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9,生きる道

 遺体も見つからなかったテオドールの葬儀を終えたブルー夫妻は、絶望で食事も喉を通らなかった。ナンシーは泣いては泣き止みを繰り返し、リオはソファーに座り込んで宙を見つめていた。使用人たちも笑ってお喋りできる雰囲気ではなく、屋敷中が暗闇に包まれた。ナンシーがまた涙を流して言った。


「あなたが見栄を張って魔法学校なんかに行かせるから……!」

「すまないな、私のせいだ……。怒らずによく話を聞いておけば良かったな」

「いいえ責めたのは私も一緒よ……私が悪いの……」


ナンシーは手で顔を覆った。一連の事件は様々な新聞社が記事にし、一気に国中に広まった。


『ブルー家の長男が問題行動を起こした挙句に自殺か』『ブラック家の長男と婚約者の奪い合い』


魔法学校にもたちまち噂は広まり、ブルー家の名声は一瞬にして地に落ちていった。


 イザベラは、テオドールの葬儀が身内だけで済まされた事を聞かされた。一人部屋の中で座ったまま、何もする気力が起きなかった。


『ベラ……大好きだよ』


テオドールの優しい声を思い出し、イザベラは顔を伏せて涙を流した。


『卒業したら商品を売ってサービスをして、収益を養護施設や貧しい人に寄付したいです』『いつかこの海を超えて外国に行くのが夢なんだ』『きっと大丈夫だ。俺を信じて』


そんな事を言っていたテオドールが怒りに任せて問題を起こし、簡単に死を選ぶとは思えない。ようやく愛する人ができたのに……なぜ置いていってしまったの? イザベラは顔を上げると、机の上に置いてある花瓶が目に入った。イザベラは操られているかのように立ち上がると、花瓶を手に取って床に落とした。ガシャンと音を音を立てて割れると、イザベラは破片を一つ手に取って首元に当てた。こんな世界で生きている意味はないものね……。すると、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「お嬢様!」


メアリーは部屋に駆け込んでくると、イザベラの手から破片を取り上げた。


「何してるんですか! やめてください!」

「死なせて……」


イザベラは泣き崩れたが、フィンレーとジョンも駆け寄ってきた。


「ベラ、手が……!」


フィンレーは破片で切れて血が流れるイザベラの右手を取った。そして部屋の外に向かって叫んだ。


「誰か手当を!」

「は、はい!」


外にいた使用人は慌てて走っていった。


「イザベラ、あんな男のために死のうとするとは……」


ジョンが頭を抱えた。


「あんな男? テオは誰よりも私を愛してくれたわ……」


イザベラは手の痛みなど全く感じる余裕もなかった。メアリーは泣きながらイザベラを抱きしめた。


「私はお嬢様がいなくなったら生きていけないんです! 自ら命を絶つなんて、マーガレット様が浮かばれません……。もっとご自分を大切にしてください!」


イザベラは声を上げて泣いた。傷の手当をされている間も、涙は収まることなく流れ続けた。


 ――テオドールが目を覚ますと、知らない部屋の天井が目に映った。誰もいない質素な部屋でゆっくりと体を起こした。全身が痛む。ここはどこだ? すると、部屋の中に栗色の髪の少女が入ってきた。


「あ……! 目を覚ましたのね! 母さん来て!」


少女は顔を綻ばせると、母親を呼びながら再び部屋を出ていった。テオドールは混乱しながら辺りを見回した。なぜ俺はここに……? すると、少女とその母親が入ってきた。


「目を覚ましたのかい。良かった」

「あの……俺はどうしてここに?」

「こっちが聞きたいよ。浜辺で倒れてた所を娘が見つけたんだ。今日はもう遅いから、夜が明けたら医者を呼んでくる。安静にしてな」


母親が部屋を出ていくと、少女は水の入ったコップを持って近くに寄ってきた。


「さあ、水飲んで」


テオドールは痛む腕でコップを受け取ると、あっという間に飲み干した。


「ありがとう……」

「またね明日来るね、おやすみ」


少女は小走りで部屋を出ていった。テオドールは必死に記憶を辿った。昨日はいつも通り父と母が言い争っていて……父が頑張ってアルバートに追いつけとうるさいから、俺は夕食の後シャワーを浴びて早々にベッドに入ったはず。これが最後の記憶だ。左を見ると、針が止まって傷ついた腕時計があった。こんなの持っていたか? 体が辛くなってきて、テオドールは再びベッドに横たわった。


 翌朝、テオドールは医師の診察を受けた。


「腕を打撲してるね。全身に擦り傷もあるが、目が覚めたから大丈夫そうだ。一体何があったんだね」

「それが、俺にも分からないんです」

「何だと? 記憶を失っているのか。まったく、三月の夜の海なんて凍るように冷たいのによく生きていたよ……」

「三月ですって?」


テオドールは思わず声を上げた。


「昨日は二月十五日だったはずだ」

「なんと、一か月分も記憶が飛んでいるとは」


医者は驚いて目を丸くした。そばで見守っていた少女も言った。


「今日は三月二十日よ」


テオドールは混乱して言葉を失ってしまった。医者と少女が部屋を出ていくと、テオドールは少女の母親に尋ねた。


「あの、ここはどこですか?」

「デルジン王国領のビニア(とう)だよ。あんたは服装を見る限りいい所のお坊ちゃんみたいだけど?」

「俺はデルジン王国のブルー家の者です。テオドール・ブルー」

「ブルー家? ああ、四大家門のか。なぜこんな田舎の島の浜辺で倒れてたんだか。もしや誰かに殺されそうになったのかい? それとも自分で身を投げたか」

「それが、本当に覚えていないんです……」


テオドールは必死に思い出そうとしたが、二月十五日の記憶しか頭に浮かんでこなかった。母親が言った。


「とにかく今は安静にするんだよ。その後の事は怪我が治ったら考えればいい」

「本当にありがとうございます。そうだ、お名前を伺っても?」


テオドールが尋ねると、母親は答えた。


「ハリエットだよ。娘はクララ。食事を持ってくるから待ってな」

「ありがとうございます。それと、俺がブルー家の者だという事は誰にも言わないでもらえますか?」

「分かった、そうする」


ハリエットは頷いてから部屋を出ていった。扉が閉まると、テオドールはまた考え込んだ。なんとなくブルー家の人間だと明かしたくなかった。今まで自分で命を絶とうと思ったことはない。かといって命を狙われるなんてあり得ない。一体何が起こったんだ? しばらくすると、娘のクララが食事を持ってきて小さなテーブルの上に置いた。


「立てる?」

「ああ」


テオドールは慎重にベッドから降り、クララの支えで椅子に座り直した。


「ありがとう」

「とんでもない。あなた、名前は何ていうの?」

「テオドールだよ」

「テオドールさんね。私はクララ。ゆっくり食べてね」


クララはにこりと微笑んで部屋を出ていった。


 数日後、体が回復してきたテオドールは家の農作業を手伝った。魔法で軽々と収穫した野菜を積み上げると、クララは感動して目を輝かせた。


「魔法が使えるの? 助かるわ!」


そう言われてテオドールは得意げに笑った。部屋に戻って一息ついていると、突然ハリエットが駆け込んできた。


「テオドール、これを見て」


ハリエットは手に持った新聞紙を広げてテオドールに見せた。


「これ、あんたの事だろう?」


テオドールは記事を見て目を疑った。


『テオドール・ブルーは、ブラック家の長男アルバート・ブラックが研究している魔法薬が入った瓶を故意に割り停学処分となった。自身の行いを悔やんだためか、崖から飛び降りて自殺を図ったと見られる。遺体は見つかっておらず、崖の上には靴と遺書が残されていた』


紙面には一年前家族で撮った写真が載っていた。アルバートの魔法薬が入った瓶を割った……? 俺がそんな事するはずはない。あり得ない。テオドールは混乱して頭を抱えた。ハリエットが言った。


「よく分からないけど、大変な事があったようだね。これからどうする?」


俺は本当に自殺しようとしてたまたま助けられたのか? 記事には続きがあった。


『テオドール・ブルーはアルバート・ブラックの婚約者を奪おうとして以前から揉めていた』


婚約者を奪う? 一体何の事だか……。


「もう少し考えさせてください……。俺は問題を起こして自殺したことになってる。今戻っても歓迎はされないでしょう。もう少しここにいさせてもらえませんか?」

「あんたがいれば助かるけど、生きていると知りながらブルー家のご子息をここで預かっておくなんて……」


ハリエットはあまり好意的ではなかったが、テオドールは声を上げた。


「俺は魔法が使えますし、家の事なら何でもやります! 外に働きにも行きます。……記事にあった件が無実だったとしても、記憶のない状態で戻っても意味がない。事実だったら……親に合わせる顔がありませんし、学校にも戻れないでしょう」


ハリエットは苦い顔をして悩んだ。そして、真剣な目つきでテオドールを見た。


「今日からたくさん働いてもらうけど、覚悟はできてるんだね?」


テオドールは大きく頷いて即答した。


「もちろんです」


それから、テオドールは休む間もなく働いた。水の魔法で一気に水やりをしたり、魔法でのやり方が分からない料理は一から教わった。売るための野菜を運びにいき、店の店主に声をかけた。


「テオといいます。ハリエットさんの家から野菜を持ってきました」

「ハリエットさんの所か? 君は? 見ない顔だな」

「自然豊かな島に憧れて来たのですが、怪我をしたところをハリエットさんの娘さんに助けてもらったんです。そのまま居候させてもらうことになりました」

「ああ、クララか。田舎だから君みたいな若者が来てくれるなんて嬉しいよ」


店主は笑うと、野菜を入れた箱が宙に浮いているのを見つけてピタリと動きを止めた。


「おい、魔法が使えるのか?」

「はい。魔法で島の皆さんのお役に立ちたくて来たんです」

「そいつはいい!」


店主は喜んで笑顔を見せた。テオドールは再び家に戻ると、今度はハリエットの指導を受けながら掃除を始めた。今までこのような家事は全て使用人の仕事であったため、やった事がなかった。魔法で棚の上の埃を集めようとしたが、逆に飛び散ってしまいハリエットは咳き込んだ。


「まったく、これじゃあ逆に埃が舞っちゃうね」

「すみません……」

「箒で集めな」


テオドールはぎこちない手つきで棚の上の埃を落とすと、ちりとりで集め始めた。顔に飛んでくる埃に苦戦しながらも、慎重に魔法を使って掃除を進めた。初めての事だらけで大変だけれど……自分はこれを望んでいたのかもしれない。アルバートの成績を超すためじゃない。誰かのために魔法を使いたいという昔からの願いが今実現できているのだ。


 ――イザベラは純白のウエディングドレス姿でアルバートと対面した。アルバートはイザベラの肩に手を置いた。


「結局テオドールは悪い人間だった。腹いせに僕の魔法薬を壊そうとするなんて愚かだな。平民と付き合ったせいで卑しくなったんだ」

「そんな風に言わないで」


イザベラは怒ってアルバートを睨みつけた。


「そんな目で見ないでくれよ、僕だって研究を邪魔されて悔しい思いをしたのに、こうしてもう一度君を受け入れてやったんだ。何不自由なく暮らさせてやる。愛してるよ」


アルバートはイザベラの肩を撫でて笑みを浮かべた。イザベラは何も答えなかった。未だに信じられない。アルバートが自作自演してテオドールを手にかけたとしか……。しかし自殺と分かって捜査は打ち切られ、トーマスとデイジーも無実の証拠を見つけられなかった。きっと私は今、世界で一番不幸な花嫁ね。

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