第15話:クライアントにも怒鳴ったことないのに
宝剣と、その鞘が、この俺に託された。
そう自覚した瞬間、耳の奥でドクドクと血が脈打ち、頭の芯がじんと痛む。手のひらがじっとり湿っているのがわかる。
ここで俺がしくじれば、これまで積み上げてきた苦労も、ミケの覚悟も、すべて水泡に帰す。それだけは絶対に許されない。
「ボチくん! 早くしろ!」
レミさんの声が背中に突き刺さる。焦りと信頼が混じった声。
「わ、わかりました。もし失敗しても恨まないでくださいよ!」
「いや……それは無理」
「そこは『ポチくんのこと信じてる』って励ますところでしょうが!」
「いいから早く!」
半ば悲鳴のようなやり取りを交わしながら、俺は宝刀を鞘に納め、左腰へと添えた。
深く息を吸い、抜刀術の構えをとる。指先が震えそうになるのを必死で抑え、鞘に仕込まれたボタンを押し込む。
次の瞬間、鞘に刻まれた紋様がチカチカと淡く明滅し始めた。
これで準備は完了。
あとは、あの忌々しい“待ち時間”を乗り切るだけ。スキルの発動音を待つ。確か30秒ほどのはず。原作通りなら。
そのときだ。
ジュウゾウが、視覚を取り戻した。
濁った瞳が、まっすぐ俺を射抜く。構えをとる俺、そして俺の腰にある宝刀。その存在に気づいた瞬間、奴の顔が怒りに歪んだのがはっきりとわかった。
「貴様、それを返せ!!」
地面を蹴る音が炸裂し、ジュウゾウが一直線に突っ込んでくる。距離が一気に詰まる。
待て、待つんだ。スキル発動まで敵役はたじろぐのがセオリーだろ!
そう思った刹那、俺とジュウゾウの間に影が割り込んだ。
「もう少しだけ、時間稼ぎさせてもらうよ」
レミさんだった。
迷いのない動きで前に出ると、迫りくるジュウゾウに向け、両手をパンと強く叩き合わせる。
次の瞬間、合わせた手の先から鋭い光線が放たれ、一直線にジュウゾウを貫いた。
「ソラに作らせた光の魔具だよ。一回きりの使い捨てだけどね」
ジュウゾウは再び視覚を奪われ、怒号を上げる。
「ふざけるな!」
巨大な腕が唸りを上げて横薙ぎに振るわれた。視えずとも、力任せの一撃が正確にレミさんを捉える。
鈍い衝撃音。レミさんの体が宙を舞い、数メートル先へと叩き飛ばされた。
レミさんは受け身を取ることなく、石畳の街道に叩きつけられた。
乾いた衝突音が響き、体が地面に打ち付けられる嫌な余韻だけが残る。レミさんはそのまま微動だにしない。
その光景を目にした瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。息が一瞬止まり、全身を覆うのは喪失感にも似た悲壮な感情。だが、それは長く続かなかった。
すぐに、まったく別の感情が、底の見えない場所から湧き上がってくるのがはっきりとわかった。
怒りだ。
これまでの人生で感じたことのない種類のもの。仕事で理不尽な要求を突きつけられたときの苛立ちや、心の中で飲み込んできた不満とは次元が違う。
臓腑の奥が焼けつくように熱くなり、黒く濁った感情が渦を巻いて全身を満たしていく。
「ジュウゾウ! お前は……許さないからな!!」
気づけば、喉がひりつくほどの叫び声を上げていた。理性より先に、感情が口を突いて出たのだ。
ジュウゾウは視覚を奪われているため、こちらの正確な位置を掴めず、やみくもに突進してくることはなかった。荒い呼吸と苛立ちを孕んだ動きが、虚しく空を切る。
スキルを食らわせてやるのに好都合だ。
そう思える自分に驚く。それほどまでに怒りで気持ちが昂ぶっていた。
その瞬間、腰元で小さな音が鳴った。
宝刀の鞘から、無機質な電子音が響く。耳にした途端、ぞわりと武者震いしてしまう。
スキル発動が可能になった合図だ。
俺はジュウゾウを見据え、斬るべきものを心で決めると、宝刀の柄を強く握り直す。
『怨滅バッサギリ!』
俺は吠えるように叫び、考える間もなく抜刀術を繰り出した。
体が勝手に動く。それがスキル発動による作用なのか、怒りによる行動なのかはわからない。
ジュウゾウは、宝刀が直接届く距離にはいない。だが、そんなことは関係なかった。
抜刀して刀身を振り上げた瞬間、刃の軌跡が光を帯びる。鋭く走る閃光が、空間を切り裂き、一直線にジュウゾウの身体を射抜いた。
やった。
うまくスキルが発動した。
本来はミケの役目だったから、俺はあまり練習していなかったので、スキルが発動したことに安堵する。
攻撃を受けたジュウゾウは、軽い衝撃を受けたように、ほんの少しだけ後退りする。
完全ではないが、視覚を取り戻しつつあるらしく、攻撃を受けた事実は理解しているようだった。
しかし、自分の身に目立った傷がないことに気づいた瞬間、その顔に戸惑いが浮かぶ。
……が、それも一瞬だった。
すぐに口元を歪めてニヤつくと、蔑むような視線をこちらに向けてくる。
まだ、終わっていなった。




