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8,空虚な心

 テオドールはアルバートに詰め寄った。


「嘘を吐くな。確かに実験室に来いと言っただろう? からかってるのかと思ったがこんな事をするなんて」

「いいえ、私は言っていません」


アルバートはテオドールに見向きもせず、校長に向かって宣言した。


「アルバート! 大体俺がこんな事をする理由なんてない」


すると校長はテオドールの言葉を遮った。


「話を聞いたところ、婚約者の件で揉めているようだが」


テオドールはハッとした。魔力増加薬をやめて改心するどころか、イザベラの事を盾に濡れ衣を着せようとするとは。


「……確かにそうですが、俺はやっていません。魔法薬を駄目にしたところで何の意味もありませんから。アルバートの自演です。昨日、確かに実験室に来いと言われました!」

「大事な研究対象を壊してまで自演をするか? 門の鍵を閉めるまで君以外に目撃された者はいない。処分は追って連絡する。今日は帰りなさい」


校長が淡々と告げたが、テオドールは大声で反論した。


「俺じゃありません! ちゃんと調べてください。俺が割ったなら音が聞こえるはずだ。それにアルバートなら門の鍵を開けるくらい簡単にできる」

「研究に集中できるよう防音魔法をかけているんだ。しかも昨日僕はずっと晩餐会に出ていた」


アルバートは嘲笑した。


「アルバート。こうまでして首席になりたいか? ベラがこんなお前を慕うようになるとでも?」

「嫉妬とは醜い感情だ。出ていけ」


校長はテオドールを睨みつけた。テオドールはアルバートを睨みつけてから校長室を出ていき、勢いよく扉を閉めた。もっと慎重になるべきだった。テオドールは深く後悔してため息を吐いた。トーマスに事情を伝えて仕方なく帰路に着いたが、足取りは重かった。こんなに早く帰ったら何て言われるか……。テオドールは家に着く直前で足を止めると、行く当てもなく街を歩き出した。


 アルバートは平静を装ってその後の講義を受けていたが、内心は焦燥感でいっぱいだった。本当にこれでいいのだろうか。だが今更やめて真実を言ったら? 首席もイザベラも全て失うことになる……。ブラック家のためだ。アルバートはそう自分に言い聞かせた。一方で、トーマスは休憩時間中に校長室へ出向いていた。


「アルバートに呼ばれて実験室に行くと言っていたんです!」

「わざわざアルバートがそんな嘘を吐いてどうする? あのブラック家だぞ」

「きっとテオが国王に認められた事に嫉妬して濡れ衣を着せようとしてるんだ。テオはあんな事するような人間じゃない」

「それは君の憶測だろう」


トーマスの必死な訴えも虚しく、校長は聞く耳も持たなかった。自分が貴族であったらもう少しでもまともに話を聞いてもらえただろうか。いいや、テオドールも四大家門の一員でありながら()められた。トーマスは自分の無力さに腹が立った。


 講義が終わる頃になり、テオドールは虚しい気持ちで家に帰った。玄関の前で執事が心配そうに出迎えた。


「テオドール様、先ほど学校から連絡があったようで……」


やっぱりか。テオドールは深呼吸して両親のもとへ向かおうとした。しかし、行く前に両親の方が大声を上げて走ってきた。


「テオ! どういう事だ! アルバートの魔法薬の瓶を割ったというのは。停学処分だと言われたぞ!」

「説明しなさい」


テオドールは呆れてため息を吐いた。


「俺はやってない。アルバートの自作自演を校長が信じ込んでいるんだ」

「自作自演だと? お前がイザベラ嬢と結婚できないから腹いせにやったのではないのか!」

「そんな不利になるような事をわざわざするか! 俺はそこまで馬鹿じゃない!」


テオドールも負けじと反論した。


「父上、アルバートは魔力増加薬を使ってる。俺に知られたから退学にしようとしてるんだ」

「魔力増加薬だと!? 馬鹿げた事を!」


リオは目を見開いて叫んだ。ナンシーも息を呑んだ。


「ブラック家の息子がそんな物使う必要があるの?」

「まさかとは思ったけど……見たんだ」

「しかし、見ただけで証拠がなければどうにも……瓶を割った事の言い訳か?」


リオは脱力してソファーに座り込んだ。少しの沈黙の後、テオドールは走って玄関へ向かった。


「テオ、待ちなさい!」


ナンシーの呼びかけを無視して、テオは従者も連れずに家を飛び出した。


 イザベラは今日も家族の目を盗み魔法学校を訪れた。しかし、今日はなかなかテオドールが出てこなかった。しばらく木の陰から門を見ていると、トーマスとデイジーが出てくるのが見えた。イザベラはすぐに駆け寄った。


「トーマスさん、デイジーさん!」

「イザベラさん!」


デイジーは驚いてトーマスと顔を見合わせた。トーマスは困った様子で頭に手を当てた。


「イザベラさん、実はテオが……」


――二人から事情を聞いたイザベラは信じられないといった顔で首を横に振った。


「嘘でしょう? テオはそんな事しないわよね……!?」

「もちろん。テオはアルバートに呼ばれたから実験室に行ったんだ。すぐに無実が証明されるはずだ」


トーマスは勇気づけるように言った。


「私たちも、テオが帰った後の事を知っている人がいないか捜してみるわ。安心して」


デイジーもイザベラに頷いて見せた。イザベラは不安な気持ちのままタクシーに乗った。今ブルー家の屋敷に行っても入れてもらえないだろう。無実が証明されるまで待っていよう。すぐに会えるはずだから……。


 テオドールはブラック家に到着すると呼び鈴を鳴らした。中から使用人が出てくると、テオドールは間髪を入れずに言った。


「ブルー家のテオドールだ。アルバートを呼んでくれ」

「ブルー家の? 承知いたしました」


使用人の男は家の中に戻っていくと、アルバートに伝えた。


「アルバート様、ブルー家のテオドール様がいらっしゃいました」

「……やはり来たか」


アルバートは立ち上がって玄関へ向かった。


「とりあえず中に入れ」


テオドールはアルバートを睨みつけながら中に入った。応接室のソファーに向かい合って座ると、テオドールは単刀直入に尋ねた。


「なぜ嘘を吐いた。君は結局父親に逆らえずに薬を使い続ける気か?」

「だから言ってるだろう。薬なんて知らないね」


しらを切り続けるアルバートに怒りが湧いてきて、テオドールは怒鳴った。


「いい加減にしろ! こんな事をして取る首席を誇れるのか?」

「黙れ!」


アルバートは冷や汗をかきながら叫んだ。呼吸も浅くなっている。……やらなければ。ブラック家のためだ。アルバートは立ち上がると、ゆっくりとテオドールに近づいて肩に手を置いた。


「首席も……イザベラも僕のものだ」


そうして手に力を込めた。薬で強まった魔力が暴走するようにテオドールに流れ込んだ。テオドールはそのまま気を失って倒れてしまった。


 夕食の時間を過ぎても帰ってこないテオドールに、ブルー夫妻は心配してリビングルームを歩き回っていた。


「ねえ、遅くない? 何してるのかしら」

「もしかしたらアルバートに会いにいったのかもしれん。ブラック家に行ってみよう」


二人は車でブラック家へ出向いたが、玄関に出てきたエリスは軽蔑するような目で二人を見た。


「来ていないが。どうせご友人の所にでも行っているのでは? お宅の息子が瓶を割り論文もろとも水浸しにしたせいで研究が止まってしまったのだ、幸い別の小瓶に魔法薬を残しておいたお陰で立て直せそうだがな。だが本人はしらを切り通している。平民と一緒にいるせいで自分自身まで卑しくなってしまったようだな。アルバートは酷く落ち込んでいる。もう来ないでいただきたい」


エリスはそう吐き捨てて扉をバタンと閉めた。ブルー夫妻は茫然とその場に立ち尽くした。息子を侮辱されてはらわたが煮えくり返る思いと、本当に息子がやったのかと混乱する思いでどうにかなりそうだった。夫妻は次にトーマスの家へ向かった。しかしここにも来ていないようだ。


「テオがいなくなったんですか?」

「ええ。アルバートに会いにいくって言ったっきり戻ってこないの。でもブラック家にもいなかったわ。ここにも来ていないの?」

「はい。俺も友達の家を当たってみます」


トーマスが言うと、リオが小さな紙を手渡した。


「見つけたらこの番号に電話をかけてくれ」

「分かりました」


こうしてトーマスの家を後にすると、二人は次にホワイト家へ向かった。玄関先で夫妻とジョンが話しているのを聞いたイザベラは横から割って入った。


「テオがいないんですか?」

「イザベラ嬢……」


リオは悲しそうに頷いた。するとジョンが厳しく言った。


「イザベラ。向こうに行っていなさい」


ナンシーは心苦しそうにイザベラを見た。


「もし来たら教えてちょうだい」


こうしてブルー夫妻は家に帰ると、リオはナンシーを元気づけた。


「遅くまで帰らない日はこれまでにたくさんあった。私たちに怒られて帰りたくないのかもしれない。きっとすぐ帰ってくる」

「でも友達と遊んでたわけじゃないのよ!? トーマス君の所にもイザベラさんの所にもいなかったじゃない! どうしてそんなに呑気でいられるの!」

「私が呑気に見えるか!? 君を少しでも安心させようとしたのに!」


二人はまた口論を始めそうになったが、お互い冷静になって黙りこくった。長い間ただじっとリビングで待っていたが、日付が変わりそうになっても戻ってくる気配はない。使用人たちが周辺を捜し始めると、夫妻は遂に警察に連絡をしたのだった。


 真夜中、アルバートは意識を失ったテオドールに魔法をかけて周囲から見えないようにし、使用人たちに運ばせて車に乗せた。山奥に入り道が険しくなると、皆車を降りて使用人たちがテオドールを担いだ。崖の上まで登ってくると、使用人はテオドールの靴を脱がせて並べた。アルバートは震える手でテオドールの手を掴んで用意した紙に当てさせると、魔法をかけて文字を浮かびあがらせた。テオドールとそっくりな筆跡で一言遺言を記したのだった。


『すまない』


――使用人たちはテオドールを、荒れ狂う波の中へ投げ入れた。アルバートはテオドールを飲み込んだ波を見て怯え、息を荒くした。


「アルバート様、行きましょう!」


使用人がアルバートに声をかけた。皆は逃げるように崖を離れて車に乗り、ブラック家の屋敷へと帰っていった。


「よくやった」


エリスは不敵な笑みを浮かべた。アルバートの手は未だに震えていた。


「誰にも見られていないだろうな?」

「は、はい……車にも魔法をかけたので、見られていません……」

「これでお前は立派なブラック家の一員だ」


アルバートは国一の家門の当主である父に認められ、どこか安心感を覚えた。何かあっても父がなんとかしてくれるはずだ。ブラック家として首席を取り、魔法薬の開発を進めて国王陛下に認めてもらうのだ。これで良かったんだ……。


 ――テオドールの訃報は父から伝えられた。イザベラは到底信じられなかった。


「嘘よ……どうして? 何でテオが自殺なんてするの?」

「靴の中に遺書が残っていたそうだ。ただ一言、すまないと。学校での事件を後悔して自ら身を投げたんだろう」

「違うわ! テオじゃないわ。テオはあんな事しない!」


イザベラは泣きながら否定した。


「結局はそういう人間だったということだ。若さゆえの過ちだと思って今回は許してやろう。大人しくアルバートと結婚しなさい」

「嫌よ! 絶対に違うわ。テオはそんな人じゃない……!」


ジョンは何も言わずに部屋を出ていってしまった。イザベラは床に崩れ落ち声を上げて泣いた。そんなはずはない……。夢をもって輝いていたテオが、こんな愚かな事をするはずないわ……。イザベラは呼吸が苦しくなるほどに泣き続けた。

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