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第0話 昔のお話

あれは、蒸し暑い夏の日だった。

私は放課後、いつものように校舎裏でクラスの女子グループに殴られていた。

世間ではこれを「いじめ」と言うらしい。

いじめられている理由。それは、至って単純。

私の容姿は、普通の人とは違うとても珍しいものだった。

白い髪に白い肌、そして不意に光る鮮やかな桃色の瞳。

『アルビノ』と言われたこともあるが、どうやらそれとはまた違ったものらしい。

原因はよくわかんないが、私の見た目は普通の人から見たら異端なものだった。

それに、私は昔から引っ込み思案で人見知り。

お人好しで頼まれた事は断れない弱虫だ。

これら要素が災いして今に至る。

殴られて痛みを感じないわけではない。

抵抗なんてすれば何をされるかわからない。

まさかとは思うが刃物を出されたらと思うと震えが止まらない。

だから、私は誰にも相談できず、抵抗もせずに今日もあの人達のストレスの捌け口になっている。

しばらくすると、私を殴る拳が遠のいて行くのが見える。

今日は早めに開放されるのかな?

それなら好都合だ。

普段、幸運とは無縁の私だがたまにはいい事もあるのだろう。

だが、彼女達の答えは私の期待に反するものであった。

「あーあ、なんかつまらなくなっちゃった」

「だね、前よりも反応鈍くなった感じ」

不機嫌そうな表情を浮かべる彼女達に嫌悪感が沸く。

反応なんか知るか。こっちは耐えるだけでもいっぱいだと言うのに。

爪が食い込んでしまうくらい拳を握りしめた。

よりにもよって、遠くの方から、誰かが手を振りながら走ってくるのが視界に映る。

彼女達の仲間の一人だ。

「頼まれてたやつ、取ってきたよ~」

その手には太陽の光を反射させて光る銀色のハサミが握られていた。

本来、学校ではハサミは図工の工作等に使うのだが、今の彼女達がそんな一般的な使い方をするとは思えない。

まさか嫌な被害妄想が的中してしまうとは思わなかった。

彼女達が私から視線を外している。逃げるなら今だ。

気づかれぬようにと物音を立てず、この場から去ることを試みる。

痛む体で地面を這って、ランドセルへ手を伸ばす。

が、あと数センチ程で届くはずだった指先すら触れることはなかった。

「あーあ、逃げても無駄なのになぁ」

私は首元を掴まれ、校舎の外壁に背中を叩き付けられる。

背中がジンジンと痛みだし、衝撃でまともに呼吸もできない。

目の前の彼女は無慈悲にもハサミの刃を私に向ける。

逃げようにも周りは囲まれていて動けない。

いや、囲まれていなくとも今の状態の私がここから逃げ出すことは至難の業だった。

「私、綺麗好きだからさ、汚いものは処分したくなるの」

彼女はじりじりと近づいていき、ステンレスの刃先は髪の毛を結っているリボンにそっと触れた。

そのリボンは遠目で見ても分かるほどボロボロで、糸は解れ色褪せている。

しかし、私にとってこのリボンは大事な宝物。

初めて親友からもらったかけがえのないものだった。

「嫌です!これだけはっ!」

足をばたつかせ必死にもがくが、たくさんの手は一行に離れる気配はない。

「アンタのその紐、汚いじゃん?私ってば優しいからさ……そのゴミ処分してあげるよ」

野次馬のように彼女を称賛する声が聞こえる。

うるさい、腹立たしい、やるせない。

負の感情達が脳を浸食していく。

嘲笑う様な甲高い声が鳴り響いた。

2つの刃がリボンを挟み込んでいき、巻き込まれた髪が何本も切れる。

「……けて、……助けて」

期待なんかしていないのに助けを乞いてしまう。

助けがきたことなんて一度もない。

周りに人が居たとしても、それらは全て皆傍観者だった。

差し伸べてくれる手なんてない。

厄介事から逃れたいが為に虐げられる弱者を切り捨てる。人間はそんな生物だ。

――そう、思っていた。

「そこまでだ!」

突然、向こうの方から少女声が聞こえる。

あの女子達の仲間だろうか?

いや、この声に聞き覚えはない。

こんな真っ直ぐで悪意のない声なんて私は聞いたことがなかった。

おそるおそる、声の方へ視線を移す。

そこには、指が見えないほど長い袖のセーラー服を着た、茶髪の少女が夕陽の金色に照らされていた。

長い袖に隠された右手には玩具ような黄色いステッキが握られていた。

「なに?アンタ」

苛立ちの込められた一言と共に拘束の手が乱暴に離れていく。

拘束が解けた私は力なく地面に座り込む。

彼女達は不機嫌そうな顔をしているが、少女の姿を見ると口元で弧を描いた。

きっと、あわよくば次のターゲットにしようとでも思っているのだろう。

こんな人達の相手なんかしない方がいい。

あの女子達のバックには男子がいる。

ターゲットにされたら、ただじゃ済まない。

助けを望んだが、ターゲットが映ることは望んでいない。

仲裁に入ろうとしたが彼女は物怖じすることもなく、女子たちに言い放った。

「弱いものいじめはアタシが許さない!」

少女はステッキを勢いよく女子達に向ける。

少女の視線の先にいた女子達の表情には苛立ちを感じた。

「アンタ、何様よ!」

一人の女子の怒声が響くが、取り巻きがその女子にこう耳打ちする。

「ね、ねぇ……やばいって。あの子ほら、隣町の変人でしょ?絡まれたらメンドーだよ。執着えぐいらしいし」

彼女の言葉に怒声を放った女子は歯を食いしばりながら下がっていく。

「お、覚えておきなさい!」

そう捨て台詞を吐くと、女子達は一斉に逃げ去って行った。

少女は遠くなっていく背を見つめると、こちらへと歩み寄ってくる。

「ひ、ひぃ!?」

私は悲鳴をあげ、身を守るように頭を抱えた。

「え、ちょ、助けてあげたのになんで怯えるの!?」

少女は混乱の表情を浮かべながら私の顔を覗き込んでくる。

ゆっくりと少女の目を見ると私は今まで感じたのことない雰囲気に思わず驚いてしまった。

だって、少女の金色の瞳は私がこれまで見た瞳の中で一番輝いて見えたのだから。

この人は悪い人ではない。人間不信に陥っていた私が初めて心からそう思ったのだ。

「え、あ、その、ご、ごめんなさい。えっと、さっきは助けてくださりありがとうございます。」

私は立ち上がり深々と頭を下げ、礼を伝える。

「ふん、礼を言われる程の事などしていない。だってアタシは正義の英雄ヒーローだからな!」

自信ありげな少女の言葉に頭の中ではてなが浮かぶ。

英雄ヒーロー?」

私の言葉に少女は笑顔で答える。

「あぁ!弱き者を救い、悪を討つ!それがアタシの思い描く英雄ヒーローだ!」

顔を上げると、そこには茜色をバックに黄金の光に照らされる笑顔の彼女が映っていた。

まるでアニメの主人公みたいな決め台詞を言う彼女を、普通なら、「何かに影響された変な子」で片付けてしまうだろう。

それでも私は、その時の彼女が”本物の英雄ヒーロー”に見えて、眩しかったんだ。

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