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5,正直な気持ち

 夕食に集まったホワイト一家だったが、イザベラの姿はない。ヘレンが空いたイザベラの席を見て言った。


「イザベラはまたアルバートと出かけたの?」

「そうだよ」


フィンレーが答えた。


「あんなに嫌そうだったくせにどうしちゃったのよ」

「いい事じゃないか。会ううちに仲良くなったんだろう」


フィンレーはまたにこやかに返事をした。ヘレンは上機嫌で再び食事に戻っていった。


 アイビーに見つかってしまったイザベラとテオドールは、他の皆が見つかるまで庭のベンチに並んで座った。


「喋ってるからすぐ分かっちゃったよ!」


アイビーはそう言い残して他の皆を捜しに走っていった。時間が経つのはあっという間で、夕日が空を染めていた。三月とはいえまだ寒いため、イザベラは少し肩をすくめた。すると、テオドールは黙って上着を脱いでイザベラの肩にかけた。


「そんな、平気です」


イザベラは慌てたが、テオドールは微笑みながらイザベラの肩に手を回した。


「風邪をひいたら大変だ」


イザベラは頬が熱くなるのを感じた。思い返すと、メアリー以外にここまで気を遣ってくれる人は始めてかもしれない。


「……テオドールさんも今年で十七歳ですか?」

「はい。イザベラ嬢も?」

「そうです」


イザベラはテオドールの目を見つめた。


「ベラって呼んでくれませんか?」


テオドールは目を見開いた。イザベラのエメラルドのような瞳に吸い込まれそうだった。ドキドキしながら頬を緩ませた。


「もちろん。俺の事もテオって呼んでくれる?」

「ええ」


イザベラも優しい笑顔で答えた。すると、アイビーに手を引かれてトーマスが走ってきた。


「見つかっちゃったなあ……おっと、邪魔したかな?」


トーマスはにやりとして二人を見ると、アイビーの目を手で覆った。


「いいえ!」

「別に」


イザベラとテオドールは真顔になって体を少し離した。


「何で目塞ぐの!」


アイビーは勢いよくトーマスの手を振り払った。やがてアイビーの友達もデイジーを見つけて連れてきた。全員が見つかると、皆は再び家の中へ戻ってケーキを食べた。楽しい一時は過ぎ、パーティーが終わるとイザベラはテオドールと共にバスの停留所へと歩いた。


「ベラ、帰りはタクシーにする?」

「いいえ、大丈夫よ」


イザベラは微笑んだ。行きよりも空いているバスが到着すると、二人は並んで席に座った。


「テオは優しいのね。乱暴なアルバートとは違う」


イザベラはテテオドールの顔を見つめた。


「正直、このまま君を結婚させたくない。嫌がってるのに放っておけないよ」

「心配してくれるの?」

「当たり前だ」


イザベラはすっかりテオドールに心を開いて微笑んだ。


「嬉しい」


魔法学校前の停留所に到着してバスを降りたが、別れるのが名残惜しかった。いけない事だと分かっていても、思わず口にしていた。


「テオ、明日も会ってくれる?」


テオドールは迷わず頷いた。


「うん。またここに来て」


 タクシーで家に帰ったイザベラは一人で自分の部屋に入った。ドレッサーの椅子に座り、パーティーの時にデイジーが言った言葉を思い出した。


『将来は洋服を作る仕事をしたいの。もちろん魔法を活かしてね。魔法を使えばもっと早く作れるわ』


夢を語っているデイジーの目はキラキラと輝いていた。同い年の皆が将来の目標に向かって頑張っているのに、自分だけ取り残された気分だ。テオドールの周りにはあんな魅力的な女子生徒がたくさんいるのだろうか。そう考えるとなぜか胸が苦しくなった。


『ベラ』


そう呼ぶ人はテオドールで三人目だ。手を取って駆け出した事、上着をかけてくれた事を思い出してイザベラは頬に手を当てた。すると、部屋の扉がノックされて素早く姿勢を正した。


「……どうぞ」

「お嬢様、お帰りでしたか」


メアリーが入って来てイザベラが脱いだ帽子や手袋を片付け始めた。


「今日はどこへ行っていらしたんですか?」

「友達の誕生日パーティーよ」

「まあ、珍しい」

「明日も出かけてくるわ」

「またですか? 今度は誰と会うんです?」


メアリーは驚いて目を丸くした。


「メアリーなら気づいてると思ったけど」

「まさかテオドール様ですか? お礼を言いに行っただけじゃなくて?」


メアリーは何も否定しないイザベラを見て察したようだった。


「お礼を言いに行くのは分かりますけど、いけませんよ。婚約者がいる身で何度も会いに行くなんて……」

「お母様ならこの結婚を喜んだかしら? 私が望んでもないこの結婚を」


イザベラが強く言うと、メアリーはハッとして目を泳がせた。


「……アルバート様は申し分ないお相手じゃないですか。時間が経てばきっと親しくなれますよ」


そう言われて、イザベラはメアリーから目を逸らした。申し分ない相手だとは到底思えない。


『ブルー家の息子ときたら、四大家門の一員なのに卑しい平民の真似事をして走り回って……呆れるよ』


実際にテオドールやその友達と関わったら、尚更この発言が許せなくなった。乱暴に手を引っ張られた事を思い出す度に、テオドールの優しい手が恋しくなる。何より命の恩人だ。


「とにかく明日も行ってくるわ」

「お嬢様……」


メアリーはどうすることもできず、悲しそうな顔で部屋を出ていった。実の娘のように思っているイザベラが悲しむ姿は見たくないのに、自分は何も言わずに送り出すことしかできない。メアリーは自分の部屋へ歩きながら涙を流した。


 アルバートは父親のエリスの書斎へ行き、怯えながら話した。


「父上……その、テオドールが……」

「テオドールがどうした」

「魔力増加薬の事を知りました……。バレたんです」

「何だと!?」


エリスは机を手で叩いて立ち上がった。大きな音に、アルバートは肩をすくめた。


「申し訳ありません……」

「あれだけ用心しろと言ったのに」

「しかし、薬の事は誰にも言わないと言っていました」

「嘘に決まっているだろう! ブラック家を失脚させる気だ」


エリスはため息を吐いた。


「では……どうするのですか」

「私が考えるから、お前はテオドールに注意しておけ。隠れて警察や陛下に報告するかもしれないからな。薬は飲み続けろ」

「ですが……」

「ブラック家は代々魔法学校で優秀な成績を収めてきた。何としてもお前が首席を取ってブラック家の名声をより大きなものとするのだ! ブルー家に負けるわけにはいかないだろう!」


父親の怒号に、アルバートは萎縮してしまった。すると、外まで漏れた声を聞きつけた母親のグレイスが部屋に駆け込んできた。


「一体何の騒ぎ!?」

「母上……」

「薬の事がテオドールに知られたんだ。だがお前は心配しなくていい」


エリスはグレイス夫人に言い放つと、机に手をついたまま低い声を出した。


「もう下がれ」


アルバートは肩を落とし、母親と並んで書斎を出ていった。


 次にイザベラがテオドールに連れてこられた場所は海だった。バスを降りてしばらく歩くと、イザベラは広大な浜辺に目を輝かせた。辺りにはふわりとしたワンピースの水着を着て海水浴を楽しむ人々が多くいる。


「綺麗……海は初めて来たわ」


イザベラは砂浜を歩き澄んだ青い海を眺めた。水平線の奥へ吸い込まれてしまいそうで、不思議な感覚だ。


「いつかこの海を越えて外国に行くのが夢なんだ」


テオドールも隣で視界いっぱいに広がる海を眺めて言った。


「その時は私も連れていってくれる?」


イザベラが期待を込めた瞳を向けると、テオドールは笑って頷いた。


「もちろんだ。一緒に行こう」


すると、波が二人の足元を濡らした。靴やストッキングが濡れても全く気にならなかった。二人は声を上げて笑いながら押し寄せる波から逃げては近づきを繰り返した。


「ベラがこんなに笑ってるのは初めて見た」

「確かに、こんなに笑ったのは人生で初めてかも」


イザベラは歯を見せて弾ける笑顔を見せた。


「テオ、私にも夢ができたわ」

「何?」

「笑って人生を過ごして、誰かの役に立ちたいの。今の私には何もできないかもしれないけど、あなたと一緒なら」


イザベラは打ち寄せる波や風に負けないくらい大きな声を出した。テオドールはイザベラの目を真っ直ぐ見ながら近くへ歩み寄った。


「テオ……」


イザベラは急に近くなった距離にドキドキしながら目を見つめた。テオドールはそっとイザベラの頬に触れた。


「駄目だって分かってるけど、そんな目で見られたら困るな」

「あなたこそ」


二人はしばらく見つめ合うと、心が通じたかのようにお互い顔を近づけた。眩しい日の光の下で唇を重ねながら、背中に手を回して抱き合った。


「ベラ……」


しばらくして顔を離した二人はまた見つめ合った。テオドールは甘い笑顔を見せた。


「これも初めて?」

「ええ……初めてよ」


イザベラはとろけるような目で頷いた。テオドールはイザベラの手を取って浜辺の小屋の裏へ連れていった。皆の視線がなくなると、イザベラはテオドールに抱きついて離れなかった。


「ベラ、泣いてるの?」


テオドールは啜り泣く音を聞いて背中を撫でた。


「私、アルバートとの結婚は嫌……! あなたがいい……」


イザベラはやっと本当の気持ちを口にしたのだった。


「大丈夫。俺も親を説得してみるから。ベラも頑張ってお父さんに伝えるんだ。いいね?」

「分かったわ……」


イザベラは涙を流しながら頷いた。テオドールはそのままイザベラを強く抱きしめていた。


 浜辺から離れた二人は街の小料理屋に入った。豪華ではないものの、イザベラはテオドールと二人で食べる食事が今までで一番美味しく感じた。帰りのバスを降りると、イザベラとテオドールは再び抱きしめ合った。


「もっと強く」


イザベラはテオドールの胸の中でそう言った。テオドールは更に腕に力を込めた。


「苦しいんじゃない?」

「ううん、安心する」


すっかりテオドールの温かい腕の虜になってしまった。大切にされ愛される感覚を知ってしまうともう戻れなかった。


 イザベラは夕食前に家へ到着した。イザベラがイブニングドレスに着替えていると、メアリーは湿ったストッキングを見て息を呑んだ。


「まあ、砂も付いてる。今日は一体どこに行ってきたのですか?」


イザベラは鏡を見ながら微笑んだ。


「海に行ってきたの。綺麗だったわ」

「海ですって? またなぜそんな所に」

「将来は彼と一緒にあの海を超えて、外国へ行くのが夢よ」

「お嬢様……どうされたのですか。いけませんよ、もうテオドール様とは会わないでください」


メアリーが出て行こうとすると、イザベラは背中に向かって言った。


「私アルバートとは結婚しないわ」

「お嬢様……いけません」


イザベラはメアリーの言葉を無視して立ち上がると、一人で部屋を出ていった。夕食の席に着くと、ヘレンがすました顔で言った。


「今日は早かったのね」

「はい」


イザベラは淡々と返事をして食事を始めたが、緊張でどうしても喉を通らなかった。アルバートとの婚約を破棄するなんて言えば父は絶対に怒るだろう。でも……勇気を出さなきゃ。テオも親を説得すると言ったんだから。食事が終わると、イザベラは父親の前まで歩いた。


「お父様」

「何だ?」


ジョンは眉間にしわを寄せて訊いた。イザベラは手をさすりながら、勇気を出して言葉を発した。


「私、アルバートとは結婚しません」


ジョンは更に険しい顔でイザベラを見据えた。


「何だと?」

「婚約はなかった事にしてください」

「もう決まった事だ! 結婚したら魔法薬製作会社の株の一部をホワイト家に譲ると約束したんだ」

「そんな物のために結婚させようとしているの? 私は嫌です!」


初めて大声を上げたイザベラに一瞬驚いたが、ジョンは意思を曲げることはなかった。


「とにかく許さん」

「ブルー家のテオドールさんと結婚したいんです」


イザベラがはっきり言うと、ジョンは部屋に戻ろうとした足を止めた。


「何だと?」

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