2”毒か徳か見えぬ足跡
葉には匂いがあった。季節など関係なく涼しかった。裸足なのに、僕の足に痛みは無かった。全てが安らぎだと、そう思えた。此処は、天国。
そう、僕の記憶が正しければ、此処は天国。此処で、僕は彼に逢える。
濡れた服を脱ぎ捨て、靴を脱ぐ。この場所ではそんな物要らない。とりあえず、僕はこの場所に来れる程の資格を、持っていたと言う訳だ。生前、徳を積んでおいて良かったよ。
ここは、森?。木が至る所に生えてある。ただ、それだけ。天国と言う所は、木が生えている物なんだな、そう思った。僕は無造作に頭を触る。何の感触もない。僕の想像では、天使の様な輪っかが頭に付いているのかと、羽根もなければ、空も飛べない。
「まぁ、身なりなんて、どうでも良いけどね。」
そんな事よりも、ここからどうやって彼を探すか。足跡なんて一つもない現状。まずはこの森を抜け出す他はない。そうと決まれば、僕が今できる事。
ひたすらに、この獣道を歩くのみ。
「彼がまた、大きな木を生やしてくれるなら、それを頼りに歩くんだけど‥‥‥あれ??」
頭上を見上げれば、風が吹き犇めき合う樹冠の隙間から、微かに青い空が見える。そして、一つ、この届かない空に刺さっているのでないかと、そう思ってしまうほどの塔が、僕の歩く先にある事を確認する。
「あそこが、受付みたいなところなのかな?それとも、此処は天国ではなく中間地点。あの塔を登った先が天国なのかな?、」
僕は、あの目的地を定め、歩く事にする。中々の距離なのか、体力不足なのか。歩いているだけのに息を切らしてしまう。
「○▲○○▲✖︎✖︎○✖︎▲✖︎○」
高く聳え立ち、雲に突き刺さる白き塔を目指す最中、僕の背後から声が聞こえてくる。ハッキリと僕たちと同じ人間の声だとは分かるものの、何を話しているのかは分からない。足を止め、振り返ると、そこには白一色に染まった丈の長いコートを羽織った男が、約二名。物騒な物を此方に向けて、睨んでくる。
「怖がらなくても大丈夫さ。僕も貴方達と一緒。」
「‥‥‥‥‥。」
「I'm with you guys too.」
「‥‥‥‥‥。」
変わらず無言のまま、僕の言葉は通じていないのか日本語も、そして、英語も通じていない。僕は望んで、この場所に来たから状況を飲み込めている。だが、この人達は、望んで来ていない可能性が高い。教えてあげないと、僕が安全だと言う事。この場所が何なのか。そして、もうそんな、人を傷つける道具は必要のない事を。
「▲✖︎✖︎○○✖︎▲!!!」
威嚇を表した様な顔、そして声を荒げられ、見事に僕の身体は一度止まってしまったものの、また一度、臆す事なく僕は二人の元へと足を進める。
「大丈夫‥‥もう。大丈夫‥。ゆっくり休もう。もう此処に、敵なんて概念は存在しない。だからね、ほら‥‥」
二人に語りかけながらも、男達との距離は縮まってゆく。そして、丁度、男達が握る剣の剣先まで辿り着き、触れようとした瞬間。
「○✖︎✖︎▲○○!!!」
「!?。」
その剣の残像が見える程の速さで、僕の腕を斬り下げられた。
「!?!?。」
「‥‥‥。」
間一髪、避ける事に成功した僕は、腕がある事を確認する。危なかった。殺意を纏わせ、何の躊躇もなく切り落とそうとしてきた。その根拠が、いま僕の腕から滴り落ちる切り傷で証明できる。
一人の男が、驚いた表情を見せ、己が持つ剣を眺めては振る。その動作を繰り返していると、仁王立ちしていたもう一人の男が拳を鳴らし、首を鳴らし、また敵意を剥き出しにしてくる。
「‥、天国って血が出るの?痛いし。あ、そうか、天国じゃないのか。此処は中間地点。もしかして試練だったり?じゃあ此処で死んだら地獄とか?‥‥」
僕が独り言に、花を咲かせていると、アップが終わったのか、拳を鳴らしていた男が急接近し、殴りかかってくる。だけど僕には当たらない。ただ、無策に乱暴に拳を振り回しているだけ、当たる訳がない。速さを変えても同じ。だけど、重心がしっかりしており素晴らしい突きだ。しっかりと見極め一撃で落とす気持ちで行けば、中々の物だと思うよ。
「でも。」
両手を動かし、男の拳を鷲掴みする。
「!?。」
「僕が、楽しめるかと言ったらねぇ。ね?」
掴んだ直後、僕はその男の懐に入りコートの襟を掴むと、お返しに遠慮なく背負い投げを繰り出す。肉が綺麗に地面にぶつかり、鈍い音を出すと同時に胸を抑え咳き込む。
「大丈夫かい?これで分かったでしょ。無駄な戦いは——」
倒れ込む男に手を差し伸べようとする最中、背後に気配を感じ、振り返ると大きく剣を縦に振り被る映像が飛び込んでくる。だけど、それも当たらない。
「!?。え‥‥こわ。」
当たらなかった事がどれだけ良かった事か。振り下ろす攻撃を綺麗に避けた後、空間をなぞり、斬撃を飛ばしたのだ。その斬撃は、辺りに生える一本の木にあたり、深い傷を付ける。
「怖いね。当たっていたら首飛んでたかもね。怖い。でも、もっと怖い人、知ってるからね。」
もう一度、繰り出そうとする男の手首を握り、捻ると簡単に掴んでいた剣を落としてくれた。一度、手を離してみると、武器を拾えると言うのに、焦った表情で拳を突き立ててくる。僕は、力を込めず、その攻撃と合わせる様に男の拳に平手打ちをすると、骨が折れたのか腕を押さえて倒れ込んでしまった。
「‥分かったかな?はぁはぁ、敵じゃないからね。これでお終い。はぁはぁ。」
少し身体を動かしただけで、心臓が破裂する勢いで息が上がる。身体の節々も熱いし、歳でもないのにここまで体力が落ちてたなんて、こまめに運動はしておくべきだったね。
「○✖︎✖︎○○▲▲。」
また、声が聞こえる。今倒れている二人とは違った声。倒れる男達は、痛みを我慢しひりついた表情を見せる。仲間なのだろう。と、声が聞こえる木陰に視線を向けているとその声の正体が顔を出す。
「✖︎✖︎▲??。」
「??。」
何処ぞの言語で話しかけてくるのは、白いコートを羽織った男ではなく、老人。杖を頼りに立っている老人。
「‥‥‥。?—○○:✖︎✖︎▲○」
老人は、頭を傾げながら、指を弾く。その瞬間、僕の下から音が聞こえた為確認すると、地面が盛り上がり、僕の足に絡まっていた。どう言った原理なのかは知らないが、身動きを、封じられてしまったらしい。でも、それで終わりではなかった。老人は、何かを唱え、息を吹いた。
——○○:✖︎▲▲○○
「!?。」
速度など表現出来ぬほどの何か、僕の反応を凌ぐ速さで、火の玉が僕の耳を掠め、後ろにある木にぶつかると、真っ赤な火柱を上げ、全てを飲み込んでゆく。火柱が消えた頃には、全てが形など残っていなかった。
「‥‥‥。○✖︎○✖︎✖︎▲▲○。▲✖︎✖︎??」
あんな物当たっていたら、一瞬で灰になっていた。怖い。怖い。ても、何で怖いんだろ?死ぬから?死んでるのに?何でもいい。僕には目的があるんだ。こんな所で道草など食っている暇はない。
かかった拘束を解き、敦紫は老人の元へと詰め寄る。
「‥‥!?。」
「何だい?こんな土を盛り上げただけの拘束じゃ、僕を止める事は出来ない。因みに、今から僕は何をすると思う?。あ、分からないのか言葉。どちらにせよ‥‥うぅ!‥‥はぁ、はぁはぁ、」
急な目眩に襲われ、膝をついてしまう。身体中が燃える様に熱く。口から心臓が飛び出そうな程に脈が早い。
「はぁはぁはぁ、うぅ。‥‥息が‥‥ぐ」
「‥‥!?‥(パチィン)」
また、老人は唱え、指を鳴らす。
「〈あ、あ、お主。聞こえるか?〉」
「はぁ、声?何処から。」
先程よりも熱くなる身体。止まらぬ動悸、鼻に手を当てれば鼻血が出ている。一体全体何が起きてるのか。
「〈お前さんの脳に直接、意思を伝えておるだけじゃ。久々に使ったが、やってみるもんじゃのお。して、お前さんは何者じゃ?〉」
「はぁ、はぁ、僕は‥‥敦紫‥‥。う。ぐはぁ!!」
咳が出る為、口元に手を抑えるも、止め切れぬ血が、溢れて老人の前で血飛沫を上げる。
「〈なんじゃなんじゃ。そんなに血を吐きおって、毒でも食らったか?‥‥」
声は変わらず聞こえる物の、言葉など発する事が出来るはずもなく、とまらぬ吐血に、身体が燃えたぎる様に熱い、割れる様な頭痛。次第に視界がぼやけてゆく。
「〈お主は何者じゃ。言葉にも理解が乏しく、身包みなどなく裸一貫、わしの魔法を解いたかと思えば、急に倒れ、吐血する始末。理解に苦しむぞ。〉‥‥ん?言葉が分からない。‥‥‥、」
身体が熱い、痛い、苦しい、駄目だ気が飛びそうだ。全ての血を搾り取る様に流れてゆく。‥
「(駄目だったみたいだ。僕はこのまま、地獄に堕ちるのだろう。これまで僕は人に冷たくし過ぎた。‥‥。彼に‥‥逢えると‥‥思っていたのに‥‥願っていたのに‥‥‥。‥‥。」
「〈おーい。おーい。返事をせい〉‥‥。」
血の池にうつ伏せに、目を瞑り倒れる敦紫の元へと声をかけながら、老人はゆっくりとした足並みで近づき、杖で肩を突き、確認する。
「死んだかな?腕が粉々だよ。暫くは剣が振れそうにないね。」
「はぁ、俺の攻撃が一発も当たらなかった。この猿は一体何者何でしょうか?」
「‥‥何ともまぁ、恐ろしい程、運がいい。死んじゃいないようじゃ。ラーガ”と、フーガ”よ、わしの庭に連れて行け。」
「何を言っているのですか!?この凶暴な得体も知れぬ生き物を、我が箱庭に!?」
「そうです!!あの塔でまた、揉め事を起こせば今度こそ、信頼を失います!」
「ホッホッホ。得体の知れぬ生き物‥‥。同じ生き物にその様な口振りは、見当違いも甚だしい。」
ほれ。早く持っていかんかね。そう言う老人は、男二人に杖を突きながら、指示を出す。不満げな顔を作りながら、血みどろになった敦紫を抱えて、歩き出すのであった。
「‥ホッホッ。わしの威圧にも、魔法にも、恐れなど微塵も見せなかった。君の悪い人間じゃ。恐怖に抗う術は二つ。慣れか、馬鹿か。あの奇妙な者は、どれたげの狂気じみた世界を生きとるのか‥‥。」
老人は、そう言葉を漏らす。死と隣り合わせだった筈の状況下。汗が滴り、身体とゆう身体の筋肉が強張り、場に緊張を齎す。何故、緊張が生むのか。それは、死とゆう恐怖があるからこそである。全ての感情の裏には、恐怖が付きもの。どの様な行動があれど、まずは、恐怖を感じる。そのおかげで人間は生きて行ける。言わば、防衛本能。何一つ、間違った事ではない。
「‥こんな老耄には、怖い怖い。何じゃったんじゃ、今のは。別次元の者よ。お主は、どれだけの理不尽な恐怖を知れば、この場所で‥‥」
恐怖は、焦りや興奮その感情を顔に表してしまう。それなのにも関わらず、敦紫の顔色は、ずっと、ずっと、ずっと、気味の悪い笑顔を浮かべていた。