18”【第10項】御花詩の始まり
何処かで、誰かを押した。
海に落ちた記憶だけは今も、鮮明に覚えている。
肺に水が入り込む感覚。身体は重くなり手足すら動こうとしない。もがく事すら諦めてしまった。死を受け入れ、目を閉じる。
しかし、目を開ける事が出来た。手足は動き、呼吸すらできる。天国とゆう実感は無かったにも関わらず、生きた心地もまるでしなかった。
私は、不運にも厄介事に巻き込まれてしまった。
ここは、異世界。私が生きてきた星とは違う別次元の世界。今まで見ていた世界とは異なった数々の物達。大きな赤い絨毯、宙に浮くシャンデリア。白一択に塗られた壁に、甲冑を纏う兵士達。極め付けは、正座をする自身の前に、大きな椅子に踏ん反り返り、枝のような足をし、鱈腹食料を溜め込んでいるのだろうと、分かる腹の出た人間と、元凶とも呼べる人間。
最初に私の癪に触った人間は、枝のような足をした王様。
整理が覚束ない私に、知らぬ言葉の列を並べそれを体現して見せよと。知らないし出来ない、それは頭で思ったことでもあるが、口に出して吐いた言葉でもある。そんな私に、なんと驚いた表情を見せて、逆上する始末。唾を飛ばし罵声を浴びせられた記憶も私は死ぬまで忘れる気はない。
鬱憤が溜まっていたのか、単なる癇癪を起こしやすい性格なのか、ブレーキを持たない人間なのか。どれを取っても最悪に等しい。何も持たない私に、激昂を振る舞い席を立ち、下を噛みながらも罵詈雑言の嵐。しかし、枝のような足では歩く事が叶わぬまま、自身の体重に歩く事を忘れた足が耐えれなくなり横転。被っていた王国は、直様地に転げ落ちていった。
ただ、乗せただけの冠は、実に飾り物だと私の目の前で証明してくれた。
「殺せ!!」と、汚い言葉が聞こえてくると、足を振るわせ、待つべきはずの剣を緊張で滑り落とし、正座する私に恐る恐る近づく数人の男達。殺しなどは経験などない者達ばかり、私の首元に演技でも近づけてきた剣先が小刻み揺れ、微かに触れ、冷たい感触が何度も伝わってくる。拷問の何物でもない。
私の目の前で、殺しの譲り合いをする始末。殺されそうになる状況の私が鼻で笑ってしまった。抵抗する気などさらさら無かった。一度は死んだのだから、一度経験したのなら、二度目も三度目も変わらない。況してやこの事全てが夢である可能性すらある状況。
そんな私を助けてくれた唯一の人間。その場凌ぎではあるが、綺麗な言葉を並べ、全力で土下座をしてくれた。そのお陰で、私は何とか一命を取り留める事が出来たのだが、言葉通り、私は生け取り状態。
何も持たない私が、何かを持っていると証明しなければ再び殺すと、猶予はたったの10日間。
正直に言って驚く事ばかりだった。私を無理やり呼び寄せて、無能だと分かれば殺せと寝言を息巻いて、最後は生け取り。理解しようと、納得しようすればする程、愚の骨頂。
海に溺れた後、耳に入り込んだ水を出すため頭を横に傾け、耳を叩く。ようやく、痛みや不快感は無くなるが、今起きる現状については何も解決していない。
まさに、寝耳に水。
信じられない物ばかりに、まず頭から湧いて出てきた言葉は青天の霹靂であった。
そんな状況に、私は耳を閉じようとしてしまう。
魚ではない人間が、海に放り投げあの魚のように泳げと言われて誰が承諾するか。真面目にやっても、魚には勝てない。泳げたとしても魚には勝てない。目に見えて分かっている事だが、私は頑張ってみる事にした。
生きる理由。生きなければ行けない理由。生きてあげたいと思える事が、この世界に来てたった数日で出来てしまった。
たった、その数人の出会いで、元いた世界よりも生きやすい。そう思ってしまった。
私の命を助けてくれた恩人と出会い、知識を教えてくれた。逃げ場まで作ってくれた。後にも先にもこの人だけが、私の唯一の恩人であると。
仕事に疲弊した友人も出来れば、気の弱い友人もでき、私の股下ほどの身長しかない子供にも懐かれてしまった。子供は大好きだ。悪くはない。
立ち止まり、下を向く事が癖な、頑固な弟子までできた。
私の人生で、一番に輝かしい絶景を拝める場所まで見つける事ができた。
そんな国を、嫌いにはなれなかった。
だが、生け取りにされる身。平和を謳歌しようとも許してくれぬ盲目である醜い人間達。
ある事件をきっかけに、等々私の命は尽きた。海に落ちて溺れたらあの時を、さらに上回る苦痛に激痛。抑え切れない吐血に、関節の節々から噴き出る血で、赤い池を作り出してしまう。立つ事は愚か、話し掛けてくれる言葉すら聞き取れない。
流石に死んだ。そう思ったが、また助けられた。
何故そこまでして、私を助けたのかと問いただしたいが、それは、私が空へ足を踏み入れた時に聞く事にする。
噂には、敵わぬ。
嫌いではないこの国を嫌でも、私は出ていかなければ行かなくなった。来た当初に見た色鮮やかな建物達などは残っていない。色はあるが、全て真っ黒。それか、崩れ落ちる建物を眺め、呆然となる人々。
私は、何も、していない。
わたしは、なにも、していない。
わたしはなにもしていない
ワタシハナニモシテイナイ
ずっと、口には出さず、心で、訴えかけた。だが、汲み取れぬ言葉の返上は、怒りや悲しみの暴力のみ。
痛かった。でも、痛くは無かった。強がりなどではない。この世界で一番最初にできた友人の、大切な親を間接的にも殺し、『消えろ!!』と言われた事が、泣きたくなる程に痛かった。
でも、真実は語らなかった。流さなかった。
どうしたと思う?。笑ったのさ。頬に人差し指を突き立てて、口角を上げるよう努力した。溢れ出しそうになる物を止めるかの様に、目尻に皺を寄せ、蓋をした。大いに笑った。手を広げ、声を荒げ、笑った。
何故そんな事をしたのかって?、私も癖なんだ。仕方ないんだ。
迫り来る憎悪の塊から、気配を消して、足跡を残さぬ様、歩幅を広げた。見事に透明に成れていたのか、通り過ぎて行く人間達は、私を視認できなくなる。ラッキーだ。
そんな私を見つけて、足に抱きつく1人の小さな女性。
『よく、俺を見つけたね。』
『私!目がいいんだ!!エヘヘへ。』
私の事を懐いてくれていた酒場で働く小さな小さな少女だけが、私を見つけ、純粋で素朴な笑顔を見せてくれた。私もお返しにと、笑顔を返した。
色々とお世話にはなったが、ここに残るわけには行かないと、彼女の家を出ていく最中、私が持っていた金銭を全て彼女に渡したのだ。持っていても仕方がない。使い方を知っている子に渡す方が、お金も機嫌を損ねない。
彼女には、また遊びに行くよと伝えて私はこの国を後にする。
顔も知らぬ者たちに、追われ続けた今日一日。疲れ切った身体は自ずと、草原が広がる大地にポツンと生えてある木へ徐に足を動かし、凭れてしまうと、我慢していたモノが全て爆発してしまった。
人などはあまり通らないこの整地されていない道。その道を抜け出し、生えてある樹木の木陰に凭れ蹲り、それでも私は隠そうとする。誰もが見ていないのは分かっているのだが、隠してしまう。
仕方がない。癖なのだから。
何処かで、誰かの背中を押した事を、一瞬だけ後悔してしまった。誰かを助けて、後悔している自分が情けなかった。ツケが回ったのだと、嫌になってしまった。
でも、死にたくはない。答えは単純。怖いから。
だから、
生きていても、
誰にも追い掛けられない様に、
透明になり、
足跡も残さず、
私は、空を泳ぐ事にする。
雨が降れば、皆、傘を刺してくれるだろう?
傘を刺さない花は空からでも拝む事が出来る。
でも、中には傘を刺さない者たちもいる。
私の出す癖を聞き、見上げる者もいる。
厄介な物だ。
『第10項』 【日陰の下で笑う透明なへレニウム】




