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 追想行進華 —庭園の足跡—  作者: 玉袋 河利守
1章”前と下、それと上と
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1”『遅刻』


 吸い込んだ煙を口から吐けば、視界がぼやけて見えてしまう。煙のせいにして、何かのせいにして、視界が、世界が見えなくなる。君のいない世界を無理にでも見ないようにする。


 塩を纏う風が流れ、僕の周りをチラつく煙は一瞬にして消え僕の視界は晴れた。青い空が広がり、海が広がり、また、見ないと行けない現実が広がる。先ほど吐いた煙草の甘く爽やかな香りだけを残して


 煙草は嫌いだ。良い事なんて一つもない。僕たちの体にとっては毒も当然。僕が持つ煙草は、僕のじゃない。僕の親友の煙草。何故、こんな物に縋っていたのかと、聞いてみたい。でも聞けない。もう、知る事が出来ない。死んでしまったから。


 「ゴホン!ゴホン!!はぁはぁ、はぁ、」


 慣れない身体で煙を吸い込んでは拒否反応を起こす。下手な事をしながらも僕は、この長い長い海に掛かる橋を渡っている。無限に吹き荒れる潮風にどれだけ吐いた煙も攫われていってしまう。


 ここは、都会から遠く離れた島。小さな島が隣り合わせに並んでおりそこを繋げるのが、今僕が歩く都橋。


 そんな橋の上で、半年前、彼は死んでしまった。死なせてしまった。


 今日は9月28日、死んでしまった彼の誕生日。


 誕生日にと彼の眠るお墓に花を添える為、僕が住む都会からこの島までやってきた。しっかりとした目的がある筈なのに、何故か僕は橋の上に立っている。


 「いつ見ても、すごいね。どう言う原理なんだろ。‥‥そんな事、どうでも良いか。」


 彼が居なくなって半年間、僕は度々この島に顔を出してこの橋に足を運んび、居る筈の無い彼を探してしまう。


 僕は、橋の真ん中で足を止める。ちょうどこの場所で事故を起こしてしまう。事故の原因も脇見運転、そして衝突事故。衝突の影響で気を失うも、彼の声で目を開ける事が出来た。火が上がる車の中で、呑気な事をしていると死んでしまう。早急に脱出しなければならない。でも、逃げれなかった。ぶつかったトラックの荷台に積まれた木の角材が、フロントガラスを突き破り、太ももに刺さり身動きなど取れなかった。


 足に痛みなんかは無かったよ。そんな事より僕は此処で死ぬんだ。そう思った。無駄に争っても仕方がない、死ぬ時は死ぬ。これが人間。


 それでも、助け出そうとしてくれた人がいた。それが、僕の親友。変えの効かない親友。


 火の手が上がる車の上に乗り、直立に刺さる角材を強引にも抜こうとしてくれた。人よりは少しだけ力があった彼でも、抜けやしなかった。僕は何度も彼に言ったさ、「僕の事はいいから!」、って。でも帰ってくる言葉は「黙れ」の一点張りだった。


 車は更に燃え、どうしようも無い状況。無理に決まっている。でも、今僕は、息をしている。手足が動き、目が見え、胸に手を当てれば心臓の鼓動が伝わる。


 彼が、助けてくれた。火だるまになる車から、助け出してくれた。


 彼が、『樹』を生やして、助けてくれた。


 今では、事故を起こした後など残っていない。燃え、丸焦げになった軽トラも今では、緑の根っこに覆われている。


 今は9月、まだまだ暖かい季節が続く中、この都橋の上には、桜の木が一本立っている。橋の上で忽ち風が吹けば、桃色の葉が舞い、桜吹雪を起こす。


 「‥、ねぇ。何故君は、煙草を吸っていたの?」


 「‥‥‥‥‥‥‥‥。」


 この場所は、自然が溢れる順天ノ島(じゅんてんのしま)と都市開発が少し進んだ徳皇ノ島(とくこうのしま)がある。順天ノ島には、本当に何もなく、舗装された道もとにかく少ない。スーパーやコンビニなどある訳がない。その為、生活必需品は、今僕が立つこの都橋を渡り、徳皇ノ島まで足を運ばないと行けない。


 だが、橋の上にこの彼が建てた『樹』が有れば通行の妨げになってしまう。最初の頃は撤去の案も出ていたのだが、その案を取り下げたのだ。此処、数ヶ月の間に、この島に観光客が殺到したのだ。


 何故それだけの人を集めたのか?。橋の上に立つ不思議な桜の木を一目見たいと人々が集まったのは、確かではあるが一つ、この島にある伝説が生まれたのだ。この逞しく生える樹が願いを叶える。そんな大層な物じゃない。


 「‥‥、ねぇ、煙草は身体に悪いんだよ?体力も落ちるし。いい事なんて一つもない。‥」


 「‥‥‥‥‥‥‥‥。」


 伝説が広まり、この青く澄んだ大海原に架かる都橋、その橋の真ん中には、満開の桜の木。それを見に悩みを持つ人が訪れるようになった。怒りに、後悔、悲しみ、失望に、葛藤、その全ての感情は時に、己が歩いてある筈の道を見失ってしまう事がある。


 遠くにある島の不思議な木を見れば何かが分かると、根拠もない噂が広がった。外の世界を嫌い薄暗な部屋から出る事も無かった人らが、その樹を見に足を動かしたのだ。


 都会からこの島に来るまでの道中に何が起きたかなど知らない。でも、ようやくこの島に着き、木を見た時は皆口々に「そう言う事か‥」と唱えるらしい。


 「‥‥、ねぇ、君の事、知っていく途中だったんだ。急に居なくなっても困るよ。」


 「‥‥‥‥‥‥‥。」


 だから、僕もこの島に何度も訪れた。でも、皆が噂する様な事も無ければ、何かが分かった様な感覚にも陥らない。


 「はぁぁ、何してんだろ。噂は噂。何も分からない。何か大きな目標があった筈なんだけど‥‥思い出せない。‥」


 歩く事をやめてしまった人たちが、不思議な樹を見る為、この橋の上に咲く桜の木を頼りに、また、歩き出す。人々はこの樹を


 頼り樹、と呼んだ。


 「‥樹に頼って何になるんだ。」


 桜には、『始まり』と言った花言葉の意味を持つ。この場所に訪れた人間は、頼り樹を確認すると、写真なども撮らずただこの樹に触れて目を瞑る。それで終わり。だが、終わった後の悩みを持った者たちは、何処かその足並みは軽かった。


 「‥君は、天国かい?それとも地獄?。いや、人を助けて死んだんだもんね。‥‥ねぇ。」


 樹冠が風に乗り大いに揺れる。僕はその桜を横切ると、青く透明な海を眺め、橋の手すりを掴む。


 「‥‥。この半年間、徳を積むように心掛けたんだよ。君に会える様に。」

 

 気持ちのいい風が吹き、僕の前髪はふわっと上がった。橋の下を眺めれば、背には大きな木があり僕の影は見えない。


 「‥‥。僕の生きる目的は、君が死んで途絶えてしまった。だから‥‥」


 「やぁ、敦紫くん。来てたんだね。」


 聞き覚えのある声が聞こえ、僕は海を見る事をやめ、声の聞こえる方へと顔を向ける。僕に声をかけてきたのは、蛍先生。この島の唯一のお医者である。


 「‥。蛍先生。お仕事は、どうしたんですか?」


 「いやぁ、少し考え事をね。行き詰まった時は、仕事を抜けてこの場所に来るんだ。」


 「噂通り、この樹を見て何か分かりますか?」


 「いや、何も。私はただ、この場所で一服しながら考え事をするのが好きなんだ。」


 蛍先生は、手慣れた手つきで、白衣の胸ポケットからくしゃくしゃの煙草を取り出すと火を灯す。僕よりも煙の量が尋常ではなく、顔が見えなくなる。


 「ふぅー。それで、敦紫君は、手すりの上で何をしているのかな?」


 今の今まで気づかなかった。僕は、器用にこの橋の手すりに乗り、仁王立ちになっていた。蛍先生が言ってくれなければ気づかなかった。いや、気付かずにそのままいけなら僕は、死ねたのかな。


 「今日はあの子の誕生日。奇跡達が紡いだ奇跡。あの子がこの世界に舞い降りた日だ。そんな大切な日に敦紫君は、何をしているのかな?」


 何を、しようとしていたのか理解はしている筈。だが、その言葉は口にはしなかった。蛍先生の優しげな瞳は、鋭く、声色も低くなっていた。僕は観念する様に、樹を背に、この橋の手すりに座りこむ。


 「今日は少し風が強いからね。気をつけてね。」


 「‥‥‥‥。」


 この徳皇ノ島にある唯一の病院、それが風鈴病院。都会にはまずない自然に囲まれた病院、大きな建物を守る様に小さな壁、それらを抜ければ一直線に入口へとつながる道がある。その横手には、庭園があり世界各国から集められた花がこちらに揺れ、笑いかけてくる。そして、その病院の医院長を務めるのがこの島袋”蛍。そんなお偉いさんが何故僕と会話をしてるのか、何故僕の親友の事を知っているのか。


 僕の親友は、幼い頃から身体が弱かった。直ぐに熱を出しては、蛍先生が務める病院に通っていたらしい。半年前も持病を持つ彼に薬を渡していた。そして、彼を大きくなるまで育てた祖母に当たる人も、この蛍先生に見てもらっている。彼の家族がこの蛍先生と長い付き合い。家族同然とも言える人。それなのに。


 「‥一つ。質問いいですか?」


 「おぉ!何だい?どんな事でも、些細な事でも良い、私に聞いてみて。私の知らない事でも良いんだよ。ワクワクするからねぇ。」


 「‥、何故、貴方は、彼が死んだと聞き泣かなかったのですか?‥‥悲しく無かったから?死と隣り合わせであるお医者さんだからですか?‥そもそも、家族では無いからですか?」


 あの日、僕を庇って彼が死んだ日。僕は散々涙を流した。彼を失ったから。もう、会えないから。失望感に後悔に立ち直る事が出来なかった。誰もが仲の良い人を突然失えば、悲しくなる。


 僕が学生の時代、仲の良いグループがあったんだ。青春の日々。僕と彼と幼馴染である結朱華と、もう一人。結朱華だって泣き崩れていたさ、可愛い顔が台無しになる程にぐしゃぐしゃになりながら泣いていた。でも、蛍先生は、泣かなかった。


 「‥‥そんな事か。では、説明しよう。人は、死ねば一括りにしてしまう。頑固な生き物だ。分かるかい?涙とゆう感情でその人の死を証明したがるんだ。『終わり』だと確証を付けてしまうんだ。確かに、『終わり』は死だ。そちらの方がいい。不死などごめんだ。だが、その『終わり』は誰が決めた事だろう?そう、私達、他人だ。確かに悲しい事ではあるかもしれない。私だってこの世界で会う事がないと思えば、残念で仕方がない。それで終わり。泣く必要は何処にも見当たらない。」


 「‥‥、そうですか。冷たいって言われないですか?」


 「ふふ、それぐらいが、医者にとっては丁度良いのさ。」


 ふと気がつけば、僕らの下にある海は真っ赤に染まっていた。海に揺れる反響した太陽を見て、時間が経ってしまってしい事に気付いた。僕にもここに来た目的がある。彼が眠る墓に彼の大好きだった花を添えてあげたい。その後からでも遅くはない。そう思い、僕は体を回し立ちあがろうとする。


 「敦紫君、私からも良いかな?偶然に弄ばされたり君に2つ質問があるんだ。」


 立つ事をやめ、僕は頷く。『始まり』の意味を持つこの桜の木を眺めながら蛍先生の質問を聞こうとした。その瞬間、この橋の上では、時が止まったかの様に音が消え、風がなくなった。それでも、この樹は微かに揺れている。


 「‥一つ。敦紫君は、彼が死んだと思うかな?」


 「はい。この目で見たんですから。」


 事故が起きた直後、僕は彼の助けにより車から脱出に成功した。怪我はしたけれども死人は誰一人として出なかった。でも、追い打ちをかける様に、また猛スピードで走る車が僕らの立つ位置にやって来たのだ。流石に死んだと思った。それなのに、僕は彼に突き飛ばされたのだ。それが最後。僕を押した彼だけが、車に身体を持っていかれ手摺りを突き破り車ごと海に落ちた。その後も三日三晩、捜索活動が行われるも、見つかるのは車だけ。彼は見つからぬまま打ち切りとなってしまった。


 「‥そう。では、最後に一つ。君は、必然や運命といった科学的根拠のない物を信じるかい?」


 「いえ、全ては偶然で出来ている。そう思います。」


 運命なんて物は存在しない。彼と初めて出会った時もそうだ。彼の名前が偶然に耳に入っただけ、違うクラスだった彼を、無策にひたすらに有象無象の言葉達を無視して探した。僕の人生において、運命があるのならば、僕と同じクラスだったと思う。後から何とでも言える。偶然であった物を必然だと言い、塗り替える事だって。でも僕はそんな虚しい事はしない。


 「ほぉ、私の予想する答えではなかったから、びっくりしたよ。」


 「でも、僕は彼を知ってしまった。もう一度会いたい、そう思っています。だからと言って運命を信じる訳でもない。僕が死んで、彼が居るあそこに行けたら、会える様、祈ろうと思います。」


 「そう。それは良い心掛けだ。因みに、煙草あるかな?さっきのが最後の一本だったみたいでね。」


 僕が座るところへ手を出し、目の前にくると僕は、言われるがまま、蛍先生に煙草を手渡す。綺麗なソフトの箱を指で叩き、一本を器用に出すとそのまま咥える。続いてライターを渡そうとするも


 「ふぅー。君は、君だけは偶然だった。驚いたよ。後、この煙草は没収だ。君のじゃない。」


 (あれ?今、どうやって火を‥‥。)


 「偶然で成り立った不思議な君に一つ、私からの些細なプレゼント。」


 気がつくと、僕の胸に蛍先生の手があった。

 

 (え‥‥)


 『彼方でも、偶然を祈ると良い』


 その言葉が最後、胸には強い衝撃が伝わり僕の体は、後ろへと。視界には全てが反転した世界が広がり、この身体が海に落ちていく事が分かった。冷たい感触が身体に伝わり、すべての体が海に入った。息ができなくなり、水が肺に入ってくる感触があった。身体が重くなり、浮くことなどできない。僕はそのまま抵抗もなく沈んでゆく。


 

 その頃、風が忽ち吹き荒れる都橋の上では、煙を纏う一人の蛍の姿。膝下まで届く白衣のポケットから携帯を出す。


 「ふぅー。君が証明してくれ。この世に偶然がない事を。‥‥もしもし。蛍ですが、お身体どうですか?明日は定期検診の日ですからね、忘れずに来てくださいよ~。あ、そうだそうだ。お伝えするのが遅くなったのですが、彼と仲が良かった敦紫君、急な仕事が入り、そっちには行けないと‥‥そうなんですよ。次は、いつかって?‥‥中々の大仕事らしく、長くは此方に『帰って』来れないみたいですよ。


 それでは。」


 

 

 

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