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1,家族

 「私の可愛い子。将来は素敵なレディーになって、いい旦那さんを見つけて、幸せに暮らすのよ。ママはあなたを愛してるわ」


ネグリジェを着てベッドに座っている夫人は、小さな赤子を優しく抱いて腕を揺らした。赤子はすやすやと寝息を立て始めた。


「奥様、あとは私が。早くお休みにならないとまたお体を悪くしますよ」


侍女が赤子を抱こうとしたが、夫人は囁き声で止めた。


「待って、もう少し。ねえ、この子どっちに似ると思う?」

「目は旦那様と同じ緑色ですが、きっと奥様に似て美しく育つことでしょう」


侍女は赤子を愛おしく見つめながら微笑んだ。夫人は愛らしく目を輝かせた。


「そう? どうしよう、夫に似ちゃったら。……彼、この子を可愛がってくれるわよね」


夫人は笑顔を見せながらも、声色は不安そうだ。


「もちろんですよ。産まれた時も抱っこして、イザベラという素敵な名前まで付けてくださったんですから」


侍女は安心させるように言った。それから夫人は我が子を侍女に預けると、華奢な体をベッドに横たわらせた。


 ――それから間もなくして、体の弱かった夫人は我が子を残して亡くなった。代わりに侍女が懸命にイザベラを育て上げ、三歳になったある日――イザベラの父ジョンは幼い男の子を連れた女性を屋敷に連れて来た。イザベラは侍女の後ろに隠れて顔を覗かせた。


「こちらはヘレンだ。この子はヘレンの息子のフィンレー。私はヘレンと結婚する」


突然のジョンの報告に使用人たちは驚きざわついた。


「イザベラ」


ジョンは次女の後ろに隠れているイザベラを呼んだ。イザベラは恐る恐る前へ出たが、侍女のスカートの裾を握りしめたままだった。


「お前の母親と兄になる人だ。仲良くするんだぞ」


イザベラは新しい母親と兄の方を見た。母親の方はツンとしてイザベラを見下ろした。兄は穏やかそうに目を細め、口角を上げている。すると、フィンレーはイザベラの方に歩み寄って右手を差し出した。


「フィンレーだよ。よろしくね」


フィンレーは微笑みかけた。イザベラは戸惑いながらも、フィンレーの手を取って握手を交わした。


 春の青空の下、暗いオレンジ色の髪の若い女性が長いスカートをなびかせながら街を歩き、電話ボックスの中に入った。受話器を手に取り耳に当てると、ウキウキしながら相手が出るのを待った。


「……もしもしお兄様? 今から帰るわね」

『どこに行ってるんだよ。明日は大事な日なのに』

「大事な日だから、ちょっとネックレスと指輪と化粧品を買ってたのよ。今帰るって言ってるじゃない」

『分かったから。今度からはちゃんとスミス夫人も連れていけよ』

「分かったってば。じゃあまたあとでね!」


女性は強引に電話を切ると、花飾りの付いた帽子を手で押さえながら小走りで道を走るタクシーに手を振ると、颯爽と車に乗り込み家へと帰っていった。


 「テオ!」


名前を呼ばれると、銀髪の青年が振り返った。青年は名前を呼んできた友人のもとへ駆けていった。


「トーマス、お前も講義が終わったのか?」

「ああ。これから海に行かないか? その後母さんがご馳走してくれるらしい」

「本当か? 行こう!」


二人の青年は弾ける笑顔で校舎を飛び出していった。


 「イザベラお嬢様、緊張しているのですか?」


侍女は白っぽい金髪をくしで梳かしながら訊いた。


「もちろんよ。メアリー、私がもう社交界に出るだなんて実感が湧かないわ」

「お母上もきっと喜んでいらっしゃいますよ。……亡くなった奥様は、お嬢様が産まれて本当に嬉しそうでした。私がやると言っても聞かずに、毎晩毎晩お嬢様を抱いて寝かしつけて。この白っぽい金髪も、奥様を思い出します」


メアリーは切なげに微笑んだ。イザベラは鏡越しにメアリーを見ると、呆れて笑った。


「その話前も聞いたわ。何度同じ話をするのよ」

「すみません、つい。年を取るとこうなるんです。お嬢様が私を見る度に奥様を思い出してしまうんですよ」


イザベラはもう一度鏡で自分の顔を見つめた。


「私って、お母様に似てる?」

「どちらかというと顔のパーツは旦那様に似ていますね。でも髪や表情は奥様そっくりですよ」

「どうせなら全部お母様に似たら良かったのに」

「何を言いますか。奥様とはまた違った美しさがあっていいじゃないですか」

「お世辞はやめてよ」


イザベラは椅子から立ち上がるとベッドに入った。メアリーは後を追ってベッドの横に膝をつくと、イザベラの手を握った。


「お世辞なんかじゃありません。私の予想通り美しく育ちましたね。アルバート様も一目惚れするくらいですし」


すると、イザベラの表情は曇った。


「……本当にあの人と結婚しなきゃ駄目?」

「旦那様がお決めになった事ですからね。あのブラック家の長男なのに、何かご不満ですか? 顔が気に入らなかったとか?」

「この間初めて会ったばかりなのに」


イザベラはそう呟いてから目を閉じた。メアリーはしばらくイザベラの手を握ったまま、じっと寝顔を眺めた。やがて寝息を立て始めるのを確認して、メアリーは静かに部屋を出ていった。


 ――翌朝、運転手の手を取って車を降りたイザベラは荘厳な宮殿を見上げた。純白のドレスに肘上まである白い手袋、そして結った髪には白い羽飾りを着けている。後から降りて来た継母のヘレンがイザベラの隣に立った。


「あまり心配することないわよ、どうせアルバートと結婚するんだから。さっさと式を挙げてブラック家に行っちゃいなさい」

「気が早いですよ」


イザベラは宮殿を見上げたまま言った。式の日取りもいずれ両家で決めるだろう。すると、ヘレンがため息を吐いた。


「ホワイト家の娘だっていうから魔法の一つや二つは使えるかと思ったのに、意外と大した事なかったわね」

「そりゃあ家でマナーの勉強や習い事ばかりしていたんですもの。お父様は魔法学校に通わせてはくれませんでした」


イザベラはヘレンと目を合わせることなく、周囲に集まった貴族たちを見回した。


「まあ、どうせ結婚するならそれで十分じゃない? それもブラック家の長男と! あなたが嫁いでもうちには優秀なフィンレーがいるから安心ね」

「息子さんは大学でいつも優秀な成績ですものね。随分誇らしいことでしょう」

「何よ、他人事みたいに。あなたの兄でしょう」


ヘレンが不満そうな顔をすると、やがてジョンとフィンレーも後続の車から降りて来た。


「母さん、僕は可愛いベラがもうすぐ結婚すると思うと寂しくてたまらないんだ。あんまり冷たくしないであげてよ」


フィンレーは母親に微笑みかけると、イザベラの肩を抱いて撫でた。


「お兄様ったら、またそうやってくっつかないでよ」


イザベラはフィンレーの手を払い除けて背を向けた。


「小さい頃は喜んでハグしてくれたくせに。大人になっちゃって寂しいな」


フィンレーの言葉に苛立っていると、父のジョンが淡白に声をかけた。


「行こうか」


そして、ホワイト家の四人は宮殿へと足を踏み入れた。イザベラは早速今日社交界デビューをするデビュタントたちの中へ混ざった。これから国王との謁見をし、一人前のレディーとして認めてもらう。白いドレスを身に纏った令嬢たちは、イザベラに視線を集中させた。


「ねえ、ホワイト家の子よ」

「綺麗ね」

「アルバート・ブラックの婚約者って本当?」


皆がヒソヒソと話をしている中、暗いオレンジ色の髪をもつ令嬢がイザベラのもとへやって来た。令嬢は輝く笑顔を向けた。


「こんにちは。私はシャーロット・グリーンよ」

「あら、グリーン家の。こんにちは。イザベラ・ホワイトよ」


イザベラはにこりと微笑み返した。シャーロットが訊いた。


「あなたはおいくつ? 私は十六歳よ」

「私も一緒よ」

「本当? 嬉しいわ」


シャーロットは静かに声を上げて喜んだ。イザベラもまた、同い年の令嬢と出会えた事に安堵した。やがて一人ずつ名前が呼ばれ始めた。先に名前を呼ばれたシャーロットはイザベラに小さく手を振って国王のいる部屋へと入っていった。


「イザベラ・ホワイト嬢」


しばらくして、遂にイザベラの名前が呼ばれた。イザベラは深呼吸をしてから歩き出し、部屋に入った。国王の前に立つと、膝を曲げて上品にお辞儀をした。国王は温かい目でイザベラを見守った。


「ホワイト家の令嬢か。もう社交界に入る年なのだな」


国王は微笑んだ。


「陛下にご挨拶申し上げます」


イザベラはもう一度お辞儀をしてから部屋を去っていった。短い時間だったが、イザベラは緊張してまだ鼓動が激しくなっていた。


「お疲れ様」


すると、シャーロットがにこにこしながら声をかけてきた。


「シャーロット。とても緊張したわ」

「私も。でも一安心ね。これから素敵な男性を見つけなきゃ」


シャーロットは無邪気に微笑んだ。


「ところでイザベラは、もうブラック家のアルバートさんと結婚するっていう噂があるみたいだけど本当なの?」


イザベラは言葉を詰まらせた。認めたくないけれど、紛れもない事実だった。


「……ええ」

「本当だったのね! アルバートさんはもう来てるの?」

「どうかしら……」


イザベラが目を泳がせていると、背後から声が聞こえた。


「イザベラ、捜したよ」


振り返ると、燕尾服を着て前髪をきっちりと上げたアルバートが立っていた。驚いたシャーロットは二人を見てにやりとすると、早足で静かにその場を離れていってしまった。


「シャーロット……」


呼び止めようとしたイザベラだったが、アルバートに手首を掴まれてしまった。


「彼女は空気を呼んでどこかに行ってくれたんだ。さあ、一緒に行こう」


アルバートはイザベラの手首を強く掴んで会場まで連れていった。名門同士のカップルに、皆の視線は釘付けだ。音楽が流れると、まずは年長者たちが踊り始めた。アルバートは飲み物を二人分取ると、一つをイザベラに渡した。


「……ありがとう」


イザベラは飲み物を喉に流し込んだ。アルバートは片方の眉を上げてイザベラを見下ろした。


「まったく、目も合わせてくれないなんてみんなに誤解されるだろう。そうだ、最近は学校で新しい魔法薬の研究を進めているんだ。国王陛下も資金を援助してくれている」

「そうなのね……」


話がほとんど耳に入っていなかったが、イザベラは適当に返事をした。


「しかしブルー家の息子ときたら、四大家門の一員なのに卑しい平民の真似事をして走り回って……呆れるよ」

「ブルー家のご子息も魔法学校に?」

「そうだよ。僕には敵わないけどね。毎日だらしなく平民のご友人と遊び回ってる。君の夫になる人間は僕みたいに優秀じゃないと」


アルバートは誇らしげな顔でイザベラの手を取った。ホールの真ん中まで行くといよいよワルツが流れ始め、アルバートはイザベラの背中に手を回した。イザベラは嫌悪感を抱きながらも、音楽に合わせてステップを踏んだ。


「イザベラはダンスも上手なんだね。さすがはホワイト家の娘だ」


曲が終わった後、アルバートはイザベラの後ろ姿に向かって言った。


「本当はずっと僕と踊って欲しいところだけど……せっかく初めての舞踏会だ。君と踊りたい人がたくさんいるようだよ」


アルバートは周囲を見回して笑みを浮かべると、イザベラのもとから離れていった。その瞬間、たくさんの貴族の令息たちがイザベラの周りを囲んだ。イザベラは次々違う人と踊り続けた。そして、また違う人が目の前に現れた。


「はじめまして、テオドール・ブルーと申します」


燕尾服を着た銀髪の青年は丁寧にお辞儀をした。


「はじめまして。イザベラ・ホワイトです」


イザベラも上品にお辞儀を返した。先ほどのアルバートの話を思い出したが、とてもそんな風には見えない。テオドールは右手を差し出し微笑んだ。


「一緒に踊ってください」


イザベラは緊張しながらもその手を取った。


「はい」

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