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2,救い

 イザベラはテオドールと踊り始めた。こうしてたくさんの男性と踊るのは初めてだったため、イザベラは表情が固くなってしまった。すると、テオドールはイザベラに向けて微笑んだ。


「上手ですね。その調子で楽しみましょう」


イザベラはその言葉に元気づけられ、微笑み返した。


「ええ」


二人はダンスの最中、時折目を合わせ笑い合った。曲が終わった時にはだいぶ緊張もほぐれていた。


「ありがとうございました、イザベラ嬢」

「こちらこそ」


イザベラが笑顔を向けると、テオドールがイザベラの肩の向こうを見つめた。


「おっと、フィアンセが来たようですね。失礼します」


イザベラは振り返ると、アルバートがこちらに向かって歩いてくるところだった。一気に気分が落ちてしまったイザベラはパッと目を逸らした。


「随分楽しんだようだね」

「あなたこそ。私はお手洗いに行ってくるわね」

「そうかい」


イザベラは早足でホールを出ていき、廊下に出た瞬間大きくため息を吐いた。あの人といると気疲れするわ。大体、まだ二回しか会っていない人と結婚だなんてどうかしてるわ。イザベラは暗い気持ちでお手洗いを済ませると、別室からシャーロットが顔を出してイザベラを呼んだ。


「イザベラ! 美味しいサンドイッチがあるのよ、是非召し上がって」


ホールで待っているであろうアルバートを思い出したが、イザベラはシャーロットの方へ足を向けた。


「ええ」


イザベラとシャーロットは二人で軽食を楽しんだ。シャーロットは終始無邪気な笑顔で話していた。


「素敵な人ばかりで困っちゃうわ。お母様は優しい人を選びなさいって言ってたわ」

「まだデビューしたばかりでしょ。ゆっくり決めるといいわ」

「そうよね。あなたが羨ましいわ。ブラック家の長男だなんて」


イザベラは少し考えてから呟いた。


「……嫌な人よ」

「本当?」


シャーロットはクッキーを一つ食べ終えると、イザベラに向かって笑顔を見せた。


「ねえ、チャーリーって呼んでくれない?」


イザベラは快く承諾した。


「分かったわ。私の事もベラって呼んでちょうだい」

「良かった! ここでお友達ができて嬉しいわ!」


シャーロットは愛らしい笑顔ではしゃいだ。兄以外には呼ばれないベラという愛称を呼んでくれる人が増えて、嬉しく思った。そしてシャーロットは白い手袋を着け直した。


「この後ダンスを申し込まれている人がいるの。またね」

「またね。行ってらっしゃい」


イザベラはにこやかにシャーロットを見送ると、自身も部屋を出た。アルバートの所には戻りたくない。そう思って、イザベラはバルコニーへ向かった。既に何組かの男女がバルコニーで夜空を眺めて歓談している。初々しいその光景をよそに、イザベラは一人でバルコニーの端の方へ歩き、手すりに肘を置いた。このまま自分は、好きでもない人と結婚して人生を終えるのか。そう思うと、瞬く星さえ恨めしく感じた。


「イザベラ嬢」


後ろから名前を呼ばれて、イザベラは振り返った。振り返った先にいるのがアルバートではないというだけで、どこか安心した。


「テオドールさん」

「元気がないですね。アルバートは?」


テオドールはイザベラと同じように手すりに寄りかかった。


「……置いてきました」


イザベラの言葉に、テオドールは思わず吹き出した。


「寂しがっているんじゃありませんか?」

「きっと他の女の子と楽しく踊っていますよ」


イザベラは俯いた。


「……あの人との結婚は父が決めました。どうしても好きになれそうにありません。自慢話ばかりで人を見下してる」

「確かに、アルバートはそういう所がある。でも結婚したら将来は安泰ですよ」

「それでも、せめて好きになった人と結婚したいです」


イザベラはテオドールの方を向いた。


「テオドールさんは誰か見つけましたか?」

「いいえ、まだです」


テオドールは笑った。


「正直まだ結婚なんて考えられません。魔法学校での勉強が楽しくて」

「どんな勉強をしているんですか?」

「呪文や魔法薬です。個人的には生活を便利にする魔法を研究しています。いつ喉が乾いてもいいように水を生み出したり、料理を魔法に任せたり。卒業したら商品を売ってサービスをして、収益を養護施設や貧しい人に寄付したいです」


イザベラは真剣にテオドールの話を聞いていた。アルバートは悪く言っていたけれど、だらしない人には全く見えない。


「素敵な目標ですね。あなたの魔法が楽しみです」

「嬉しいな。イザベラ嬢は、何かやりたい事はありますか?」


テオドールに尋ねられて考えたが、何一つ頭に浮かんでこなかった。


「考えた事もありませんでした。家の中で裁縫や料理やダンスを習って、ピアノを弾いて。女としての教養だけ身につけて、こうして大人になったら結婚して良き妻になる。こんなものだと思っていたので」

「その気持ちはよく分かります。ブルー家の長男として魔法学校で優秀な成績を残し、いい家柄の令嬢と結婚して財産を継ぐ。両親もそれだけを願ってる。でも、身分や成績だけではない事を学校で出会った友人が教えてくれました」


テオドールは希望に満ちた目で星空を眺めた。


「この世界は思っているよりも広い。イザベラ嬢が幸せになれることを願います」


イザベラも星空を眺めた。あの星の中に亡くなった母もいるのだろうか。


『亡くなった奥様は、お嬢様が産まれて本当に嬉しそうでした。私がやると言っても聞かずに、毎晩毎晩お嬢様を抱いて寝かしつけて』


昨晩メアリーが言っていた事を思い出した。お母様だったら、嫌がる私を嫁がせるかしら? こんな姿を見たい? 社交界デビューした私のドレス姿を褒めてくれる? イザベラは涙を堪えながら、先ほどよりも優しく見える星の瞬きを見つめた。


「イザベラ、ここにいたのか」


今度はアルバートの声がして、パッと振り返った。怒っているような顔で近づいてきたアルバートはイザベラの腕を掴み、テオドールを睨みつけた。


「人の婚約者を奪うなんて、悪趣味だな」

「そんなに怒るなよ。ちょっと話していただけだ」


テオドールは余裕そうに笑みを浮かべ、風の如く去っていってしまった。


「行くぞ」


アルバートはイザベラの腕を引いてホールへと連れていった。やっと手が離されると、イザベラは掴まれていた所をさすった。


「イザベラ。婚約者は僕なんだから少しは弁えろ」

「たまたま会ったから少し話していただけでしょう」

「少し? 随分待ったんだぞ」


アルバートの圧がだんだんと怖くなり、イザベラは後退りした。


「……テオドールさんと会う前にグリーン家のお嬢さんと軽食を食べていたの。遅くなってごめんなさい。怒らないで」

「いや……謝らせるつもりはなかった。ただ君が他の男といるのが嫌で」


アルバートはイザベラの怖がる目にあたふたした。


「出会って間もない私にそんな感情をもつの? 正直私はまだあなたと結婚する気になれないわ。……ちょっと一人にさせて」


イザベラはホールを飛び出すと、先ほどのバルコニーに目を向けた。男女が胸をときめかせながら、純粋に会話を楽しんでいる。それなのに私は……。すると、向こうからシャーロットの声が聞こえてきて思わずお手洗いに駆け込んだ。外からシャーロット一家の声が響いてくる。


「こんなに素敵なんだから、みんなあなたに惚れちゃうわよ。絶対にいい人が見つかるわ」

「お母様はどうやってお父様と出会ったの?」

「舞踏会でお父様の方から話しかけてきたのよ」

「あんまり詳しく話すんじゃないぞ」

「ええ? いいじゃない」


シャーロットの無邪気な声がイザベラの心を抉った。シャーロットはまだ話し続けた。


「お兄様も、誰かいい人はいないの?」

「俺の事はいいだろ」


一家の声が遠くなっていくと、イザベラの目に涙が溢れた。お母様に会いたい。一度でいいから。お母様の所に行きたい……。イザベラは個室に入ると、壁にもたれて静かに泣いた。


 音楽で賑わっているホールだったが、扉の近くにいた人々が首を傾げ始めた。


「焦げた(にお)いがしない?」

「何だ?」

「煙だぞ!」


すると、厨房のシェフが扉を開けて入ってきた。


「火事です……! 逃げてください!」


付近の人々からパニックになり、次々と扉へ押し寄せた。やがて踊っている人々や音楽隊も異変に気づき、扉に押し寄せた。国王は立ち上がると、執事に命を下した。


「消防隊を呼べ!」

「は、はい!」


廊下に出た貴族たちは皆慌てて走っていった。厨房から燃え広がった炎が見え始め、煙もどんどん濃くなっていった。


「早くお逃げください!」


宮殿の使用人たちに促され、アルバートやホワイト一家は人の波に従って外へ出た。


「イザベラ嬢がまだ中にいるんだ」


アルバートが戻ろうとしたが、使用人は必死に止めた。


「私共が捜しますから! 今行くのは危険です!」

「早く娘を助けてくれ」


ジョンも使用人に詰め寄ったが、ヘレンが腕を掴んだ。


「落ち着いて。そのうち来るわよ」


だが、人の波が収まってもイザベラが来る様子はない。ジョンはぐったりと座り込んだ。フィンレーがすかさず肩を支えた。


「大丈夫ですよ。きっと使用人が捜してくれます」


 テオドールは両親と共に外へ出た。消防隊はまだ来ない。辺りを見回してホワイト家を捜したが、イザベラの姿がない事に気づいた。テオドールは覚悟を決めて上着を脱ぎ捨てると、炎の中へ駆け込んだ。


「テオ!」


テオドールの母親が叫んだが、無視して炎に手をかざし、水の魔法で消火しながら奥へ進んでいった。


 泣き尽くしたイザベラは、個室から出るとすぐに異変に気づいた。急いで廊下へ駆け出し外へ出ようとしらが、既に道を炎で塞がれていた。反対側を見ても行き止まりで、イザベラはどんどん呼吸が浅くなっていった。


「誰か……!」


火が足元まで迫ってきて、イザベラはお手洗いの中に戻った。恐怖で足が震え、そのまま座り込んでしまった。


「メアリー……! 助けて……お母様……!」


咳き込みながらイザベラは声を上げて泣いた。死にたくない……。すると、外から水の音が聞こえた。イザベラはすぐさま叫んだ。


「助けて!」


目の前に走ってきたのはテオドールだった。


「イザベラ嬢!」


テオドールはイザベラの肩を支えて立ち上がらせると、水の魔法を使って炎の中に道を開けた。二人は廊下を走ってようやく外へ出た。テオドールはイザベラをホワイト一家のもとへ連れていった。


「ベラ! 良かった……」


フィンレーが安堵してため息を吐いた。ジョンもイザベラの顔を見てほっとしたのか、ぐったりと頭を抱えた。


「もう、どこ行ってたのよ。人騒がせね」


ヘレンは呆れた顔で腕を組んだ。義理とはいえ母親にそんな態度を取られ、自分が恥ずかしくなった。悲しさや虚しさが押し寄せてきて、イザベラはテオドールの方を見ると、自分を卑下するように笑った。


「イザベラ、無事で良かった」


そこにアルバートも駆け寄ってきた。死にかけて余裕のなかったイザベラは何も反応しなかった。やっと消防隊が到着したようで、どんどん火の中へ入っていく。すると、テオドールが再び中へ走り出した。


「テオドールさん!」


イザベラは思わず叫んだ。しかし、テオドールは消防隊と共に水の魔法を使って消火を始めた。手から生み出された水の塊が炎を抑えていく。人々が固唾を飲んで見守る中、数十分後に火は完全に消し止められた。頬を黒くしたテオドールが外へ出てくると、ブルー夫妻がすぐに駆け寄った。


「テオ! 何やってるのよ!」

「危険なのに馬鹿な事を!」

「お陰で火が消えただろ」


テオドールは素っ気なく答えた。イザベラはお礼を伝えにテオドールのもとへ行こうとしたが、アルバートに手を引かれてしまった。


「さあ、帰ろう」

「待って……」


イザベラはそう言ったが、強く手を引っ張られて門の外へ連れ出されてしまった。

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