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One Man Army/ワンマンアーミー  作者: 白ト黒
第一幕
4/7

Episode 3

ベリンハム郊外の小さな町、ベルロイラ。地元民から自然豊かな景勝地として愛されているその町の近くには、大森林や幾つもの緑に覆われた山岳が屹立している。森林地帯の奥深くは草食動物、主に鹿の生息地となっており、更に奥へと進めば住民すら知らないアメリカ陸軍の秘密基地が存在していた。同時に二百人を収容可能な基地の内部には人の寝泊まりを可能とする為、寮が完備されている。兵卒や下士官(かしかん)が利用する五人部屋、士官が利用する一人部屋。


内装はどの部屋もコンクリート壁に木目調のフローリングとシンプルな色合い。一人部屋に関しては書類上ワンルームと表記されているが、実際はシングルベッド一つでかなり手狭となってしまう。恐らく予算の大半を建物内の設備に費やした事で一人部屋の面積を縮小するしかなくなり、最終的にはコスト削減に努めたのだと思われる。兎にも角にも生活に必要な設備、物、娯楽全てがこの基地内で完結している。


個々人の嗜好品は経費による事前申請でのみ手に入れられ、外部の情報が掲載されている新聞やネット接続が必要なゲーム等の機器は許可されない。それ故に今最も兵達に人気な物は簡単に申請が通るアメコミだった。ジェリアス・ワグナー少尉もまた、自身の部屋で気軽に入手可能な書物の虜となっている。彼の場合、片手に持つそれは大人向けの文学小説。高血圧気味で飲酒を禁止されている今のジェリアスにとって、ベッドで横になり、一人静かに本を読むこの時が一番の楽しみになっていた。時刻は夜の九時、消灯の一時間前に当たる現在は各々が各々のプライベートな時間を満喫している。


分厚い本の(ページ)を捲り、敷き詰められた文字に目を移してはまた一頁(1ページ)と続きを求めて捲る。近頃は電子書籍の普及により、紙の本を手に取る者は極端に減少している。時代の進歩は早いなあ、としみじみ感じ入りながらも読書に集中するジェリアスの両眼は活字を追い続けていた。彼は根っからの紙本派なのである。


そうしてゆったりと時は過ぎ、小説の半分を読み終えた所でジェリアスは上体を起こす。読みかけの本をクッションの片隅に置き、部屋の角の小型冷蔵庫に目を向けた彼は思わずごくりと喉を鳴らした。中で保存されているのは、一週間前に購入した瓶ビール三本。高血圧でドクターストップを受けているとは言え、一本くらいなら─────。目の前の甘い誘惑がジェリアスの頭をもたげさせる。


「よし、決めた。一本だけ...一本だけだ。」


健康を保つか、不健康に身を捧げるか。天使と悪魔が囁き合う葛藤の末、彼は誘惑に大敗を喫した。ジェリアスは流れるような動きでベッドから降り、ビールを取り出そうと冷蔵庫の前で屈む。浮き浮きとした様子で取っ手を引き、彼の手が結露で光り輝く瓶ビールへ伸ばされる。したり顔を決めたジェリアスの手が瓶まで残り数センチに迫ったその時、タイミングを見計らったかのように彼女は現れた。


「何をやっているの?」


冷蔵庫の中に手を伸ばした体勢のまま、ジェリアスは硬直する。恐る恐る、後ろを振り返ればいつにも増して冷めた表情の義娘、ショットが彼を見下ろす形で立っていた。今日の任務終わり、約五時間前にジェリアスは彼女と基地の廊下で顔を合わせている。司令室に向かう途中だった為、軽く言葉を交わした後は直ぐに別れたが、何か言い忘れた事でもあったのだろうか。このような夜遅く、消灯前にわざわざ部屋を訪ねてくる理由が他に思い当たらない。しかし、今はそれよりも重要視すべき点がある。


「あー...ショット...まずどうやって入ってきた?一応俺にもプライバシーってものが...。」


「鍵の閉め忘れ、ちゃんとノックはした。その音に気が付かない程、あなたがお酒に夢中だったってわけ。それ、見なかった事にしてほしい?」


「......頼む。いや、お願いします。」


「はぁ...今日だけ、見なかった事にする。ところでコネリーが今何処にいるか分かる?部屋に帰ってきてないの。」


見逃す宣言に安堵の溜め息を漏らしたジェリアスは時を移さずに気持ちを切り替え、親友の行方について思考を巡らせる。ジェリアスがコネリーと最後に会ったのは今日の昼過ぎ、森の偵察に向かう際、ジェイムスも含めて三人で立ち話をした時だった。ジェリアス達が偵察から帰還した頃には既にコネリーは警備の任から外れており、それ以降も基地内で鉢合わせる事なく夜を迎えている。従ってジェリアスは彼の居場所を知らない。コネリーと共に門の警備を担当していた兵士なら何か知っているのかもしれないが、残念ながらジェリアスは兵士の名前を覚えていなかった。詰みである。


「うーん...申し訳ないけど分からないな。何か手がかりはないのか?」


顎に手を添え、少しの間考える素振りを見せたショットだが、結局は首を横に振る。手がかりがないのなら、聞き込みと並行して基地内を探し回るしかないが、多くの者はもう眠りに就いているか娯楽に没頭している頃だろう。基地の方針でストレスを溜めている者達にとっては今が唯一の自由時間、活力を補う大切な時間だ。そんな時に協力を求めたとしても反発されるのは火を見るより明らか。更に言えば行方不明となっている人物が一番の問題だった。


日頃の行いが杜撰な事もあり、コネリーに悪印象を抱いている者が多いのである。真面目に役割を全うしている自分達とは違い、あの男は文句を口にして怠けるばかり。それがコネリーに対する大多数の見解だった。集団心理とでも言うべきなのか、前述した閉鎖空間での孤立は世界中で発生している。学校や会社内のいじめがこれに該当する。そういった事情もあり、ジェリアスはコネリーの件に関して協力を得られるとは思えなかった。


「あいつの事だ、その内戻ってくるさ。明日の朝までに帰ってなかったら、もう一度俺に報告してくれ。」


「了解。」








翌朝、ショットからコネリー不在の報を再び受けたジェリアスは起床の一時間前より基地内で親友の行き先を探っていた。晴天だった昨日とは打って変わり、その日の空はどんよりとした厚い雲に覆われ、太陽の光は完全に遮られている。こうも天候が悪いと後ろ向きな発想が次から次へと浮かんできてしまうのが人間という生き物だが、ジェリアスもまたその例に漏れず、悲観的な憶測が脳裏にちらついていた。


今の所、コネリーは何処か人目に付かない場所で集団リンチに晒されている可能性が一番高い。軍内でも上から数えた方が早い実力者とは言え、何もかもが腕っぷしで制圧出来る訳がない。直情型の人間は罠に嵌めてさえしまえば無力化が容易いのだ。もし今、ジェリアスが考えているような事が実際に起きているなら、確実に責任問題へ発展する。挙句の果てには幼稚な罪の擦り合いが待っているだろう。


「頼むからボロ雑巾みたいに転がってるなよ。」


それからジェリアスは自分で思いつく限りの人目に付かない場所を回りに回った。訓練場の隅や倉庫の奥、基地の外側にまで足を運ぶこと約一時間、ついぞコネリーの発見には至らず、タイムリミットの起床時間を迎えたと同時に彼は止む無く捜索を切り上げる。


今回の件、可能なら表沙汰にはしたくないとジェリアスは思案していた。無駄に騒ぎ立て兵達を刺激するのは現状の悪化に繋がる。これ以上、基地内の治安が悪くなるのは避けたい。しかしここまで探し回っても見付からないとなれば、やはり協力者は必要だった。それもジェリアスの命令に従順な都合の良い人間が。


「それで僕たちですか...。」


「分かった、協力する。」


「ショットちゃん...あなた即答すぎじゃない?」


昼過ぎ、相も変わらず意図の分からない森林地帯の偵察に駆り出されたジェリアスは帰還後、直ぐに建物内のオープンスペースに目的の三人を招集、コネリーの件を包み隠すことなく打ち明けた。円形のテーブルを囲む彼らは右から一等兵のジェイムス、中央に軍曹のショット、左側に女性衛生兵ディアナ・ニューエンの順で席に着いている。基地内での行方不明者を探すに当たり、まずジェリアスが最初に考えたのは建物内の構造を隅々まで熟知している人物は誰か、という事だった。ジェイムスやショットは外での任務が多い上、無駄な移動は好まない為、どこに何があるか感覚的に覚えている程度だろう。


では外での任務がない者、建物の中に職場がある人物ならどうか。少なくとも自分達よりは内部を把握しているに違いない。運の良い事にジェリアスはその条件に合致する者、ディアナ・ニューエンと友好的な関係を築けていた。彼女、ディアナには任務中の負傷等で日頃から世話になっている者が多く、その美麗な見目から下心を持つ男が多く存在する。黄金色の短い髪に片目を覆い隠したヘアスタイル、僅かばかり垂れ下がった目尻は妙な色気を放っており、口元の小さなほくろが彼女の魅力をより際立たせている。ショットが凛とした美少女なら、ディアナが色香漂う大人の美女といったところか。


「ショットがやるなら......じゃあ、僕も協力します。」


「んー、なら私も協力しようかしら。ここ最近は怪我人も減ってきてるし、正直暇だったのよ。」


「そうかっ...助かる、ありがとう三人とも。」


新たに三人が加わったコネリー捜索隊は二つのチームに別れて建物内の探索に乗り出す。西棟───寮の方を担当するのはジェリアスとディアナ、東棟───食堂や倉庫の方を担当するのはジェイムスとショット。この四人でも見付けられない場合は上官に指示を仰ぐしかない。万に一つの可能性を考えるなら、コネリーが逃亡したという事も有り得るのだから。


「あ、そう言えば...少尉はモルヒネ知ってる?」


「モルヒネ?この仕事をやっていて知らない方がどうかしてると思うが...。」


東棟を担当する二人と別れた直後、西棟に向かう足を速めていたジェリアスに対して隣のディアナから突飛な質問が飛来する。


「......ごめん、私の言い方が悪かった。最近、医務室で厳重に保管してるモルヒネが一気に消えたのよ。気付いたその日に上官には報告したわ。まぁそれ以降何の音沙汰もないんだけど、ね。」


「そんな事が...初耳だな。役に立てなくて申し訳ないが、心当たりはないよ。」


モルヒネの消失、咄嗟に思い浮かぶのは薬物中毒者による窃盗だが、医務室のセキュリティは非常に厳重で衛生班(えいせいはん)に属する者や一部の上官以外は保管されている薬品に触れる事さえ敵わない。ともなれば容疑者は必然的に衛生兵の資格を持つ人間、或いは上官に限定される。事態に進展がないのは犯人捜しに労力を費やしたくない上層部の怠慢だろうと察しが付く。立て続けに浮上する問題にジェリアスは頭を抱えるしかなかった。


「上は何をやってるんだ...本当に。」








(さむ)い─────。心臓が締め付けられているのではないかと思うほど息が詰まり、呼吸もままならない。


(いた)い─────。衣服の赤黒い染みから零れ出す血液を手で押さえ、思わず歯噛みする。


(くや)しい─────。物言わぬ亡骸と成り果てた隣の仲間を見て、激情に駆られる。


何が軍内トップに次ぐ実力者か。有事の際に役立たなければそんな肩書きは無価値で無意味だ。事実、自分は周囲に異常を伝える義務すら果たせず、まるで赤子の手を捻るように無力化されている。相手の奇妙な歩法に混乱した、瞬く間に仲間を殺され動揺していた、言い訳は無数にある。だが国家を守護する軍人である以上、死とは常に付いて回るものであり、未知の戦法を目の前にしても臆する事無く戦うべきだ。


にも関わらず、自分は相手の編み出した未知に対して怯え、即座に仲間の死を受け入れる事が出来なかった。その結果がこのザマだ。覚悟が足りていなかったでは済まされない。軍人として余りにも愚かな失敗。無様の一言に尽きる。しかしどれだけ生き恥を晒そうとまだ死ぬわけにはいかない。せめて最低限の役割だけは完遂してみせる。楽になるのは、全てを終えてからだ。


()()()()...ね......ったく、んな技術持ってんの...一体何処のSF国家だよ...。」


鈍痛に苛まれている上半身を壁に寄りかからせ、アウェット・コネリーは諦観混じりにそう独り言ちる。ジェリアス・ワグナーはまだ彼を認識出来ていない。

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