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7,迫る闇

 アルバートを置いて先に家に帰ったイザベラは、ダイニングルームへ寄らずに自分の部屋へ駆け込んだ。後から追いかけてきたアルバートはダイニングルームに戻り、冷静に皆の前に立った。グレイス夫人が不思議そうに尋ねた。


「イザベラさんはどうしたの?」

「その、具合が悪いみたいで先に部屋に戻ったよ」


アルバートが誤魔化したが、ホワイト家の皆は何が起こったのか大体察したようだった。ジョンは焦りを必死で隠して笑った。


「申し訳ない、挨拶もしないで……」

「構わんよ、ずっと元気がないようだったからね」


エリスは寛大な態度で言った。ブラック家の皆が帰った後、怒ったジョンは階段を駆け上がってイザベラの部屋へ行った。しかし、メアリーが扉の前を塞いだ。


「どけ」

「いいえ、できません」

「主人の命令に逆らうのか!」

「私の主人はイザベラお嬢様です」


メアリーは毅然とした態度でその場を動かなかった。


「旦那様、恐れながら申し上げます。お嬢様を怖がらせるのが旦那様の望みですか?」

「何だと……?」


ジョンは顔を(しか)めた。


「ここでお嬢様を責めても何も変わりません。旦那様は娘が苦しむ姿を見たいですか? 政略結婚の辛さを一番よくご存知なのは旦那様なのでは?」

「お前……」


ジョンはハッとして言葉を止めた。


「……マーガレット様の事は愛せずとも、我が子だけは愛しているだろうと、私はそう信じていました。私はお嬢様を実の娘にように見守ってきました。あんなに可愛い子が……火事でそのまま死んでいたら家族はどう思ったかだとか、一生愛されずに寂しく生きるだとか、そんな悲しい事を言う姿は見たくありません!」


メアリーが涙を浮かべながら訴える姿に、ジョンはたじろいだ。妻とは愛のない結婚だったが、娘には不自由のない暮らしをさせて、最高の家庭教師も付けて、親としてできる精一杯の事をしたつもりだった。ジョンは何も言わずにくるりと背を向けると、力なくゆっくりと自分の部屋へ歩いていった。会話を耳にしていたヘレンとフィンレーも、ただ茫然として階段の上を見つめていた。


 家に帰ったアルバートは、リビングルームで両親に本当の事を告げた。


「実は……イザベラに、結婚はしないと言われました」

「何だと? 喧嘩でもしたか?」

「いいえ。それが、テオドール・ブルーを好きになったと……」


アルバートはおどおどしながら説明した。


「そんなふざけた話があるか! 株を渡す見返りに魔法薬に使える薬草を三分の一ブラック家に渡すと決めたのだ。ブルー家に取られてどうする」

「申し訳ありません……私がイザベラの心を掴めなかったせいで」

「どうするの? イザベラさんを渡さなかったら魔力増加薬の事をバラすって言われたら」


グレイスが言うと、アルバートの顔に一気に緊張が走った。ジョンは机の上で拳を握りしめた。


「この問題がなくてもどうせバラそうとしたはずだ。いくらこちらが業者に金を詰んだとしても、ブルー家が証拠を掴みにくるかもしれない」

「どうするのよ」


すると、ジョンは眉間にしわを寄せながらアルバートの顔を見た。


「アルバート。私が言った通りにするんだ」


 自分の部屋に戻ったアルバートは、父の言葉が頭から離れなかった。


『テオドール・ブルーを消すんだ』


アルバートは首を大きく横に振って頭を抱えた。そんな事はできない……。しかし次に思い浮かんだのはイザベラの顔だった。


『テオドールさんとその友達は卑しくなんかないわ』


なぜテオドールに負けなければならない? 魔法学校で首席を取らなければいけないのに、テオドールは国王に認められるだけでなくイザベラまで奪おうとしている。首位も婚約者も奪われてなるものか……。


 泣き尽くしているうちに眠ってしまったイザベラは、カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ました。テオドールは大丈夫だろうか。私のようにご両親から怒られて殴られてはいないか。体を起こすと扉がノックされた。


「お嬢様」

「……ええ」


メアリーは食器を乗せたトレーを持って部屋の中に入ってきた。


「皆さんは朝食を終えられました。ここに置いておきますね」


メアリーはトレーをテーブルの上に置くと、イザベラの髪にブラシを通した。イザベラは眠そうな目のまま言った。


「もうそんな時間だったの?」

「もう少しお休みになった方がいいと思って。起きるまで待っていました」

「ごめんね……」

「謝らないでください。しばらく食事はお部屋にお持ちしましょうか」


イザベラは少し考えたが、もう隠れたくなかった。


「いいえ。昼食は行くわ」


 魔法学校では、アルバートは休憩時間に入るとすぐテオドールを捜し歩いた。教室でトーマスと楽しげに話しているテオドールを見つけると、アルバートは威圧するように近づいた。


「テオドール」

「……何か用か?」


テオドールは立ち上がった。


「白々しい。分かっているだろう? よくもイザベラを奪ったな」

「君が彼女をもっと大切にしていれば良かったんだ。すごく辛そうだったぞ」

「それで、甘い言葉でもかけて誘惑したのか?」


アルバートが鼻で笑うと、テオドールは呆れたようにため息を吐いた。


「そんな考えだからいけないんだ。甘い言葉だけ言えばいいと思ってるのか? ベラが俺に、乱暴なアルバートとは違うと言った」


アルバートは昨晩イザベラに言われた言葉を思い出しぎくりとした。


『あなたと違って無理やり腕を引っ張ったりしないし、人を見下したりしない』


僕はブルー家よりも大きな家門の一員で、資産だって多い。それなのに……。


「ベラだと? 随分と馴れ馴れしいな」


アルバートはテオドールの耳元まで近づき小声で言った。


「まあいい、講義が終わったら実験室に来い。話がある」


アルバートは睨みつけてから大股で教師を出ていった。二人が話している間、トーマスを含め周りにいた生徒たちの空気が凍りついていた。アルバートが遠くへいってようやく緊張が解けてくると、トーマスは怯えたように言った。


「おい、イザベラさんはアルバートと付き合ってたのか?」

「婚約者だ。親同士が決めた」


テオドールが小声で答えると、トーマスは驚いて息を呑んだ。


「おいおい……大変だな。イザベラさんはアルバートは嫌だって?」

「ああ。俺がいいって」


すると、トーマスはにやりとした顔に変わった。


「熱いな。頑張れよ」


トーマスに肩を叩いて励まされると、テオドールは少し恥ずかしそうに笑って頷いた。


 イザベラは何とか堂々とした姿勢を見せて一言も発さずに、皆との昼食を終えた。それからはまた一人で部屋に籠っていた。夕方頃にふと時計を確認してテオドールの事を思い出した。そろそろ講義が終わる頃だろうか。イザベラは深く息を吐くと、一人で出かける支度をして皆が見ていない隙に家を飛び出した。


 講義が終わった後、テオドールは言われた通り実験室へ向かった。ここは魔法薬の研究のためほぼアルバートの貸切状態だ。しかし、扉を開けても誰もいなかった。机に研究途中の薬が入ったガラス瓶と紙の山が置かれているだけだ。十分(じゅっぷん)ほど待っても来る気配がない。全ての講義がとっくに終わっている時間なのに……。テオドールは実験室を出ると、帰っていく生徒たちの流れに逆らい講堂を回ってアルバートを捜した。


「先生、アルバートを見ませんでしたか?」

「アルバートなら今日は晩餐会があるからって言って、さっき帰ってったよ」


白髪の教授が答えた。


「本当ですか?」

「ああ、実験を進めるのはまた明日だってさ」


教授の言葉にテオドールは耳を疑った。確かに実験室に来いと言ったのに、からかってるのか? テオドールは首を傾げて講堂を後にした。


 イザベラは魔法学校の門のそばにある木の陰に隠れて様子を窺った。さっきはアルバートが出てきて驚いたわ。見つからなくて良かった。更に待っていると、ようやくテオドールが門から出てきた。イザベラは木陰から顔を出して名前を呼んだ。


「テオ!」


テオドールはイザベラの姿を見つけて目を見開いた。


「ベラ……!」


テオドールはイザベラの姿を見つけると、一目散に駆け寄って抱きしめた。


「ベラ、大丈夫? お父さんは何だって?」

「案の定反対されたわ。テオは?」

「俺もだよ」


テオドールは笑って答えた。


「でも諦めたわけじゃないでしょう?」

「もちろん」


二人は見つめ合い、笑い合った。すると、テオドールは明るい声で切り替えた。


「よし、今日はこの近くの商店街に行こうか」

「ええ」


イザベラは顔を輝かせると、二人で手を繋いで商店街を歩いた。ドレスや紳士服、ジュエリーを見て回り、レストランに入って食事をした。お腹を満たして外へ出ると、とある男が箱をひっくり返して果物を散らしてしまっていた。テオドールはすぐに駆け寄って手をかざした。果物はみるみる箱の中に収まっていった。


「おお! 助かったよ!」


男は笑顔でお礼を言った。その光景を見ていたイザベラも自然と心が温まった。イザベラはテオドールの腕に抱きついて顔を見上げた。


「素敵ね」

「かっこいい所を見せられたかな?」


テオドールははにかんだ。すっかり暗くなってから学校の前に戻ると、二人はまた抱きしめ合った。イザベラが甘えるように言った。


「帰りたくないわ」

「遅くなると危ないよ。きっと大丈夫だ。俺を信じて」


テオドールはそう励ましてギュッと抱きしめた。


「ベラ、お母さんに何か酷い事は言われてない?」

「言われてないわ。お父様にはぶたれちゃったけど」


イザベラが苦笑いしながら言うと、テオドールは驚いてイザベラの頬を撫でた。


「何でそんな事ができるんだ。君は叩かれていい人じゃない」

「あなたにだけは怒られたくないし、叩かれたくない」

「そんな事するわけないだろう。こんなに可愛いベラを怒ったり叩いたりなんてできない」


テオドールはもう一度強く抱きしめた。


「ベラ……大好きだよ」

「私も大好き」


 翌朝、テオドールがトーマスと一緒に登校すると校内の不穏な雰囲気を感じ取った。ラウンジへ行くと、先に来ていたデイジーが二人のもとへ駆け寄ってきた。


「大変よ!」

「デイジー、どうした?」


トーマスが訊くと、デイジーは周囲を確認してから小声で答えた。


「アルバートが研究してる魔法薬の瓶が割られていたのよ。中身が床に溢れて、書いた論文も水浸しになってたって」

「本当か?」


テオドールは耳を疑った。実験室の前へ行くと、生徒たちが群がってざわざわとしていた。穏やかではない気持ちでそのまま講堂へ行ったテオドールだったが、講義が終わって外へ出るとトーマスが来て言った。


「なあ、校長がお前を呼んでるって」

「え? 何で?」

「さあな。急なお呼び出しほど怖いものはないな、頑張って行ってこい」


トーマスは肩をポンと叩いて次の講義へ行ってしまった。テオドールはあれこれ考えて緊張しながら校長室へ出向くと、中には既にアルバートが座っていた。校長は険しい顔でテオドールを見た。


「そこに座りなさい」


テオドールは校長とアルバートを交互に見ながら座った。


「テオドール。アルバートが研究中の魔法薬の瓶が割られていたという話はもう知っているかね?」


校長は早速尋ねた。


「……はい」

「夕方にテオドールが実験室に入ったのを見たという者が何人もいる」


テオドールは昨日の事を思い出した。まさか、アルバートは罪を着せるために……?


「確かに入りました。でもそれは、アルバートに話があるから来いと呼ばれたからです。でも来なかったのでそのまま帰りました」


テオドールはアルバートを睨みつけた。すると校長がアルバートの方を向いた。


「との事だが、どうなのかね?」

「いいえ。私は呼んでいません」


アルバートは平然とした態度で答えた。すました顔で、馬鹿にするようにテオドールを見ていた。テオドールは驚きと呆れが入り混じって顔を(しか)めた。

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