスの目を見るや否や個々に口を開けうるさく賑わっている人々達に目をやる。
「あの人達だってそうだ。怒った原因も犯人を追求使用する魂胆も全ての真理に気づく事が出来るかな?‥‥わからない。‥‥‥僕もそして自然も全てが、と、までは言えないが似たもの同士‥‥。」
徐にドクレスに言葉を投げかけてはその濡れた体でこの教会を歩く。人々が勇者のせいだと騒ぐ中この空間は酷く雑音が響き渡るも、ドクレスの耳には彼の言葉と足音だけが入り込む。
「‥‥?敦紫殿?‥‥?」
ドクレスが頭を傾げる理由。敦紫はコツコツっと音を立ててある所へ向かう。外は相も変わらず風は強く雨は強く、崩れた家の残骸が宙を舞い、物凄いスピードで横に流れるそんな、死と隣合わせの世界を繋ぐ教会の大きな扉へ向かう敦紫。
「何をしているのだ。敦紫殿。」
「ん?大した事ないさ‥‥気にしないで‥‥‥」
(彼が言った。『分かち合う』はあまり分からないけど。分からないからこそ、やってみようと思う。)
敦紫はその扉の前まで辿りつくと、その扉についてある取手を掴んだ瞬間、背後から大きな手で肩を掴まれる。
「はぁはぁ。よせ。気が滅入ってるのかも知れんが‥‥悪いことは言わない、外が落ち着くまで待て‥‥勝手な行動はいくら君でも許さぬぞ‥‥」
ドクレスは感じた。その言葉を吐いた刹那、時間がゆっくりと動き、はっきりと見えてしまう。自身よりも小さい背、そんな敦紫が右手に作る握り拳からは、自身の背よりも遥かに超える力が滲み出ている。それらを確認することも愚か
ゆっくりと動く世界にいつしかドクレスの視界には知らぬ景色が広がっていた。
(パァァンン!!!)
気づくとそこには敦紫の拳が数センチの距離、ただその攻撃は止まっている。寸止めである。ドクレスの体が硬直、濡れた髪から雨ではない水がこぼれ落ちる。空気を叩き音を鳴らすほどの攻撃が、音だけで終わるはずもなく
「う!?ぐぁぁ!!!」
尋常ではないほどの彼の放つ力へと変わる風圧が、遅れて押し寄せると巨体なドクレスは、この教会で人々が輪を作る場所まで飛ばされてしまう。それを見ていた人々達もその風圧に一瞬ではあるがビクッと体が焦ってしまう程。
(なんて‥力だ‥‥。まさか‥‥あの異世界人と同じく暴走しているのか‥‥。いや、ならば私は今生きちゃいない‥‥。)
「敦紫殿!!君が今しようとしている事は死ぬ事と等しい‥‥やめるんだ!!」
「‥‥‥‥‥。」
先ほどの声を上げるもの達は一切の行動をやめ、2人の掛け合いを見る。辺りは静寂へと。一度止められてしまったが、敦紫はまたその扉のドアノブに触れる。自身の頭の位置に設けられた窓から、向こう側を眺めながら
死ぬ気などさらさら無い。僕には元の世界に帰ってやる事がある。これだけの教えをもらった人に、しっかりとお礼を込めて花を添えないといけない。
あの日‥魔獣と対峙した日、僕は愚かにも死のうとした彼にまた会えるのではないかと‥‥だけどその考えは一旦やめにする‥‥
今、改めて自分が進むべき道を再確認できた気がする。この国に来る前、ドクレスが問い掛けてきた答えも、天秤すら必要無い。みんなとの思い出が詰まった彼方の世界の方が大切。
重く閉ざされたその大きな扉、今いる場所とは似ても似つかない、想像もできない場所。その世界につながる扉を彼は力強くこじ開けた。
扉を開ければ、再び通り過ぎていく筈の風達はその出てきた空間へとその身を扉に向ける。中で身を隠していた人々達は忽ち吹き荒れる風に、本能的判断、境界に居座る固き地面につながる石の椅子に隠れる者やしがみ付く者。
ドクレスは、自身の腕で目を隠さなければ痛みすら感じる程の風と雨。先程味わった敦紫の力を遥かに超える自然の力。その凶器が、この教会を荒らし回る。
「敦紫殿!!!辞めるんだ!!!」
聞かぬ。その暴風を浴びているのにも関わらず、上を見上げたとて、見えるものは黒く染まる雲で覆われてる空をじっと眺める。話しかける様に
「‥‥‥すごい風だ‥‥。」
抵抗すると言ったものの。僕1人ではどうする事も出来ないのが現状。
『君』の様に、木を創る事も出来なければ
『君』の様な、生き方も出来ない。
だから、手を貸してくれないかな?
僕の頭上、空に君がいるのなら僕の声を聞いてほしい。生きて元の世界に戻りやりたいことがまた一つ思い出せた。帰らなくちゃいけない。
遥か空の彼方、君がいるのなら僕の声を聞いてほしい。死ぬわけにはいかない。このままでは、飛ばされるのが目に見えているだ‥‥死ねない。結朱華を残して先にはいけない。
空の彼方、さらに向こう僕の見えない所に君がいるのなら、僕の声に応えてほしい。勝手だとは思っている。烏滸がましい事は重々承知だ。でも‥‥‥でも‥。
僕の『気まぐれ』に付き合ってほしい。
一歩、また一歩と止めたくても風がそれらを邪魔する様にドクレスは惜しくも敦紫を止める事は出来ず、眺めることしかできなかった。外の世界に踏み出せば最後、彼の体は瞬時に吹き飛ばされ消えてしまうのが脳裏によぎってしまう。唖然とその光景を見ていた人々達もその彼の勝手な行動に「落ち着け!」と声を出すも止まらぬ足並み。
『さぁ、勝手な僕を、こんな僕を、あの時の様に助け欲しい。頼りにしてるよ。‥‥頼んだよ。——』
ドクレスは止めれずこの雨の中、風の中。彼の姿は霧に紛れ込む様に姿が隠れてしまう。止めれなかったと手に握り拳をつけ地面を強く殴る。だが一つ気がつく事があった。
先ほどまで吹いてはこの場を荒らしまわる風は無くなっている。次第に周りにいたもの達もそれに気がつき容易く立ち上がれる程、そしてまた一つ気がつく、それはこの中の出来事ではなく‥外。
その異変に気がつくと、ドクレスは急いで敦紫が出ていってしまった開きっぱなしの扉に体を動かした。
それは、気まぐれな足並みで、彼の面影を追った、敦紫の奇跡か。運命か。
その開いた扉からは、優しげな光が差し込む。
何もかも攫っていく暴力の名の風も
全ても押しつぶさんとする鉄球の雨も
人間に光を閉ざす程の積乱雲も
その何もかも全ての現象が今まさに、一斉に潮が引いていく様にゆっくりと姿を消していく。陽は顔を出しあたりを温かな光で照らす。上を向いても目を閉じなくて済む青い空に、欠伸が出てしまう優しげな風。その全てが先の現象が嘘の様に元通りになる。
有無を確かめるべくドクレスは外に出て行き地面を見るも濡れている。残念ながら半数の建物が、風に雨にやられ潰れてしまっている。とゆう事は、嘘ではなく本当に起きていた。
ドクレスは、すかさず前を見る。潰れてしまった住宅とこの教会に挟まれたレンガが所々剥がれてしまった街道に1人、形を保ち立っている。
「‥‥ふふ。ふふふふ。」
この世にも不思議な現象に出会せば、理解できぬと言った表情や唖然とする顔色がこの現状に最適なのであろう。だがドクレスは見た。何度も見た、敦紫の感情表現である顔色。その全てが、恐怖と入り混じる恐ろしい物であった。しかし、今回は違った。
この一本道の、ど真ん中で、敦紫は空を見上げ
笑っていた。すごく嬉しそうに、笑っていたのだ。




