1話
お待たせ致しました。
1話でございます。
視点はアークです。
5つのエリアにわかれた島国、大都。
崩壊堂、倒瀑、都界、紫哭、口縄、その中で2番目に広いエリア、都界。
大都の悪の組織を代表すると言っても過言では無い規模を誇る企業『ヴィランズ・カンパニー(V.C)』の支社があるのが都界エリアのど真ん中だ。
本社は崩壊堂にあるが、都界支部の方が活動が活発で社員も多く、傘下の企業数も多くは無い為、水面下での暗躍・真っ向からの会社襲撃・殲滅戦などなど奸計にも戦闘にも事欠かない。
V.C都界エリア支部長、アーク=シェーブル。
黒く立派な山羊角、闇夜を閉じ込めたような黒髪、紅く輝く三白眼……よく魔族や悪魔と間違われるが、由緒正しい怪人である。
そして俺様の事である。どや。
さて、そんな俺様の趣味は街をぶらつきながらの人材発掘だったりする。ずっと社内で書類と睨めっこでは気が滅入るから、たまの気分転換だな。
都界は他所に比べてインフラは整備されている方だが、多種族が共に暮らしているからか治安はそんなに良くない。
それに悪の組織があるところに正義のヒーローあり。同業者との小競り合いより戦闘が大規模になりがちで、3日に1回くらいのペースでどこかが更地になる…まったく、復興費用を出してる身にもなれというのだ
※V.Cからは復興支援金を毎回出しているが、正義側は1度たりとも1銭も払ったことは無い
話が愚痴になりかけたな、すまん。
ん?支部長なら護衛の1人くらいつけないのかって?
俺様に何か仕掛けてくる馬鹿者などいない、とは言いきれないが「無駄な護衛に人員を割く位なら1人でも多く書類仕事をして欲しい」というのが社内で一致した意見なのだ。
俺様強いから別に護衛いらないけども。なんというか、うーん。ちょっと、モヤッ…
まぁ仕方ないっちゃ仕方ない。うちの支部、戦闘関連なら素晴らしい力を発揮する人材達に恵まれているが、書類仕事とか戦闘以外の仕事になると人並みかそれ以下にしかできない者が多くて、上層部、主に俺様と幹部数名が書類に埋もれている現状。
なんとかせねばとは思っているが、求人を出しても戦闘特化の脳筋しか来ないし、そもそも人材発掘だーって街歩きした所でそんな良い人材中々見つかる訳がない。
なので、実質こうやって考え事をしながらのただの散歩である。街路樹の緑とか公園の親子連れとか見ると癒されるから気分転換にはなってるし、よかろうて。
まぁ奇声をあげながら不意打ちにならない不意打ちをカマしてきた馬鹿は2、3匹いたが、何奴も俺様が展開したシールドに阻まれて勝手に倒れていった。
これ以上ぶらついても雑魚が釣れるだけで疲れるしそろそろ会社に戻ろうと思っていた時、前方が騒がしい事に気がついた。また小さな喧嘩が起きたかと野次馬に紛れ近付いてみると………なにやら茶髪の男が信号機の上に座り込み周囲に頭を下げていた。
……どういう状況だこれ。
「危ないから早く降りてきなさーい!」
「あぁ、すみません!すみません!すぐ降ります!えっと、道路に降りちゃダメだから歩道に…人がいっぱいで降りれないな、どうしよう…降りたいけど降りれない……」
「早くー!」
「はいぃぃ!すみませんー!」
…あれでは逆効果だろうに。
やれやれ、これは無視したらもっと大事になりそうだし、首を突っ込むかー。
俺様は人混みをかき分け男の真下に行くと、信号機の影をトントンと2回踏んで男を指差した。影は手の形をとり、男の首根っこを掴んで速やかに降りてくると、地面にポイッと男を投げ捨てただの影に戻った。
何が起きたのか分かってない様子の男の頭を軽く叩くと、キョトンとした赤眼と目が合った。
……焔形虹彩だと?…だが今は脇に置いといて。
「どうしてあのような所にいたのかは知らぬが、信号機に登るなど、危ない事は今後せんように」
茶髪の男にそう注意をすると、何故か拝まれた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「あ、いや、礼はいいから、今後気をつけてくれさえすればいいのであって……えぇい拝むのをやめい!」
男は渋々拝むのをやめると、瞳にキラキラと尊敬の念を込めてバシバシ送ってきた。ヤバいこっちの方が鬱陶しい。
「あの…改めて、助けていただいてありがとうございました。僕、信号機とか無い田舎から出てきたもので、こんな広い道路の渡り方とか、分からなくて…ご迷惑をおかけしてすみませんでした…」
しゅんとした姿はまるで子犬だな。
まぁ他所から来たなら戸惑うのは仕方あるまい。だとしてもなんで信号機に登ろうと思った?と疑問は残るが。
「もうよい。俺様はそれ程迷惑はかけられておらぬし、そこまでしょぼくれられると此方も困るわ」
「ありがとうございます。あの、お名前をお聞きしてもいいでしょうか?」
「アーク=シェーブルだ」
「僕は神咲緋也と言います。アークさん、本当にありがとうございました。この恩を返したいとは思いますが何分田舎者の凡才で…」
こんな事で恩など感じなくていいと言いたいが、気になる事もある。ちょっと確認がてら話だけ聞くか。
一応部下に念話で伝えておこう。
《ネーロ、ちょっと面接してくるから戻りが遅くなる》
〈かしこまりました、アーク様〉
涼やかな声が聞こえたので、安心して男…神咲くんに意識を向ける。
「神咲くんと言ったな。そこのカフェで少し話でもしないか」
「え?あ、はい、是非とも」
不思議そうな顔をしながらもてこてこと俺様の後ろを着いてくる神咲くん。うーん、やっぱ子犬だな。
カロンとベルを鳴らし入店。初めて入った店だが木目調のシックな雰囲気が中々良い。
個室に案内してもらい、俺様はアイスコーヒー、神咲くんはピーチティーを頼むと、注文の品が来るまで他愛のない事を喋った。
少ししてそれぞれ頼んだ物が揃ったので雑談をやめて空気を変える。
「さて。俺様に恩を感じているという事だが、それは俺様に雇われたいと思っていると解釈していいか?」
「は、はい。働いて返せるのであれば、一生懸命働きます!」
「ふむ。人材不足だし、やる気があるならば歓迎したいところだが、その前に神咲くんの家族について少し聞いていいか?」
「はい、普通の家族ですけど…」
『普通』ねぇ……普通なら『その目』は持ってないはずなんだがなぁ。
「家族構成と職業を聞いても?」
「父と、兄が2人います。職業…と言っていいのかわかりませんが、所謂ヤクザですね」
顔には出さなかったが内心ずっこけた。
どこが『普通の家族』だって!?
「なるほど。ご家族に、君以外にもその眼はいるのか?」
「兄2人と、亡くなった母が赤眼ですね」
「母方の苗字は分かるか?」
「確か…『蘇芳』だったと思います…あの、僕の家族がどうかしましたか?」
首を傾げる神咲くんに、質問はここまでとしておく。
携帯端末で苗字を検索し、赤系の…あぁ、あった。
疑問は解けた。やっぱり『あいつらの血筋』だ。
問題はこれを神咲くん本人に話すかと、うちに採用するか。十中八九面倒事になるだろうが、このまま放置して『あいつら』に持っていかれる方が後々面倒。戦闘特化型では無いように見えるし、上手くいけば素性を隠して書類仕事要員ゲット。とりあえず幹部会に掛けてみてから考えるか。
「いや、知り合いの種族に特徴が似ていてな。親族かと思ったが違ったらしい。すまなかったな、色々と聞いてしまって」
「あ、いえ、大丈夫です!」
「色々聞いたが、俺様個人としてはうちに採用して問題ないと思っている。ただうちは悪の組織だ。君に戦闘に参加しろとは言わないが、血生臭い職場は平気か?正義感とか倫理観とか君個人の考えをねじ曲げてまでうちで働くことは無いぞ。恩返しの手段は労働だけではないし」
そういえばうちが悪の組織だって言ってないなと思い出して、アイスコーヒーに口を付けながら神咲くんの様子を見ると……なんでめっちゃ笑顔なのかな。
「家族の事を話したのでお察しかと思いますが、変な正義感も真っ当な倫理観もありません!血も肉片もとりあえずスプラッタみたいなものは実家で見慣れてますので、問題無く働けます!」
…………わお。
「…そうか、ちなみに計算とかは得意な方かな?」
「はい、好きですし得意だと思います!」
「じゃあ、とりあえず、一緒に会社に戻るか。俺様の一存では採用できないのでな、幹部会で君の事を議題に上げる」
「はい!よろしくお願いします!」
幹部会、荒れそうだなー。頑張ろう、俺様。
◆◆◆
神咲くんを連れて会社に戻ると、予め連絡を入れていたからか、ネーロ、青龍、と何人か幹部がエントランスで待っていた。
「おかえりなさいませ、アーク様」
ネーロネーヴェ。俺様の補佐であり筆頭幹部。
白と黒の長髪を後ろでリボン結びし、黒いパンツスーツの上に氷晶模様の羽織を着た涼やかなアイスブルーの瞳を持つ女性の怪人。怒らせると氷が降ってくるぞ。
「アーク様、そっちの茶髪の坊主が例の人材ですかのぅ」
青龍。戦闘部隊の1つを任せている部隊長。
コバルトブルーの長髪をポニーテールにし、白地に青の飛沫模様の着流しを着て金刺繍の帯には太刀という剣を差している、金の角と瞳を持つ男性の怪人。
喋り方がジジくさいが俺様より若いんだぞ。
他にも幹部はいるが、俺様の近くに居ることが多い2名だけを神咲くんに紹介し、あとは追々教えることにして俺様と幹部達はビルの最上階にある大会議室へ移動。神咲くんはとりあえず受付嬢♂と総務のカマキリ型怪人プレディカドールに任せた。
さてさて、にがーい顔をした幹部をどう納得させたもんか。まぁ神咲くんの素性を話したからこうなったんだけど。素性を隠すにしても、誰にも話さないまま採用はさすがにリスクがでかい。なので幹部達にはと思ったんだが、あの、ネーロさん、冷気寒いから引っ込めて。
「はぁ…アーク様、お話はわかりましたわ。ですが『アレ』と同族ですが受け入れるんですの?」
綺麗な顔が歪んでるぞネーロ。
「血筋としては『アレ』と同族だが、そもそも『あの能力』が使えるのかはわからんし、期待してるのは書類仕事での働きだ」
「まぁ『奴らの血』は戦闘特化じゃしのぅ。全く戦闘に出さない裏方なら、問題無いように思うぞい」
ほけほけと宣う青龍。
「青龍さんは楽観的すぎますわ。万が一『アレ』が嗅ぎつけたら余計な火種になるではありませんか」
「社内にいる限りそうそう『奴ら』と会う機会など無いように思うがの」
「今は外部での戦闘のみですが、いずれ会社を襲撃されないとも限りませんわよ」
「そもそも『直系じゃない血』なんやろ?せやったらそないな雑魚一々気にかけます?」
神咲くんの事ズバッと雑魚って言ったなヨミ。
「それはそうですけども…赤眼でしょう?絶対『アレ』の親類ですわよ。身内の結束はやたら固いじゃありませんか。絶対一悶着ありますわ」
「書類仕事させるだけなら面倒事は要らないと思うにゃー。これまでもなんとか回してこれたし、余計な仕事が増えそうならリスマネ大事だと思うにゃー」
白虎は癒しだなー。語尾がいつ聞いても可愛い。
でっかいにゃんこは正義。
喧々囂々とはこの事かと一瞬現実逃避。
そもそもなんでこんなに幹部達の警戒レベルが爆上がりなのかというと、神咲くんの血、正確には母方の血筋が問題なのよな。
俺様達が悪の組織ゆえに、対抗するように湧いて出た『ヒーロー』共。俺様の予測が正しければその親類っぽいんだよなぁ神咲くん。
…まぁ、だからこれだけ会議が荒れてるのだけども。
皆『アレ』とか『奴ら』とか言ってるが、正式名称をわざわざ口に出すのも腹立たしいのだろう。うちの支出の3割、復興支援金を出す羽目になる大元だからな。まぁ俺様も普段は『奴ら』とか『鳩』とか呼んでるし。
決裁権を与えているネーロなんかは嫌悪感がすっごい。
だが血はさておき、神咲くんのあの性格、野放しにする方が不安だ……
家が家だから多少歪んだのかもしれんが、俺様の監視下に置いておかないとどこでどんなトラブルが起きるやら……
治安の向上も仕事の内だし、後々の事を考えるとやはり此方に置いておきたい。
その事を幹部達に話すと揃って困った子を見るような表情になった。
「アーク様は面倒見が良すぎるというか、他者の事を気にかけすぎだと思いますわ。今日会ったばかりですのにそんなに後々の事を心配なさるなど」
「トラブルなんか毎日あちこちで起きておるしのぅ。血筋とか火種は後付じゃろ、カカカッ。アーク様は余程あの坊主が気になるようじゃ」
「アーク様があの人間をどうしても採用したいっちゅーんなら、わっちはYESと言うだけですわ。今回は相談やったから意見言わせてもらいましたけど」
「アーク様の拾い癖には慣れましたにゃー」
「拾い癖って言われるほどアレコレ拾ってきた覚えはないのだが…むぅ。では、神咲くんは我社に採用という事で。書類仕事のみ戦闘業務は無し。血の力に関しては通常業務をこなせるようになってから調べればよいだろう」
ネーロに視線を向けると、いつの間に出したのか空中にモニターを展開してキーボードを叩いている。
「『鳩』対策はどうされますか?」
「しばらく神咲くんには会社から出ないようにしてもらうだけで特に対策はしない。というかできない。あ、神咲くんに住む所の確認をしないとな。社員寮に空きはあるし、できればそっちに入ってもらいたい」
「かしこまりました。住居については本人に確認しておきますわ。ちなみにですがアーク様、会社に戻ってくる際はどのルートで?」
キーボードを叩いていたネーロの手が止まり、じっと俺様を見つめてきた。
「アーケード街を抜けて大通りを真っ直ぐ来たが」
「なるほど。であればどこかで『鳩』の目に触れていてもおかしくはありませんわね」
あー、そういう事か。迂闊だった。せめて認識阻害でも掛けておけばよかったか。いやあの騒ぎを見られていたら意味無いか。
これ、神咲くんを隠し続けると会社を襲撃されそうだな。
「隠すのが危険やったら、いっそあちらと顔合わせしてみたらどうです?確か『いつもの電話』来てましたやろ」
あれな。あの、犯行予告みたいなやつ。
なんか知らんけどあの『鳩』共、毎回襲撃日程を電話で伝えてくるんだよな。確かに求人広告に電話番号載せてるけども…普通掛けてくるか?
それに立場的に逆だと思うんだが。
普通、俺様達怪人が暴れてる所に颯爽と現れるのがヒーローってヤツではなかろうか。襲撃側がヒーローとかどうなんだろう。まぁ裏に隠れて活動してる組織も多いし、炙り出しも兼ねてるのかね。
「確か電話だと襲撃は1週間後、場所は……トカイモールだった、か」
「『来なかった場合、周辺住民の生死は保証しない』とも言ってましたわね。相変わらずの狂気っぷりですこと」
「人質やら生死云々の口上は儂ら側の専売特許だと思うてましたがのぅ。時代の移り変わりは恐ろしゅうございますな」
「アーク様。ほんで、どないですやろか。どっちみち危険やったらあちらさんの反応見てから対策するのはアリやと思いますけど」
ふむ。ヨミの案を採用した方が危険は減るか?
その場で神咲くん争奪戦が始まりそうではあるが。
……神咲くんに自分の血について話しておかないと向こうに言いくるめられるか?いや、あのキラキラした鬱陶しい位の尊敬の眼差しはちょっとやそっとじゃ揺らがない気もする。ヤクザって義理と人情の世界って聞いた事あるし、恩を仇で返すような事はしないだろう。
「うむ。1週間後の戦闘には神咲くんも連れて行く。上位ランクの怪人を多めに付ければなんとかなろう」
「『Sieben』クラスから護衛向きなのをピックアップしておきますわ」
空中に新しくモニターを展開するネーロに青龍が手を挙げた。
「であれば獣人の3人を連れていくのがよかろう。レオンとジークとノワールなら普段から組んどるから連携も取りやすいじゃろうし」
「第1部隊の3名ですわね。今のところ特に仕事も割り振っていませんし、アーク様、よろしいでしょうか?」
社員の情報を表示させたモニターを見ながらネーロが言うので俺様は頷いた。
「うむ。青龍が推すのならば能力に問題は無いだろう」
「ショッピングモールですんで、わっちのとこからも幾らか配置しておきます。勿論わっちも行きますよって」
「お前諜報課の長だろう…表に出てきていいのか」
そう問えばカラカラと笑って答えられた。
「いややわぁ、アーク様、わっちの術はご存知でしょう。ちゃあんと姿を変えていきますんでご安心を」
「お前がいいならいいが…んんっ、ではそれぞれ1週間に備えよ。それまでは通常業務を遂行するように。会議は以上だ」
ガタガタと席を立っていく幹部が退出するのを見届け
、俺様は机に突っ伏した。
…なんか、とんでもない事に首を突っ込んだ気がする。
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