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4,新しい世界

 晩餐会の当日、テオドールは魔法学校から帰宅する前に実験室にいるアルバートのもとへ向かった。中に入って扉を閉めると、


「話がある」

「何だ?」


アルバートは手を止めると、面倒そうに立ち上がった。テオドールは単刀直入に話した。


「アルバート。君が飲んでいたのは魔力増加薬なんだろう?」

「……何の事だか」


アルバートはテオドールから目を逸らさず鼻で笑った。


「イザベラ嬢と結婚するんだろう? バレたら少なくとも財産は没収される。彼女にまで迷惑がかかるんだぞ」

「とんだ思い違いだな。決めつけるのはよせ」


アルバートは睨みつけると、座って研究中の魔法薬のガラス瓶に目線を戻した。テオドールは立ったままアルバートを見下ろした。


「君はいいライバルだと思っていた」

「それで?」

「今日国王陛下から招待されて晩餐会に行く。火事を収めるのに協力した褒美だそうだ」


アルバートの手が止まったが、振り返ることはなかった。


「アルバート。火事の時、君なら協力してくれるかと思った。君の成績なら十分水を扱えただろうから。薬の事はまだ誰にも話さないから、お互い本当の実力で戦おう」


テオドールが実験室を出ていくと、アルバートは焦りで頭を抱えた。今更薬をやめたら成績が大幅に下がってしまうだろう。皆に怪しまれるし、父には逆らえない。テオドールにバレた事を正直に言うべきか? 悩んでいるうちに冷や汗が止まらなくなっていた。


 ブルー家の三人は宮殿で豪華な晩餐会を楽しんだ。国王だけでなく、王妃と成人した王女も参加した。国王は言った。


「火事で燃えてしまった場所は魔術師を呼んで復旧を進めているがまだ完全ではない。是非テオドール殿にも協力を頼みたい」

「もちろんです」


テオドールは快く受け入れた。両親は終始誇らしげな顔で食事を進めた。そして、国王は更なる提案をしてきた。


「我が国にこのような素晴らしい人材がいるとはな。そこでだが、今国力をアピールするための噴水作りを計画しているんだ。テオドール殿にも製作に携わってほしい」


テオドールと両親は目を見開いた。


「私ではまだ力不足かと……」

「そんな事はない。熟練の魔術師たちと共に行うから安心してくれ。もちろん褒美も授けよう」


思ってもみなかった提案だが、テオドールは喜んで承諾した。


「承知しました。精一杯努めます」


国王は満面の笑みを浮かべて頷いた。


 土曜日、イザベラはまた華やかなテーラードスーツとスカート、帽子を身につけて玄関へ向かった。するとフィンレーが階段を降りてきてイザベラに声をかけた。


「ベラ。またアルバートとデートかい?」

「ええ、そうよ。行ってきます」


ドアを開けて出ようとした時、フィンレーは後ろから抱きしめてきて甘えた声を出した。


「結婚前に兄さんとも出かけてくれよ? 僕だってベラの事を愛してるんだから」

「分かったから、また今度ね」

「気をつけて行くんだよ」


フィンレーが離す前に、イザベラは腕を振り解いて外へ出た。もう子供じゃないのに……。イザベラは身震いすると、タクシーを呼び止めて魔法学校へ向かった。車を降りると、門の前でテオドールが明るく手を振った。


「イザベラ嬢」

「こんにちは」


イザベラは優雅に歩み寄って挨拶した。


「今日は何をするんですか?」

「ついてきて」


テオドールはイザベラの手を取ると、すぐそこにできている人々の列に並んだ。すると赤色のバスがやってきて目の前で停止した。人々は順番に中に乗り込んでいき、二人の番になると、テオドールは財布から硬貨を出して運転手に告げた。


「二人分です」


イザベラはハッとした。


「いくらですか? お返しします」


イザベラがバッグを開けようとすると、テオドールは優しくその手を止めた。


「構いません」

「そんな……」


しかし後ろからも人が押し寄せてきて、イザベラはテオドールの腕に密着する状態になった。席は一つも空いていない。慣れた様子のテオドールが尋ねた。


「バスは初めて?」

「はい。家の自動車かタクシーにしか乗ったことがありませんでした。いつもこんなに混んでいるんですか?」


イザベラは周囲をキョロキョロと見回した。


「はい。平日は学生たちも使うのでもっと混みますよ」

「テオドールさんは自動車でも行けるでしょう?」

「友達と話したくてバスに乗り始めたら習慣になってしまいました。親にはやめろと言われますが」


テオドールは笑顔を見せた。初めての体験に戸惑っていたイザベラだったが、車内が揺れて足元が崩れそうになった。すぐにテオドールの腕に支えられて、気恥ずかしくなったイザベラはバスを降りるまで下を向いたままだった。テオドールの後に続いてバスを降りると、イザベラは素早く、さりげなく体を離した。


「……ここはどこですか?」

「少し歩いたら友達の家に着きます。これから友達の誕生日パーティーをするんです」

「え? 私が行ってもいいんですか?」

「はい。話はしてあります。イザベラ嬢は私のパートナーとして参加してください」


テオドールはオペラを見にいった時と同じように腕を差し出した。イザベラは緊張気味だったが、その腕を取った。知らない事を教えてほしいと言ったのは他でもない私だ。二人は道を歩き始めた。自分が住んでいる所とは違ってさほど賑わっておらず、素朴な雰囲気を感じる街だ。しばらく歩き続けると、小ぢんまりとした家に到着した。テオドールが呼び鈴を鳴らすと、イザベラが初めて魔法学校を訪れた時に見たテオドールの友人が出てきた。


「テオ! よく来たな」

「誕生日おめでとう」


テオドールが肩をトントンと叩くと、トーマスはイザベラに目を向けた。


「話は聞きました。あなたがホワイト家のお嬢さんだったとは。何だか緊張しちゃうな」

「こんにちは。どうかお気遣いなく」


むしろ緊張しているのはイザベラの方だった。中に入ると、リビングには既に何人かが集まっていた。


「あなたがイザベラさん?」


同い年くらいの茶髪の女性がイザベラを見て立ち上がった。


「こんにちは。私はデイジーよ」

「トーマスの彼女」


デイジーの横にいた青年が横から付け足した。デイジーがイザベラに右手を差し出すと、イザベラは微笑んで握手を交わした。


「こんにちは」


すると、五、六歳くらいの少女が勢いよく階段を降りてきた。少女はイザベラを目の前にして不思議そうに首を傾げた。トーマスがそばに歩いてきて言った。


「俺の妹なんだ。ほら、挨拶しろ。テオの友達だ」


トーマスが促すと、少女はぺこりとして挨拶をした。


「こんにちは。アイビーです」


イザベラはしゃがんでアイビーと目線を合わせた。


「こんにちは。私はイザベラよ」

「イザベラお姉ちゃんね!」


アイビーは元気よく声を上げて笑顔になった。やがて複数の男女やアイビーの友達が集まると、賑やかになったリビングにトーマスの母親がやってきた。


「みんなよく来たね」


母親は大きな皿を運んでテーブルの真ん中に置いた。


「さあ、たくさんお肉を食べなさい。……あれ、初めて見る顔ね」


イザベラはすぐに立ち上がって挨拶をした。


「お邪魔しております、イザベラと申します」

「いらっしゃい。テオが連れてきたのね?」

「よく分かったね」


テオは無邪気に笑った。


「この格好を見たら分かるわよ。まったく、こんな所でごめんなさいね」

「いいえ」


イザベラは首を横に振った。母親がキッチンの方へ去っていくと、テオドールがソファーをトンと叩きながらイザベラを見上げた。


「ほら、座って」


イザベラが座ったところで、トーマスの横にいる青年が声を張り上げた。


「さあ! パーティーを始めよう。トーマス、十七歳の誕生日おめでとう!」


皆が大きな拍手や歓声を上げた。イザベラも笑顔で拍手を送った。最初は弾けるような雰囲気に困惑気味だったが、だんだんと心の緊張がほぐれていくのを感じた。デイジーが持ち寄ったお菓子をイザベラに差し出した。


「今日作ってきたのよ。食べてみて」


イザベラはクッキーを受け取って一口食べると、顔を輝かせた。


「とても美味しいわ」

「でしょ!」


デイジーは嬉しそうに歯を見せて笑った。皆が大きな声で談笑しながら食事をしたり、ジュースを飲んだりする姿はイザベラのとって初めてであり、新鮮なものだった。


「テオドールさん、連れてきてくれてありがとう。すごく楽しいです」

「本当? 良かった!」


テオドールは舞踏会での落ち着いた姿とは別人のように大声で笑っていた。食事を終えた頃、アイビーとその友達が立ち上がって皆に言った。


「外で遊ぼうよ! かくれんぼね!」

「またかよ」


トーマスは呆れて背もたれに寄りかかった。しかしデイジーや他の友人たちは乗り気で立ち上がった。


「いいじゃない。あんたは毎日やってるかもしれないけど私たちは違うわ」

「勘弁してくれよ」


トーマスは困った様子だったが、仕方なく立ち上がり外へ出ていった。イザベラとテオドールも後に続いた。


「まずは私たちが鬼ね!」


アイビーと友達が目を隠して数を数え出すと、皆は即座に四方に散らばっていった。どうしたら良いか分からずイザベラがその場で動けなくなっていると、テオドールが手を取った。


「こっちだ」


テオドールは走って家の裏へイザベラを連れていった。当然貴族の邸宅の庭よりかなり小さいが、花壇には可愛らしいチューリップが植えられている。テオドールとイザベラは低い植木の陰にしゃがんで隠れた。しばらくしてアイビーたちが走ってくる音が聞こえ、テオドールはイザベラの肩を抱き寄せて身を屈めた。足音が遠のいていくと、体を起こしたイザベラはテオドールの目を見つめた。


「あ……すみません」


テオドールはサッと手を離した。


「いいえ、いいんです」


気まずくてイザベラは顔を逸らした。走ったせいか鼓動が激しくなっているみたいだ。必死に話題を絞り出してテオドールに尋ねた。


「あの……今日来た人はみんな魔法学校の生徒なんですか?」

「そうです」

「平民の方も案外多いのですね」

「平民の中でも、彼らは裕福な方です。貴族も通う魔法学校は学費が高いので。トーマスのお父さんは大学教授なんだ」


テオドールは小さな声で答えた。するとイザベラはどこか悲しげに微笑んだ。


「そうなんですね。国には教育すら受けられない貧しい人もいると聞きました。私もそんな人たちに寄付をしたいです。父が許さないだろうけど」

「将来はイザベラ嬢の分まで収益を出して寄付しますよ」


テオドールは頼もしい笑顔を見せた。イザベラも笑顔を返した。


「ありがたいわ。いいですね、友達とこんな風にはしゃぐのって。初めての事です」

「でしょう? 私も初めてパーティーをした時は感動しました。でも、かくれんぼをすることになるなんて思いませんでした」

「小さい頃侍女と遊んでいた時を思い出します。みんながいるから今の方が楽しいかも。家に帰りたくないくらいです」


イザベラは昔の事を思い出した。メアリーとよく屋敷や庭でかくれんぼをして遊んでいた。家に帰りたくない。それを聞いたテオドールは尋ねた。


「舞踏会の日、帰った後もずっとイザベラ嬢を心配していました。お母さんにいつもあんな事を言われているんですか?」


イザベラの顔が曇り、切なげに笑った。


「テオドールさんもご存知でしょう? 実の母ではない事。あの人は実の息子である兄だけが可愛いみたいです。悪口を言われるわけじゃないけど、私を娘だと思ってないし、邪魔なんでしょう。遊んでくれたことなんてありません」

「……酷いな」

「もう慣れてます。侍女がいるから平気でした」


イザベラが誤魔化すように微笑む度に、テオドールの心が痛んだ。すると、後ろから足音が聞こえてきて二人は振り返った。


「テオとイザベラお姉ちゃん見つけた!」


アイビーはそう叫びながら両手を腰に当てて二人を見下ろしていた。

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