表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 追想行進華 —庭園の足跡—  作者: 玉袋 河利守
1章”前と下、それと上と
14/16

《終》14”影と跡、それと音と。(上)


 


 この世には、皆立ち止まってしまう小さな円がある。立ち止まってしまう原因は無限。そして、その円から足を出せば、無量大数の道。立ち止まりそれらの道や原因を数えていると、何も出来ぬまま朽ちてしまう。無駄死にである。


 擁護するわけではないが、この世には、死を選ぶものもいる。だが、前者に挙げた死とは異なる境遇。その道を選び得た答え。他人である者たちがとやかく言う義理など何処にもありはしない。これも『他人』である場合のお話。


 そして、この世の大半の人間は、今の二つの問いを選ぼうとはしない。死ぬのが怖いから?そんな半端な者ではない。


 視点、角度を変えれば、変わらず個人。1人の人間。間違いなく生きると言う道では、残念ながら1人である。どう足掻こうが1人である。


 訳もわからぬ道を孤独に歩くのは怖いと、虚しいと思った自分たち。確かに1人ではあるが、1人ではないと思える日が必ずしもくる。いや、もう来ているのかもしれないが、気付かないだけ、知らないだけ。


 それが、この物語。


 今、この場所で始まる。想いの寸分を計る戦い。


 見せられ、聞かされた2人の戦い。勝敗は上か、下か、前か。


 ある孤島に佇む病院の花畑で聞いたあの言葉。


 ある村から少し離れた何も無い丘で聞いたあの言葉。

 


 「花が好きな奴は下を向くのが好きだからな、焦って前を向いて歩きだすんだ。そんなことしたら好きな花踏んじまうだろ?下を向いてたっていいじゃないか?下を向いてたって歩けんだから。下を向いたら歩けないって?‥そん時は、下を向いたままでも分かるように‥‥」


 

 寝癖をつけ、草履を履く1人の男の言葉が脳内から流れてくる。




 空気は一変。今から始まる予想された戦いの形が、ヘレンの行動により否定される。その中心にいる両者は、何かを話している。この国の王オーランは頭を傾げたまま。そして、もう1人、座り込んでいるドクレスは頭を抱えてため息を漏らす。


 「手合わせ?何故だい?」


 今から僕は素手で彼女と殴り合うのか?なにが目的なんだ。

 

 「私には色々あるんです。そうですね我儘なんですよ私。」


 ニコッと笑い風が微かに吹くと垂れ下がる髪紐はヒラヒラと靡く。


 殴り合うのであれば、その身のこなしが軽い服装が正解だろう。だけど彼女の意図が全く読めない。色々と確かめたい事があったんだけど。


 「もしかして‥魔法での手合わせかい?、」


 「魔法??。いえ、素手ですよ。」


 ここで、殴り合いが確定したけど、やっぱり意味がわからない。‥‥そうか。ラーガ”や、フーガ”の様に。


 「‥‥君の、素性はオーランから聞いてるよ。何を隠そう、僕と同じ異世界人の暴走を止めた英雄だと。‥‥どうだった?その子は強かったかな?。」


 「‥‥とっても。」


 半年前に起きた残虐非道たる事件。スイレ王国を一夜にして火の海にし、色鮮やかな国が残骸の山へと姿を変えた事件。そして、それらを引き起こしたのは僕と同じ異世界人。


 誰もが知っている歴史に載るほどの事件なのに、誰も、その異世界人の素性を知らない。この国での権力者であるオーランですら、何もわかっていない。男か、女か、それすら分からない。可笑しな話だが、目の手にいるこの彼女は、その全てを知っている。


 スイレ王国で異世界人が暴走した直後、辺りには魔獣の群れが所狭しに出現したらしい。スイレ王国の兵力はミジンコ程度、魔獣を相手に出来る者など立ったの数人。そんな貧弱な数で、国とゆう大きな土地に住まう市民を救えるのかと、否、無理であった。だが、立ち上がったスイレ王国の王国騎士団、団長。身体には似合わぬ卓越された剣捌きに魔獣を圧倒していく。それでも、数の暴力には勝てず、致命的な傷を負う。


 そんな絶望的状況に、現れたのはこの女性。フリーシア王国騎士団ヘレン•クロリス。彼女は、誰も追えぬ速さで至る所で暴れ回る魔獣を最も簡単に一掃。周囲一体に飛び回る雑音が一斉に止まったのだ。どう言った手を使ったのかは知らないが、一瞬にして魔獣がチリと化していった。


 そして、最後には暴走した異世界人との一騎打ち。強烈な一撃を異世界人に放ち、致命的なダメージを当てるが、惜しくも逃げられてしまう。


 この世界で、唯一、異世界人の顔を見て、力比べをした。僕の先輩である。


 「そう、じゃあこの戦いが終われば、その子の話でも聞こうかな。」


 話を聞き終えると敦紫は、今まさに持っている訓練用の剣を鞘に納め、マルクワの方へと投げる。敦紫の行動により、更にこの場所は混乱の渦となる。今は、訓練中。剣を交えての戦い。そうだと聞き、フリーシア王国からやってきた王国騎士団の先鋭たち。だが蓋を開けてみれば、両者、武器を捨て素手で立ち会っている状況。


 「おいおい敦紫まで、武器を捨てたぜ?何がしたいんだよ。なぁ、おチビ。」


 「だ、か、ら。私は立派な成人ですよ。‥‥ヘレン様もそうですが、敦紫様は会ってから今まで取る行動に理解できた覚えはないので、どうせとんでもない事するんでしょ。」


 風が強く吹き続けるこの場所の中心では、互いの目を見て沈黙を続ける中、敦紫は軽く飛び跳ね呼吸を整える。


 魔獣と戦っていた時のヘレンさんを見て、色々と気になる事があった。焦る表情など一切見せず、慣れた雰囲気まで見せていた。『英雄』は伊達ではない。


 そして、彼女は『武術』と言っていた。ここで僕は一つ予想をしようと思う。彼女が繰り出す武術が、どれ程の物なのか。殴るや蹴るの延長線上で、空手などとは程遠い不恰好な物であれば興醒めだ。


 でも、その予想が外れれば


 「ふふふふ、ふふ。」


 敦紫の表紙を見て、マルクワの目は大きく開く。それは、驚きではなく、安堵に近いもの。

 

 「あ!?」


 「おいおいどうしたんだよ。急に。」


 「‥いえ、でも。今から大変な事になりますよ。何かあったら助けてくださいね。ペン様。」


 「おう!!ドンと任せろ!!‥‥?、いや、待って、今、俺のことペンって言った?‥言ったよね!?。ねぇ!」


 外野が何やら騒がしいが、どうでもいい。さぁ、彼女はどんな物を持っているのかな?ラーガ”やフーガ”の様に不思議な物を沢山見せてくれたら嬉しいな。君なら、あの2人の時の様な最初から全力で行ける。手加減はなしだ‥‥と言いたいところだが、女性を痛ぶる趣味はない。


  「ドク!!」


 彼女が丁度、敦紫から距離を取りポジションが決まったのか大柄な男を呼ぶ寄せると、試合の合図をお願いする。ドクレスはとゆうと先程と同じ表情とゆうより面倒がるようにため息をこぼし両者の丁度ど真ん中にやってくる。


 「両者、‥程々にして下さいね。」


 両者、その位置に保つと敦紫は構えを取る。だが、ここまでずっとこの数回と繰り広げられる戦いを黙って見守っていたマルクワが異変に気づく。

 

 それは、敦紫の構え。実に不細工な物、重心は定まっておらずマネキンのように手を直角に曲げ腕を前に持ってくる。


 手を抜かない、誠心誠意込めて挑むつもりだが、此方からは攻撃はしない。バレない様に務めるさ。彼女の手札が全て見れた頃に、僕は彼女の攻撃に当たろうかな。


 だってそうでしょ?綺麗な顔を傷つけなくはない。綺麗な花を踏みたくはない。空で見てくれている君も、そうするでしょ。


 君の言っていた言葉だ。楽しさを優先するのも良いけど、時に花を踏んでしまう。僕は、君じゃない。僕は、僕なりの花を踏まない歩き方で行かせてもらうよ。


 「‥‥‥。さぁ、見せてくれ。君が届きようのない高さにいる事を信じているよ。」


 

   彼は、此処で、負けることを選択した。


 

 「では、両者。準備はよろしいかな」


 2人とも同時に頷く。


 「よし!では‥‥‥はじめ!!!」


 その始めと同時に起きた事。それは、あたりが静かになった事。


 「ハハハ!一体これはどうゆう風の吹き回しなんだろね。殴り合いでもするのかな?それに全然動かないし。どう思う?マルクワ先生に、ペンちゃん?」


 「‥‥‥何も、分かりません。」


 「っち。敦紫の野郎‥‥説教が必要だな。」


 先程までのオーランの話し相手は、ヘレンであったが今は戦果の渦へと、代わりにこの試合を見届け続けるマルクワとペンドラゴラムに話をしに行く。2人の返答は思っていた答えとは違い、実に静かな返答。疑問とそして、少しの怒り。


 なぜ、彼たちはその返答を述べたのか、答えをすぐに分かる。


 初め!とその雄叫びが耳に入った瞬間、もう一度構えをとるフリをして攻撃を伺うも、彼女はこちらに来ない。彼女は深呼吸をし、目を閉じてしまうも何かを終えたのか健やかな表情のまま目を開け構えを取る。


 (‥‥え??、)


 彼が見た光景。今から手合わせを、と、言い放った彼女が構えを取らず。ただ自身の両の手を自然に少し上げ、こちらを見ている。周囲の者は、何故戦いの合図があがったのにも関わらず両者は動かないのか。それを固唾を飲んで見ている。どちらも強者、それは皆が知り確認している事。時が止まったような空間は不気味さを際立たせる。


 そして、ここから先、始まった戦いは、敦紫の大きな誤差により勝敗が決する。


 少しの時間、2人とも動かない。そんな沈黙を突き破るものが1人、口を開ける。


 「来ないのですか?‥‥その構えは、敦紫様が生きていた世界の武術なのですか?‥‥」


 彼は無言のまま彼女を見つめる。


 「なんとゆうか‥‥なんでしょ。言葉に表すのがすごく難しいのですが‥‥。」

 


  隙だらけですよ



 「!?」


 両者は離れた場所からこの手合わせを始めた。それは紛いもない真実。だが彼女がその言葉を吐いた刹那、敦紫の隣に立っている。彼はまだ気づく事なく彼女が立っていた筈の場所に目を向けたままである。


 そして、そのままヘレンは敦紫の肩を叩くと、彼は右肩からその半身の力が抜け落ちてしまういこの硬い地面に膝をついてしまった。


 「‥‥‥え。‥‥消えた?。いつの間に‥‥」


 「?。お師匠様とは違って、私、ゆっくりと歩いて来ただけですよ。貴方は前を向いて歩き続けたのでしょう。‥‥なら、しっかりと前を向かないと。足元、掬われますよ。」

 

 (‥‥今の‥‥‥。今のは‥‥)


 僕は知っている。これを幾度と味わってきた、この感覚。どれだけ相手の動きや思考を数十、数百と先を読んでいても全てが無になる感覚。勝ち負けが存在する戦いにおいて、読み合いが生じる。どう相手が動くか、思考をフル回転させ此方はその準備をする。ジャンケンのような物。


 だが、それは只の予想。外れる事もあれば、当たる事もある。それこそが醍醐味だ。ただし、中にはいるのだ。全ての動きを分かった様に読んで理不尽極まりない事をしてくる、可笑しな人間が‥‥


 膝をつき、呆然となるの敦紫。彼が抱く感情は、この世界に来て、初めてである。


 「敦紫様がやっている武術は誰かにご教授されたものなのですか?」


 下を向く敦紫には、細き美しい手が視界に入り込むと、その手を借りて起き上がる。


 「ヘレン様の使う武術は、もしかして『合気道』だったりしますか?」


 え!ッと彼女は驚いた表情を取り、満遍な笑みで敦紫に向けて頷く。


 「その武術はこの世界にあるのかい?それとも誰かに教えてもらったのかな?」


 「いえ!‥‥‥‥‥あ、いや、えっと‥‥」


 真実を知る人間。真実を知る者にはそれに対する責務がある。己の言葉で、世界が変わってしまう。帰って最悪な状況になりかねない。そう思い、彼女はつまる言葉に無理やり話を飛ばした。


 「私にはとっても強いお師匠様がいるのです!!今の私では手も足も出ません。それぐらい強くて優しくてカッコよくて‥‥‥オホン!敦紫様が住まう元いた世界の人たちが束になったて勝てないのではないかと、そう思ってしまう程、私のお師匠様は強いんですよ!」


 「‥‥‥‥。そう。‥君が見てきた世界はとても狭いんだね。」


 「‥??。」


 ヘレンの何気ない言葉に敦紫は苛立ちを覚えた。


 聞き捨てならない。冗談なら訂正してほしい。‥確かにヘレン様は強いかもね‥あちらの世界にいた薄っぺらい人間じゃ手も足も出ないと思う‥それは分かる。当の僕も勝てるか分からない、だけど‥‥‥。君やその師匠、そしてこの世界の人間含め


 

  彼に勝てるはずがないだろう。たかが英雄の分際で、驕るな。



 敦紫は膝についた砂を払いながらゆっくりと立ち上がると、深呼吸する。それはいつも親友と手合わせをするときにやっていた事


 「ねぇ。ヘレンさん?僕の世界にも合気道があったんだよ。そんな武術を使う人が隣にいたんだ。」


 「!!。ではあなたもその方からお習いに?」


 「‥‥‥‥教えてくれなかったよ僕には‥それに師匠とゆうより1人の友達さ。」


 ヘレンは首を傾げる。


 あの時、魔獣と戦うヘレンさんを見て、もしかしたら‥と、思っていたが、確信に変わったよ。


 彼女が、今僕にした技は、僕の親友がよく使っていた技。いや、似たの方が理にかなっている。この場所全てが、彼女の間合い、一歩足を踏み出せば敵の目の前へと。気を抜けば、今の僕の様になる。


 殺し合いであれば間違いなく死んでいた。正真正銘、負けたのだ。


 剣の才も紛れもないもの、彼に似たその魔法のような武術を扱う。半年前の事件に終止符を打った道理も付く。僕が一度も勝てた事がなかった彼の武術を使う。まさに『英雄』と呼ばれても可笑しくはない。


 「ヘレンさん。今のは僕の負けさ、正真正銘、認めるよ、だからもう一度、手合わせお願い出来ないかな?」


 「え?はい‥‥それは大丈夫ですが。」


 彼女は僕の親友を知らない、当然のことだ。『誰も勝てない』その言葉に何故か馬鹿にされた気分になった、また色々と先を見過ぎたみたいだ。 


 間違いなくこの子は強い。でも、残念だったね。


 君の師匠は、間違いなく化け物だ。でも、僕の親友も化け物。幾度となく彼の不思議な武術を見て、感じてきた。君以上に味わってきた。


 「ありがと。今から僕は、皆が思う漢の生き方に反する事をするけど、怒らないでね。元々はそんな人間だから。」


 「‥ふふ。何を言いますか。貴方の人生、反したところで誰も怒る権限などないですよ。」


 戦いの合図である怒号が聞こてから、約1分。その短時間で試合は決着。勝者はヘレン。


 2人の話し合いの末、もう一度戦う事になるが、試合の合図は、ドレクスに任せず。2人だけのタイミングで始まる。2人が交わした言葉が最後に、急遽として二回戦目が始まる。


 両者、定位置に戻り、敦紫は笑顔を溢す。そして対抗、ヘレンはまた目を閉じて空に顔を向けて深呼吸する。


 すると。


 「ふぅ。では‥‥どこからでもどうぞ‥‥」


 (‥‥‥どうからでも‥‥)


 敦紫は一つ確かめる事にした。それは自身が今彼女の間合いへと入るため前進する事を決意する、その段階では敦紫も動いていない。試合すら始まっていない。今、彼がただそう思い、右足に力を入れている状態。その状態で敦紫はヘレンの目を確認した。


 「うん。了解。ある程度わかったよ。」


 君の底が


 「‥‥‥さて行くよ。どこから‥‥行こうかな。(その言葉は、まだまだ君には早い。)」


 彼と対峙すると体が動かなくなる。それは彼の目を見ればわかる事。今から僕が動かそうとした体の一部を動かす前から目で見ている。それは全ての行動が見透かされている。動けないではない。動かしても、彼の前では、無駄なのだ。


 だが、彼女は今も僕の目を見ている。すなわち今から僕が何をしようとするのかは予測がついていないようだ。


 敦紫は急速に姿勢を下ろし片方の足を曲げ重心を下ろすと強くこの地を踏んだ。


 「!?」


 彼の身体能力はこの世界の基準を遥かに超えている。そんな身体能力が上がった彼の脚力を駆使し、ヘレンが立つ身へと急接近で移動する。この場所、周囲で見ていた兵士たちは彼の姿など追うことはできず、辛うじて見えていたのはドクレスただ1人。


 敦紫は、負ける事を選択した自分を否定する。


 花を見ず、前を向き、己が己である形のまま挑む事を決意した。


 此処より彼は、今を見る。勝ちに、そして楽しみに行くことを決意する。


 速度を乗せた敦紫の身体は、瞬く間に相手の懐へと。少しの驚きを見せるが、彼女の手は、丁度自身の間合い入る侵入者の身体へ標準をかけ手を向ける。何かを繰り出す素ぶりを見せる敦紫の手首をタイミング良く掴もうとする。


 だが、彼は何度も見てきた。やられてきた、その処方。彼女以上にその技の怖さを理解している。彼女の手に掴まれれば最後。


 彼はそれに気付くと腕を引っ込め、なんと、忽ち彼女の視界から姿を消した。


 「!?」


 どこに行ったのか。答えは下。

 

 ただ、彼はしゃがんだだけ。だが、彼女が向いていた先は、敦紫が走ってくる。視点は前。


 敦紫は、視覚外の攻撃を仕掛ける。彼女の足目掛け、けたぐりをいれた。その体制は綺麗なものだが、自然と彼の視線は地面と目が合っている状態。確かに敦紫は、彼女の足を目掛け足を振った。それなのに、彼の足は感触などあらず空を切るそんな刹那、敦紫は聞こえた。


 「貴方も合気道を知っているのなら、解るはず。私の間合いですよ。色は見えてます‥」


 彼がけたぐりを入れるコンマ0.1秒、彼女は川の流れが如く音もせず一歩後ろへ引いていた。それは彼が放つ未来が見えていたのか。ヘレンのその言葉で敦紫の疑問は確信へと変わる。


 君も同じことを‥‥やっぱり一緒だ。彼がいつも言っていたセリフ。今までとは違い、一筋縄では行かない。だけど、彼程じゃない。


 「そんなに勝ちにこだわるなら色を薄くしたら?」


 彼女もまた同じことを言っている。色?僕には理解ができない、どれだけの時間が経っても、その謎は解明できぬまま此処まできてしまった。この『色』と言う意味が分かれば彼に、そしてこのヘレン様に僕の攻撃は届くなのだろうか。


 「どうしたのですか?貴方には下を向く時間など有りませんよ。」


 少しの妄想が油断になる。彼女の手が視界に入り込んでくることで、ようやく気がつくと、今にも腕を掴まれそうになる。臆すことなく敦紫はもう一つ確認したい事があった、それは、一か八か。


 彼女が腕を掴んでくる前にこちらが先に掴む事。


 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。!?」


 腕を掴まれたヘレンは困惑した表情を浮かべた。


 それは焦りへと彼女もこの技を知っている。師から教わりを受けている身ではあるが、彼女もまた師の織りなす奇跡の技に対抗すべく、色々な対抗策を練る時間があった。それは今まさに敦紫がやってきた事、先に腕を掴み封じ込める事。


 だが彼の前ではそれすら無駄だったため忘れていた。


 「廻されると思った?大丈夫だよ。僕はそんな芸当できないから‥」


 ‥‥だけど知りたいことは全部知れたよ。ヘレンさんは彼と同じ技を使えること、だけど彼はもっともっと可笑しかった。笑ってしまう程に、説明できない程にだから。


 「‥‥!!」


 ヘレンは何かを察知した。それは翔との稽古では味わうことなどなかった感覚、人は見たこともないものを見ると危険だと感じる。それは生物として防衛的本能であろう。ヘレンはすぐさま敦紫が掴む手を振り解くが


 「ハァハァハァ‥‥‥」


 「どうしたんだい?燃料切れかい?。」


 たった腕を振り解いただけ、それなのに、彼女は息を切らしている、尋常ではない力。彼女は甘く見ていたのだ、目の前にいるこの男は、この大陸を救うためそれ相応の力を身につけこの世に舞い降りた存在。師と言う生き物が、大きすぎるが故、周りの者は皆同じ大きさだと錯覚してしまった。


 「はぁ、はぁ、(彼の方とは違い、紛れもない力。単純な力量。‥‥、彼の方の真似事であっても、誰しもが驚いた私の技。それを最も簡単に‥‥。)」


 「??。下ばかり向いていると、手元が狂うよ。」


 「!!??。」


 先ほどよりも、凌駕に越える速度で、敦紫はヘレンの腕を掴もうとする。その攻撃にヘレンは、すかさず受け流す。


 「‥‥。はぁ、はぁ、」


 「おぉ。やるね。じゃあ後、1000回は打ち込むからね。ダメだと思ったら、君の切り札見せてみて。ね?」


 「‥‥‥‥。」


 死闘を繰り広げる筈の戦いに、相手は笑顔で話しかけてきた。口角が跳ね上がり、目の形すら変わるほどに、人間離れした笑顔を向けてくる。


 そんな表情に、光景に、ヘレンの苦い過去が蘇る。


 太刀打ちできぬほどの膨大な暴力の前で、何も出来ず膝をついたあの過去。


 この戦いは、時間につれ激しさが増す。周りで見ている物達は、視力の限界。二人が何をしてるのかすらさっぱりだった。


 敦紫は止まることなくその手の色を濃くし、彼女の腕を掴もうとする。ヘレンは辛うじてその攻撃を受け流すことしかできない。


 一度止んでいた風。今も風は吹いてない。だが、2人の攻防で巻き起こる衝突に、この場所では暴風が吹き荒れる。腕を掴み何かを無数に仕掛けようとする敦紫。傍ら、その攻撃を一つ一つ丁寧に受け流すヘレン。宛ら、強大な生物が戯れ合う対抗に人間が織りなす全身全霊。大人と赤子。一寸の狂いでもあれば、そこで試合は決する。


 ——誰も知らぬ、魔獣と素手で渡り合おうとした一人の青年の時と同じ様に。——


 突入。目では追えない敦紫の手。突き進む足並み。辛うじて見えていたドレクスも、この限度を超えた世界に離脱する。ヘレン本人は、もう、昔から見えていない。物体ではなく、彼から溢れる『色』を読み取り、体を動かす。


 その速度に加え、一つ一つの攻撃には何十キロの重圧を感じる力。師から貰った技を使っても、この化け物の前では付け焼き刃に水。理解し分析するその頭脳も、機転を効かす力量も、純粋な才能も、ヘレンは敦紫に勝るものなど一つもなかった。


 これが、敵。彼女が今戦う異世界人(てき)


 これが、天傘敦紫。有りとあらゆる言葉を耳に入れようと、螺旋状に成り行く道のりでも、頑固に前を見続け歩いてきた男の力。


 師と出会う前から、彼女は努力し続けた。後悔を二度としない様にと。努力をすればする程、見に着く力。周りの歓声。ただし、努力ですら到達不可能な存在。それが目の前で遊んでいる。と。


 次第に彼女は受け流すだけの人形へと変わり果て、彼の猛攻に一歩‥また一歩後ろへ下がってゆく。


 両者、この戦いの中で、互いに見つめ合う敵同士の顔などは写っていなかった。この二人が見ているものとは、


 「おいおい大丈夫か?ヘレン様は」

 「剣を使ってやればいいのに?何したかったんだあの人は?」

 「なんとゆうかあのスイレ王国の襲撃以来からおかしくなったよなあの人。」

 「どっちもどっちだろ。あの可笑しな人間もヘレン様も何をしているかさっぱりだ」

 

 じっとその戦いを目で追えるドクレスは少なからず耳にこの外野たちの無駄口が入り込んでくると


 「おい!きさ‥‥‥‥」



 「うるさい!!!黙って見れないのですか?、」


 その眼光をつけてはわちゃわちゃ話す外野たちの動きが止まる。声を上げたのは、今の今まで始まりからこの戦いまで無駄口など叩かずじっと見ていたマルクワだった。皆は「申し訳ございませんでした」そう肩を下ろし、この空間は先ほどと同じ沈黙をもたらす。


 「よいしょ!!大きな声を出せるではないか少年!!」


 「だ、か、ら。成人ですって。」


 笑顔で機嫌良さそうにマルクワの居座る場所にどしっと座り込むと声をかけるドクレス


 「そうかそうか。それはすまないな。して、少年と、あの敦紫殿はどう言った関係なのだ?友人か?、それとも、戦友か?」


 「関係?。‥‥そうですね。僕は、一様先生として、敦紫様と顔を合わせましたが。教えれることなんて一つもなかったみたいです。」


 「先生!?。なるほどなるほど。肩を落とすではない少年よ。たかが1日にも満たない関係。まだまだ、彼の良さも、君の良さも互いに知らない。共に過ごす時間が長ければ、教える事も、教えられる事も増えてくるのではないか?。そうすれば気づけば友人になる。そんな君たちに、一つ提案が有るのだが‥‥。」


 その提案は、賭け事。


 「‥‥‥‥賭け事はあまり‥‥‥」


 「何々、金をせしめようなんぞ微塵たりともない。敦紫殿が勝てばこのフリーシア王国が貴殿達の肩を持つ。そうすれば動きやすい。貴殿達にも大事な目的がある。ただしこちらが勝てば————————————。」


 

 その猛攻は絶対的不可避、彼のスピードは誰も目で追えない。彼女は辛うじて師から教わった攻撃を受け流す技術によって保たれている。彼から教わったもの全てをぶつけようとも隙などない。単なる時間と体力を削る行為。


 敗北とゆう魔の手が、少しづつ近づき大きくなってゆく。


 だが、少し前の記憶が彼女の背中を押すことになる。

 

 ‥‥‥。


 そして、その魔の手である天傘敦紫は、自身の全力が、一つたりとも相手の物体を掠めない状況に、興奮し、楽しんでいる。変態である。そんな彼は


 やはりどれだけ彼女の腕を掴もうと触れれない。弾かれているわけではなくすり抜けていく様な感覚。彼はこんな事もできたのかな?‥‥。いや、そもそも此処まで長く僕は彼の前では保たないけど。‥‥だが元いた世界ではできなかったことも今なら体が動いてくれる。今の僕なら彼にも少しぐらいは通用するのかな‥‥


 「でもこれじゃ埒があかない。そう思うんだ。」


 その攻防に敦紫は一瞬だけ動きを止めると彼女もそれを分かっていたように息を上げ動きを止める。


 「ハァハァハァ‥‥‥貴方はお強いです。‥‥そしてありがとうございます。‥‥あなたはそのままでいてくださいね。」


 「?。お礼なんて言われる様な事は僕はしていないよ。‥‥それと気を緩じゃいけないよ‥。」


 「‥ハァハァ‥‥一度足りとも‥‥」


 僕は知っている。僕だけが知っている。彼と生前、最後の手合わせで唯一僕が彼の気を逸せる事ができた技。技なんて呼べる代物ではない。単なる卑怯な手段。彼に似た技。‥‥久々だったよ。少しだけ、懐かしい気分になれた。


 「‥‥。最後に。ヘレンさん、一つ聞いても?」


 「ハァハァ‥‥この状況でなんですか?。」


 「ごめんね。聞きたくてつい。その合気道を初めてどれぐらい立つのかな?」


 「‥ハァハァ‥‥半年ぐらいでしょうか。」


 これは驚いた。たった半年で人間離れした魔法の様なものを使う彼女には賞賛の声を掛けたい。が、僕は君よりもその技を使いこなす人間を横で見てきた。何度も対峙してきた。ごめんねヘレンさんに勝ち目はないよ。


 「君のお返しの質問。君は、歩けてるかな?」


 動きが止まった数秒後、彼はまた何かを仕掛けようと両手に力を込める。ヘレンはすぐさまその動きに察知するとその両手が動く前に受け流す準備を始める。


 (敦紫様の両手が濃くなっている。突き飛ばして距離でも測ろうとしているのでしょうか‥‥)


 「‥‥‥‥え?」


 彼女が出す手は、届く距離にあらず敦紫の手は視界から消えた。攻撃などではなかった、大きな誤算であった。この試合を通して彼女は自身の未熟さを理解する。


 そんな刹那。


 (ここで、負けるのでしょうか?。この半年で私は強くなった筈。自身が掲げた信念の為、敦紫様と戦う事を決めました。ここで、朽ちるのでしょうか?それでは、変わらず前と同じ。‥‥私は何のために‥‥)


 一度、予想した事が外れてしまうと、ヘレンの考え尽くされる思考は、真っ白になってしまう。もう、今から考える事など出来ない。しかし、脳内から勝手に飛び出してくるモノ。


 それは思い出。この場面だからこそ、走馬灯の様に映し出される。ある言葉。


 大切な師から教わった。いつか出逢うかもしれぬ変人の対抗手段を。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ