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One Man Army/ワンマンアーミー  作者: 白ト黒
第一幕
7/7

Episode 6

魔術が正式な学問として認められていた古の時代より、魔術師は数多くの派閥を世に誕生させ、神秘の体系を進化、拡大してきた。時代の流れと共に順調にその数を増やした派閥は魔術発動方法の簡略化へ着手、心血を注いだ研究の末、補助システムの構築に成功する。魔力によって創造された実体を持たない補助システムは術者を介して他者と共有する事が可能となっており、システム構築に携わった第一人者から身内の魔術師へ、身内の魔術師から他の派閥の魔術師へ、他の派閥の魔術師から神秘の世界に足を踏み入れる者へと、長い年月をかけて魔術という学問の中の一部となっていった。尚、十六世紀から十七世紀に亘って発生した魔女狩りに補助システムが関わっているとの噂もあるが、これらの文献は過去に焼失しており、真実を確かめる術はない。


ともあれ、二十一世紀の現代まで魔術師の血脈が途絶えていないのは、偏に補助システムの影響が大きい。システムの共有者は誰であれ魔術の発動が可能、この効果が発揮されている限り、魔術の衰退は起こり得ないだろう。しかし、幾らシステムの恩恵を受けていようと、発動と行使では全てが異なる。補助システムは飽くまでも初歩的なものであり、何の苦労も無しに高度な魔術を行使可能にする代物ではない。次の段階に進むには魔術の効果を自由自在に操る為の魔力と才能が必要になる。それ故に生まれついての魔力上限、体内に存在する魔力を溜め込む器が大きい者は有利となり、加えて魔力を制御する才能も要求される為、補助システムに頼りきりでは半人前が限界とされている。


だが、才能無き人間全てが半人前止まりという訳でもない。抜け道は確かに存在している。その代表例とも言えるのが、何らかの代償を媒介として発動する、正式名称を代償魔術(だいしょうまじゅつ)。補助システム共有者である事が前提としても、詠唱一つ覚えてしまえば、望んだ通りの魔術の行使が可能となる。正に反則級の術式。しかしながら、代償魔術を好んで使う者は極小数しかいない。原因は危険すぎるデメリットにあった。この魔術を発動する時に支払われる代償は基本的にランダム、主に臓器に関連するものが多い。更には高確率で多臓器不全が誘発する。実際、それが原因であろう死亡者も複数確認されている事から、多くの魔術師は足並みを揃えたように代償魔術を忌避している。代償魔術にはロマンが詰まっているが、割に合わない。誰もがそう見解を示すだろう。


「─────だが俺はそうは思わない。確かに代償魔術は苦痛を伴う危険なものだが、身体に慣れさせてしまえば充分に実用的だ。」


「尤も、その方法はハングさんの専売特許ですが...。如何に優秀な魔術師であろうと代償魔術の負担に耐えられるとは思えません。」


「そうなのか...?モルヒネさえあれば意外と楽だぞ。」


「ええ。ハングさんはご自身の特異性をもう少し理解した方がよろしいのでは?」


「待て...待て待て待てっ!貴様ら、私を揶揄っているのか?魔術師?補助システム?頭がおかしいのか、貴様らはっ!!」


ガシャン、テーブル全体に衝撃が走り、上に置かれていた食器類から耳障りな音が広がる。ジョンが握り拳をテーブルに叩きつけたのだ。彼はこめかみに青い血管を浮かばせ、今にも飛びかかってしまいそうな危うさを醸し出している。奇妙にも、彼の突発的な行動に反応を示す者は誰一人としていなかった。それは何故か。


「ミス・ロキ...なんの真似かな?」


非常識の集まりと呼ぶに相応しい面々がいるこの場に於いて、ジョン・マッカーは常識人の枠に収まる唯一の人物。だからこそ、彼以外の全員が、彼の激高を予期していたとしたら。コホンとわざとらしく咳払いをしたアデラ、彼女はテーブルの上に手を移動すると、滑らかに人差し指を立てる。ジョンは警戒を含んだ鋭い眼差しで彼女の一挙手一投足を注視しているが、全く意図が読めないのか、段々と目尻が吊り上がっていく。そして、業を煮やしたジョンが口を開きかけた時、事態はアデラの微笑と共に急速に動き出した。


「っ!?」


炎─────ガスバーナーのような生易しい威力ではない。形容するなら、最大出力の火炎放射器が放出する灼熱の炎。アデラの人差し指を起点として放出され続けている朱色の火炎は店の天井にまで届いている。しかし、建物に火が燃え移ることはなかった。それどころか、炎は熱気さえ発していない。科学的に説明のつかない現象を目の前に、ジョンは言葉を失った。


「如何でしょう?本物を目にした気分は。」


まるで正しい事をしたとでも言いたげな声色、そんなアデラの質問はジョンにある種の恐怖を植え付ける。もはや彼に炎は視えていない。目の前で発生した超常現象より、琥珀色の瞳の奥深くに潜む、凍えるくらい無機質な善意が何より恐ろしかったから。異常者といった言葉一つでは片付けられない闇、ジョンが偶然にも垣間見たのはアデラの紛れもない本質だった。


「.........。」


「ロキ、あまり怖がらせるな。」


「あら...そんなつもりはなかったのですが、申し訳ありません。」


「あー...ジョン・マッカー、大丈夫か?」


謝罪と同時に炎は消え去り、周囲に静寂が再来する。それでもジョンの様子が戻ることはなかった。見兼ねたハングが声をかけるが、反応すら示さない。結局、彼が我に返ったのはそれから程なく、時間にすると僅か数秒後だった。真っ青な顔で恐る恐るカウンター側を確認した彼はマスターの姿がない事に安堵の溜め息をつき、背もたれに体全体を預けるように脱力する。


「マスターなら、心配ありませんよ。入店した時に人除けの魔術を発動したので、今頃はバックヤードでゆっくりお休みになっているかと。ふふ、ジョンさんはお優しいのですね。」


「......貴様は、お前達は......何なんだ...。」


長く、重い、絞り出すような声だった。目の前の、手を伸ばせば届いてしまう位置にある非常識な現実に、彼は強い不快感を覚えていた。向き合わなければならない、受け入れなければならない。だが、宿怨がそれに待ったをかける。今まで自分が築き上げ、研いてきた常識や価値観が大きく歪められる事に待ったをかける。


「いや...今更、か...。」


ジョン・マッカーの常識は疾うの昔に殺人鬼と差異がなく、価値観に至っては異常者に近い。ならば、何を危惧する必要があろうか。今の彼には他の追随を許さない、圧倒的な力が必要なのだ。


「俺に、教えろ。貴様らの事を...一から百までな。」


ハングが得意とする代償魔術や神秘の力の存在、依頼内容の再確認にその他諸々の詳細。最初の数十分を除けば、話は順調に進んだと言える。ジョン・マッカーは空想の産物だった魔術の実在を知り、ハングは望みを叶えるチャンスを得た。今回の密談が両者にとって実りある交流だったのは言うまでもない。斯うして、二時間に及ぶ話し合いは無事に終わりを迎えた。








密談が終わり、ジョンと別れたハング達はマンハッタン四十三丁目の劇場街、通称ブロードウェイを道行く人々の流れに身を委ねるように、ただただ黙々と歩いていた。三人の間に会話はなく、夕焼けにより薄く伸ばされた影だけが、ゆらゆらと騒がしく存在感を主張している。近くにはセント・ジェームス劇場とマジェスティック劇場の二つが建っており、通りは多くの外国人観光客で賑わいを見せている。レストランに向かうカップルや親子連れ、ミュージカルの公演を今か今かと待っている初老の英国紳士や煌びやかな淑女、皆一様に生き生きとした表情を浮かべ、長くもあり短くもある人生に特別な花を添えようとしていた。


「......今回は普段以上に命の保証はない、危険極まりない仕事だ。俺一人ならいざ知らず、シズクの身の安全にまで気を配っている余裕はない。」


「うん...分かってる...。」


「分かっているなら、暫くアデラの世話になれ。お前にこの仕事は時期尚早だ。」


「そ、それは...イヤ。」


国家を敵に回す、アメリカ随一の殺人代行業者であるハングでさえ、その先行きは不透明だった。魔術という相手にとって予想外の力を使えるとはいえ、戦車やミサイルに勝てる道理はない。代償魔術を発動すれば、命と引き換えにミサイルの一発程度ならどうにか対処は可能だろう。だが、それとて命を捨てる前提であり、同時に複数のミサイルが発射された場合は意味がない。つまり、国家とは魔術頼りで勝てる生温い相手ではないのだ。現状、ハングには代行業で培った戦闘能力がある。しかし、シズクには何もない。魔術は習得しているが、言ってしまえばそれだけだった。


「嫌...?シズク、お前は自殺願望でもあるのか。」


「違う...違うよ...。あたしは、ただ...。」


「では、こうしましょう。私は私の可愛い妹の為に、所有者を守護するマジックアイテムを貸し与える。ハングさん、これで問題はないはずです。」


マジックアイテム、またの名を魔道具(まどうぐ)。武器や防具、アクセサリーに魔力を込め、その物自体を魔術師のみが扱える特殊な道具へと昇華させる。効果はアイテムによって様々であり、身体能力を大きく上昇させる物もあれば、発動した魔術の威力や範囲を底上げする物もある。更にマジックアイテムの上にはセイクリッド・トレジャー、即ち神器(じんぎ)と呼ばれる最高級の宝が存在している。そのどれもが大昔の高名な魔術師が愛用していた武器や防具であったり、この情報に関しては真偽は不明だが─────上位者なる人の枠組みから外れた存在が創り出した装飾品であったりと、中々に規格外な代物が揃っているらしい。余談だが、現存している神器を所有する魔術師は世界にたったの三名しかいない。


「どうしてそこまで...いや、お前の場合はシズクからの株を上げたいだけか...。」


「あらあら、失礼ですね。物で好感度を買うなんて下品な真似、私はしませんよ?」


「......もういい。魔道具があるなら、経験を積むには最適の機会と場になる。シズク、アデラに感謝するんだな。」


基本的にマジックアイテムは高級品だ。所有者を守護するといった効果を宿す物ともなれば、マジックアイテムの中では最上の品に近く、性能は約束されている。それこそ、銃弾をいとも容易く防げてしまうくらいには有能だろう。


「う、うんっ。アデラお姉ちゃん、あたしの我儘に付き合わせちゃって、ごめんなさい。」


「ふふ、気にしないで下さい。シズクちゃんの為なら、何だってしてあげますよ。」


「えへへ...ありがと。」


アデラとシズクの擬似姉妹を横目に、ハングは思考の海へと深く身を沈ませる。今回の作戦に参加するのは、ハングとシズクの二人。当たり前だが、アデラは本人の意向により不参加となっている。曰くこれ以上、強硬派に目をつけられたくないとか。他には依頼主のジョン・マッカーに、彼に手を貸す国の一個大隊、五百名の参加が決まっている。詰まる所、ハング達はその一国の大隊がアメリカ合衆国へ侵入を果たすまでの撹乱要員。作戦が無事に成功すれば、アメリカ政府の()()を知るジョンは国外に脱出、ハングは莫大な報酬を得る。下手を打ち作戦が失敗すれば、先に待ち受けるのはジョンやハングの死と二国の戦争。


「大きいな...途轍もなく、大きい...。」


「ハングさん、何か仰いましたか?」


「いや、ただの独り言だ。」








顔合わせから一ヶ月後、秋の到来を告げる冷たい風が肌に沁みる十一月最初の日の朝、部外者のアデラを除いたジョン・マッカー、ハング、シズクの三人は作戦を実行に移すべく、ワシントン州ベリンハムの郊外、ベルロイラの町に訪れていた。


「魔術、か。全く...今でも信じられん。」


「過度な期待はしてくれるなよ。魔術は一般人が思う程、万能ではない。」


「フン、理解している。この世に完璧な技術などあって堪るか。」


全員、その顔に緊張の色を滲ませながらも、作戦に関する話は一切口にしない。慰め合いは不要、それが三人の共通認識であり、この場に立っている者としての覚悟だった。


「八ヶ月だ、八ヶ月で全て終わらせる。ハング、貴様の手腕...信じるぞ。」


「ああ、期待に応えられるよう努力しよう。」


偽りの大佐、アメリカ随一の殺人代行業者とその助手、国家に仇なす反逆者が一歩を踏み出す。成功か失敗か、二つに一つの殺伐とした未来に向かって。

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