表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 追想行進華 —庭園の足跡—  作者: 玉袋 河利守
1章”前と下、それと上と
13/14

13”あの日から


 

 「大変だぁ!!!熊が出たぞ!!」


 遮断される壁などは無く。草原が横に揺れる大地に満遍なく聞こえる、大きな声。それと悲鳴。風が強く吹くたびにゆっくりと回転する煉瓦で作られた風車がよく目立つ村は、騒がしき状況になっていた。


 「きゃあ!!!」

 「おい!!離れろ!!」


 目を真っ赤に光らせる熊。辺鄙な村の横手には、空に突き抜ける程の樹木たちが身を連ねる森があり、そこから1匹の猛獣が飛び出し、村を襲っていた。


 その熊が出す気迫ゆへ、腰が抜けてしまった1人の女性は逃げ遅れてしまい、目の前には涎を垂らす熊が近寄ってくる。それを助けようと貧弱な男たちは、農具を担ぎ立ち向かおうとも、男達の足も皆震えていた。


 熊を威嚇する様に出す大きな声に、緊張で喉が閉まり誰にもどどかぬ小さな悲鳴に、その状況に戸惑い吠えたぎる犬に、風の力により回る風車の錆びた摩擦音に、この村にはあらゆる音が混在する。そんな中、


 土の上でも、足跡が余り目立たない草履を履き、引き摺る音が聞こえてくる。


 「‥え?何で熊いんの?森に住んでんだろ?森に帰れよ。」


 「グルルルルル‥‥。」


 「んーーー。(あん)だって?」


 女性と熊の間に入って来たのは、眠そうな目に寝癖のついた青年。草履を履き、※甚兵衛を羽織り、時代劇を感じさせる服装をしている青年。


 ※夏に着用される簡易的な着物。


 「グルルルルルぅぅ!!」


 「んーー。あー。駄目だ。何言ってんだよ。もう、とりあえず帰れ‥‥あ、もしや、はちみつか??」


 「グルルァァ!!」


 大きな手を上げ、小さな青年に向けて攻撃を放とうとする。周りで見ていた男たちは「危ない!!」そう、言わなかった。‥そうなる事が分かっていたから。


 「??。」


 脳裏には大きな疑問が浮かんだ。それは誰が。攻撃をされた青年、ではなく。仕掛けた熊の方である。一瞬の出来事に熊は混乱してしまう。今、手をあげた熊の視界は、生きて来て史上、最も可笑しな風景であった。

 

 空から、地面を眺めていた。


 兎に角、可笑しな話。地に足を付ける生き物が、その地を眺めているのだ。ここまで聞けば何も可笑しくは無いだろう。そう思ってしまう。しかし、その熊の足先は、天上に向いているのだ。


 側から見れば、大きな図体は空へふわりと上がり一回転する絵が見えてくる。


 甚兵衛を羽織る青年に振り下ろす攻撃の途中、その攻撃は軽々と避けられた後、手首を掴まれ身体が浮き、宙で身体が一回転した。


 そして、頭から地へと落ちると、熊はベロを出して気絶してしまう。


 「ふぅ‥‥。運が良かったな。俺の姉さんがいる時に、お前が来ていたら、吹き飛ばされてたぜ??。」


 熊を突き、気絶を確認させると隠れていたこの村の住民たちが、青年の周りに集まり出す。


 「おぉおぉ、またこれは盛大にやったな、」

 「だが、いつ見ても不思議な技じゃ、」

 「それでも勝てぬあの人は化け物ですね。」

 「こんな不思議な物をヘレンちゃんもできるんでしょ?」

 

 「ん?あぁ、んー。ちょっと違うけどな、まぁ似た様なもんだな。」


 「元いた世界の武術なのじゃろ?よくもまぁ、ヘレンちゃんは努力家じゃのう。」


 「だな、それに、元いた世界での知識も教えてるからな。中途半端な奴がヘレンに手を出せば、足元掬われるよ。」


 「元いた世界の知識??。」


 「あぁ、まぁでも、役に立つことは多分無いとは思うけけど、念には念をだ。」



 ————————————————————————


 同時刻、別の場所では広く整地された平場に、屈強な男たちが大人数いる。その男たちは、何かをする事も無く、ひたすらにその光景を眺めていた。輪を作り、剣が交わり、火花を上げる戦いを黙って観戦している。


 「ガハハハ!そんな者か?敦紫殿!!」


 その強面な男、ドクレスが言葉を吐きながら目の前にいる青年に剣を叩きつける。その剣筋は見事な物だが、難なく受け止めきる敦紫の姿。


 遡る事数分前、突如としてフリーシア王国の騎士団と訓練をする羽目になってしまった敦紫は、何も聞かされていなかった。リズルゴールド王国のオーランは、基本の三点を身に付け慣れる為、練習相手を呼んでいたらしい。それが目の前に立つ、この男。フリーシア王国、銀翼の賜り、王国騎士団長ドクレス”。


 この大陸の中でも、実力達が揃うフリーシア王国。そして、その国の統率を図る役目を担う王国騎士団、銀翼の賜りを僕の練習相手に呼んでいた。それもその頭。


 終わらぬ猛攻、振り下ろされる強烈な一撃を目で追い、訓練用の剣で合わせ、弾き返す。この試合、敦紫はずっとこれだけを繰り返していた。


 「攻撃をしてこないのか?なら畳み掛けるぞ!!」


   リゲイト:『増強(ドーピング)


 ドクレスの猛攻は、威力、速さ共に加速を付ける。彼が放つ剣筋は、常人の人間では目には負えず。その威力も宛ら、先ほどよりも数倍にも膨れ上がっており上手くガードしている敦紫の剣が悲鳴をあげ出す。側から見れば敦紫側が押されている戦況。だが、押されているのは敦紫の持つ訓練用の剣だけ。


 「このままでは、武器が朽ちてしまうぞ!!」


 「‥‥‥。」


 ドクレス”のリゲイトは、増強。言葉どおり個人の身体能力を数倍に引き上げる事ができる実にシンプルな物。ドクレスの扱う武器は、両手で担ぐ事が目的とされる両手大剣、振り下ろせば絶大な威力を誇る武器ではあるが、重すぎるがゆへ、鈍足になりがち。だか、増強を持つドクレスにとっては相性の良い武器となる。


 そもそもの力が、この大剣を片手で振り回す事が可能な肉体。その上からのドクレス”のリゲイト。この男の振り下ろす一撃が、敦紫が戦った魔獣の重い一撃となんら大差がない。強く重い一撃で、防御をするも敦紫の身体は自然に、後ろへと逃げ場を無くしてゆく。


 しかし、敦紫にとってそんな事は、不安材料にはならなかった。敦紫の心に抱いた言葉はこうだ‥‥


 (‥‥この程度か‥。)


 如何に、ラーガ”やフーガ”が戦いにおいての熟練者だったと身に沁みて思う。ただリゲイトを使い、真っ直ぐに攻撃されても残念ながら面白味はない。この世界には魔法や、剣術にリゲイト、不思議な力。その数々が混在する。ならば、それを組み合わせ挑んでくればいい。


 そうすればこちらも攻めに転じることへの手札を切る事になる。何故もっと柔軟に考えられないのかな?でも、これでは僕の剣が折れてしまう。せっかくマリーさんに選んでもらった剣だ。大事に扱いたい。


 「はっはっはっ!!どうした!どうした!!若いのならもっと力を込めないか!!」


 色々とあり、戦う羽目になったが‥こんな所で選んでもらった剣を折っては申し訳ないからね。すまないけど


 観客達は、先ほどから敦紫が攻撃をしておらず周囲ではあの攻撃の速さでは防御をするので精一杯なのだろうと、口々に唱える。黙り見つめるマルクワの横では「俺が出れば瞬殺だろ」と観戦に混じり、ブンブンと音を出し回りながら声を上げるペンドラゴラム。


 「敦紫の奴も何モタモタしてるんだ?。なぁ?おチビ。」


 「おチビって、一様成人ですよ。」


 この戦いに瞬きすら忘れ、戦況を傍観するマルクワ。この人間だけが、違和感を感じていた。今日出会ったばかりの、マルクワ。だが、隣で彼は見ていた数少ない人物。敦紫がどう言った人間なのか。全てを見てはいないが確証に似た物を感じていた。


 (‥何故、誰も気づかないんだ。‥‥敦紫様が押されてる?‥。押されているなら、境地に追い込まれている。そうゆうこだ。‥‥たがらだ。敦紫様は、劣勢になればなるほど、笑みを溢す。それが敦紫様だと思っている。でも、)


 この戦いでは一度も、笑っていない。無表情のままだ。


 「ゴール•ドクレス”やはり途轍もない男だ。‥‥君はどちらが勝つと思う。」


 「さぁ。どうでしょう、私には最初から答えは決まっていると思っていましたが‥‥」


 「ハハハハ!!さて、それはどっちの事かな~?」


 観戦をする陽気なこの国の王オーランは、横に立っている綺麗な長い琥珀色の髪を靡かせながら、真剣な眼差しでその戦いを見つめるヘレンと談話をしている。


 この場にいるヘレンだけが、敦紫の置かれている状況を理解していた。彼女が目で追っている先は、凄まじい速さで大剣を振り回すドクレスではなく。こめかみを掻く敦紫の姿。


 「‥‥。やはり、似ても似つきませんね。あのお方は。」


 「?。何か言ったかい?」


 「いえ、独り言です。お気になさらず。」


 目の前で起こる火花が上がる戦いもそろそろ終わりの兆しが見えてくる。


 ドクレスが放つその乱舞に、一度たりともミスをする事なく完璧なまでにガードをする敦紫。彼はその攻撃を片手で持てるほどの短剣でことを済ませ、もう片方の手は暇なわけであるものなので試しにそちらの手で指を鳴らし、魔法を放つ。


 ドクレスが立つ場所には少しの水たまりができると、今立つ下の位置には、その水が土に入り込むとぬかるみだす。ドクレスは気づかず、敦紫の方をずっと見つめたまま、泥濘んだ床に足元を崩してしまう。そして、敦紫は少しの力でドクレスが持つ剣を弾き、手からその剣は観客の方まで飛んでいってしまった。


 「これでおしまい。」


 ドクレスの胸元まで、敦紫はその短剣を突き立てようとするが、瞬発力を活かしそのまま一歩下がりながら地を強く蹴り空へ飛び上がった。


 「魔法か!器用な事をやるではないか!!だがこれはどうだ!!」


  リゲイト:『増強』‥‥五倍


 上空からドクレスは自身のリゲイトを使いその拳を天にあげる。挙げられた拳の周りは太陽の直射日光が歪むほどの力を感じられる。


 「‥‥‥君のリゲイトは増強‥‥自身の身体能力を上げることができるみたいだね。」


 この世界には、この世界の生きる証明『リゲイト』が存在する。魔法とは違い生活するために使う程度の能力がこの世界に溢れている。だが稀に力として使うラーガ”やフーガ”の様な人間も存在する。


 「そうだ!!しかも今回は一味違うぞ!!私ができる最大の5倍だ。今からお前を殴るぞ!!」


 (‥‥正直に言うだね。‥‥痛いのは嫌だし少し使ってみようかな。五倍‥‥。)


 そして、そんな『リゲイト』を僕は持っていない。当たり前だ。この世界の住人ではないのだから。‥‥だと、思ってたんだけど‥‥あの時、透明な人間の様な何かに、ある種をもらった。


 何も無い場所。あるとするならばぎこちない風に、自然とは呼ばぬ花達、そんな何も無い場所で、僕は種を渡された。自分の手助けになる様に、僕の目的に近づく為に、『皇種(おうばい)』を貰った。その皇種を飲んだ特典として、様々な変わった能力が使える。


 ——「敦紫殿は、リゲイトを持たない。元いた世界では知らぬが、この星では、何者でも無い存在。だからこそ、この能力が使えるのだ。‥‥実に簡単だが、厄介。でも、扱える事ができれば、自由に生きれるだろう。無である物は、中心として成り立つ。ぜひやってみてくれ、種である形を。」



 「ねぇ。ドクレスさん一つ聞いてもいいかな?」


 「なんだ??」


 戦いの最中ではある物の、ドクレスは遥か上空で一度手を止め誠意に応える為、一度空から落ちてくる。ドシっと砂埃を上げながら見事に着地を収めると、敦紫の言葉に耳を傾ける。


 「ドクレスさんのリゲイトは、自身の身体能力を底上げできる事ができる。そしてその限界は五倍だと言う事だね。」


 「‥‥あぁ!!そうだ。」


 正直者には、刺さるのかな?これ。


 「じゃあ、そのリゲイト『増強』こそが貴方なんだね?」


 「あぁ!!そうとも!!」


 「了解。ありがとう、もう大丈夫だよ。」


 「??」


 勝負中ではあるが一度止まってしまった試合。何かを喋る二人に傍観者たちは頭を傾げるも会話を終えたのか、先ほどと同じ定位置につく。


 「では!!敦紫殿!行くぞ!!貴殿なら耐えれると信じている!!」


 (だから一々言わなくていいのに‥‥。)


 試合が始まる前に、このドクレスとゆう人物の素性は聞いている。この大陸では、名を知らぬ者が殆ど居ないそれ程までの有名人。だからこそ、使っても問題はないと思った。まぁ、なにかあれば責任は取るよ。しっかりと、


 「ふぅぅぅ」



   私は知っている

   貴方とは増強

   増強とは貴方



  『概念』:貴方の形を世界へ(きめつけたこたえ)


 地上にいる青年は、何かを口ずさむも聞こえずバロンはそのまま空から地上へ猛スピードで彼に拳を突き立て急接近する最中。


 「おぉ、これが増強‥‥すごいね。」


 なんと敦紫は、ドクレスが持つそのリゲイトを発動させた。そして、そのまま身体能力が数倍にも跳ね上がった脚力とリゲイトを合わせ、ドレクスがいる上空へと足を運ぶ。敦紫が踏み込むと同時に信じられない程の風圧がこの会場を襲い、軽く観戦していたオーランは吹き飛んでいってしまう。


 敦紫が、ドクレスのリゲイトを使った事は誰も理解してない。だが異常ではある光景にヘレンの目の色は変わる。

   

 「なんと!?、敦紫殿の身体では信じられん馬鹿力であるな!ガハハハハ!!」


 「そうかな?‥そうかもね。」


 僕があの透明な何かに貰った種。飲めばリゲイトに似た力が手に入ると、どんな力なのか色々と複雑な事を言われたよ。‥まぁ然るべき時が来れば説明でもしようかな。‥それよりも今は‥‥


 上空から地へ、片方は地から上空へ。地を蹴り、空へと羽を生やす敦紫、丁度真ん中で彼たちは拳を突き立てドクレスと、そしてこの拳を振りかぶり放とうとする敦紫の姿。


 「ダメ!!!!避けてドク!!!」


 「え?」


 ドクレスは瞬発能力が人より長けている。それが唯一自分の命を救ったであろう。放とうとした攻撃をやめ、敦紫の攻撃を間一髪避けた。


 「あれ?」


 敦紫の攻撃を避ける事はできた。身体にはダメージは一切無い。だが、ドクレスが避けた直後、来ていた鎧だけが敦紫の攻撃を掠めており、当たった箇所はチリとかしていた。


 彼が放った膨大な力のエネルギーはそのまま矛先を変え、上空に浮かぶ雲に目掛け貫く勢いで到達すると、その雲は勢いよく吹き飛んだ。雲に隠れていた太陽が顔を出しこの場を明るく照らす。


 敦紫は、重ね重ね、この世界に来て見た物、真似て来た物全てを合わせて拳を放った。その結果、己の拳で天を裂くほどの凶器へと様変わりしてしまう。


 「なんだ‥‥‥あれ‥‥‥」


 その場に避けた勢いでそのまま落下し空を見上げては開いた口を塞ごうとしないドクレス。無くなってしまった鎧の箇所を確認し冷や汗をかいてしまう。ドクレスが抱いている感情と、周囲でその光景を見ていた大半の人間も鏡で写したのかと思ってしまう程に同じ顔で口を開けてしまっている。


 空から遅れて落ちてくる敦紫は、綺麗に着地を決めて今起こした行動に驚きもせず、無表情のままである。


 「‥‥‥‥。」


 自分の手を眺めて、開いて閉じてそれらを繰り返し何かを確認しているが、至って済ました顔のままである。


 「‥‥‥‥。」


 此処から空までには十分な距離があるにも関わらず、あの威力。天を突き動かす程の威力を放ったのに、何一つ驚きを見せない。


 「‥‥‥‥?」


 ‥‥。何一つ動揺を見せない。‥‥‥嘘である。


 (あ、‥え、え?。んん?‥‥え、えぇ。あぁ‥‥ねぇ?)


 自分の持てる力、そしてドクレスのリゲイト。ラーガ”やフーガ”が使っていた不思議な武術を無造作にも重ね合わせたまで。それなのにあの威力。この場にいる者たちの中で、一番驚きを見せる敦紫。

 

 ドクレスの四肢が今も尚、自由に動かせている事が今は幸せである事。外野から見ていた者の助言が無ければ間違いなく死んでいた。


 「はは、異世界人とはこれ程までなのか‥‥本当に人間かな?君は‥」


 「あ?、えぇ、あ、はい。只の人間。‥そうおもっていふよあ。」


 周囲ではやっと理解が追いつきだすと大声をあげて賞賛の声を荒げ騒がしくなる。近くで見ていたオーランは誇らしげにヘレンに言葉を掛ける最中も、変わらず敦紫は困惑した表情を浮かべたまま。


 「君の予想は当たっていたかな?‥‥ん?ドクレスとは増強‥??、何だ急に頭が‥‥。まぁいいか。まさに救世主に相応しい力だねぇ、貴方の様な強いお方でも分かりませんよ~ヘレンさん。」


 「‥‥‥‥。私でも剣を持って挑めば返り討ちに会うのがいい所でしょう。」


 「はっははは!貴方も強い!肩を落とすことはないよ。」


 その攻防を瞬きすら怠り、見つめていたヘレン。この国に足を運んだ際、敦紫の素性はオーランにある程度の説明を受けた。隠しておかなければいけない真実も、ある事件により方向性が変わり、敦紫の目的と、この大陸を救う救世主であることも知らされた。


 (‥聞いた話だと、魔法の威力が桁違いと聞いていたのに‥‥物理であの威力。‥‥何かを口ずさんでいた。一体あの人間は‥‥それに、あのドクレスの剣捌きを片手でガードしつつ何かを考えるそぶりまでしていた。仕留めるつもりで行けばものの数秒だったのに、彼の方と似て手を抜くのがうまいですね異世界人の方は。‥‥私なんかでは歯が立たない‥‥。)


 私にもあの敦紫様のような力があれば‥‥‥


 あの破壊的な力に、そして魔法も使えこなせる力があれば私はあの時‥‥


 彼女は彼女自身の過去に飲まれかけている。すでに終わったことを悔やんでも仕方がない。それは誰もが生きていく上で理解すること、学んでいくこと。


 乗り越えなければ行けない。

 立ち止まっては行けない。

 前を向いて歩いて行かなければ行けない。


 名も知らぬ大人達は、教科書にその言葉が載っているのかと聞きたくなる程に、言っていた言葉。聞き飽きたセリフ。何度もその言葉を鵜呑みにし、ひたすらに壁を乗り越えようと、立ち止まらぬ様にと、先を見て足を動かそうとした。


 だが出来ない。難しい事なのだ。


 (私にも‥‥‥私にも‥‥‥)


 真っ暗な感情。その中には、何もない。あるはずがない。誰も気づいてくれない。そう思い真っ暗な世界に蹲る‥‥道筋すらとうに見えなくなっている。


 (私にも‥‥‥私にも‥‥)


 だがしかし、生きる事を選択したのならば、立ち止まっていけない。私はね、そう思っている。これが私の生きる定義だと思っている。


 「私にも‥‥力が‥‥」


 だが、立ち止まった中心。怖くとも、虚しくとも、頑張り、踏ん張り、目を開けて、前を向けば無数にうねりを起こす迷路。大人が言った、前を向けと。前を向いたってこれだけの道があれば歩くことも拒んでしまう。



 (私にも‥‥‥なんて、考えるのは懲り懲りです。)



 こんなにも難しくも面白味がない中心で、ヘレンは歩き出す事が出来た。それは出会い。人との出会い。‥‥真っ暗な感情を照らす様な太陽の光(にんげん)に、迷路でも迷わずに歩ける未来地図(にんげん)に出会えたから。‥‥どれも違う。



 「オーラン様‥‥一つお聞きしても?」


 彼女はオーランに背中で語りながら、戦いが終わり空を見つめる敦紫の方へと歩きだす。


 「?、なんだいヘレンさん?」


 「‥‥あの方はここに勇者として召喚されたのですよね?」


 「そうだよ。」


 「とゆうことは。別次元からこの世界に来たとゆう事ですね。」


 「そうだね。それがどうしたのかい?」


 敦紫がいる方角まで足を運ぶ最中、あろうことか彼女が身に纏う甲冑を次々脱いでいくではないか。


 「お嬢!!はぁぁぁ。」


 胴体のプレートを外し、肩の鎧を外し。いつしか敦紫の前までたどり着く頃には、彼女は鎧を脱ぎ捨て身軽な格好になる。剣を使う試合には余りにも無防備な格好。


 「‥‥‥やぁ。待っていたよ。大将さん。」


 理解は先ほどから追いつかないが、無理矢理に気を取り戻す事に成功した敦紫は、此方に歩いてくる髪を靡かせる彼女に目を向ける。


 「‥‥オーランからこの事を聞いてから、ずっと待っていたよ。君が、本命だ。」


 「‥‥。貴方に言われても何一つ嬉しくないセリフですね。」


 そもそも、この国で行われた演習訓練は、僕の力量を測るものとして行われた。オーランは、僕に全てを話してくれた。僕は異世界人。半年前に国を滅ぼしかせた人間と同じ種。僕の全力がどれほどまでなのか、その確認の為に、僕よりも格上だと思える相手を用意したと。それがこの女性。フリーシア王国、銀翼の賜り、副師団長


 半年前の惨劇に、歯止めをかけた英雄ヘレン•クロリス。


 「ヘレン様の剣技が、あの時見ているからね。君はどんな物見せてくれるのかな?。リゲイトに魔法に、もしかしら‥‥まだ僕の知らない事を手札に隠していたりするのかな?」


 「??。貴方様に剣を誉めていた抱けるのは光栄です。ですが、飽きたでしょう‥‥」


 「‥‥??。」


 「改め、私はヘレン◦クロリスと申します。お見知り置きを‥‥それでなのですが敦紫様が住んでいらっしゃった元の世界には‥‥


   

  武術はありましたか?』


 

 必死に、必死に、必死に過ちを起こさぬ様、ありとあらゆる事を考えた過去のヘレン。だが、考えれば考えるほど、周りの優しげな言葉が増えれば増えるほど、足は重く、道は増えてゆく。


 「‥‥‥武術?、あったよ。僕がいた世界には‥色々な種類のね。」


 「ふふふ、そうですか‥‥。」


 そんな中。風の様に軽い足並みで横切る一つの出会い。


 前を向いてもその存在を掴めず。だが全ての音が掻き消えるほどの足音が彼女の耳には聞こえた。あるべき道の方角から。前を向き混乱せぬ様下を向く彼女の足元には、憧れの足跡が刻み込まれていた。


 「??。」


 「敦紫様は、歩けていますか?」


 ヘレンは、腰につけてある剣士としては命とゆうべき剣を、腰から外すと後ろでヘタっているドクレスに投げる。


 「お嬢、無茶は勘弁してくださいよ。帰ったら怒られるの私なんですからね!!」


 彼女は、手首に括ってある髪紐を解き咥える。その細い腕をあげ長い髪をまとめる。


 敦紫はキョトンとしたままである。


 「とゆう事で敦紫様。」


 赤い髪紐を強く結び、



  ———私と手合わせを———






 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ