慰めてよ
夏、課外授業の日の昼休みに私と早紀は別のクラスだが話があるというので一緒にお昼ご飯を食べることにした。けれど早紀はいつも通りくだらない話しかしない。腐れ縁だからという理由で大抵いつも一緒にいるのに、改めて「話がある」なんて、なんだよ。
夏、それは去年よりも暑かった。毎日毎日ニュースや新聞で「記録的暑さ」を更新し続ける。それなのに夏休みは年を重ねるごとに短くなっていき、小学校の頃は8月31日までだった夏休みは、高校三年生になると8月25日までになってしまったし、課外授業があるので、休みという休みはお盆くらいしかなかった気もする。
「今年も夏らしい事出来てないねぇ」
「そうだねぇ、でも今年が学生最後の夏休みだよ?」
「いやいや、アタシは就職じゃなくて進学だからさ―――」
教室で向かい合ってお弁当を食べながら友人である早紀と話をする。幼稚園からの腐れ縁で、一度中学受験で離れたものの、高校で再開した、本当の腐れ縁である。家も同じマンションで階が違うだけ、それもたまたまだ。
「あ、そういえばさぁ、隣のクラスの王子様なんだけど」
また始まった。早紀は小学校の頃からいわゆる恋愛体質で、クラスで一番かっこいい子とか、足が速い子の事をすぐ好きになっていた。その度に私に報告をしてくるやつで、毎度毎度振られたと泣きついてくる。
「他校に彼女が居てさぁ……ストーリーに上がってて―――」
本当に早紀はよくSNSを駆使して男のストーカーに励んでいる。まず、その隣のクラスの王子様は早紀のことを知っているのか?すら危ういレベルだろう。お弁当を食べすすめる私と、もう食べ終わって王子様の話をする早紀、いったいなにが面白くて話を聞かなくちゃならないんだ。
「はいはい暑い暑い、熱い話なことで」
「ええっ、聞いてない?聞いてないよねぇっ」
がたがたと机を揺らしながら、顔をずいっとこちらに近づけてくる。石鹸のような香水の香りがふわっと漂う。恋愛体質なところを除けば女の子らしく伸びた少しクセのある髪や、ぱっちり二重でまつ毛が長いところとか、きちんと日焼け止めを塗ってあるから年中雪のようにしろい肌は魅力的だろう。
対照的に私はバスケットボールを小学校の頃からやっているので、ほとんど早紀とは正反対だ。身長も男子と並ぶくらい高く、髪も黒髪でショートで直毛で、切れ長の目で……。足は速いしどちらかといえば、隣のクラスの王子様より「王子サマ」だと思うのだけれど。
「わっ」
教室の窓を開けて扇風機をつけているが、その風より高層階特有の自然の風の方がぬるいけれど強くて気持ちがいい。早紀のスカートがふわっと風に吹かれて、中が見えそうになる。そういうの、男子に見せませんように。と心の中で小さく呟いておく。
「ねぇ、慰めてよ」
「はぁ?」
食べ終わった弁当を片付けていると頬杖をついた早紀が私の顔を覗き込む。瞳に太陽の陽が差して透けて見える。ヘーゼルアイ。
「……慰めて欲しいのはこっちの方だよ」
「えぇっ?なに、なになに?聞こえなかったぁ」
ぽつりとつぶやいた私の心の声を、早紀はきこえないフリをしたんだと思う。