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One Man Army/ワンマンアーミー  作者: 白ト黒
第一幕
3/7

Episode 2

テキサス州、中部の町に位置する大規模な陸軍基地。多くの軍人が勤務しており、政府関係者の出入りも度々確認されているこの場所は今のアメリカにとって重要な軍事施設の一つ。そんな国内有数の基地には穏やかな上官すら頭を抱える問題児共が在籍している。何十年も前の話になるが、特に酷かったのは当時一兵卒だった男の身勝手すぎる行動だろう。


ある重要な任務の最中、彼は少女を保護した。詳しく付け加えるのなら、テロ組織に捕らわれ慰みものにされていた訳ありの。男の帰還後、早々に政府の役人を交えた会議が開かれた。勿論のこと、議題は例の子供について。数時間に亘る話し合いの結果、彼女は政府機関に預けられる事が確定した。


問題が発生したのは引渡しの前日、男が少女との養子縁組を結んだのである。届出を受理した(のち)、異例の速さで関係の承認をしてしまった裁判所にも責任は大いにあるのだが、面目を潰された政府が最初に苦言を呈したのは男と基地の上層部に対してだった。幸い権力を行使される事態には発展しなかったものの、政府からの制裁は翌年、軍事費の減額として唐突に告知されている。この件で批判の集中砲火を受けたのは訳あり少女の親となった男、しかしてそれは当然の成り行きだった。軍事費が引き下げられるという事は必然的に人件費も、つまり基地で働く者に活躍に見合った給料が行き渡らなくなる可能性がある。たった一人の偽善が多くの者に不利益を齎そうとしているのだ。その他大勢が憤りを覚えるのも無理からぬことだろう。


だが反対に少数ながら男を庇う人々も存在していた。男を古くから知る幼馴染や近くで少女を見ていた者達である。救出された直後の虚ろな彼女の様子、皆が腫れ物に触るような対応の中、少女と真摯な態度で向き合った男の姿を全員が目撃している。その後、酷く澱んでいた彼女の瞳に光が回帰したところを彼らは確かに目にした。二人の遣り取りに情が移ったと言えばそれまでだが、男の行動に心打たれた者らがいたのは否定のしようがない事実。もはや偽善といった言葉一つで片付けるには問題が複雑化し過ぎていた。


合衆国の歴史上類を見ない軍事基地単一の不祥事、世間に情報が流失した場合、マスコミからの追求は免れない。問題解決に必要なのは中立的に物事を考えられる人間だった。内部で二分している勢力両方の意見を聞き、穏便に事態の収拾をつける。口で言うのは簡単だが、実際に和解を成功させるのは非常に難しい。しかしこの難局を乗り切る為、立ち上がる者はいた。その立役者こそ少女を保護した男の上官、ヘンリー・グレンダーだった。


この件、火が付いたのは政府からの制裁が(おおやけ)になってから。言わずもがな、軍事費の減額とは大事(おおごと)だ。だが冷静に考えてみれば見えてくるものがある。果たして政府は重要な軍事施設の一つをそこまで過剰に追い詰めるだろうか。基地の維持が厳しくなれば多大な損失を被るのは向こう側、要するに現状は言葉の大きさだけが独り歩きしている。たとえ減額の日を迎えたとしても、その影響は微々たるもので終わる可能性が高い。ならば後は単純な事だった。基地内の全兵に召集をかけ、上官達による正式な会見を行う。無論、その場で男に五ヶ月の謹慎処分も言い渡す。これが中立的立場の者らが提案した、最短の問題解決策である。








────そんな出来事から十四年、問題児たちによって引き起こされた数多の逆境を乗り越え、建物の増築や人員の拡充といった活性化に成功したその基地は今やアメリカ最大規模の陸軍基地へと成長を遂げていた。何より驚くべきは大問題を引き起こした男、ジェリアス・ワグナーが今もなお基地に勤めていることだろう。だがそれも、今日で終わりのようだ。


「異動、ですか。謹慎の間違いでは...。」


「いっそのこと、今回に関してはその方が良かった。君ら三人の手綱を握れるのは私以外にいないだろう?だが残念ながら、本当の事だ。」


そう言いデスクの上に置かれた一枚の書類を指し示したのは黒色のレザーチェアに座る初老の男性、皺が少なく茶色の髪をセンターで分けたその容貌は年齢とは対照的に若々しく見える。彼こそ十四年前の不祥事の際、事態収拾に最も貢献した人物、ヘンリー・グレンダー中佐だ。そして現在話し合われているのは書類の内容、転勤命令についてだった。対象となるのはこの基地で働く五十人、言うまでもなく問題児達も含まれている。


「......理由を聞いても?」


故にヘンリーと相対する問題児の一人、ジェリアスは当惑していた。自分達の転勤命令に関してはまだ得心が行く、過去に仕出かした騒動を考えれば適切な措置だろう。寧ろ今まで基地に居座れていた事自体が奇跡なのだ。しかし今回の件はジェリアスら三人の問題児とは別に、四十七人もの対象者が存在する。中にはジェリアスが見知った人物の名前もあった。彼ら一人一人は忠勤を尽くしており、目に余るような行動を取った事は一度もない。もし自分達との交流が原因で連鎖的に全員の異動が決まったのなら、ジェリアスとて黙っている気はなかった。


「詳細は分からない。が、私が聞いた限りでは森の中の秘密基地を重点とした軍事活動の為に各州から人員を募っているらしい。一応言っておくが...君達のせいではない。」


「顔に出ていましたか...?」


「何十年一緒にいたと思ってる、わざわざ顔を見なくても分かるさ。」


フッと自信ありげに口角を上げ笑みを浮かべるヘンリー、伊達に二十年間も問題児たちの面倒を見ていない。何はともあれ、異動は特定の誰かが原因ではなかった。その事実に彼は一先ず胸を撫で下ろす。しかしながら未だ不明点は多く、完全に疑問が解消されたわけではない。次の勤務地は森の中に存在する軍事施設、ヘンリーの言い方では秘密基地らしいが、近頃のアメリカでは二十世紀以前に起きた自然破壊の影響が拡大しており、大きな建造物を覆い隠せるほどの森林地帯は減少の一途を辿っている。自然保護区なら話は別だが、国がそんな暴挙を許すはずがない。となると考えられるのは、他国領土内での共同基地だろうか。同盟国との軍事的な連携を深めるといった理由でなら、リスクは大きいが十分に有り得る話だ。


「森の中の秘密基地というのは......まさか国外じゃ。」


「バカを言うんじゃない、ちゃんと国内だよ。」


「ですが、国内にそんな場所は...。」


「.........ワシントン州、ベリンハムの郊外に地元民以外はあまり知らない小さな町があってな。」


ベリンハムとは、ワシントン州のワットコム郡内に位置する都市の名前である。人口は凡そ九万人、主に商業が盛んで近くのカナダから国境を越えて足を運ぶ観光客も多い。実際に行った経験はないが、ジェリアスも都市名の他、ある程度の情報は知人から聞いたことがあった。海に面した地形だとか、自然豊かでキャンプにお勧めの場所だとか。熱心に説明してくれていたかつての知人を思い浮かべ、興味が湧かず聞き流していた事に対して申し訳ない気持ちになりながらもジェリアスはヘンリーの話に耳を傾ける。


「ベルロイラ...それが町の名前なんだが、スカビオサといった花が一年中咲いていたり、住宅街の近くに大森林があったりと、地元民からは景勝地として愛されている。」


「つまり、ベルロイラの森に基地があると。」


的を射たジェリアスの発言にヘンリーは片手で顔を覆い隠しつつも、弱々しく相槌を打つ。軍人としての仕事上、重要な情報に関しては上層部の方から箝口令が敷かれる。中佐ともなればその制限はより一層と強まり、禁を破った場合には問答無用の厳しい処罰が下る。だが今回の件に関してはその前提を反故にしてでも、目の前の部下に伝えなければいけない()()があるとヘンリーの本能が警鐘(けいしょう)を鳴らしていた。


「表向き、私は詳細を知らない事になっている......今の話は他言無用だぞ。それとジェリアス、一つだけ言っておきたい事がある。」


顔から手を退け、ヘンリーは再びジェリアスと目を合わせる。軍内でこそ再三起きる騒動の所為で問題児のレッテルを貼られてはいるが、普段のジェリアスは穏和な性格ながらも毅然とした男で部下からの人望も厚い。地位や名誉だけに拘り実務を蔑ろにする有象無象の士官より、彼は遥かに優秀だ。本人に自覚はないのかもしれない、しかしヘンリーは彼のその愚直さに何度も心を救われている。


地位に驕らず、名誉に拘らず、正義を盲信することもない。ただ自分なりの芯を持った真っ直ぐなあの背中を眺めているだけで日々を頑張れていた。故にヘンリー・グレンダーは今この時だけ、上官としてではなくジェリアス・ワグナーに好感を抱く一人の男として、彼へ助言を与えるべく直感の赴くままに口を開いた。


「君の次の上官......ジョン・マッカー大佐を、しっかりと自分の目で見極めてこい。」








「はあぁぁぁぁ!?異動!?」


「おいバカっ!コネリー...頼むから静かにしてくれ。」


基地の関係者で溢れ返る昼時の食堂、その中央付近のテーブル席で素っ頓狂な叫び声を上げているのは問題児の二人目、アウェット・コネリー軍曹。あの後、ヘンリーの執務室を退出したジェリアスは直後に部屋の前を偶然通りかかった彼に捕まり、食堂まで連行されていたのである。余談だが、偶然だと主張するコネリーは執務室の前を通りかかった際に大根役者よろしく口笛を吹いていたらしい。そればかりか、今この場には三人目の問題児までもが同席している。


「悪い、取り乱した。はぁ......ついに見限られたかー俺たち。なぁショット、どうするよ。」


「私はジェリアスさえ一緒なら何処でもいい。」


「あれ、俺さらっと除外された?」


絹糸のように柔らかな桃色の髪を耳にかけ、僅かに冷めたコーヒーカップを口元に運ぶのは三人目の問題児である女性兵士。無骨な者が大多数を占める周囲とは一線を画すその嫋やかな所作(しょさ)に多くの男達が目を奪われる中、ジェリアスとコネリーは彼女の動作を冷ややかな眼差しで見詰めていた。


「な、なに...?二人とも。」


「いや、お前そのしぐさ隠せって言われてなかったか。」


「......仕方ないじゃない、これでも出来る限り抑えてる。」


彼女の名前はショット、そして現在の階級はコネリーと並び軍曹だ。補足するなら、彼女こそが十四年前の任務中にジェリアスが保護した訳あり少女本人である事くらい。諸々の事情で大統領直轄の組織とも云われるCIA(中央情報局)の監視付き且つ軍曹より上の階級に昇格する事はないといった制限すら課せられているが、日常生活に干渉はしない事も確約されているので特に不自由はない。懸念があるとすれば、政府関係ではなく彼女自身だろう。保護された当初は強い精神的ショックにより記憶障害を患っていたが、安住の地を得た今は果たして─────。


「それより、異動先は聞いたの?」


「あ、俺もそれ気になる。ヘンリーから何か聞いてないのか。」


「...ん、いや......森の中としか聞いてないよ。」


他言無用、ジェリアスはヘンリーから念を押された言葉を思い出しながら、可能な限り平静を装い二人の質問に答える。そんな彼の受け答えに若干の違和感を覚えていたショットとコネリーだが、聞くのも野暮だと思ったのかそれ以上会話が進展する事態には至らず、その場は解散となった。事が大きく動き始めたのは三人の話し合いから四週間後、この頃には転勤対象の五十人全員に大まかな情報が知れ渡っており、次々と基地に現れる人員輸送用の装甲車両に驚く者は誰一人いなくなっていた。


時は流れ出発一日前の夜、ジェリアス・ワグナーは駐屯地を後ろに星空を見上げ、過去の出来事を思い返しつつ一人感慨(かんがい)に耽っていた。今いるこの陸軍基地は彼にとって始まりの場所、ヘンリーと出会い、コネリーと共に訓練に明け暮れ、ショットとの縁を繋いでくれた。無機物な建物に感謝の念を抱く馬鹿馬鹿しさは彼とて理解している。コネリーが同伴していたなら、今頃は盛大に笑われているだろう。だが言わずにはいられない。言わずに離れることは考えられなかった。


「......今までありがとう、行ってくる。」


冷え冷えとした秋の風が吹き抜ける十一月、ジェリアスら三人は様々な思い出を紡いできた基地を離れ、新天地(ベルロイラ)へと旅立った。

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